第91話 仇になって返ってきそうな恩
その日のクロウは平常運転。働く子供もいれば、夜に備えて睡眠する子供もいる。数少ない大人達は出しゃばる事もなく、子供達のためにと働いていた。
シエルとフラリアは漁に出ようと砂浜まで船を押して、出港の段階まで来ていたのだが…
「私も行く!」
「だからこの船は二人乗りだって言ってんでしょ!」
「マユさん!今日は畑仕事をやるって予定だったでしょ!」
「嫌!フラリアと一緒に海に出るの!」
船に乗せろとマユが騒ぎ散らしていた。船は4人乗りではあるが、あくまで人だけを乗せて移動する際の話だ。漁に出るとなったら、捕まえた魚を置いておくスペースを残しておかなければならない。そうなるとマユは乗せられないのだ。
「おばさんは前みたいに沖まで泳いで鯨でも捕まえてくればいいでしょ」
「あっそう!?マユは私に船に乗らないで泳いで行けって言うんだ?鮫に喰われて死ねばいいんだよね、私なんかさ!」
「シエルさんもそういう気色悪い発言はやめてください!本当におばさんみたいです!」
「なんですって!」
シエルは海を撫でるはずのオールを振り回して二人に襲い掛かる。老いとは恐ろしい物だ。逆鱗に触れるだけの言葉で人をここまで凶暴にしてしまうのだから。
そうして砂浜で鬼ごっこをしていると、水平線から小さな影が現れた。
「おばさん待って!」
「だぁからおばさんって言うな!」
「見てくださいシエルさん!何か…船がこちらに向かって来ています!」
真っ先に船であると気付いたフラリアは、クロウへ近付いて来るその船に見覚えがあった。
「あれは以前やって来たアメーカという国の貿易船ですよ!」
フラリアは砂浜に一定間隔を置いて並ぶセスタの部下達に、一隻の船が近付いている事を知らせた。
そしてセスタの指示により、クロウを守る少年防衛隊が船の見える北西の砂浜に集結した。
「砲弾装填!一度交流した相手だからと気を抜くな!」
その場にいるセスタだけはその大きな船が奴隷を運ぶための物だと気付いている。以前の謝礼をしに来たとしても、奴隷船で来訪するのは怪しく思えた。
それからは前回とは反対に、アメーカの代表者が小舟を降ろしてクロウへ上陸した。
「お久しぶりです。お加減の方はいかがでしょうか?」
「君達から譲ってもらった食糧のおかげで無事に本国まで辿り着く事が出来た。今回はその謝礼に加えて、友好条約を結びに来たんだ」
「ゆ、友好条約!?ですか!」
アメーカの代表者は礼こそ言ったものの、この国の代表者が子供であるからと敬語を省いていた。しかし子供達はそんな事よりも、別の国と良い関係が築けるというビッグニュースで頭の中がいっぱいだった。
停泊の許可が下りると、アメーカの貿易船はクロウへ接近した。
「う…!」
「マユさん、大丈夫ですか?」
「マユ?どうしたの?」
マユが苦しそうな声を出した。二人が日陰に連れて行くと、マユはアメーカの船を指さした。
「あの中に…いっぱい…!」
「いっぱいって…何が?」
「恐らく、ここに来るまでに捕えて来た奴隷だろう」
「ブレイズ…」
三人の元へ水筒を持ったブレイズがやって来た。マユに水筒を渡すと、彼は船の方を向いて話を続けた。
「お前達も既に気付いているだろうがあれは貿易船などではなく奴隷船だ」
「そうだったんだ…」
「全然気付かなかった…」
「…恐らく船内には拘束されている者達が横に寝かされて収容されているだろう」
「じゃあ何、あいつらは謝礼として奴隷を渡しに来たって事?」
「それなら断るだけで良いんだがな…」
錨を降ろした船からはとても汚れた服を着たアメーカ人達がゾロゾロと降りて来た。誰が見ても友好的には感じない。それでも、人を見た目で判断してはいけないと子供達は彼らを信用した。
「改めまして!私はこの国の外務大臣レット・ペーパーです!」
「どうもレット君。私は船長のゴッヅ。島を見て回りたいのだが、案内してもらえないだろうか」
レット少年は初めての外交で緊張していたが、きちんとした対応をしてみせた。良くない点を挙げるとしたら、初めて会話した人間を信用し過ぎてしまった事だろう。
「分かりました!それでは島を案内します!」
まるで観光ツアーのようなノリで、まだ味方とも言えない人間達を島へ誘い込んでいった。
「やはりか…」
「えっ何?」
「あいつらの目的は以前の礼をする事でも友好条約を結ぶ事でもない。この国の住民を奴隷にする事だ」
その言葉に反応したマユは起き上がると、奴隷船の方へ走り出した。
「マユさん!?」
「私…見てくる!」
奴隷船へ近付くと、マユはこれまで一度も使った事のない透明化魔法で姿を消して船に侵入。乗員達はこの国の子供達が何かしてくる事はないだろうと気を抜いて談笑していた。当然、姿の見えないマユに気付くはずもなかった。
扉が勝手に開くと不自然である。侵入を悟られないように強く警戒しながら、マユは船内へ突入した。
内部には酷い臭いが漂っていた。マユはさらに奥へと進んで階段を降りると、そこで酷い光景を目にすることになった。
「酷い…」
思わず声を漏らす程だった。人間と魔族の両族が包帯に巻かれて拘束されていたのだ。ご丁寧にも呼吸が出来るように頭だけは解放されており、呻き声で溢れかえっていた。
「こ、こんな事…!」
衝撃を受けた直後にマユは強い怒りを覚えた。それは瓶から出て初めての感覚だった。
「奴隷を見て怒るなんて、見た目通りのお子様さね」
「透明化魔法は上出来だけど、それ以外は最低さね」
「なんであれ、私達以外の魔術師は最低さね」
しかしマユはこの船に接近した時点で、護衛を務める3人の魔術師にその動向を監視されていた。




