第39話 死ぬ覚悟
纏意を発動した人同士で行う組手を纏意組手という。
私とレイアストでの纏意組手は現状100戦100敗。やっぱりと言うか、先日の戦いでは手を抜かれていたの。
「前よりも魔力コントロールが上手くなってきたね。ただやっぱり、シエルちゃんは攻撃を警戒し過ぎて守る部位に魔力を集中させちゃってる。そうしてそれ以外の守りが薄くなって、私のソフトタッチでも簡単に崩れてしまうんだ」
「世間一般でチョップの事をソフトタッチとは呼びません!…つまり、ビビらないで全身の魔力が均一であるように維持しろってことね」
レイアストに言われた事を意識しながら再戦。するとフェイントを交えた攻撃からパターンが一転、直線的な速攻に切り替わった。
「いいね!全身の魔力は均一だ!だけどそればっかりに意識が集中してたら──」
両腕のガードが跳ね除けられがら空きになったボディに連続殴打が繰り出される。
「セイアッ!」
締めに両拳同時での掌底が放たれ、また私の身体は大きく吹き飛んだ。
これで101戦101敗。短所を指摘されてそこを直したら、今度は別の短所を突いてくる。中々厳しい戦い方で、乾いた笑いが出そうになる。
「こんな風に本来やるべき身体での防御が不注意になる。それにその胸、纏意が崩れてるでしょ?」
本今の掌底だけ物凄く痛い。纏意ではなく身体で攻撃を受けてしまったみたい。
「全身に纏う魔力量を増やせば、纏意の質量と厚みを増す。そうすればそんな風に纏意が崩されることはなくなるよ」
「魔力を増やすにはどうすればいいの?」
「成長の実とかグロウポーションみたいなステータスを上昇させる物を使うのが手っ取り早いけど…」
レイアストが言葉を詰まらせた。それらのアイテムが気に入らないようだが、まあ分からなくもない。成長の実が話題に出た時、その実が豊富に採れる環境に産まれた人達は努力をせずに強くなれるという話を私も思い出したくらいだ。
「そういうドーピング頼りの物は嫌い、そうでしょ?」
「そうだね。違法な物でもないからドーピングっていう言い方は失礼かもしれないけど…私達は世界を守る為に身体だけじゃなく心も強くならないといけないんだ。強化アイテムは最終手段だね。それに私が考案した纏意組手も立派な魔力トレーニングの一つだよ!」
そう言ってくれて安心した。これで肯定されちゃったら今までの修行全部やらなくて良かったじゃんってなるからね。
「少し休憩しようか。魚を獲って来るから火起こしといて」
レイアストは下着だけになると沖の方へ泳いでいった。一見するとふざけいてるけど、このやり方で身長よりも大きな魚を獲って来るのだ。
火を起こして替えの下着を用意して待っていると、大きな魚を引っ張ったレイアストが戻って来た。
「いつもの魚と違くない?」
「カレンデュラタイラントシャークだよ。ここからカレンデュラ王国まで遠いって表現じゃ足りないくらい離れてるはずだけど…」
聞いたことない国の海に住む魚が迷い込んで来てしまったらしい。確認できたのはその1匹だけだったらしく、生態系が荒れてはいないそうだ。
タイラントシャークを大きな金網の上で加熱。その間、レイアストは私に覚悟を尋ねてきた。
セスタとの戦いで死んでも勝つ覚悟はあるのかと。似たような質問は冒険者になったばかりの頃にも聞かれたことがある。あの時はそんな物ないってハッキリ否定したっけ…
「死ぬのは怖いけど…逃げたところであの勇者、私のこと血眼になって殺しに来るだろうし。戦わないといけないって分かってるよ。それに…せっかく強くなったんだし、どれだけ通用するか試したい」
「話してくれてありがとう。まあそういう回答が普通だよね…」
「レイアストはどうなの?」
「………メアリスっていうのはその世界に生きる人達に最善を尽くすのが性分でね。私の先輩は仲間が死ぬくらいなら自分の身を盾にして命を散らすような人ばかりだった。私もそうなのかな、シエルちゃんとかブレイズ君が死ぬくらいならって考えてるよ」
数多の世界を渡り歩き、平和を守る存在。それがレイアストのようなメアリスだ。そのメアリスの生まれ持った価値観か、それとも先輩という人達の姿がレイアストに植え付けた思考なのか知らないけど、そのままにしておけるわけがなかった。
「私は嫌だよ。誰にも死んで欲しくないし、庇われようとも思ってない。だからそういうのやめて」
「そうだね、誰も死なないように頑張らないと。犠牲を出さないで勝てるほど甘い戦いじゃないけど、悲しい別れなんて無い方がいいからね」
レイアストはまるで自分に言い聞かせるように言った。




