第87話 だらしのない大人
孤児村に暮らしていた住民が移り住んだ地は、かつて彼らを支えてきた英雄的存在である男の名前を取って、クロウと名付けられた。
村から国へと規模が拡大したことで、以前より不要だと囁かれていた村長制度は廃止。今後はリーダー的存在である子供達を中心として、民主主義に近いやり方で国の在り方が決まっていく。
ブレイズ及びクルミは万が一の襲来に備えて島周辺の警備。セスタは国の防衛力を高めるために、男子達を殺すつもりで鍛え上げている。フラリアは島の開拓に手を貸していた。
そして3日前に来たばかりのシエルはというと…
「ねえ、おばさん」
「なぁに?あと私26歳だから。お姉さんって呼ぼうね」
「お姉さんは働かないの?」
「あっち行きなさい。お姉さんこう見えて忙しいから」
「この前ブレイズさんが言ってたよ。おばさんはサボりの常習犯だって。ずっとサボってると地下の牢屋に入れられちゃうよ」
「…あのね、お姉さんは大人なの。あんた達みたいに仕事が楽しいって思ってられる程能天気じゃないんだからね」
「僕は仕事が嫌いだけど、でもやらないと皆が困るから頑張って働くよ。お姉さんも働かないと誰かの迷惑になっちゃうよ」
名前も分からない子供に言い負かされていた。
「そういう人は…穀潰しって最後の村長が言ってた。村長、病気で死んじゃったけど」
「む、難しい言葉が使えて偉いわね。だけどね坊や、言葉を選ぶ事も大切よ」
「お前相手に言葉を選ぶ必要もないだろう」
「ゲッ…ブレイズ」
子供と話していたところをブレイズに見つかってしまった。アイクラウンドの戦いで力の差は分からされているので、逃げようとは思わなかった。
「再利用できそうにない建物の解体。それがお前に課したタスクだったはずだが…」
「あんたねえ…それを私一人に押し付けるってどういうつもりよ!あんなの1年掛けても終わらんわ!」
「周りのペースに合わせて作業できそうにないから、優先順位の低い作業をやらせているだけだ。それに手が空いた者が手伝いに来ると伝えただろう」
「3日間ぶっ通しでやってたけど誰も来ないじゃない!見なさいよこの手!豆通り越して大豆よ大豆!可憐な乙女がしていい手じゃないわよ!」
「仕事に男も女も関係ない…が、誰も来ないのは妙だな。呼び掛けをしておくから、作業に戻れ」
「まだやんなきゃいけないの!?」
「はぁ…お前、俺達より年上だろ?」
年下からのエイジハラスメントである。これにはシエルも絶句し、渋々作業場へと戻っていった。
シエルは殻に刃を包んだシェルナイトソードで、今にも崩れそうな建物を片っ端から叩き壊していった。建材に使えそうな物はなるべく形を保ったままという約束だったが、今の彼女にそんな余裕はない。
「背筋は真っ直ぐに!顎を地面に付けろ!」
少し離れた場所にある広場には、男子達を鍛えるセスタの姿がいた。クルミからは師匠と呼ばれている彼女は、男子達からはツノなし鬼教官と恐れられていた。
「おっそろしぃ…」
目が合いそうになったシエルは物陰に身を隠す。出会った頃に裏切った事もあって、彼女からは嫌われているだろうと想像していた。
「…さ~て仕事仕事っと…」
そうして今日の夜が来るまでシエルは作業を続けた。しかし、ブレイズの言葉に反して彼女を手伝いに来る者は誰一人としていなかった。
「流石はガキばかりの村…誰も手伝いに来なかったわ」
「そんな事言わないでくださいよ。皆だって頑張って働いてクタクタなんですから」
シエルの元に現れたのはフラリア・ミクスド。彼女がカジヤンと呼ぶ魔族の少女だ。
「あらぁカジヤンお姉ちゃん…ブレイズ君と一緒じゃなくていいの~?」
「からかわないでください。今夜はシエルさんと一緒にご飯が食べたかったんです」
そうは言うが、既にシエルは支給された弁当を完食していた。
「美味しかったですか?それ、私達が作ったんですよ」
「初めて会った時に食べた熊よりは美味しかったわ」
「それはそうでしょう…いや待ってくださいよ。あの時って山火事起こして、そのまま逃げましたよね?」
