第59話 戦意なし
「おぉ…あぁ!おめぇは!?」
「気付かれた!逃げるぞカジヤン!」
カジヤンの腕を取り、その場を離れようと地面を蹴る。
しかしクロウのスピードは想像以上の物で、一瞬にして追い付かれてしまった。
「ケンソォド──」
「バカ野郎!こんな場所で大技なんてそれでも冒険者か!?」
クロウの裏拳を喰らい、私達は地面に叩きつけられる。
全く、こんなバッドラックがあっていいわけ!?
よりによって私とカジヤンだけの時にこいつと遭遇するなんて!
「チッ!」
「舌打ちしてえのは俺の方だ!…ここにいる間はおめぇらに手は出さねえよ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃねえよ。おめぇらがここのやつらに危害を加えない限り、何もするつもりはねえ…」
騒ぎに気付いた村長がこちらへ走って来る。
しかし駆け寄ったのは私達ではなくクロウの方だった。
「クロウさん!?一体なにが!」
「あぁ、こんな辺境の村で出会ったのも何かの縁。部外者同士で手合わせしてたんだよ」
「おじさんめっちゃ強かったんだよ!ハンマーみたいに腕を下ろしてバァンって!」
「カッコ良かった~!」
この男、ここじゃヒーローみたいに慕われてるんだ。
そういえば戦った時、エリクシルシールドで生成した金は全部孤児院って言っていた。
もしかしてここが支援先の孤児院なのかな?
「まあこんな弱いやつらにここは任せらんねえな!しょうがねえから少しの間、面倒見てやるか!」
「本当?また修行付けてよ!」
カジヤンが私に向かってジェスチャーを送る。
一旦、ここから離れて皆の場所へ戻ろうと。
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ブレイズ達の元へ戻った私達は今後について相談をした。
敵と一緒にいるのは危険だが、今出発すれば夜を危険な砂漠で越すことになる。
「戦意なしって意思表示したんだろ?だったら大丈夫だろ」
「アクト!あんたは黙ってなさい!」
「うっす、サーセン姉御」
「そうピリピリすんなよ」
武道場の出入口にはクロウが立っていた。
私とブレイズは武器を構えたが、カジヤンは普通に立ち上がった。
そしてアクトに至ってはただ座ってあいつを見ているだけだった。
「ここで戦う気はねえって言ってるだろうが。言葉通じねえのか?」
「言葉は通じているが信憑性がない」
ブレイズの言うように、そうして油断した瞬間に襲われるかもしれない。
さっきから警戒は怠っていなかったけど、敵を見るとさらに緊張感が増す。
しかしカジヤンは違った。
「…シエルさん、ブレイズさん。武器を下ろして。きっと信じて大丈夫だと思います」
「なに馬鹿な事言ってるの!」
「先日戦ったマユは問答無用で関係ない人を巻き込んでたけどこの人は違う。もしも戦うとしても今ではないと思うんです」
「そいつの言う通りだ。お前らが仕掛けて来なきゃ俺は何もしねえ」
そう言うとクロウは隙だらけの背中を晒して立ち去っていく。
不意打ちする事も出来たけど、ここはカジヤンの意思を尊重して戦いは避けることにした。