第88話 ヴァイヴァイクワァーバル
フラリアと一悶着あった次の日から、シエルは人が変わったように働き始めた。
「あいつがあそこまで変わるなんてな…」
「ヂカラセフィラには人を改心させる力があったり…なんて」
フラリアとブレイズもその変わり様には驚いていた。
「指定された建物は全部崩したわよ。次は何すればいい?」
「でしたら、北の海岸の防衛拠点造りを手伝いに行ってくれませんか?」
「解体の次は建設ね。分かったわ」
シエルは言われるがままに北へ向かった、防衛拠点とは小さな砦の事だが、それでも建材は重く子供達だけでは思ったように作業が進まない。シエルは疲れなど気にせずに作業を手伝い。明日完成予定だった砦をその日の内に完成させたのだった。
「フラリア、北の拠点完成したわよ」
「お疲れ様…完成!?」
「次は何をすればいい?」
「き、今日やることはもう無いですかね…明日からは東に砦を建てるので、ゆっくり休んでください」
次の日、東の砦が完成し、南の砦が半分近くまで仕上がった。さらに次の日には南と西の砦が完成した事により、最低限の防衛線が完成した。
こうして手の空いたシエルは仕事を探した。
「家、足りてなくない?」
「今は住民の半々を二交代制にした上で、再利用できる建物に人を押し込んで休ませている形ではありますが…」
その話を聞いたシエルはシェルモードの等剣で地面を掘り始めた。そして掘り集めた石材を地上に持って来ては、再び地中へ戻るという生活を数日続けた。その中には寝る事も忘れて24時間作業を続けていた日もあった。
充分な石材が集まって作業を終える頃には、地上で町作りが始まっていた。
「そろそろ疲れたから、少し休むわね」
「え、はい…お疲れ様です…」
そこでようやく、シエルは休憩に入った。
シエル自身は自分を変えるために奔走しているつもりである。しかし傍から見れば奇行、心情を理解しているつもりのフラリア達には自棄になって暴走しているようにしか見えなかった。
「疲れたぁ…次は何しようかしら」
「お疲れ様です、シエルさん」
「あら、クルミじゃない」
今後の計画を立てていたシエルの元にやって来たのはクルミだった。師匠のセスタとは違い、彼女との関係は悪くはなかった。
「見回り、お疲れ様」
「いつも通り、特に異常はありませんよ。そもそもこの島に国が出来上がった事自体、まだ知られてないでしょうし…そうだ、ブレイズさんから次の仕事を預かって来たんです」
「次の仕事?何かしら」
これまでだったら人使いが荒いなどと愚痴を言いそうなシエルだったが、その悪癖も直っていた。
「クワァーバルさんの御守をして欲しいそうです」
そうしてクルミがポケットから取り出したのは、精霊クワァーバルが入った瓶だった。
「俺は御守など要らないと言っているだろう」
「そんな事言っても最近のクワァーバルさん、調子悪そうじゃないですか。話し掛けても返事しなかったり…そういうわけでシエルさん、この人の事、よろしくお願いしますね」
「あっ…行っちゃった。あんたに様付けしてくれるのはカジヤンだけね」
「ふん…俺は精霊だぞ。普通ならもっと敬われるべきだ」
「そういえばあんた、初めて会った時は露商の婆さんに2000ナロで売られてたわね」
瓶詰の精霊クワァーバルはユージーンという大地を護っていた精霊だった。しかしユージーンは都市開発工事によって居場所を奪われ、悪霊になるところを老婆に封印されたのである。
「あんたも散々な目に遭ってるわねえ………クワァーバル?」
「ん?何か言ったか?…それにしてもこの島の環境は開発される前のユージーンとよく似ている」
「あんたが根付いてた土地だっけ?どんな場所だったのよ」
「文明と自然の調和が保たれた美しい場所だった。住民は穏やかで戦いを好まなかったが、それ故に弱かった。隣接していた国に攻め入られて一日も持たずに降伏。そしてユージーンの自然は崩され、都市開発が始まった」
「…珍しい話じゃないわね」
