第61話 命懸けの防衛戦
鬱陶しかった大雨は夜になる頃には止んでいた。
カジヤンから聞いた話では、夜更けにオーロラが出ていると次の日は大雨が降るらしい。
確かめたところオーロラは確認されず、今度こそ出発できそうだった。
「雨降って地固まる…この砂漠には似合わない言葉ね」
大雨でドロドロだった地面は、今ではもうサラサラに戻っていった。
普通の砂ではないようだが、この砂漠の所有者はこれを狙っているのだろうか。
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そして快晴となった今朝。
出発しようと私達が準備をしていると…
「すみません!助けてください!」
慌てた様子で村長が武道場にやって来た。
「何かあったんですか!」
「地上げ屋がやって来て、後1時間以内に20億ナロを支払わないと実力行使に出るって!」
「そんなの急に…払わなくていいですよ!」
「でも、村の周りに戦車が停まっていて…」
ハンマーを持ったカジヤンに続いて、私達は武道場を出る。
村長が言っていた通り、昨日と同じ戦車が木を倒して村を囲んでいた。
「こんなの、地上げ屋が持っていい戦力じゃないでしょ!」
「こいつら…!」
すると他とは違う砲身が付いた戦車から、キツネに似た魔族が出てきた。
おそらく昨日アクトが斬った機体だ。
つまりあの中に乗っているのは…
「昨日、あなた達から受けた粗末な対応を相談させてもらいましたよ。そしたら戦車を貸し出していただいたんですよ。もう無理矢理にでも立ち退かせて欲しいと頼まれましてねぇ」
「まさかこの砂漠の所有者っていうのは…」
「おや?分かっちゃいました?自分達がどこに喧嘩を売ってしまったのか…」
大量の戦車を貸し出し、犯罪紛いの事も合法化してしまう地上げ屋の客とはこの国アトナリルの上級国民だ!
散々お金を払わせて、邪魔になったら消そうとするなんて!
こんな酷い話があっていいわけ!?
「今さら頭を垂れたところで許さんぞ!」
そして次の瞬間、キツネの乗っている車両の隣に砲身を折り曲げられた戦車が降ってきた。
「初めて面拝んだけどやっぱ魔族かよ!」
クロウは鬼の形相でそう言い放ち、次々と戦車を破壊していた。
「…おい!ボーッとしてないで撃て!何の為の戦車だ!」
「ここで戦わせたら村に被害が出る!俺達も戦うぞ!」
アクトがそう言い終える前に、カジヤンはキツネの立つ戦車へ飛び乗りハンマーを構えた。
「ここから帰ってください!でないと殴りますよ!」
「お前!どっちが命令する立場か分かっ──」
キツネに撤退する意思がないと知ると、カジヤンは容赦なくハンマーを振り下ろした。
「これで私達、正真正銘のお尋ね者ですね!」
「本当!あんたのせいで私ってばA級犯罪者よ!懸賞金付いてんじゃないの!?」
アイクラウンドでの私は奴隷であるカジヤンを連れて逃げたお尋ね者だ。
あの時はカジヤンにハメられる形で追っ手から逃げたけど、今回は違う。
罪になってもいい。
ここを守るためにも、私は剣を振るう!
「ウオオオオ!」
シェルモードの等剣で戦車の装甲を殴り潰す。
纏意を発動させた状態で動けば、砲口が追い付くよりも先に戦車を仕留められる!
「デリャアア!ウォリャアアア!」
カジヤンがハンマーを振り上げ、戦車を後転させた。
そしてもう一度後転させて中から乗員を引っ張り出すと、村の外へバッティングした。
「…そうだ!皆さん!戦車はなるべく壊さないでください!鹵獲という形にはなりますが、この村の防衛力として今後利用しましょう!」
「えぇ!?もうボコボコにしちゃったけど!?」
カジヤンに指摘されてからは私達も乗員を降ろし無力化するという戦い方に変えた。
アクトとブレイズも頑張ってくれたおかげで、村にはかなりの数の戦車が残った。
「お前達で最後だ。さあ、とっとと帰りな!」
「ヒィイイイ!」
「お見逃しをー!」
アクトが最後に動いていた戦車を止めると、建物に隠れていた子ども達が次々と出てきた。
「わ~スゴい!」
「壊れたやつも装甲は再利用出来そう!この基盤だって売れるかもよ!」
「木と柵はやられちゃったけど、それでもかなりの収穫だよ」
子ども達が地上げ屋の忘れ物を見て興奮していた。
「皆を守ってもらうだけでなく鹵獲までしていただいて、ありがとうございます!」
敵を追い返せたのは良かったけど、村も少しダメージを受けてしまった。
復興作業を手伝うから、出発は延期になりそうだな…
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「キャー!」
「まだ生きてる!」
悲鳴が聴こえて、私達は一斉に振り向いた。
そしてカジヤンが戦車ごと潰したはずのキツネがライフルを構えていた。
「はぁ…はぁ…死ねぇぇぇえ!」
まずい、反応が遅れた!
