第45話 イケネミへ
魔法使いマユを撃破した私とレイアスト。ドラゴンと氷の太陽は消滅したが海は凍ったままで、今は氷漬けになったカジヤンの救出作業に取り掛かっていた。
「はう!早く助けてください…」
唇が紫色になっているが、魔族というだけあって凍らされたぐらいでは死ななかったみたいだ。バニーラ族の特徴であるウサ耳が面白いくらいカチカチになっている。
「慎重に割っていこうね。じゃないと氷と一緒にフラリアちゃんの身体も一緒にバラバラになっちゃうから」
「あんたもレイアストから纏意習いなさい」
「へっくしょん!…あ~…」
それからカジヤンの救出には成功したが、身体を休めようにも私達が滞在していたコルクは消されてしまった。
カジヤンの体調を案じたレイアストは、アオクリーの翼で先にイケネミへ帰還させることにした。
「これでブレイズの元まで飛んで、病院まで連れていってもらいなよ。私達は数日したらそっちに帰るから」
「…ありがとうございます」
カジヤンはアオクリーの翼を握り締める。すると身体が宙へ浮かび上がり、そのまま遠くの方へ飛んでいった。イケネミはあの方向にあるみたいだ。
「せっかくだしこの凍った海を利用させてもらおうか」
「そうね」
私達はこのままシュラゼアへ。そしてそこの転送屋からイケネミに帰るというプランに変更はなかった。
「それにしても見事な海割りだなぁ…どこまで続いてるんだろう?」
「幅は調整出来たんだけど、射程距離の調整が難しくって」
ケンソォドソーダーで出来上がった谷を見てレイアストが呟いた。完璧に使いこなせるようになるのはまだ先になりそうだ。
「イケネミに戻ったら私とブレイズ君の二人で扱いてあげるから」
「お願いするよ…もっと強くなりたいし」
こうして私達は凍った海を進み始めた。
「イヤアアァァハアアアアアアアア!」
「な、何この声!?」
「上からだ!」
進み出して僅か数秒。凍った海に響き渡る声を聞いた私達の足は止まった。
「アアアアアア──」
そして目の前に降って来た何かが、氷を割って海へ沈んでいった。
「な、なに今の…」
しばらくしない内に海中から太い腕が現われた。そうして大きな盾を背負った男が氷を掴んで登って来たのである。
ヤバい…こいつはさっき倒したマユと同じ感覚がする!一目見ただけで敵だって分かる!
「ふぅ…コルクってのは…あぁ消しちまったのか。ようお前ら、ここにマユっていうそりゃあ美人な魔女がいたはずなんだが知らないか?」
「そのマユなら倒した!お前も勇者セシルの弟子なのか!?」
質問に答えたレイアストが今度は尋ねる。すると男は質問に答えながら小瓶を取り出した。
「セシル…様、だろぉ?偉大なる勇者には敬意を払う。それが礼儀ってもんだ。学校で習わなかったか?」
小瓶には封印の呪符が貼られてる。あの中には一体なにが入ってるんだ…?
「シエルちゃん、もう一回ケンソォドソーダーいける?」
「うん。分かった」
レイアストに言われて私は技を準備する。確かにこのまま放置して何かされるより一撃で消しておいた方がいい。
レイアストは物刺しを召喚すると、私からゆっくり離れながら会話を続けた。
「お仲間さんには悪い事しちゃったと思うよ。だけどね、先に手を出して来たのはマユって子だから」
「あぁ気にすんな。あいつは死んでねえから」
ありえない。ケンソォドソーダーであいつは消滅したはずだ。
「あいつは魂と肉片一つありゃあすぐに蘇れるから。こんな風に」
男は小瓶の封を切り、中に入っていた物を氷上へ零した。肌色の物体と赤い液体、あれは肉片だ。
「ほらマユ、戻ってこい──」
「ソォダアアアアアアアア!」
蘇る?とんでもない!そんなこと誰が許すもんですか!あんたもその肉片もこの技で消えなさい!
「まだ早い!シエルちゃん!」
「おっとお!?」
男は盾を構える。ふん、どんな盾だろうと海を真っ二つに割る程の威力を持つ私のケンソォドソーダーは防げまい!
「いい技だ。何の面白味もねえ一撃必殺の搦め手ばっか開発されてる今の時代にこんな大技使うなんてよ」
「なんで!?どうして耐えてるの!?」
「このエリクシルシールドは喰らった魔力をナロ硬貨に変える事が出来る。1カロリーにつき1ナロ。稼いだ金は全部孤児院に募き──」
盾を破壊しようとレイアストが奇襲を仕掛ける。しかし男は素手で受け止めた物刺しを握り潰し、レイアストを蹴り飛ばした。
「穏やかじゃねえな。俺は人間とは戦いたくねえんだ。それが例え魔族に加担する馬鹿だったとしてもよ」
「シエルちゃん!魔力の無駄だ!」
これ以上撃っても意味はないと、ケンソォドソーダーを止める。
攻撃が収まって、男は盾を背中へ戻した。そしてそいつの隣には、私が倒したはずの魔法使いマユが立っていた。
「完全復活だな。気分はどうよ?」
「最悪。あんな攻撃喰らったなんて一生の恥よ」
せっかく倒せたのに…!こうなったらもう一度ケンソォドソーダーだ!あの盾を避けて二人同時に消す!
「………纏意が出来ない」
あぁ、二度もケンソォドソーダーを撃ってしまったからなの?!纏意が発動出来ない!
「この野郎!」
「へぇ、面白い武器持ってるじゃねえか」
シェルモードの等剣を構えて前へ踏み込む。すると男が素手で応戦に出てきた。
私が思った通り、男は武器も使わず拳で挑んできた。そして拳と刃が交わる直前、私はナイトモードへ切り替えて力を振り絞った。
「どうだ!」
「なるほどな。状況によって形態を変化させて戦う武器なのか」
な、なんだこいつの拳は!?技や纏意を使ってるわけじゃない!純粋な拳のはずなのに、刃が通らない!
「だがなぁ…効かねえな!」
「キャア!?」
そのまま殴り飛ばされ、氷を滑った私はレイアストに激突した。
「くっそぉ…!」
「シエルちゃん…」
万全の状態ならこんなやつらに負けないのに!
「クロウ、そいつらは私に殺らせなさい!絶対に許さないんだから…」
「はいはい、死体は残しておけよ。親族に送らないといけないんだからよ」
「このままじゃ…」
「シエルちゃん。よく頑張ったよ」
「レイアスト、しっかり!……あぁ!?腕が!」
さっきの男の攻撃を防御したから!?左腕が曲がってる!
「生命は剣なんだ。打たれて強くなる剣のように、試練に打ちのめされて、それから立ち上がる度に生命は強くなる………最後の修行だよシエルちゃん。この先あなたを襲う負の感情に打ち勝って。そうしたら今よりももっと強くなれるから」
「馬鹿言ってないで立ちなさい!逃げるわよ!」
立ち上がらせようとレイアストに肩を貸す。すると突然、身体が宙に浮かび上がった。
「アオクリーの翼!シエルちゃんを勇者ブレイズとフラリアちゃん達!仲間の元へ連れて行け!」
「レイアスト!?」
飛びたくない!でも一度発動した翼は止める事が出来ない!
こんな!仲間を見捨てて逃げるなんて事したくないのに!
「頑張れシエル!諦めるな!」
「レイアストオオオオオオオオ!」
私の意思に反し、アオクリーの翼の力を受けた身体はレイアストの元を離れていった。