三日月湖畔にて
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
蒼銀の月光のもと、対照的な組み合わせが街道を進んでいた。
輝かしいまでの白銀の毛並みに、澄明な蛋白石を刻んだような一角を持つ獣。その横を歩むは人型の闇。
見るものがいれば、おのが目を疑ったかもしれぬ。
街道を外れた異形の一対は、なんと月光を映す水面へと踏み込み――、その上を歩みはじめたのである。
蹄が水面に降りるたび。
靴が水面を離れるたび。
波紋は互いに交わり、増幅するように複雑な模様を水面に描き続けた。
ふと、湖面が静まったのは、人影が歩みを止めたせいだ。
獣がいぶかしそうに寄せた鼻先をなだめるように撫で、とぷんと人影は沈んだ。
獣は動かぬ。湖面にたてがみを垂れ、獣は祈るように待った。
月の光が、その冠のごとき枝角をきららかに輝かせているのにも気づかぬように。
新たな波紋が生じた。
湖面に広がったそれに喚ばれたように、人影が生えてくる。
鼻面どころか身を寄せ来る獣を撫でながら、濡れた様子もない人影は、湖畔の森へと鋭くこうべを巡らせたようだった。
獣と人はさらに水面を渡っていく。
が、その背後。水面から這い出たものは。水晶の欠片のように、雫を滴らせながら行進するいくつもの影は。
陰鬱なまでに生い茂った森と水面に挟まれた街道はゆるやかに蛇行している。
そこを進む隊列に停止の命が鋭く響き、魔術師たちが呼び寄せられた。普段軽んじる様子のある指揮官がすがってくるのは珍しい。
急ぎ赴いた杖持つ者たちは驚いた。
彼らが驚愕したのは、街道の石畳の真ん中に生えていた立札にでも、そこに括られていた数人の男たちにでもない。
立札の回りには、そしてその背後には、肉も溶け落ちた人の亡骸が、敷石の上に隙間なく並べられていたのだ。
異様なほどの冷気を感じる、無音の森陰の向こうまで、延々と。
誰かが立札を読み上げる。
「『この者ら、近隣に根城を構えたる盗賊が残党。数多の旅人を襲い、その財と命を奪いたる悪逆非道。ユーディトゥム神の御手に委ねたし』」
「では、この遺骸はこやつらに襲われた者のものか」
ぞっとしたように魔術師たちは顔を見合わせた。
うち捨てられる前に身ぐるみ剥がされたのか、肉ともに朽ちたのか。どこの誰ともわからぬ亡骸たちはどこに隠されており、誰が見つけたのか。
彼らは知らなかった。一体一体丁寧に横たえられた遺骸、それぞれの胸骨の上に小さな石が置かれていることを。
まして、網目模様と刃――冥界神マリアムの象徴がその石に刻まれていることなど。
拙作『こんな異世界転生はイヤだ!』より、骨っ子と一角獣・コールナーのお仕事デート(帝国の軍の移動妨害)でした。
具体的に言うと、第六章の終わりから第七章冒頭あたり。帝都レジナへ襲撃をかける前のことです。
たぶん背景の森には樹の魔物であるラームスが紛れていたり、幻惑狐たちがわちゃわちゃしていたりします。
これ以外にも、心理的物理的妨害をすべての街道に複数しかけてあるわけですが……はてさて、どうなることやら。
ユーディトゥム神というのは裁きの神。単純に正義の名の下に断罪するのではなく、情状酌量の余地があれば考慮してくれます。余地があればですが。