第25話 必殺技
逆立ちでタドルモワまで移動した私は、幸運にも腕の良い医者と出会い、その日の内に凍結病を治して貰った。その後はレイアストを探して街を歩いていた。
「どこにいるんだろう…」
「素手で俺に勝てば1000000ナロ!それと今までの挑戦費用の23000ナロ!誰か俺と戦うやつはいないか~!」
賞金を賭けたストリートファイトの前を通り掛かった。挑戦するには1000ナロか…そもそも素手縛りって、私スッゴく不利じゃん。
「そこのお嬢さん!やっていくかい?」
「あー無理そうなんで結構ですー」
この憎たらしい余裕の表情。弱そうだからって声掛けられたな…
「ようようそこのオニーサン!彼女さんにいいところ見せるチャンスだよ!」
「え、あの…」
「やめてください!困ってるじゃないですか!」
今度は彼女持ちの男性だ。趣味が悪い…そもそもこの商売は合法なのだろうか?
「戦う時に戦えないと、彼女さんにカッコつかないぜ?」
「ぼ、僕は…」
「いいねえソレ。私にやらせてよ」
そばに立っているビルの上から参加を望む声がした。見上げると、4階のカフェの窓から身体を出すレイアストの姿があった。手には小さなカップを持っている。ちょうどティータイムが終わったようで、彼女はそのまま私達のいる地上へ飛び降りた。
「へえ、お嬢さん。あんたが相手してくれるのかい?」
「うん。シエルちゃん、応援してよ~」
レイアストってば本当にやるつもり?いくら強いからって素手で大男なんてそんな無茶な…
対角線に置かれた赤と青のカラーコーンとバーで作られた簡易リングに場所は移る。両者すぐにケリを付けるつもりなのか、特に運動もせずに向かい合った。
「おい誰か、合図してくれ」
「別にいいよそんなの。最初の一撃はあげる。あなたが私を殴った瞬間、その衝撃音を試合開始の合図にしよう」
えっ!?マジで言ってんの!?あんな男のパンチ喰らったらいくらレイアストでもヤバイって!
「顔?腹?…それとも背中?好きなところに一撃打たせてあげるよ。そうだ、私が倒れたらこの財布の中身全部あげる」
「チッ…ナメやがって…後悔しやがれ!」
淡々と続く挑発に乗った男は、利き手である右拳を矢を引くように後方へ。それからレイアストの顔面に鋭い一撃を打ち込んだ。
「うわぁ!?グニャッて今!凄い音だ!」
「酷い!相手は女性なのよ!」
「知るかよ!相手が女なら手加減するなんて言ったか?」
「これじゃあ美顔マッサージにもならないよ」
「なっ!?」
レイアストは平気だ!男の拳を喰らっても尚、平然としている!しかも魔法とかでの防御一切無しで、笑みを浮かべている!
「筋肉量は充分だし戦いの経験はあるんだろうね。けど技じゃないパンチなんて攻撃とは言えない。ただ勢いよく拳を前に突き出して相手にグータッチしてるだけだよ」
顔に触れている男の手首を力強く握り、威圧するようにゆっくりと離していく。
そして何か技を打つつもりだ。レイアストは脚を広げて膝を曲げて、両手首を合わせた。
「柄、鍔ときたら、次に来るのは何か分かるよね」
「や、…刃?」
「その通り。今から技の型を見せてあげる。あくまで動きだけだから、これからこの技を習得するんだなって軽く覚えておけばいいからね」
腕が柄で、真っ直ぐに開いた手が鍔のつもりだろうか。だとしたら刃は一体どこに当てはまるんだ?
考えている内に、レイアストは丸太の様に太い腕を再び回避。レイアストの姿が私からよく見える位置、ちょうど男の背後に彼女は移動していた。
「この技の名前は…ケンソォド」
「そっちか!」
男が左足を軸に回転し、そのまま右ストレートを狙う。だが拳が頭に触れるよりも先に、合わせた両手を振り上げた。
「ソーダー!」
な、何が起こったの!?レイアストが両手を上げたと思ったら、途端に男が後方に建つビルの壁面に吹っ飛んで叩きつけられた!
「ふぅ…賞金は貰わないでおくよ!私の参加費も合わせてその怪我の治療費に使っていいからね!それとこれに懲りたら、弱い人を狙ったストリートファイトなんてやらないこと!」
「す、凄い…今あんた、なにやったのよ!?」
「ケンソォドソーダー。ただ今のはあの男を風で殴っただけ。形だけだね」
風で殴った!?魔力無しでただ腕を振るっただけで、あの大男が軽く吹き飛ぶ程の突風を起こしたっていうの!?なんて膂力なのよこいつ!
「…あんな事、私に出来るの?」
「努力次第かなぁ」
そんな行き詰ってる人に言うようなセリフを修行開始前から聞きたくなかった。
ケンソォドソーダーは明らかに異質な技だ。基礎魔術が得意じゃない私にあんな技が習得出来るのだろうか。
隣を歩くレイアストはこれからについて大雑把に説明しているけど、潜在呪文すら未だに発現していない私は不安でしかなった。