第83話 謎の襲撃者 その1
3日間、クルミは一睡どころか一休みもせずに氷の道を走り続けた。そして砂漠の国アトナリルへと辿り着いた。
「村はこの砂漠のどこか…目印とかもなさそうだな」
気を付けないと砂漠から出られなくなってしまいそうだ。クルミは錬金術で足元の砂を黄金の柱へと変えて、目印を立てながら砂漠へ踏み込んだ。
そうしてさらに3日間。朝と夜で気温の差が激しい砂漠を歩き回り、クルミは村と思わしき場所を発見した。
「良かったぁ…お腹空いたなぁ。何か分けてもらえるかな」
孤児村の周辺には、地上げ屋が置いていった戦車を利用して造られた砲台が立っていた。その内の1つがクルミの接近に気付くと、砲口を向けた。
「そこの人!それ以上近付くと撃ちますよ!」
クルミは警告を聞くと足を止め、自分が無害であることを示すかのように両腕を振った。しばらくすると、村の中から武器を持った子ども達が彼女の元へ近付き、そして包囲した。
「地上げ屋…ではなさそうですね。あなたは一体何者です?なぜこんな砂漠の中を歩いているんですか?」
「クロウって人を知ってますか?」
「クロウさん?!」
「あなた、クロウさんの知り合いなんですか!?」
「私はクルミ。クロウさんとは同じ師匠の元で鍛えられた兄弟弟子です」
クルミがクロウの身内と知ると、子ども達は武器を収めて彼女を歓迎した。そこでようやく、クロウがどんな最期を迎えたのか知ることが出来た。
「人を庇った…あの人が…」
「クロウさんは最期、師匠という方に謝っていました。魔族にもいいやつがいるって。あの人が庇ったのはバニーラの方なんです」
バニーラとはウサギのような耳を生やした魔族である。
「今はその方と彼氏さんが、亡きクロウさんの遺志を継いで村を守ってくれているんです」
「そうなんですね…」
どんな人なのか会ってみたくなった。場所を尋ねると、村の中心にあるボロボロな家に案内された。
「ブレイズさん!フラリアさん!お客様ですよ!」
「えっ…」
その名を聞いて身構えるクルミ。家から出てきたのは見覚えのある少年の姿だった。
「ブレイズ…さん…」
「クルミ…」
ブレイズは話を聞く姿勢を取りながらも、いつでも剣を召喚できるように身構えた。
「何の用だ」
「戦意はありません。提案があってここに来ました…あなた達がいるなんて予想していませんでしたが」
ブレイズに続いてフラリアが家の外へ。クルミはフラリアと面識こそあるものの、ブレイズのように何か因縁があるわけではない。
「かつてこの村を守っていたクロウという人がいたはずです。あなた達は彼の遺志を継いでこの村を守っているとお聞きしました」
「その通りです」
ブレイズに剣を収めるように手を伸ばしたフラリアが前へ出た。
「クロウさんが庇ったバニーラの方ですね」
「フラリア・ミクスドと申します。クルミさん、でしたっけ。今回は一体どういった御用件で?」
警戒心剥き出しのブレイズとは違い、フラリアは物腰柔らかく対応してくれた。クルミも話の出来る相手だと気付くと、ここへ来た目的を伝えた。
「クルミさんの仰る通り、オアシスを持っているこの村は地上げ屋から狙われています。転移魔法で時間を掛けずに移動出来るという、安全面に考慮してくれている点についても助かります」
「でしたら…」
「ですが、移動するかどうかを決めるのはこの村の子供達です。どうかあなたの口で、その提案を伝えてあげてください」
「あなたがリーダーじゃないんですか…?」
「私はクロウさんと同じでただこの村を守ってるに過ぎません。あの人とは少し話しただけですが、それでも同じように選択を委ねたと思います」
