第35話 思わぬ邂逅
中途半端な私は戦いから逃げ出し、名も知らない森の中を彷徨っていた。
木を見ると最初の修行の時を思い出す。訳が分からないまま魔力を纏わせた斧で木に触れていた。そして思わぬ物からのヒントで木を折った。
だけど海割りにヒントはない。要は素質を持つ者の成せる技だ。参考書を買っても搦め手となる技しか覚えられなかった私に、その素質があるわけがない。
「…へっ何がカラメソードよ」
そこのところはセスタにも指摘されてたっけ。
街を見つけようにも、まずはこの森を抜けないといけないな。随分歩いてもう入って来た場所に戻れそうにないし、とりあえず前に進もう。
それにしても不思議な森だ。空を見れば悪天候なのに雨や風が全く来ない。魔法の森というやつだろうか。
「どこが北だ………あちゃあ」
コンパスの針が連続回転斬りのレベルで回り狂っている。これは…俗に言う遭難をしてしまったのかもしれない。
「こういう時は…ってアイテム全部置いてきちゃったよ」
…本当にやばいかもしれない。
そして数時間後、拾った枝で真っすぐに線を引きながら歩いているにも関わらず、森の出口には辿り着けていなかった。きっと森の魔法によってここから出られなくなってしまったんだ。
人知れず森の中で彷徨い果てる。中途半端な冒険者には相応しい死に方じゃないの。ざまあないわね。
「………お腹空いたなぁ」
諦めはしたけど命が惜しかったのかひたすら進み続けた。それでも結局、森から脱出することは叶わなかったけど…
「あれは…人?」
「…ッ…アツ…」
進んだ先でスーツを着た中年が木に触れてボソボソと呟いていた。最期は狂ったおじさんに看取られるのか…せめてブレイズみたいなイケメンが良かった。
「ブラードの悪魔よ。敗戦国シャロアの面影たるこの森から…出て行ってはくれねえか。お前の主である賢者アマントは既にこの世を去った。ならもう言いつけを守る必要はねえだろよ…もうこの国はシャロアじゃねえんだ」
中年がトントンと木を叩くと森の空気感が変わった。風が吹き、雨粒が落ちてきた。あの人は一体なにをしたんだ?
「………誰かいるのか」
離れた距離で気配も殺してたのに気付かれた!なんだあの人…
「あっあの、森から出られなくて──」
「そうかそうか。ならもう大丈夫だ。森を守っていた悪魔はこの地を去っていった。そこを真っ直ぐ進めば最短でここから出られるぞ………ってお前、シエルか?」
「え、はい、シエル・ラングリッターですけど…どこかでお会いしましたか?」
「おぉそうか!最後に送られてきた写真が学校の寮に移る前の13の頃だったから…今は23歳か。冒険者にはなれたか?いくつダンジョンを攻略した?」
えっ何で私の年齢知ってるの…ヤバ、キモ…
「………ロンナは元気にしてるか?って家を出てから一度も帰ってないんだったな…あいつのマンドラゴラは便利だが不細工って言われてたけど今はどうなんだ。少しは生産者に似て可愛くなったのか──」
「私の年齢知ってたりお母さんの名前出したり!あんたなんなの!?」
「俺はケイト・ラングリッター、お前の父親だよ。まあ知らないのも無理はないよな。こうして顔を見るのは初めてだろうし」
父親…この冴えない中年男性が?
「ずっと同じレターセットを使って来たんだが…これに見覚えないか?」
おじさんが触れている木の皮がベリべリと剥がれる。そして便箋と封筒に形を変えた。
不思議な肌触りのレターセット…あれは間違いない!今まで実家に送られてきた父親の物と同じだ!
「じゃあ本当に…あんたが私の…」
「父親だ。そう言っても実感湧かないだろうけどな………今まで一度も帰ってやらなくて悪かった」
この人が父親………私ってばお母さんに似て良かったぁ………
「せっかく会えたんだ。少し話さないか。」
「え、でも…台風だし」
「こんな雨風どうってことないだろ…気になるか…それじゃあ………」
目の前に立つおじさんが頭上で手を払った。虫でもいたのかと思った次の瞬間、雲が去り雨が止み、そして風が収まった。突然、台風から快晴に天気が移り変わった。
「ベンチとテーブルも欲しいか?すぐに用意してやれるぞ………少し湿ってるけど」
「いやいいから…別に話す事なんてない。ずっと家を空けてた人を父親なんて思えないし」
「まあ…そう言うなや」
な、なんだ?!突然周りの木がバラバラになって…私達を囲んで柵になった!
「積もった事を話そうぜ。親子水入らずでさ」
柵は高くない。簡単に跳び越えられそうだけど…さっきも天候を変えたっぽいし、この人の力は尋常じゃない!絶対に逃げられない!
「わ、分かったわよ…」
気に障って殺されたくはない。私は素直に言う事に従い、泥の付いた岩盤の椅子に腰を降ろした。