フラリアとブレイズ
シエルさんに殴殻斬刃の等剣を届けるために私は小国コルクへ行き、その次の日には強力な魔法使いと戦った………終始凍ってただけだし、最後は体調を崩してケジンまで飛ばされたけど。
病室で眼を覚ました私が最初に見たのは、窓から町の景色を眺めるブレイズさんだった。その横顔はどこか寂しげで、どう声を掛けていいのか分からなかった。
「…目覚めたか、フラリア」
「ブレイズさん。あの──」
「レイアストが戦死した。これからアルマという王国へ向かう。支度をしろ」
「え…?」
ブレイズさんから事情を聴かされた。まさか私がケジンに戻った後、再び戦いがあったなんて…
「カジヤン」
「クワァーバル様、どうかされましたか?」
テーブルの上に置かれた瓶から精霊のクワァーバル様が姿を出した。かつては大地を司る精霊だったこの方は、今はこうして瓶の中で生活している。精霊のいない大地へ連れて行けば瓶の封印が解けると言っていたが…今はそれどころじゃないな。
「俺をシエルの元へ連れて行け」
「分かりました。ブレイズさん、シエルさんって今どこにいますか?」
「あいつは──」
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ブレイズさんに案内された場所は町のレストラン。店に入って目を引いたのは塔のように高く積み上げられた皿だった。
「追加で!リスカーレットの両腕の炙り焼きと!トウヤトウの蕾フライ!それから──」
皿に隠れて姿は見えないけどシエルさんの声が聞こえた。あの人があんなに食べてるんだ。
「やっやけ食いですか…?」
「レイアストの死を知って泣き狂った後、あいつは寝ずにクエストをこなして金を稼いだ。そしてその金で今、戦闘能力が上がるバフ料理を食べて強くなろうとしている」
「…リスカーレットの肉料理は筋力の増強と血球が保有できる魔力量の増加、トウヤトウは蕾の状態で食せば状態異常への耐性が付く…けど…」
「まともな精神状態じゃない。強くなるのは建前で、ああしてレイアストが死んでしまった事を忘れようとしているのだろう………」
確かに仲間が死んでしまったのは悲しい…最近までずっと一緒だったシエルさんの悲しみは私が感じている以上のものだろう。だけどあんなことをしたって何の意味もない…
バフだって一時的な物だ。
「カジヤン、俺をあいつの足元まで転がせ」
「あ、お連れします」
「お前は──」
少し間が空く。クワァーバル様は声のボリュームを下げ、ブレイズさんを指さした。
「あいつのそばにいてやれ」
「で、ですけど…」
「今のブレイズにはお前が必要だ」
ブレイズさんが参ってるようには見えなかった。やれることを精一杯やろうとしている。そう見えていたけど、普段は無表情な彼の表情に若干の曇りがあることに気付いた。
「これまで通り、お前が一緒にいてやれ」
「分かりました。シエルさんは任せます」
私はシエルさんのテーブル目掛けて瓶を転がした。クワァーバル様、よろしくお願いします。
「ブレイズさん、出発の準備って出来てますか?」
「すまない、まだ何も買えてない」
「じゃあ一緒に買いにいきましょう」
ひとまず、一緒に買い物をして気分転換をさせることにした。
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「使い捨て歯ブラシと解毒剤…回復系のアイテムを修行で結構消費しちゃってたみたいですね。反省反省…」
「あぁ、そうだな…」
ブレイズさんは心ここにあらずと言った状態だった。こういう時、どう慰めればいいのか…
「あ、あの…魔王様の具合はどうなんでしょうか」
「想定していたよりも傷の治りが遅いそうだ。やはり、絶戦場での接敵がまずかったな…」
絶戦場…思えばあそこからこの戦いは始まったんだ。
「あの時は…レイアストがこの国で準備していたから、俺達は助かったんだ」
「感謝してもしきれませんね…」
