第55話 夜警の晩
木船に乗って数日。まだ小さくはあるけれど、前方に島が見えていた。
「あれってアルマ王国?」
「違いますよ。アルマとイケネミの間にあるアトナリルです」
「本来ならこのまま避けて行く予定だったんだけどな…この船、沈みそうじゃね?」
アクトの言う通り、木船はヨレヨレで今にも沈んでしまいそうだった。よくここまで持ったものだ。
「オール漕ぐの疲れた~!ちょっとアクト!前使ってた魔法石みたいなので何とかなさいよ!」
「ばかこの!出発してから魚とプロテインバーしか食べてないんだぞ!?それにちゃんと寝れてないからエナジーが回復してなくて無理!あと魔法石じゃないマテリアルだ!」
「暴れないでくださいよ船がひっくり返るじゃないですか!」
「その心配はないぞ。既に沈み始めているからな」
「し、沈んどる!?」
こうして不慮の事故により木船は沈み、私達はアトナリルへの上陸を余儀なくされた。
「あ~めっちゃ泳いだわ」
「海嫌いなのに…めっちゃ耳に入った…」
泳いで上陸した頃には日が暮れていたので、今晩はこの砂浜で過ごすことになった。
「アクト、お前の剣は大丈夫なのか。シエルの物と違い刃を守るギミックはないようだが」
確かに。私の剣はシェルモードで防水してるから大丈夫だけど、アクトの剣は鞘がない。
アクトは焚火の近くで剣を観察していた。あの剣がアクトナイトというメアリスのウェポンなのだろうか。
「心配せずとも俺のソードは錆びないよ」
「それがあなたのウェポンなの?」
「ウェポン?………あぁメアリスになったら貰えるやつの事か。このアクトソードとマテリアルはメアリスになる前から持ってた自前の物だよ。俺のウェポンはこのオーダーシース。一度収めた剣を瞬時に呼び寄せる事が出来る鞘だ」
アクトは立ち上がると遠くの方に向けて剣を投げてしまった。しかし持っていた鞘を見ると、投げたはずの剣が収まっていた。
ウェポンっていうけど鞘じゃんね。
「地味って思っただろ?でも結構便利なんだぜこれ。前の次元に忘れても取りに行かなくていいんだからさ」
「剣士たるもの!命に等しい剣を忘れるなんて駄目でしょうが!…それでスキルは?」
「スキルはなかった。多分今の俺には与える必要がなかったんじゃないかな」
へえ、そういうパターンもあるんだ。
「ウェポンかスキル、その両方が貰えないやつがいれば、反対に予め持っていた武器や能力が強化されるやつもいる」
メアリスに関しての知識がまた増えた。まあ、将来私がなることはないだろうけどさ。
────────────────────────
「4時間後に起こしてくれ」
「それではおやすみなさい」
ブレイズとカジヤンは先に眠り、私とアクトはそのまま夜警を務めることになった。
それにしてもカジヤンやつ!ブレイズと一緒の寝袋に入ってるよ…先越されたなぁ。顔も性格も良いし、ありゃあ勝ち目ないわ。
「ふぁあ…」
「ちょっと寝ないでよね」
「ああ~分かってる分かってる」
私とアクトの間で会話は多くなく、枝を燃やす焚火の音と波の音が聴こえた。
あぁ、お腹空いた。生魚はもう喉を通らないし、プロテインバーもプレーン味しかないからなぁ。
「…腹減ったなぁ。適当になんか獲ってみるか」
「こんな暗いのに狩りに行くなんて危険よ」
「心配ない…そこだ!」
なんてやつだ!アクトが海に向かって剣を投げ入れた!
「これでオーダーシースを発動すれば…来た!」
アクトが右手で構えていた鞘に剣が戻る。そして左手には穴の開いた魚が3匹出現。焚き木として使うはずだった枝を口から刺して火の近くに置いた。
「便利な能力だけど、剣の扱い方はサイテーね」
「へへへ…1匹食う?」
「…うん」
何の味付けもされていない焼き魚だったけど、ここに来るまでに食べた物の中では一番美味しかった。
「ごちそうさん!…シエルさん、俺を呼んでくれたレイアストってどんな人だったの?」
「レイアストのこと?ん~っ明るかった。似た性格してるわね、あんた」
本当はここが違うあれが違う、あんたよりもあいつが良かったなんて言ってしまいそうだったので、適当な言葉で取り繕った。
「レイアストから緊急信号を受け取ったって言ってたけど、何か端末を持ってるの?」
「能力だな。俺達メアリスはこの牙髪を揺らす事で、次元を超えて他のメアリス達に信号を送る事が出来る」
「だったらそれであんたの仲間沢山呼んでよ!メアリスが10人くらいいればもう怖い物無しでしょ!」
「あ~ダメダメ。基本的にメアリスっていうのはその世界の住民と協力して事態を解決するもんなの。それに考えてみろ。他の世界でメアリスと協力してるやつらがいるのに、そいつらの傍から急にいなくなったら困るだろ」
「それもそうね…」
「レイアストって人はお前を生かす事を選んだ。それってつまり、お前なら何とかしてくれるって信じてたんじゃないのか」
その一言で救われた気がした。レイアストは私が強くなる事を信じ、ケンソォドソーダーを習得出来ると信じ、そして自身の目的を達成してくれると信じてくれていたんだ。
────────────────────────
「二人揃って熟睡って馬鹿ですか!?凶暴な魔物や敵が来なかったから良かったけれど……はあ!?」
「ご、ごめんなさい」
「面目ない…」
カジヤンに身体を揺さぶられ、目が覚めた時には日が昇っていた。どうやら二人仲良く夜警中に眠ってしまい、
「そこまでにしておけ」
「甘やかさないでください!…特にシエルさん!あなたは最初に会った時から──」
「…うむ」
ブレイズがカジヤンの圧に負けた…これは将来、尻に敷かれるタイプの男だなぁ。
私とアクトは揃ってカジヤンの説教を受ける羽目になり、出発はそれが終わってからとなった。