「そういえばそうだったわね」
「…あなたと会ってからロクな目に遭わなかったけど、おかげで凄く成長できました。感謝してます」
「何よ急に改まって」
「最近のシエルさんを見てるとあの頃を思い出して。幼稚に戻ったなぁって」
「何よ失礼ね」
「あはは…シエルさんって将来のこと考えてたりします?」
「将来って…昔は立派な冒険者に憧れてた。だけど今はこんな落ちぶれた女になっちゃった。いつかこの国からも必要とされなくなるだろうし、お嫁に貰ってもらえそうにもないし…お先真っ暗ね」
「…一緒に旅してたころのシエルさんって、もうちょっと前向きだった気がします。悪く言えば楽天家で、どうにかなるだろうってスタイルで…だけど今のあなたは…幼稚だし下向きだし、凄くカッコ悪いです」
「何?夫婦揃って私に説教するつもり?もう聞き飽きたんだけど…」
「お説教じゃなくて…悔しいんです。恩人が…一緒に旅した仲間がこんなみっともない姿になって…」
フラリアは涙を流してそう告げた。
「残念無念、あんたの知ってるシエル・ラングリッターはもう死んでるのよ。これが今の私。だらしない大人なの」
「開き直らないでくださいよ!私は真面目に話してるんです!」
「しつこい!あんたの理想を私に押し付けないでくれる!?」
「他人が出来て自分に出来ない事がある!それぐらいの事で不貞腐れないでくださいよ!」
ブレイズから決闘の話を聞いたのだろう。その言葉が図星だったシエルはカッとなって手が出たが、フラリアは伸びた腕を掴んではそのまま地面に叩きつけた。
「あなた達みたいに強くなろうってこの3年間、私は必死に努力したんです!それなのになんですかあなたは!?」
「ど、努力出来るのだって立派な才能よ…私にはその才能すら──」
「うるさい!」
また自分を否定するような発言をしようとしたその時、フラリアは殴って黙らせるという暴挙に出た。
「才能がないって不貞腐れて何もしない!変わろうとしないで!今の自分に一番納得いってないのはあなた自身だ!」
「うるさい!自分が恵まれてるって分からない子供だからそんな事が言えるんだ!」
「今度は不幸自慢ですか!恵まれてるって言いましたけど、私なんて目の前で両親殺されてあなたに会うまでずっと奴隷でしたからね!」
「気の毒ね!」
鍛錬の量が違っていた。ただ生きるためだけに鍛えていたシエルと、大切な人達を守るために鍛えていたフラリアでは、後者の方が強いに決まっている。
「今のあなたは風すら斬れない鈍だ!その剣みたいに、まともになるまで私が何度でも叩いてやる!」
そこからシエルは一方的に殴られた。既に喧嘩と呼べる光景ではなく、周りに誰かいるのなら止めるべきだろう。
そしてフラリアは右腕を引いて、渾身の一撃を構える。
「ヂカラ!セフィラァァ!」
第一潜在呪文と共に放たれた一撃を受けたシエルは、いくつも並んだ大木をへし折って海岸の方まで吹っ飛ばされた。そして足の届かない夜の海へ沈んだ。
これほどまでの威力のパンチを喰らっても意識があるのは流石、元冒険者と言ったところだろう。
薄っすらと見える月を見ていると、ふと誰かの言葉を思い出した。
「生命は剣なんだ」
「打たれて強くなる剣のように、試練に打ちのめされて、それから立ち上がる度に生命は強くなる」
それはかつての師、レイアストから最後に聞いた言葉だった。
「負の感情に打ち勝って」
「そうしたら今よりももっと強くなれるから」
「頑張れシエル!諦めるな!」
このまま沈んでしまっても良かった。しかしレイアストに合わせる顔がないと思ったシエルは仕方なく海面へ浮上した。
「ぷはぁ…結構頑張ってるつもりだけど、優しいようで厳しいなぁレイアストは…」
どこかさっきまでと違う様子のシエルは砂浜まで泳いだ。力加減を考えずに殴ったフラリアが謝りに来たが、シエルは適当に挨拶を済ませると自分の寝床へ向かった。
「分かったよ…やるだけやってみますよ…まずは負の感情に勝てばいいんでしょ」
自分に言い聞かせるように、亡き師匠に誓うように、シエルは眠りに落ちるまでボソボソと呟いていた。




