第41話 殴殻斬刃の剣
ある日、レイアストがブレイズと連絡を取るため、私達はアズレアの港町に訪れていた。
「ちょっと待ってて」
レイアストはすぐそこにあった電話ボックスに駆け込んで、誰かに電話を掛けていた。
港町ということもあって潮の香りが強い。ここまで泳いで来たのを思い出す。大変だったなぁ…でも、あの修行があったからこそ、今の私が出来上がったんだよなぁ…
レイアストは受話器を置いてボックスから出てきた。
「朗報だよ、フラリアちゃんが強化したアマルガムセイバーをここに持って来るって」
「アマルガムセイバー?」
なんだそれ…
あぁそうだった、私の剣だ。
私の剣に正式な名前なんて付けてないし、名前変えたのもジョークのつもりだったんだけど、カジヤンってば信じてたみたい。
そうかカジヤンと久しぶりに会えるんだ。一体どれだけ強くなったんだろうか。再会が楽しみだ。
「カジヤンはいつこっちに?」
「転送屋が少し混んでるみたいだから、早くても今日の夜中になりそうだって。だから修行は…人助けも兼ねてクエストでも挑戦しよっか」
クエスト…久しぶりに聞く単語だ。レイアストと一緒に行動してからは一度もやっていなかった。
そんなわけで冒険者ギルドにやって来た私達。早速クエストの用紙が貼られた掲示板の前に向かうが、慌てたやって来た係の人が赤色の用紙をど真ん中に貼り付けた。
これは緊急クエストの依頼用紙だ。用紙には解決を急ぐ依頼内容が記されており、基本的に難易度が高い。だけどその分報酬が高く、不謹慎だが見つけたらラッキー、手練れの冒険者は見つけたらすかさず紙を取って受付へ行ったりする。
レイアストは紙を取り、依頼内容を声に出して確認した。
「1ヶ月前から立ち入りが出来るようになったモトキシヤリの呪森で3日前、植物研究家のチトセさん率いるパーティーがゾンビの群れと遭遇。その内の強力な1体がユニークモンスターであると判断された。当ギルドはそれの個体名を亡国の兵屍人サーガと定め要討伐対象と認定──」
さらに詳しい事が書かれているけど、要はそのゾンビを撃破すればいいというわけだ。
「なら早速これを──」
「おっと悪いなぁ」
突然、大剣を背負った大男がレイアストの持っていた用紙を奪い取った。報酬が高い緊急クエストの横取りだ。ルール違反だ!
「悪いが一緒にやりませんかっていう質問はノーだ。報酬は俺達だけで分け合いたいからよ」
「はぁ…シエルちゃん。モトキシヤリの呪森っていうのは私達が修行してた砂浜の近くにある森だよ」
それはきっと私が父親と会ったあの森の事だ。1ヶ月前に立ち入りが出来るようになったのも、あの人が悪魔を追い払って危険性がなくなったからだろう。
「なんだ?どうせ報酬が貰えないならせめて討伐して名声だけでも得ようってか?無理無理、お前らみたいなやつにユニークが倒せるかよ」
「先に行っといて。あ、その前にカードちょうだい。クエストは私が受注しておくから」
こういう公共の場で揉め事を起こすなんて御法度だ。それにこの言い方、私一人でユニークモンスターと戦えってこと!?
「レイアスト!別に受注なんてしなくていいよ!」
「冒険者が堂々とクエストを受ける事に何か問題あるの?それに今のあなただったら私がいなくても大丈夫だよ」
「おいおい黙ってここから出られる──」
建物の出入口に立ち塞がった男が倒れた。レイアストの能力で発射された硬貨を胸に喰らったようだ。
「ほら、いってらっしゃい」
「…行ってきます!」
ここまでしてくれるなら期待に応えなければならない!クエストの受注をレイアストに任せて、討伐対象のいる森へ向かった。
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場所は移りモトキシヤリの呪森。森へ入ってすぐ、亡国の兵屍人サーガと思わしきゾンビを発見した。一丁前に鎧を着て槍を持っている。早速私は剣を………
ぁれ…あぁ!そうだ!木の剣、ぶっ壊しちゃったんだ!武器持たないで来ちゃったよ~!
