第34話 無理な物は無理
親族が偉大な冒険者だったという話を色んな人から聞かされた。それはそれは羨ましくて仕方なかった。
遠くで働く父親とは手紙でしかやり取りしたことないし、お母さんは食用マンドラゴラを栽培する農家だった。特に目で見える距離にいる母親の働く姿は物凄くカッコ悪かった。泥に塗れて植物に叫ばれて、畑を告げと言われたけど絶対に嫌だと断った。
私もカッコいい冒険者になる。ダサい両親みたいにはならないと誓って人生を歩み始めた。その時は10歳で、今思えばちゃんと将来を見据えて良く出来た人間だと思う…あのことさえなければ。
13歳になった私は冒険者を目指す人が集まる専門学校に入った。容姿端麗で文武両道。成績はあえて1位を狙わず、基本は馬鹿っぽい性格を演じる事で沢山の友達が出来た。機会がなかっただけで、本気を出せば私はトップになれるはずだった。
ある日、事件が起こった。私達の暮らしている街に魔物の群れが押し寄せて来た。スタンピードと言われる現象だ。
冷静に考えれば逃げるのが正しい選択だった。足手纏いにならないように避難所に隠れて、魔物は手練れの冒険者に任せればいい。生徒は戦うか逃げるべきか、大人に尋ねれば誰もが私の意見を正しいと言ってくれるだろう。
だけど私のクラスメイト達は違った。逃げ遅れた人を守ろうと一致団結して、魔物の群れに立ち向かった。片想いをしていた男子、一緒に昼食を取る友達、恋のライバルにして一番の親友…
その一致団結は奇跡の力を生み出し、群れのボスだったユニークモンスター流星海王ユウすら倒してしまった。そして彼らはクラスメイトから街の英雄という遠く感じる存在になった。
私は避難するという冷静な判断を評価された。皮肉ではなかったと思うし、クラスメイトから逃げたことを責められることもなかった。
しかし彼らは勇気から始まった行動、それによる死傷者ゼロという功績、様々な事を評価された。たまにあの日の事を思い返して話をしている時。皆が談笑している中、私だけは避難所で感じていた恐怖を思い出していた。
生徒は戦うか逃げるべきか、若い英雄達の存在を知った後で素直に逃げるのが正しかったと言える人はいないだろう。
私は文武両道の学生のまま、周囲の人達は英雄になった。友達は友達のままなのに環境が一変して、世界が変わったようにすら感じた。私の人生はこんなはずではなかったと。
とにかく屈辱だ!私こそ戦っていれば英雄だった!スカウトを受けて今頃は凄腕の冒険者として名を馳せていたはずだったのに!学校で習った通りに行動したのに!どうして間違った行動をしたやつらが褒め称えられているんだ!結果主義なの?私が本気出せば誰よりも優秀なのに!
だからこの冒険はチャンスに思えた。無理だとは言い散らかしていたけど心の奥底では、潜在呪文とケンソォドソーダーを習得して強くなれると思っていた。そして平穏を求める魔王と一緒に虐殺を望む勇者を倒して英雄になれると考えていた。
しかしどちらも手に入らないまま。潜在呪文に至ってはスタートラインが同じカジヤンに先を越されている。
だけど屈辱感はなかった。だって…
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意識が戻るとまず、美味しそうな料理の匂いを感じた。身体を起こして室内を見渡すと、調理場に立っているレイアストを見つけた。
「……あっシエルちゃん。大丈夫?」
「レイアスト…さっきはごめん。もう大丈夫。熱は下がったみたい。外はどう?」
「台風が来て凄い風だよ。病み上がりだし、過ぎるまではここで身体を休めよう」
美味しそうな料理が並んでいる。だけど食べる資格はもうないなぁ。
「ベッドに使える草も沢山集めてきたんだよ、ほらこれ」
「あのさレイアスト。私もう修行やめる」
「…今はまだ成果が出てないだけだよ。もう少し頑張ればきっと──」
「勇者退治には別の人を誘うといいよ。私より素質ある人なんて星の数くらいいるから」
もう自信が持てなかった。これ以上修行しても無駄だ。アノレカディアは広いわけだし、ずっと同じ方角に逃げ続ければ勇者セスタと会うこともない。
そうして私は逃げることを選んだ。
「そんな…ふざけないでよ!急にそんな話されてもはい分かりましたって納得できるわけないでしょ!?」
「真面目な話、強い勇者相手に勝算なんてないでしょ」
「ある!あなたとフラリアちゃんが強くなって、私達と力を合わせればきっと──」
「でも強くなれてないでしょ」
「ちょっと躓いたぐらいで不貞腐れないでよ!ここまで修行させておいて出来なくなったら逃げるなんて自分勝手過ぎるでしょ!」
「本当…申し訳ないと思うよ。本当ごめん」
英雄になりたかった。そんな自尊心から生まれた欲望と中途半端な覚悟だけで、私は立ち入ってはいけない世界に足を踏み入ってしまった。
自分なら出来ると自惚れていた。あの時と同じ。私は肝心な事を何一つ成し遂げられないんだ。出来る出来ると思うだけ。実際にその時になってみて思い知らされる結果がこれだ。
多分あの日、戦う提案を聞いていたとしても私は逃げる選択をしたんだろうね。
「待って行かないで!まだ海割りの修行をやるには早かったんだ!この前にもう一つやらないといけない事があるんだよ!今度はそれをやろう!黙っていて悪かったよ!」
つまり修行の段階を一つすっ飛ばしてたってことか…
技の完成を焦って鍛練の省略をするのはありがちなミスだ。
だけど素質がある人はそうして完成させる事もある。
「変に期待させちゃったみたいだね…応えられなくてごめん」
私は人の期待を裏切った。その程度の力しか持たない人間だったんだ。
外に出ると暴風と大雨が私を迎えてくれた。
とりあえず近場の町を見つけたら、そこでクエストを受けよう。お金を稼いでこうなる前の生活に戻ろう。
万年Bランクの冒険者に。