第23話 殺気
霧に消えたレイアストを捉える為に意識を集中させる。もうこちらから探すことはせず、カウンターを狙うことに専念した。
次の攻撃はいつ襲ってくるか。それを考えるのもやめた。どうすれば彼女に反撃を入れられるか。その事だけを考えよう。
霧の音が聴こえ始めた。スゥ…スゥ…と全方位から漂う音がする。ただ、9時の方角からの音だけ少し変だ。まるでビブラートが掛かっているように震えている。そこだ!
身体を曲げずに腕だけで剣を振ったが弾かれてしまい、次の瞬間には首元に物刺しが触れていた。殺気を乗せた物刺しだが、これまでと違い恐怖は感じない。むしろ、どうしてたかが武器に恐れを抱いていたのだろうかと疑問を覚えた。戦っていれば傷付き、下手すれば死ぬ。冒険してた頃からそれは変わっていないじゃない。
「へえ…」
「早く隠れなさい…次こそ…!」
物刺しが離れて気配が消える。再び耳を澄ますが霧の音はどこも一定だ。感知方法を見抜かれて動きを変えたのだろう。今、私に出来ることはなんだ?考えろ…
今度は音ではなく視線を感じた。霧の中を縫うように私を見ている瞳が2つある。それも物凄い速さで私を中心に走り回っているのだ。霧の中だというのに視線しか感じられない。音はなく、霧が揺れていないのだ。
視線が接近してくる!揺れることなくこちらに一直線に疾走している!
「ンッ!」
剣を振り出した瞬間に視線が頭上へ上がる。背後を奪われる!そう気付いて剣の動きを変えた時には既に遅く、身体が後ろを向く前に物刺しを背中に突き付けられた。
「なるほどね…これはこれは…」
せっかくのチャンスを無駄にした!きっと今度は視線すら感じさせなくなるぞ!一体なにを探って反撃を狙えばいいんだ!
「でも後1回しか攻撃してあげないからね」
「手加減なんてしないでよ。それと、痛い思いをしても私を恨まないでよね」
そう強がってみたものの…上手くやれるか自信がない。
霧の中へ再度レイアストを追い払う。そして今、周囲ではなく私の内側に、思考することに意識を集中した。
もうレイアストを感じる事は出来ない。それでも彼女に反撃する方法は………一つだけある。最も単純で誰にでも出来る方法。ただそれには、痛みに恐れず死への覚悟が必要になる。
死にたくはない。けど冒険者を始めた時から覚悟はしていたじゃないか。Aランクの冒険者を目指していた時も、そのためになんだってやるって決めていた。とっくに覚悟は出来ていたんだ!そのことをすっかり忘れていた!
「………」
息を止めて目を瞑る。音を無視して死に近い状態へ。私は死んだ。最後にそう暗示し、思考を停止させて………
死んだ人間に向けられる殺気の違和感は凄かった。挑戦的にも攻撃は真正面から近付いてきている。すぐに剣を振れるように、刃を引いて居合の構えを取った。
物刺しは私の胸に打ち込まれる。唯一感じられる殺気が攻撃の軌道を教えてくれた。
私はその殺気へ空いていた左手を伸ばし、物刺しを掴む。数字が高い場所を掴んでしまったのか、指が折れる感覚がした。
「くっ!」
掴んだ武器を元に敵の位置を確実に捉える。少し右側に身体があるはずだ。だけど考えろ!これまでの攻撃から分かる通り、相手は単純じゃない!
「そこだあああ!」
私は掴んだ武器のある正面ではなく右側に剣を大きく薙ぎ払った。
「うわっ!?」
何か斬った感触があった!しかしこれだけで終わらない!今度は左手に掴んでいた物刺しで薙ぎ払うように、身体を左に回転させた!
「おりゃあああ!」
「げええええ?!」
またレイアストを斬った!こいつ、武器を囮にして素手で攻撃するつもりだったな!しかも一回目はわざと斬られて油断させようとしてきたし!性格悪すぎるんだけど!
「まっ参った!」
最後の1回。殺気を辿った私は遂に、彼女への反撃を完璧に成功させた!
「まさかちょっと煽っただけでここまで成長するなんて…ブレイズ君が言ってた事は正しかったみたいだね。訂正するよ」
「それじゃあこれから一緒に謝りに行くわよ」
「良いけど…ここからイケネミまでかなり時間掛かるよ?」
「アオクリーの翼があるじゃない」
「ごめん、2枚しかない」
一人で行かせても謝らないで戻って来るかもしれないな…
「それじゃあイケネミに向かいながら修行付けてよ」
「まあ…それの方が経験も積めそうだし、それで良いか」
これにてスティンク高地での修行は終了。旅立ったばかりだがイケネミへ向けて修行の旅が始まった。