私、ブレイズ、アクトでは間に合わない!
狙われてしまった子ども達を守ろうと、誰よりも速く動き駆けつけたのはカジヤンだった。
「くっ!」
そんなカジヤンの前で身体を広げ、盾となって連射を防いだのが、他でもないクロウだった…
「な、なんであいつが!?」
「私は魔族です!銃弾くらい、生身で喰らっても大丈夫なんですよ!」
「俺だって平気だ…普通の銃弾だったらな…」
銃弾を喰らったクロウの身体から流れ出る血に違和感を覚えた。
そんなはずはない…
あそこまで鍛え抜かれた身体なら、銃弾にだって耐えられるはずだ!
そういう防御技だってあるし、クロウみたいな強者が使えないはずがない!
「ガキ相手に特殊弾なんてセコいもん持ち出しやがって」
「く、来るな!」
クロウは血を流しながらもキツネに歩いていき、頭を掴んで持ち上げた。
「うわあああああ!」
「本っ当…魔族にはロクなやつがいねえ…」
「俺を殺しても無駄だ!もうこの村を潰すことは決定している!だからこれ以上無駄に罪を重ねるのはよせ!」
「クソッタレがああああああ!」
命乞いに聞く耳持たず、クロエは轟くとキツネの首を握り潰して、その場に倒れた。
「………し、止血!救急キットを!」
「必要ねぇ…道具の無駄だ…」
私達にはどうする事も出来ない。
クロウのそばへ寄るのは村長をはじめとした子ども達と、結果的に命を救われたカジヤンだった。
「頑張ってください!子ども達が薬と包帯を取りに行きました!」
「おじさん!しっかりしてよ!」
「もう、お前らの面倒を見なくて済む…そう思うと気が楽だな…はは」
自分でもよく分からなかった。
大切な仲間を殺した人物にも関わらず、どうして涙して同情してしまっているのかと。
あの大男というよりは、あいつを慕っていた子ども達に同情しているのかもしれない。
「私の身体でも貫通するのは防げた!それに自分でも耐えられない弾だと分かって何故飛び込んだんです?!」
「…魔族なんて腐ったやつばかりかと思ってたけど、お前みたいなのに会えて良かったぜ…」
「勝手に満足して死ぬな!あんたはシエルさんとブレイズさんにとって大切な人の仇なんだ!二人と戦ってから死ねよ!」
命を懸けて子ども達を守った人間を私はもう憎む事が出来なかった。
たとえ過去にどれだけ最低な罪を犯したとしても…
きっとブレイズも同じはずだ。
カジヤンが呼吸を戻している間、私は彼に尋ねた。
「………悪いけど、私達はあなたの師であるセスタを倒す。何か伝えておきたい事はある?」
「魔族にもいいやつがいる…なんて言ったら、裏切ったって怒られ…いや、仲間とは思われてなかったか………最期までいてやれなくて…すまねえな…師匠」
その一言を最後にクロウは息を引き取った。
「シエル」
「分かってるわブレイズ」
彼の師である勇者セスタ・サーティンと戦う事に迷いは生じていない。
しかしクロウという人物がレイアストを殺した仇なのか、それとも子ども達を守った英雄なのかは分からないままだった。
孤児村の住民が死ぬことは珍しくない。
サソリを罠へ誘うにため、囮になった子どもが喰われたということがあった。
大雨から村を守るために作業をしていた子どもの何人かが行方不明となり、今も見つかっていない。
クロウもそれと同じように、村の為に命を賭した人物の一人となった。