「恩は…まだある。俺にとってもあいつは師匠だった。この世界に来て右も左も分からなかった俺に色々教えてくれたんだ」
「え!?ブレイズさんってこの世界の人間じゃないんですか?」
「謎の教団の儀式によって元いた世界から転移させられた。あいつらは力ある人間を望んでいたようだが、突出した才能が無いと知るとすぐに俺を魔物の餌にしようとした。そこに駆け付けたレイアストは教団を破壊し、俺を救ってくれたというわけだ」
そんな過去があったんだ…
「俺にはセスタを倒す使命がある………なのにそんな事よりも、アノレカディアに少なからずある復活の術について考えてしまっている!………一度死亡したメアリスの魂は必ずゼロからの状態で転生すると知っていながらな………もう俺の知るレイアストとは二度と会えないんだ」
この時初めて、ブレイズさんは涙を見せた。
「悪いが、一人でいる時間をくれないか」
その後ろ姿は人混みに紛れてそのまま消えてしまいそうだった。敬愛している師が弱そうに見えたのもこれが初めてだった。
一人にしてはいけないと感じた。そしていつもより邪魔に感じる人混みを掻き分けて、私は彼の腕を掴まえた。
「…離してくれ」
「大切な人がいなくなってしまって悲しいのに、どうして独りになろうとするんですか。一人でその悲しみを抱え込むなんてもっとつらいじゃないですか!」
「お前に俺の何が分かる………放っておいてくれ」
絶対に一人にするつもりはない。たとえこの手を振り離されても、ブレイズさんを孤独にしたくなかった。
「一緒にいさせてください」
ブレイズさんが腕を強く振って、私の手を振り払う。そして建物の屋根へ移ってはどこかに逃げようとしたが、バニーラの私にとってそれを追うのは容易な事だった。
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町の中でブレイズさんを追いかけて数分、このままでは埒が明かないと感じた。
「待って…くださいっ!」
彼の着地に合わせて追い付いた私は、背後から抱き止めた。
こんな風に拒まれると思ったけど、ブレイズさんはその場で静かに立っていた。
「フラリア!」
「ブレイズさん!」
平気そうに振る舞っていただけなんだ。それにやけ食いを起こしたシエルさんよりも付き合いは長い。この人は無理をしていたんだ。
もっとずっと、戦いを忘れて泣き叫びたかったはずなんだ。
「レイアストは死んだ!あいつ無しでセスタに勝てるのか!?」
「私とシエルさんはあの時よりも強くなりました!何より魔王様がいるじゃないですか!」
「魔王が回復している今、勇者は力を蓄えているに違いない。そして俺達はレイアストを失った!これを聞いても勝算はあると思うか!答えろフラリア・ミスクド!」
奇跡でも起こらない限り、今の私達に勝ち目はない。その事に対して一番悔しい思いを感じているのは、あなたじゃないんですか…?
「くっ!レイアスト………」
「…あの人はあなたの師匠だったんでしょう?ならばもう役目を全うしたって事なんじゃないんですか…今のあなたが強いのはレイアストさんのおかげじゃないですか!」
「レイアストは──」
「もうあなたの師匠は死んでしまったんです!今のあなたはレイアストさんの弟子じゃない!セスタを倒す勇者で私の師匠なんですよ!だったらここで嘆いてる暇ないじゃないですか!私を鍛えてくださいよ!セスタと戦えるくらい強くしてくださいよ!」
「………そう…だな」
「私達がセスタを倒しましょう。あの人がやり遂げられなかった事を私達が頑張るんです」
「…フラリア、少しだけ…時間をくれ…今は………泣いていたい」
「私がそばにいます」
私はそれ以上、言い詰めるような事はしなかった。
ブレイズさんは凄く強い人だと思っていた。事実その通りだった。
だけどこの人にも弱いところがあった。仲間がいなくなると、立ち直れなくなる程に優しい心の持ち主だった。
彼の心の傷が癒えるまで、私は一時もそばから離れることはなかった。