どうしよう?一回町に戻るべき?いや多分戻って来る頃にはレイアストが倒しちゃってるだろうし…
こうなったら、まだ未完成のケンソォドソーダーであいつを倒すしかない。死骸どころかドロップアイテムすら残らないだろうけど…
木の陰で両手を構える。そして纏意を発動し、手へ魔力を集中させた。
喰らえ!ケンソォドソーダー!
木々が折れ大地が削れて、周囲の景色が一遍に変わっていく。一瞬でも当たれば充分だろう。必要以上に魔力を消費してしまわないよう、手からの魔力の放出を止めた。
「この威力…場所は考えて使わないとだな…」
「恐ろしい威力だな」
「避けられた!?」
突如隣に現れたサーガが槍を突く。咄嗟に両手に纏意を発動し、魔力のグローブで槍を受け止めた。
「あなた、喋れるの…?」
一定以上の知性を持ち、能力を用いることなく会話を可能とする魔物は法律上魔族として扱われる。こいつは知性があるにも関わらず、私に襲い掛かって来た。
「待って!私は危険性のある魔物を倒しに来ただけ!知性があるのなら──」
「今の拙者が魔族か魔物か、それとも死骸に宿った成仏できない魂か。そんなことはどうでもいい。お主、ここをシャロアの領土と知って踏み入れたか」
「ここはもうシャロアじゃない!今はもうコルクっていう国なの!」
槍を弾くが、サーガは迷うことなく突きを繰り出し、私は後方へ跳ねた。
おそらくこのゾンビには何を言っても通じない。かつてはシャロアという国があった時代に生きていた人だったんだろうけど…
「もうこの森はあなたの居場所じゃない!」
「ならば拙者を殺してでも追い出してみせろ!武器のないお主にそれが出来るのならな!」
やっぱり戦うって選択肢しかないみたいだ。だけど今の私には武器が…
「お~い!シエルさーん!」
その時、頭上から聞き覚えのある明るい声が聞こえた。
「カジヤン!おわああああああああ!?」
再会を喜ぼうとして見上げた瞬間、彼女は空から降って来るように現れた。
「お久しぶりです!シエルさん!」
「あ、あんたどうやってここに…」
「転送屋の順番が回って来るまでクエストをいくつかクリアしてたんですけど、そしたら報酬としてこれを貰ったんです!」
そうして見せつけられたのは、色落ちしたように黒ずんだ鳥の羽だった。これは思った場所へ飛んでいけるアオクリーの翼だ。
「談笑している余裕があるのか!」
「危ない!」
カジヤンを抱いて横へ転がることでサーガの突きを回避する。そのまま彼女を連れて私は森の奥へ走った。
「何やら強そうなやつと戦ってますね。私が鍛え直した剣、早速使ってみますか?」
「ってあんたも剣持って来てないじゃない!」
「まあまあ見ててくださいよ!忍法、御鳥寄せの術!」
「クエエエエ!」
空に飛んでいた大きな鳥が声をあげる。鳥は足で掴んでいた箱を落とすと、そのままどこかへ飛び去って行った。
「一時契約した鳥の魔物に預けた物を取寄せる術です!」
「に、忍法ってあんた…」
「はい!ブレイズさんから教わったんです!」
ブレイズから!教わった!…まあそうだよね、一緒に修行してたんだから術の一つや二つ、教わる機会だってあっただろうね。
「お先に頂いちゃいましたよ」
そう小声で呟かれた瞬間、私の思考回路はショートした。
「冗談です。そこまでショック受けるとは思ってませんでした」
「………後で覚えてなさいよ」
最低なジョークを喰わされたところで私は箱を受け取った。それにしても大きいな。ここまで長いと取り回しが悪いと思うんだけど。
「全長150センチ!刀と柄が等しく75センチの等剣です!」
「柄長ッ…あれ?鞘から抜けないんだけど。つっかえてんじゃないの!?」
「違いますよ!それは──」
「追いついたぞ!」
殺気を感じて咄嗟に剣を構える。そうして抜けなくなった等剣の鞘で追いついてきたサーガの槍を止めた。
「フン、武器を仕入れたか。しかしそんなナマクラでは拙者を斬ることはおろか、この鎧すら砕けんぞ」
「ナマクラなんかじゃない!シエルさん!今の剣はシェルモードです!それで鎧を砕いてください!」
「このままの状態で殴っていいのね!?」
両腕に纏意を発動し、サーガの槍を払い除ける。突然の超パワーで怯んだところに、私は剣を叩き込んだ。
「なに!?拙者の鎧が砕けた!ケイリドウの鉱石を使っているのだぞ!?」
ケイリドウって使えばどんば盾でもS級レベルにまで硬くなるっていう超レア素材じゃない!それを使った鎧を砕いたって…えぇ!?
