第82話 忘れ去られた勇者とその仲間
シエル・ラングリッターの住む国、アイクラウンドには勇者がいた。
勇者の名はセスタ・サーティン。つらい過去を抱えながらも人間のために一生を注いできた最強の剣士である。
しかしそれはセスタ自身の思い込みに過ぎなかった。彼女はツツジという謎の存在によって心の闇を利用されたのだ。ツツジによって過剰なまでに沸き上がった憎しみに支配されて、自分を捨てた家族を殺し、差別に抵抗していただけで罪のない魔族すら殺した。
そんな彼女はブレイズ達に敗れてから3年もの間、弟子のクルミと共に療養の旅を続けていた。
「そろそろ着きそうですね…今度はどんな国なんでしょう」
「あぁ…」
「食べ物の美味しい国だといいですね」
クルミはオールを漕いで、自分達の乗る丸太船を正面の島に近付けた。
「それにしても1週間、この丸太が沈まなかったのは奇跡としか言いようがないですね」
「…クルミ」
「どうしました?」
「旅はあの島で最後にしようと思う。もう何度も海を渡るのも疲れた。お前もいい加減、私の元から巣立って好きなように生きろ」
「前にも言いましたけど、まだ嫌ですね。師匠から学びたい事が山ほどあるんですから」
「私は魔王カーナとの戦いで力の半分以上を失った。あの時からお前の方が私より強いんだ。何を学ぶ事がある」
「それに今の師匠、放っておいたらすぐ死んじゃいそうなんですもん」
砂浜に近付いたところで丸太船が限界を迎えた。クルミは無気力でそのまま沈んでしまいそうなセスタを引っ張って、ようやく島に上陸した。
「人は住んでるのかな?…食べられそうな物を捕まえてきます。師匠はここで身体を休めていてください」
そう言ってクルミは剣を抜くと、正面の森の中へ入っていった。残ったセスタは何も考えず、静かに海の方を見ていた。
ベラベラと喋る弟子がいなくなり、考える事がなくなると自然と蘇る記憶がある。それは老師と慕っていたツツジに思想を支配されていた頃に殺した魔族達の悲鳴だった。
「…はぁ」
しかしセスタは溜め息を吐くだけで、決して取り乱さなかった。悔いているのはツツジに支配されてしまった弱い自分であって、魔族を殺した事に関しては、その時まで信じていた正義に従い、やるべき事をやったのだと開き直っているからだ。
その方がいいだろう。後悔などしてもなんの得にもならないのだから。
しばらくすると、大きなワニを引っ張ったクルミが戻って来た。クルミは魔法でワニを丸焼きにすると剣で両断し、大きい方をセスタへ差し出した。
「モグモグ…師匠、どうやらこの島にはかつて人が住んでいたようです。向こうで廃墟になった街を見つけました」
「そうか…」
「確かアトナリルっていう砂漠の国に、クロウさんが支援してた孤児の集まる村があったはずです。そこの村、たまに地上げ屋に攻められてるらしいんですよ。そこの人達をここに移民させるっていうのはどうでしょうか?」
「私は…あいつが乱暴な男だったという事しか覚えてない。その話も初耳だ」
弟子の事を覚えていないという、師匠としては最低のセリフだった。しかしそこはスルーして、クルミは話を続ける。
「師匠と私が力を合わせれば、転移魔法で遠くからここへ飛ばす事もできますよね!」
「出来るだろうな…」
「やりましょうよ!」
「やる義理がない」
「そんな冷めたこと言わないで!アトナリルへは私が行きますから。ね?」
「やる義理がないと言っただろ。私は勇者でもないただの放浪者だ」
「だったら放浪者から恩人にランクアップしましょうよ~!」
「分かった!分かったからくっ付くな!暑苦しい!」
クルミの押しに負けたセスタは仕方なくその提案を受け入れた。手順としては、アトナリルの孤児村へ移動したクルミが村民に転移魔法を掛けて、この地で転移先となる魔法の扉を開くセスタの元へと送り飛ばすという算段だ。
「お前…移民させると言ったが、村の人間がそう簡単に住む場所を変えると思っているのか?」
「そこは…説得してなんとかします。飛ばす準備が出来たらテレパシー送るので、よろしくお願いしますよ!」
クルミはアトナリルの位置を調べると、その方角へ向かって剣を振り上げた。すると海が凍っていき、水平線まで続く氷の道が出来上がった。
「落ち着きのないやつ…まだまだだな」
弟子を見送る事なく、セスタは島の中心部へ向かう。クルミは気付いていなかったようだが、島の中心部から邪気を感じていたのだ。
その気を辿って辿り着いたのは廃墟の街だった。さらに街の中へ進むと、十字路の中心に不自然な物体を発見した。
「岩…」
十字路のど真ん中には周囲の建物よりも大きな岩が埋まっていた。地面を見たところ、転がって来た物ではない。しかしどこからか降って来たのだとしても、こんな大岩を投げ飛ばせるような場所もなかった。
「邪気はここからか…」
セスタは腰から剣を抜くと、大岩を横一閃に切り裂いた。すると両断した上半分が持ち上がり、中から人に似た何かが出て来ようとした。
「あぁ…何年振りの外界だろう…感謝するぞ人間…」
「この岩に封印されていたのか。お前は何者だ?」
「我が名は悪魔ゲストデウス。この国の人間を喰らっていたところ、運悪く封印されてしまった…」
「この地に住んでいた人間はお前の封印が解けるのを恐れてどこかへ逃げていったというわけか…ゲストデウス。お前はこれからどうするつもりだ」
「そうだな…ここに誰かが迷い込むのを待つと──」
クルミの送って来る人間達にとって障害になる。そう判断した瞬間、聖なる魔力を刃に込め、セスタはゲストデウスを斬り、消滅させた。
「な…!?まだ、出て来たばかりなのに…!?」
「詰めが甘い。封印するぐらいなら犠牲を出してでも消滅させるべきだ」
そうして邪気の元となっていたゲストデウスを消滅させると、セスタは先程までいた砂浜へと戻っていった。