フラリアの呼び掛けで村の住民が集まって来た。クルミは木箱を台代わりにしてその上に立ち、安全な場所へ移住させるという提案を伝えた。
しかし物事はそう上手く運ばないものだ。彼女の案に賛成して早速準備を始める者もいれば、産まれてからずっと過ごして来たこの地を離れないと言い出す者も現れた。出来るなら住民全員で移住したいという想いもあり、移住への賛成派と反対派の代表を立てての話し合いまでに発展してしまった。
こうなるとクルミは蚊帳の外。彼らの意見が纏まるまでは待つしかない。
「あの、フラリアさん。この村にシエルさんはいないんですか?」
「シエルさんはもう冒険者を辞めちゃったんです。今は自分の国で病気のお母さんと二人で暮らしていて…手紙を送れば助けに来てくれるんですけど、それでもすぐに帰っちゃうし…」
「そうでしたか…」
「良かったら手紙送ります?」
「…やめておきます。敵だった私からの手紙なんて嬉しくもないでしょうから」
結局、その日の内に移住するかどうかは決まらず、クルミは一泊することとなった。
そして次の日も論争は白熱した。
「いつまでもフラリアさん達に守ってもらうわけにもいかないだろ!」
「転移先は今は誰も住んでない島なんだ!ここより安全だし、きっと食糧に困る事もない!」
「この村に拘ってるけどさ、遭難した子が見つかった時にはとっくに干からびて死んでたり、サンドワームが出た時は尋常じゃない被害が出たりでいい思いでなんか全くないじゃん!」
以上が移住賛成派の意見である。
「クロウさんが守ってくれた土地を見捨てるっていうのかよこの薄情者!」
「新しい場所って島なんだぞ!だったら今度は他の国から自分達の土地を守る事になる!この人数でそんな事が出来るのかよ!?」
「ここで生きて来られたのがクワァーバル様のおかげだという事を忘れたんじゃないな!?」
そして以上が反対派の意見だ。纏まりそうにはない。最悪、反対派はここに置いて行く事になる。しかしそうなれば移住先で人手不足に悩まされるだろう。それは残る人間も同じだ。
「こうなったら…」
「クルミさん!クロウさんの仲間のあなたが決めてください!」
「えっ!?私!?」
思わぬ展開だった。このまま論争が続けばやがて手が出るかもしれないと感じた代表者達は、この村に来たばかりの彼女に選択を委ねる事にしたのだ。
「えっと…えっと…」
「皆さんで答えが出せないのなら、私達3人で考えます。それならいいですか?」
困っていたところにフラリアが助け舟を出した。住民はそれに納得すると、賛成派と反対派で別れて村の仕事を始めた。
クルミ達は話を聞かれないために家の中へ。この村と一番関わりのあるフラリアの話を聞いて、転移させるかどうかを決めるつもりではあったが…
「私は元々、ここの人達を転移させる前提でこの村へ来ました。ですがこんな風に意見が割れてしまうなんて…」
「一人で悩む必要はありません。私達も一緒に考えます…ブレイズはどうしたらいいと思う?」
「反対派も含めてここにいる全員を転移させるべきだ。地上げ屋の猛攻も激しくなった今、これまで通り守り切れるとは限らない」
「でしたら──」
「しかし村を守るために何人もの子供達が命を落として来た。住民にとって、ここはもはや聖地とも呼べる場所でもある」
ブレイズは意地悪をするように正反対の意見を並べた。人から聞いた話だけで答えを出すな、ということらしい。
「フラリアはどうなんだ」
「クロウさんだったら最期まで抗うだろうし…シエルさんだったら移住を即決すると思う。それよりも私は、ここまで来てくれたクルミさんの選択を信じたい」
「何故そこでシエルが出てくる…」
「この村へ辿り着いたのも、君と会えたのも、全部あの人との出会いがあったおかげだから。まあ、そんな運命的な出会いじゃなかったけど」
