第74話 シエルの師
クルミは私達の想像以上に強かった。
遭遇して戦闘開始から僅か1分後、その場で立っていたのは少し服が汚れただけのクルミと、傷だらけになったブレイズとアクト。
私はもう、立ち上がる力すら残っていなかった。
「惜しいな…これだけの実力を備えていながら、勇者セスタとかいうやつに従ってるだけだなんて」
「平和な世界を目指す勇者に仕えることの何が悪い!」
「平和のためなら魔族を消してもいいのか。視野の狭い勇者だな」
「なんだと!」
アクトの挑発に乗せられたクルミが突進していった。
「ビオガ!」
ブレイズが潜在呪文を唱えて障壁を出現させる。
そのままの勢いで衝突すればそれだけで大ダメージ間違いなしだったが、クルミは超人的な反応で障壁を回避してアクトに接近した。
剣による連続攻撃に対し、アクトは防御しかできていなかった。
「師匠を侮辱するな!」
「侮辱されるようなことをさせるな!」
「私にはその資格はない!魔族がどうなっても構わない!だから止めるつもりもない!」
「そんな考えなしのやつがどうして俺達の邪魔をする!」
「それとこれとは話が違う!お前達は私の仲間を殺した!これはその報いを受けさせるための戦いだ!」
「そうか…なら仕方ねえな!お前を倒して、俺達はセスタを倒す!」
「師匠を倒す!?私一人にやられているのに、よくそんなことが言えるな!」
アクトソードを弾き上げられ、無防備になった身体にクルミの一撃が振り上げられた。
「ぐあっ!」
「ビオ──」
アクトを無力化すると透かさず、呪文を唱えようとしていたブレイズに接近。
ブレイズは剣を構えて防御するが、刃を叩き割られて胸を斬られてしまった。
「…なぜトドメを刺さない」
「あなた達の肉体を使って三人を蘇らせるためです」
「くっ…」
立ち上がろうとするブレイズだったが、クルミに頭を踏みつけられた。
「ブレイズ。その名前がどうも引っ掛かっていたけど思い出した。確か魔族の味方をしている人間で、勇者と名乗っているとか…」
「名乗って悪いか…」
「名乗るならそれ相応の実力を身に付けておくべきだったと思います」
「俺は…そうは思わない。勇者に必要なのは武力だけじゃない。俺の師のように優しさもなければ…」
「私の師は勇者としてその人に劣ると?なら早速、その人に会わせてください」
「もういない…お前の仲間に殺されたからな」
「志半ばで死ぬような人間と勇者を重ねるな!」
確かにレイアストは死んでしまった。
だけど志半ばで死んだと、私は思ってない。
「そうか…勇者セスタはあんたの師匠なんかじゃないんだ…」
「…なに?」
「クルミ、あんたは師匠から何も貰ってない。だからセスタの考えに影響されてないのよ。同意したこともなければ反発して衝突したことだってないでしょ…戦闘の技術だけ鍛え上げられたあなたは兵士でしかない。セスタは偶然出会ってただ一生に行動した味方でしかない…」
レイアストは死んでしまうその時まで、ダイイングレターを通して私達に情報をくれた。
そして最期には私達にそれからのことを託してくれたんだ。
「あんたはただ強いやつの後ろを歩いてるだけよ。そんなやつに負けたら…私は師匠に顔向けできない!クルミ!あんただけには負けなくない!」
クルミはブレイズとアクトじゃなくて、私が倒さないといけない相手だ!
勇者がどうとか世界の平和は今だけは忘れる!
師匠という尊敬する人物がいる人間同士、鍛え上げられた自分の全力でこいつにぶち当たる!