第97話 憎しみの執念
シュラの転移魔法を喰らったケイト達は、チューブ状の空間を通って別の世界へ飛ばされていた。
「なんであんな未練もない世界に行かなきゃならんのだ…」
「ブレイズ!シエルと身を固めろ!ケイトさんは俺と!絶対に孤立するなよ!」
ブレイズはシエルを抱えると転移が終わるのを身構えた。次の瞬間、二人の姿が消えた。
「どうやら僅かにラグがあるみたいだな」
「まさか敵の策略で別世界に飛ばされるとはな…どうやって帰ったもんか」
二人とも妙に落ち着いてた。メアリスであるからこうして世界を超える経験が多くあるアクトはともかくとして、ケイトが悟っているのは意外だろう。
そして二人は大都市の上空に飛び出した。
「東京タワー!東京スカイツリー!東京…なんか知らないやつも建ってる!?」
「おぉ、あれは東京富士級ビル!完成していたのか!あれはな、世界各国の建造技術の実験を兼ねて、富士山並みの高度を目指して造られたビルなんだ!」
「へえ~…って落ちてるぞ!ケイトさん!なんとかしてくれ!」
「あい分かった!」
ケイトはアクトを抱えるとゆっくりと減速して人通りの多い地上に着地した。当然ながらかなり目立ってしまった。
「街並みは他の東京とあんまり変わらないか…」
「都会なんてどこもそうだろ。まあ、月日がかなり経っても変わってないのは残念な気もするが…」
そう言いつつも、見覚えのある景色が出迎えてくれた事にケイトは喜んでいた。
「ははは…」
「笑ってる場合じゃねえよ。こっからどうにかしてアノレカディアに戻らないと…つ~かあの口振りからしてあの3体も俺達を殺しにこの世界に飛んでくるはずだ」
アクトが悩んでいる間にも、ケイトは懐かしい街並みの中へ進んでいく。それも見た彼は呆れつつも、ケイトが満足するまで散歩に付き合う事にした。
アクトはその街並みをアズレアと似たような物と言った。
それを聞いたケイトは、アノレカディアにはアレがないコレがないと違いを指摘し始めた。
「ハンバーガーなんてどこも同じだろ」
「向こうの肉は野性味が強すぎるんだよ。混ぜるに混ぜたソースを使った添加物まみれのジャンクフードこそがハンバーガーだ。食べて健康になるハンバーガーなんてハンバーガーじゃない。ラーメンだってそうだ」
「好きなのか嫌いなのかよく分かんないな…」
かつて暮らしていた世界に戻って来たからなのか、ケイトは多弁になっていた。
「はぁ…ん?どうしたんだ?」
ケイトは曲がり角の前で足を止めた。手が尋常じゃないほどに震えていた。
「ここを曲がった先に俺が務めてた会社がある…はずだ」
「そうか…どうする?見ておくか?それとも引き返すか?」
「…見ておきたい」
その言い方と動揺を見るに、その会社がケイトの転生に関係している事は明白である。万が一の事に備えて、アクトはケイトより少し遅れて角を曲がった。
平山屋。その看板を掲げている建物は、榎本慶斗だった頃の記憶よりも大きくなっていた。
「立派になったなあ…死ぬまでコキ使って儲けたのか?」
ケイトは足元を見回した。自分が落ちた痕跡が残っていても良かったはずだが、歩道は最近補修されたばかりのようだ。
自動ドアが開くと、建物の中からケイトの倍は年を食っている男が、他の社員に囲まれる形で出て来た。その光景を見るからに重役のようだ。
「ほう…」
「おや、我が社に何か御用ですかな?でしたらこのまま真っすぐ進んでいただき、受付の方に声を…」
優しく説明していた老人だったが、ケイトの顔をジッと見て黙り込んだ。
「社長?どうされました?」
「…え、榎本?うわぁぁぁ!?」
なんと社長であったその男は、一生再会するはずもないと思っていた男の存在を思い出して尻を打った。
「社長か。成り上がったな佐藤さん、いや社長。告発する文書を残さなかっただけありがたく思って欲しいな」
「おおお、お前!お前は死んだはずじゃ!」
佐藤社長が見た男は、かつて飛び降り自殺した高校卒の榎本慶斗にソックリだった。
「36歳で転落してから49年間向こうで暮らして…精神年齢は85歳か。社長は今年でおいくつに?」
「56だが…」
二つの世界で時間の流れに差が存在するのか。それともアノレカディアの過去に転生したことで年齢に食い違いが起きているのか。そんなことよりも、これはまたとない機会だった。
「最後の給料日から飛び降りた日までの分は、御立派な社長さんに支払ってもらう!その命でな!」
「ふ…ふざけるなぁ!私だってお前と変わらない程に苦労を重ねてここまで来たんだ!残業やハラスメントがなんだぁ!それぐらいどこの会社にだってある!堪えられなかった自身の不甲斐無さを他人にぶつけるなぁ!」
「開き直るなぁ!」
ケイトは手始めに会社を破壊しようとした。だが冷酷な瞳をしている彼の前にアクトが立ち塞がった。
「何考えてんだよあんた!こいつら殺す気か!」
「どけやアクト。お前じゃ俺には敵わない。死ぬぞ」
「単純だな、脅せば退くと思ったか?俺から殺してみろ!」
「どけ!邪魔だ!」
アクトは武器を向けていない。その気迫こそが今のケイトを止められる最大の武器であった。
「参考に教えてやる!憎しみのまま行動したらな、支えてくれた仲間がいなくなって、大切な物を手放す事になる!後悔の果てに自分すら消したくてたまらなくなるぞ!」
「俺には支えてくれた仲間なんていなかった!」
「奥さんはどうなんだよ!?」
アクトの口から亡くなった妻の名前を聞いて、その通りだと動揺させられた。さらに今まで怯えていた佐藤がケイトに歩いて近付いたのだ。
「危ねえよ爺さん!」
「ありがとう…当時は私なりにアドバイスしていたつもりだったが、こうなるまで君を追い詰めていたとは思わなかった。気が晴れるなら何をしても構わない。だが私だけにしろ!この会社には彼のような子供を持った社員が何百人と働いてくれている!会社に手を出すようなら今度は私が殺しに出るぞ!」
佐藤が放つ気迫はアクトと同等の物だった。何の能力もないと侮っていた男が出せるはずのない気迫。それは会社を守りたいという強い想いから発せられていた。
「善人面を………くっ………うおぉぉぉぉぉ!」
理解が追い付かなくなったケイトはそのまま空へ上がり、どこかへ飛び去ってしまった。
「亡霊、だったのか…?」
「そんな感じですね。それじゃあ俺は行きます!守ってくれてありがとう!」
アクトも建物を駆け上がってケイトの姿を捉えると、彼の向かう先へ走って行った。