文殊の知恵でも答えは出せない。そんな時間だけを浪費する話し合いを続けていたところに、村の少女が飛び込んで来た。
「大変だよ!村に変なやつが近付いて来てる!」
「何…どんなやつだ」
「あ、頭が3つ!止まれって言ったけど止まらないし、大砲を撃ってもビクともしないんだ!」
「フラリア、クワァーバルを連れて来い。お前も力を貸してもらうぞ」
「分かりました!」
変なやつというのが現れたのは村の南側。クルミがそこで見たのは、まるで団子のように重なっている3つの巨大な頭だった。
「あんな魔族、見たことない…」
「お前は何者だ。地上げ屋に雇われたのか?」
「見つけたぞ、山桐進太郎」
「どうして俺の名前を知っている!」
なんと驚くべきことに、巨大な頭はブレイズの事を前にいた世界での名前で呼んだのだ。これを知る者はシエルと、今は亡き師であるレイアストだけだ。
「我が名はツツジ率いる四天王が一柱、シュラ・コウベ。ツツジの命により、お前をこの世界から排除する」
重なっていた頭が分離した。攻撃を予感したブレイズは村を巻き込まないようにと、その場から前へ走り出した。
頭の1つに狙いを定めたクルミは、強力な炎魔法を発射した。
「魔法攻撃での効き目は薄い…筋力強化で直接叩き斬った方が早いか!」
ブレイズが残った2つの頭による攻撃を往なしている間に、クルミは仕留めるつもりだ。魔法によって自身の肉体を強化すると、こちらを警戒していた頭に向かって全速力で走り出した。
「我を斬るつもりか。しかしいくら強化したところでこの高さには──」
「跳んでいくつもりなんてないさ!」
クルミは転移魔法で頭の背後へ飛んだ。そして剣を振り下ろして真っ二つにすると、そのまま滞空してひたすら剣を振る。両断された頭はさらに細かく切り刻まれていった。
「見事だな」
切り刻んだ破片がこちらに向かってくると、バリアを発動してそれを防御する。それから破片は集まっていき、元の頭へと戻ってしまった。
「再生、いや復元能力か!ブレイズさん!反撃はするな!体力の無駄だ!」
ブレイズは頭2つを破壊した直後だった。
それらもクルミが相手している頭と同じように、破片の状態で反撃してから元の状態へ戻ってしまった。
「なるほどな。クルミ、何か技はないのか」
「ここ3年間で身に付けたのはどれも搦め手ばかりです。あの巨体を消し飛ばす技なんてありませんよ」
そう言いつつクルミは次の攻撃を準備していた。村に来るまでに目印として立てた黄金の柱を呼び寄せていたのだ。
「ブレイズ!クワァーバル様を連れて来たよ!」
「フラリアと共に村を守って早3年。それ以前から一切の描写なく、作者も忘れ去っていた瓶詰め精霊クワァーバル、久方ぶりに登場。それで、俺は何をすればいい」
「あいつらをやっつけるのに力を貸して!」
「…どう見積もっても今の戦力だと精々封印するのがやっとだぞ」
「そんな!?クワァーバル様でもなんとかならないの!?」
「封印は出来る!お前達があの頭3つを地面に叩き下ろせればの話だが」
ブレイズ達に合流すると、フラリアは敵を封印する事しか出来ないと告げた。それを聞いたクルミも住民をどうするか決めた。
「封印が完了したら村の人達は全員転移。すぐにこの地を去ります!」
「それがいいだろうな…問題はあいつらを封印できるかどうかだが」
3つの頭は再び重なると、目と口を大きく開けて魔力を溜め始めた。
「何か撃つつもりか…」
「いけません!これを防げないと村に被害が出ます!」
「村を守りつつあいつらを倒すには…ブレイズ!アレをやるよ!」
「分かった!」
フラリアはそう言うとブレイズの背後に立った。