「俺が精霊という魔族だから偏見の目を持ってしまっているのかもしれないが…人間とはどうしてああも簡単に自然を壊するんだ?自分達も自然の一部。自然を潰すという事は仲間を殺すも同然なんだぞ」
「そんな難しい事、私に言われたって…」
「ボーっとしてきた…そろそろミニチュアの家まで連れていってくれ」
「家じゃなくて社ね」
シエルは立ち上がると、子供達がクワァーバルの為に造った社へと移動した。以前の村にも似たような場所が用意されていたが、今度のはそれより立派だった。
「全く…あんたみたいな役に立ってるかどうかも分からない精霊がよくこんなの造ってもらえたわね」
「あぁ、そうだな」
「…ちょっと大丈夫?反応悪いけど」
「早く中に置いてくれ。揺らされるのも疲れるんだ」
瓶を社の中に置いたシエルは、近くに置いてあった丸石に腰を降ろした。
「誰か参拝に来たりするの?」
「俺を敬ってくれる子供達がたまに。クワァーバル教なんて物を作ろうとしてるくらいだ」
「嘘ォ、宗教まで創られるなんて、どんどん国らしくなっていくわねえ」
「ここにいると、どういうわけか島のあらゆる情報が届いてくるんだ。クルミは海を見ながら素振りしている。セスタは相変わらず子供泣かせな訓練をさせている。フラリアは子供達の家造りを手伝っていて…ブレイズは海に向かって船を押している。そういえば海を調べるとか言ってたな…情報で頭がパンクしそうにもなるが…懐かしい感じだ」
「へえ~全部見えるなんてまるで神様みたいね」
するとクワァーバルが黙り込んだ。てっきり会話に飽きられたのかと思ったが、それでも変に思えたシエルは声を掛けた。
「ちょっとクワァーバル?」
呼び掛けたが返事がない。社を覗くと瓶が割れていた。
「ど、どうなってるの!?」
クワァーバルは土のような姿をしているが、社には割れた瓶の破片が散らばっているだけで、彼らしき姿はない。そもそも瓶が割れたらその音で気付いたはずだった。
シエルは仲間達を呼んでその場で起こった出来事を知らせた。しかしそれに対して答えを出せる物は誰一人としていなかった。
「…シエルさん、クワァーバル様はここが元いた大地と似ていた。そう仰っていたんですよね?」
「うん」
少し考えてハッとなったフラリアはさらに尋ねる。
「だとしたら…最初にクワァーバル様と会った時の会話を覚えてますか?」
「ううん、全く」
「こういう時は嘘でも覚えてるって言うんですよ…あの方は瓶に封印されてました。それから、精霊のいない新しい大地へ辿り着ければこの封印は解けるかもしれないとも言っていました」
「も、もしかして…その条件が揃った事でクワァーバルの封印が解けたって事?だとしてもなんで返事してくれないの?」
「…これは憶測に過ぎませんが…本来、その地を護る精霊とは余程の事がない限り人前に姿を現す事がありません。シャイなのかそういう制限が付与されているのかは定かではないですが…」
「それじゃあ、クワァーバルはこの島を護る精霊になったって言いたいの?いくらなんでも急過ぎない!?」
「急…ではないと思います。前々からこの島の光景を見てはかつての暮らしを懐かしんでいたり、私達との会話が途切れるようになっていたり…あの方はこの島を護る精霊になる事を望んでいたんだと思います」
「そんな…別れの挨拶ぐらいしていきなさいよ…」
それっきり、この島に住む誰もがクワァーバルの姿を見る事はなく、その声を聴く事もなかった。
それから数日後、島である異変が起こった。浅瀬の方で食べられる魚が獲れるようになったり、渡り鳥が訪れるようになった。まるで島全体に流れる空気が変わったような感覚だった。誰もがこれを、この地に根付いたクワァーバルのおかげだと思った。
「ここまで連れて来てあげたお礼ぐらい言って欲しかったですね」
「全くね。精霊って皆あんな感じなのかしら」
そんな会話を交わしながら、フラリアとシエルは今日も島作りに励む。仲間が護ってくれているという安心感に包まれながら。




