第9話 虐げられし魔族の意思を代弁する勇者タケル・ザカリー・リリア・アーシェ・ブレイズ
サンマルーキの居住エリアで開いているバーオノヤマ。店内に入ると、マスターらしきリザードの男性が私達をテーブル席へ案内した。
「堅気じゃない感じの人ばかりよ」
「そりゃあそういう人が集まる場所ですから…」
周りに聴こえないようにカジヤンと会話する。今度は別のリザードが注文を聞きに来た。
リザードという魔族について軽く説明するが、トカゲの特徴を持っている…後は知らないし、今回重要なことじゃない。
「えっと、それじゃあ…」
私が注文をするよりも早く、カジヤンはメニュー表を何も書かれていない裏側にひっくり返した。
「アンヂュウニーの乙女梅割り。それからイリエズクジラの唐揚げ、オータ平野モグラの薄切り生肉で」
それを聴いた店主は厨房へ入っていった。
「全くもう、暗号忘れちゃったんですか?」
「ごめんごめん」
このオノヤマには情報屋がいる。彼に会うには暗号を伝える必要があるのだ。その暗号とはメニューを裏にし、決まった料理を注文すること。ちなみに注文する料理は日替わりで、今日の暗号を手に入れるのに1万ナロも支払った。
しばらく待つと、注文した料理ではなく情報屋がやって来るそうだ。
「でもイリエズクジラの唐揚げ、食べてみたかったなぁ…美味しいって評判なんですよ」
「まあ依頼した後にでも頼めばいいじゃない」
そしてしばらくすると、注文したワインとツマミがトレーに乗ってやって来た。
「わあ、美味しそうですね」
「えぇ!………」
ん?ちょっと待った。
「情報屋は?」
「あれ、そういえば…」
「彼女、ちゃんと暗号言ったわよ!」
しかし店主は見向きもせず、厨房へ戻って行ってしまった。
「もしかしたら食べて待ってろということかもしれません」
「そ、そうね。だったら頂いて待つとしましょうか」
しかし私達がいくら待っても、情報屋というのは一向に現れることなく時間が過ぎていった。
「もう帰りませんか?」
「そうね…」
腹いせにテーブルの下に鼻クソでも付けといてやろう。僅かな抵抗に乗り出そうとした時、騒がしい客が店に飛び込んできた。
「この店に情報屋はいるか!そいつを出せ!」
うわあ剣振り回してるよおっかない…
「他のお客様への迷惑になりますので、どうか穏便に…」
穏便にと言いつつ武力制圧を試みるリザード達が武器を持って集まって来た。
「ソレイユの紫薔薇添えとベネットマッシュフライ、夜鷹の爪!これで合ってるだろ!」
「大きな声で言わないで!…少々お待ちください。ただいまよりお連れします」
「ちょっとちょっと今の暗号っぽくなかった?私達の時と違って店員さんが慌てて別の部屋に行ったけど」
「もしかして…私達、偽の暗号を買わされたんじゃないですか?」
なにいいいいい!?それじゃあ!だとしたら!お金の無駄じゃないのおおおおお!
店員は注文された商品ではなく、サングラスを掛けてスーツを着た男を連れてきた。きっとあれが情報屋だ!
「ハァイ、今回の客は君かい」
「お前が情報屋か」
「あぁ、俺の名前はケン・オス。この都市で一番の情報屋さ。早速だけど何について知りたいんだい?」
「勇者セスタ・サーティンの居場所を知りたい」
!?
なんて偶然!あの人も勇者セスタを探してるなんて!これはラッキー!高い情報料を払わずに居場所を知れるなんて!
「勇者セスタは魔物の町ベクトランドにいる。そこから、理由は分からないけど巨獣の骸があるトールの絶戦場へ向かうようだよ」
「その情報は確かだな?ウソだったら…殺しに戻ってくるからな」
トールの絶戦場…そこで待っていては時間が掛かる。道中で合流出来るように今から出発しよう。
「ところで、君は勇者になんの用があるんだい?」
「…俺の名前はタケル・ザカリー・リリア・アーシェ・ブレイズ…虐げられし魔族の意思を代弁する勇者…魔族の肩を持つ勇者だ。この国にいる魔族達の誇りを取り戻すため、セスタを殺す」
「わーお…ナイスグッドなクールガイだね。応援してるぜ、ブレイズ」
ええええええええええええええええええええええええ!!!!!
私は思わず叫びそうになったが、大きく開いた口にカジヤンが唐揚げをぶち込んだ。っていうかケン!そんなやつ応援すんなよ!
「…どうしましょう」
「どうするってそりゃあ…私は勇者の肩持つわよ。奴隷制度消してもらって、あんたを連れ出した罪を帳消しにしてもらわないといけないんだから」
こうなったら…
料金を支払って即退店!そのまま移動手段を貸し出している店を探し始めた!
「あいつよりも先に勇者セスタに出会う!そして命を狙われていることを伝えて共闘!…する必要はないぐらい強いと思うけど、そのまま恩を売って仲間になる!そして奴隷制度撤廃!そうすりゃ私の勝利よ!」
「流石っすね!その楽観的な思考にはもう敬意を表す他ないですよ!」
カジヤンはやけになっているが、それでもついて来てくれた。
千載一遇の大チャンスだ!私の思惑通りに事が運べばすぐにでも冒険者としての活動に復帰できる!
移動都市の中を走り回っていると、巨大な鳥の魔物ノア―トルバードのレンタルショップを発見。バートを1体貸してもらい、私達はその背中に乗って勇者の元へ急いだ。