サーガが振り回す槍を避けて、隙が出来たところに一撃を叩き込む。そうして鎧を砕きながらカジヤンに尋ねた
「ちょっとカジヤン!あんたこれに何使ったのよ!」
「元となったアマルガルセイバーを補強するために手頃な素材を使いました。それ以外は特に」
「そんなわけないでしょ!勿体ぶってないでとっとと教えなさいよ!」
鎧を完全に破壊したがサーガは猛攻を続ける。反撃に剣を叩き込むが、ゾンビの柔らかい身体に弾かれてダメージを与えられなかった。
「アマルガルセイバーをヂカラセフィラで叩きました。毎晩、修行を終えた後に必ず一度。私の成長に比例してヂカラセフィラも強化されていき、剣はどんどん理想としていた形に変わっていき、それが昨晩完成させた物というわけです!」
「だからって変わりすぎでしょ!」
「名付けて欧殻斬刃の等剣!硬い鎧を砕いた今こそ、もう一つの姿を見せる時です!斬ると念じてください!」
一体どういう技術を使っているのか。もはやかつての面影がない剣を握り締め、敵を斬るイメージをした。
すると鞘と思っていた殻が消滅し、隠れていた刃が姿を見せた。
「それこそがナイトモード!その刃には力を収束させる特種な加工がしてあります!耐性があれど相手はゾンビです!太陽の力を集めてやっつけちゃってください!」
「そうはさせるか!」
カジヤンの話を聞いてそれを許すはずがなく、サーガの攻撃が激しくなる。しかし刃は太陽の光を浴びて、着実に力を溜めていた。
「フンッ!」
しかしサーガの槍が右手から剣を弾いた。そして胸へ突きが繰り出されるが、私は動かなかった。
「と、通らない!?鉄板を着込んでいるのか!」
「違うね。纏意の一点集中防御で槍を止めたんだ!そして!」
もうこれ以上打たせない。力の入る利き手で槍を握り、降ってきた剣を左手でキャッチ。刃には太陽の力が充分に溜まっていた。
「う、動かせない!」
「喰らえ!」
頭部から股へ剣を振り下ろす。一撃を喰らったサーガの身体は半分に割れた。
ゾンビというのは頑丈だが太陽の光に弱い。しかしサーガという個体はその光を受けても平然としていた。耐性があったのだ。
そこでこの剣の刃に太陽の光を収束させ、直接叩き込んだというわけだ。
「ウッガガガ…ガッ…」
ノイズのような悲鳴をあげて、肉体が塵になっていく。
おそらくこの地に関連した人間がゾンビとなって蘇ってしまったのだろう。
だけどもう、彼の住んでいた国は無いのだ。私にはこうして倒す以外にやれることはない。
「どうですか私の剣!使いやすいでしょ?」
「えぇ、シェルナイトソード。良い剣を造ってもらえて嬉しいわ」
カジヤンと再会し、新しい剣を振るいユニークモンスターを撃破した。
倒した証拠としてゾンビの塵を瓶に入れた。そしてギルドに戻ると、そこではレイアストに拳一つ分のタンコブを付けられた冒険者達が窓を拭いたり箒を掃いたりして、渋々と働かされていた。