一体何をしようというのか。クルミは敵を警戒しつつ彼女を見届ける。そして四方から黄金の柱を撃ち込んだが、呆気なく弾かれてしまった。
「ヂカラセフィラ・グランケン!」
そして呪文を唱えたフラリアは軽くジャンプすると、目の前にいたブレイズの頭にスレッジハンマーを打ち込んだ。殴られたブレイズはというと、身体から光を放ち形を変えて、巨大な剣となったのだ。
「剣になった!?」
ヂカラセフィラとは、フラリアの第一潜在呪文だ。元々は殴った武器を強化するものだったが、グランケンという単語を続けて人を叩く事で、その対象となった者を武器に変える事ができるようになったのだ。
「ブレイジングリフレクトソード!」
剣となったブレイズは、柄としても機能するフォールディングアームを伸ばしてクルミの手に収まった。
「刃で受けた攻撃をエネルギーをとして蓄積する!お前は俺を使ってあいつらを地面に叩き落とせ!」
「分かりました!防御、お願いします!」
見た目ほど重くない大剣を横にして、クルミ達は攻撃が来るのを待った。
そして3つの頭から放たれた光線は、卑劣にも彼らではなく村を狙って発射された。クルミは転移魔法で攻撃が集中する場所へ飛び、大剣の刃で光線を吸収した。
「重い…なんて威力だ!」
「耐えろ!俺達が崩れればこの村もやられるぞ!」
そうして1分間にも及ぶ照射を耐えきった。
「なんだと…」
「我の攻撃を…」
「止めた!?」
そしてクルミは再び転移。重なっていた頭の真上へ飛ぶと、敵の攻撃によってエネルギーが溜まった大剣を振り下ろした。
「「ブレイジングスラッシュ!」」
攻撃を喰らったシュラ・コウベは地面へ叩きつけられた。エネルギーを集めた一撃ですら、この頭を割る事が出来なかったのだ。
「今だよ!クワァーバル様!」
「邪悪なる存在よ!この地で眠れ!」
瓶から上半身を出していたクワァーバルが舞いを踊る。するとシュラ・コウベは身動きが取れないまま地面へ吸い込まれていき、そこに巨大なピラミッドが出来上がった。
こうしてシュラ・コウベの封印は成功した。しかしいつまでもこの地にはいられない。3人は急いで村へ戻り、転移する事を伝えた。
「皆さん!南に現れたシュラ・コウベという怪物は現在、封印という形で足止めをしています!あいつから逃げるためにも、皆さんには一刻も早く移住先へ飛んでもらいます!」
「そんな!いくらなんでも急じゃないですか!?」
「私達反対派の事は考えてくれたんですか!?」
「嫌だよ!離れたくないよ!」
「くっ…他人に判断を委ねた癖にうるさいんだよ!私が飛ぶって言ったんだからさっさと準備しろ!またあいつが封印できるかも分かんねえんだぞ!」
相手が自分と同じ、もしくは年下相手なのでクルミは容赦せずに怒鳴る。
「このまま死にたい奴はここに残ればいいさ!クロウさんやフラリアさん、ブレイズさんやこの村のために亡くなっていった人達に守ってもらった命をあいつにくれてやればいいさ!勝手にしろ!」
師匠譲りの威圧で村の住民を黙らせたクルミ。それから転移先にいるセスタにテレパシーを送り、受け入れの準備をさせた。
クルミは身支度が完了した住民達からセスタのいる島へ飛ばした。住民に限らず家畜やペットも漏れなく転移。食糧庫は倉庫ごと飛ばした。
「後は私達だけですね。それじゃあ行きますよ!」
そしてクルミ、ブレイズ、フラリアとクワァーバルが最後に転移し、孤児村から誰もいなくなった。そして彼らは知る由もないが、シュラ・コウベを封印したばかりのピラミッドにヒビが走り始めていた。
転移先では多少揉めたものの、フラリアの説得ともう戻れないという現実を受け入れた。それから自分達がこれから暮らしていく新しい土地の開発に取り掛かるのだった。




