勇者の弟子達
アイクラウンド公国の中心部に位置する武雷河。魔王達を逃がしたセスタはそこで何日も爪を噛み続けていた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
親指からは血が垂れて、赤い水溜まりが出来上がっていた。これだけ血を流しても平然としていられるのが、彼女の身体が丈夫であるという証だ。
「…魔族は生きていてはいけないんだ。ツツジ老師はそう言っていた。なのに何故、魔族の味方をする者は現れてしまうのか…」
「全く、師匠の仰る通りだぜ」
はじめに現れたのは巨大な盾を背負った大男だった。セスタの倍近くの体格を持つ男は、彼女を師匠と呼んだ。
「あいつら、救ってやった恩を悲鳴で返しやがった。ムカついたからそのままぶっ殺しちまったよ」
「言われた事忘れたの?魔族なんて最終的には人間に殺されるんだから、助ける必要なんてないって。殺せそうだったら殺してやった方が世のためだって教わったじゃない」
今度は杖を持った女だった。細い身体ではあるが、身長は男に負けないくらいある。彼女は背後にはさらに二人、セスタの関係者と思わしき人物が並んでいる。
弓を背負った男と、セスタと同じように剣を腰に挿している女だ。
「クロウ、マユ、セシル、クルミ。魔王が逃げた。私は次こそ殺せるように力を溜める。それまでにダメージを与えて弱らせるんだ。可能なら討伐して欲しいが、無理はするな」
「分かったぜ。ところでその腰抜け魔王はどこにいやがるんだ?」
「イケネミだ。地中からの魔力を利用して回復速度を上げているのだろう」
既に魔王の位置は悟られていた。そしてセスタは弟子達に奇襲をやらせようというのだ。
「魔王には人間の仲間がいる」
「魔族に加担する人間は人間じゃない。だから殺して良いのよね」
「そうだ。任せたぞ」
セスタは4人を魔法でイケネミへと転移させた。そして自分は剣を地面に突き立て修行を始めた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
何故ここまで魔族を憎むのか。それは彼女が魔族に傷付けられ、人間に助けられたという過去を持っているからである。珍しい経歴ではない。だがここまで心の底から魔族を憎める者のは中々いない。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
殺す。そう口に出す度に気が引き締まり力が沸く。そして生まれ持った無数のスキル達によって、ただ殺意が顕れるだけで彼女は強くなれてしまうのだ。
憎悪の感情を力に変える勇者。そしてその勇者から教えを受けた4人の弟子達が、魔王達のいるアイクラウンドに飛んだ。
脅威は着実にシエルとの接触という運命へ向かって進んでいる。