4.12.2.3橙色のヒガンバナ4
ミチノ様が急に鼻を鳴らし匂いを探るような仕草をすると、自分の足元をのぞき込んだ。
「あの阿保娘たちは無事に入っていったようだ。それにやはり早速寄ってきたな。。。だが数が少ないな。斥侯か。。。後続に真っすぐ向かってくる奴らがいるな。紛い物の紛い物も向かってきている。それにかなり後ろにまた別の群れ、そして一躯か。。。」
いささか面倒だと吐き捨てると、悩むように頭を前後左右に傾けている。
「いや。。。むしろ都合は良いのか。」
扉の方を向いて悩むミチノ様に後ろからカメピス様が笑みの乗った声をかけた。
「どうせならば、我々に得上がるよう事を進めてくれ。」
面倒くさそうに軽く手を振ると、逆の手でこめかみを抑えた。少し固まって考え込んだ後、がばっと頭を上げた。
「あいつにはまた嫌われそうだ。」
言葉とは裏腹に。ニヤニヤと笑みを浮かべて恍惚とした表情をしている。何やらまたどうしようもないことを思いついたらしい。それにあの人に嫌われるということは特にこちら側の倫理観から外れた時だ。眉間に皴が寄っていくのがわかる。カメピス様もそんな私の様子を取ってか、少し訝しげだ。
そんな我々を見て、顔に笑みを一層深く掘った。そして潰れた煙草を指先で拾い上げて顔の前で振って見せた。
「お前らも今後のこれの捌き先が欲しいだろう。それに新しい後ろ盾も必要だろう。」
「それはそうだが。。。軽く最中に騒ぎを起こした程度で断交するとは思えんがな。それなりに立場的に危うくはなるだろうが、多少の話だろう。トカゲ共の処理も異教徒もある。」
そこまでは裾野は広がっていないとやや不満げに答えた。しかしミチノ様は軽く馬鹿にしたように目を細めた。
「あの成り損ないが噛んでいることは確実なんだ。あいつにも軽くお仕置きをしないと気が済まない。あくまでそのついでだ。だがあいつらも背に腹は代えられまい。もしそうならなくとも、そう仕向けるのがお前の仕事だろう。それに中枢に紛い物がいなかった。あの小心者が抜け出すとは思えない。。。中々にきな臭い。」
大きな身振りで話し始める姿を見て、やはり時々子供っぽいところが底知れず、また魅力的に感じる。その上またすぐに外見とは不相応な様子に戻る。起伏が激しく考えが読めない。恐らくこちらも現時点で理解できないことまで勘案しているのだろう。。。だが、あの人が悲しむのならばその選択肢は真っ先に忌避すべきだ。思わずミチノ様に向ける目に力が入る。
「外郭は大いに越したことはない。我々の手勢も手段も限られ、選ぶ余裕もない。いずれあいつも理解してくれるさ。」
それに、と忌々しそうに続ける。
「第一、何に変えても筆舌に尽くしがたい痛みを得るのはこの俺なんだ。だがあいつのためには現状最善手だ。文句は言わせない。物も知らない小童ごときがグダグダぬかすなよ。」
彼に殺気めいた眼を向けられたのは久々だ。その迫力にひるんでしまう。それに言っていることは最もだ。当然だ。だからこそ腹が立つ。何もさせてくれないことに、できないことに。出来ることならば何であろうとやるのに。そして、何よりも無能な自分に腹が立つ。
そんな私を見てか、カメピス様が手をかざして止めた。
「お前にとっても今回は異例すぎるだろう。だからこそあいつのような価値観をもつ、才ある子供がいた方がいい。そう責めるようなことを言うな。それになんだ。。。」
頭をかいてぶっきらぼうに付け加えた。
「今度あいつにもお前のことを言っておこう。」
かつてない真剣な眼差しで指をビシッと立てて絶対だからなと言って、納得したようだった。本当に何なんだこのかわいい子供は。あの人にも素直になったら良いのに。
「それで、配置場所は。」
本題に戻ったはずなのに一転、締まりのない顔で切り出した。いや、むしろ喜色満面だ。
「E4、F4、BC4、KF1、BXB5、NF3、D3、NH4、NF5、G4、RG1、H4、H5、QF3、BXF4、NC3、ND5、BD6、E5、KE2、NXG7P、QF6P。詰めは知らぬ。お前が配置したんだろう。」
カメピス様は呆れた顔で一通り番号を羅列した。小さく相槌をしながら聞いていたミチノ様は番号を聞き終えると足元をドンと蹴った。
「聞いていたな。西側は出るときにお前らの判断でやれば良い。一体は中に入って待機。他は撤去作業を手伝わせろ。あとは号令を待機。予備共に伝えてこい。」
すると、一瞬だけ足元の影が一回り小さくなった。
「それで、見込みは。」
「紛い物の紛い物。。。それにお前のお仲間さんの動向次第だがな。。。亥刻ばかりまでは稼いでやる。こいつもいることだしな。お前らも俺の号で撤退を開始。西から一度脱出で良いだろう。」
つま先で地面を蹴りながら腕を回す。腕を上に伸ばし深呼吸をすると、もう一度カメピス様に指をさし約束を守れと念押しした。使用人から真っ白な外套を受け取り、もらっていくぞと煙草を何本か腰に入れた。
「中々に良い。これは良い仕立てだ。。。」
使用人たちに無理やり頬を上げたような笑みを見せると、こちらに向き直してそれとと続けた。
「横槍を入れて興醒めさせて悪かったな。復讐というものは、それはもう蜜のように甘い。果たしても果たしても次の相手を探してしまうほどにだ。だがやはり初の経験は、初体験はもう喉の奥が焼けるほど殊に甘やかだ。」
記憶を噛み締めるかのように腕を振ると、楽しめよと背を叩いてきた。彼は先ほど使用人に向けていたような顔だった。しかし、目は縋るような、同情するような、潤みを湛えたように感じられた。
私が自分の置かれた状況を思い出す間もなく、外から微かに聞こえる軽快な音楽に合わせ指を鳴らしながら、それは楽しそうにさっさと降りて 行ってしまった。




