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秘されし赤林檎  作者: 敬重感泣
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4.12.3.2 黄色 のゼラニウム2

 妙に湿気た空気の、はるか上空を漂う紙切れを手繰り寄せる。

「どうやら探すべき異常がやってきたようだ。」

 他の班員のうちにも同様に急報が届いたものがいるようだ。支部統括も神妙な面持ちとなった。前方を歩く音楽隊に扮した者たちもこちらの様子を伺っているのがわかった。軽く息を吐いて簡潔に周りの人間だけに伝える。

「どうやら例の香具師がしっぽを出したようです。それも相当大所帯らしい。騎士様も一名派遣されたとのこと。」

 この時期にわざわざ騎士が割かれる理由として考えられることはそう多くない。他の領国が大規模に関与しているか、相当な 手練れが与しているか、あるいはその両方か。。。どちらにせよ我々のような末端の人間にはまず間違いなく陰惨な死が待っていることだろう。思わず腰の準機を手に取りたくなる。他の者も同様なようだ。

「それで、どうしてこうも急報が飛び交っているわけだ。」

 肩に担いだ得物を握る力を強めて支部統括が一層眉を顰めながら鋭い目を向けてくる。

「この先それは我々が真っ先に接触しそうなのだと。速やかな制圧と処分が我々に課された任務です。貴方たちにも古い取り決めに則って付き合ってもらう。」

 生唾を飲み込む音がした。支部統括か、もしくは他の協会の者か。もしかしたら自分なのかもしれない。ぐっと何かを深く握りこむ音がした。

「我々は拾われた根無し草どもだ。諸君らの献身には非常に痛み入る ところではあるが、生憎と我々には諸君の敬愛、いや恋慕する神からの恵みには縁がなかった者たちばかりだ。だがだからこそ、だからこそだ。我々は超常の存在を知っている。あの方諸君らとの古き約束に則ってこの命で任務を遂行しよう。」

 統括の言葉を聞いた協会の人間が長い得物を右手に握り四方に一目散に駆け出した。

「まっ。。。」

 それを止めようとするも、唯一とどまった支部統括に制止されてしまった。それに食って掛かろうとする班員を今度は僕が制止した。

「近くにいますよ。我々は人を殺める技術だけを追い求めてきた。この領域を守るためにわざわざ集められたのだ。今更逃げたりなどはありえない。」

 揺るぎない眼差しに少したじろいでしまう。もし彼のような立場であれば、僕にもこんな覚悟を持てるだろうか。統括は片時の沈黙の後、口元を緩めた。

「何。我々は最悪の相手とも交えたことがある。それに比べたら楽なものだ。」

 肩を叩くと先ほどまでより急ぎ足に歩き始めた。全体に達しを出そうと腰袋を探っていると再び焦げ臭い匂いがした。どうも嫌な予感がする。慎重に畳まれた一報を開くと、緊迫した状況が書かれていた。

 思わず足を止めた僕の顔を、支部統括がわざわざ戻って覗き込んでくる。そして手元を盗み見たようで絶句していた。

「どうやら。。。最悪な相手をすることになったようだ。」

 彼の顔は今まで見たことないほどに困惑と失意に色づいていた。内心僕も恐れを抱いてしまう。狂ったように戦闘技能ばかり磨き続け、信条も碌に守らない。大義はあるというが、所詮一個人の恩顧だけだ。常軌を逸した集団が急に反旗を翻したら騎士候補となった僕でも到底止められはしないだろう。

 そっと片手を腰に手を回し、もう片方は手を軽く握りこむも、どうやらその心配はいらないらしい。

「一先ず対面してみないとどうにも進まないだろう。あの方がそのような不条理なことをするとは思えない。」

 表情は依然として硬くどうも読めないが、もし反故にするならば既に行動に移しているだろう。不明点だらけなのに、そこに情報が次々と乗ってきて頭が痛くなってくる。

 いや、そんなことは最初からわかっていた話だ。くらくらする頭を振って、すぐに思考を切り替える。

「全員準機を即応状態に。至急包 を上限まで詰めてあることを確認。」

 自分の分を終わらせて指笛を吹いた。音楽隊も流石の錬度だ。曲調を違和感なく変え、演奏を途絶えることなく各自装備を整えている。

「我々が先行します。」

 後方の皆が整ったのを確認して前に出る。速度を上げ真っすぐ現場へと向かう。

 大きな声で騒ぐ人間もだんだんと減り、人気が落ち次第に空気中の湿り気が濃くなる。そんな中でだんだんと頭の中にも靄がかかるように感じられた。

 一刻半 程度進行すると、しだいに甘ったるい匂いが広がってきて鼻を越えて舌まで刺激してくる。目でも先に一人朧気ながら姿が確認できた。やけに緊張感もない様子で体を動かしている。ぷらぷらと揺れて、伸びでもしているようだ。関節が鳴るような音がする。不思議なことに、その姿は多少近づいてもあまりはっきりとしない。だが間違いなく彼女だ。

「人気がすると思って出てみたのですがね。なかなか主軍が来ないものですから、こちらから出向いてみましたよ。」

 距離があるのにつぶやくように出た声はやけに近くから聞こえてきた。その弾指 、バンと何か叩きつける音がしたかと思うと後ろからどどどと音がして演奏が止まった。

「こうも待たされたかと思ったら、大騒ぎされて。。。迷惑極まりないですね。あなた方にとっても良いことだとは思えないのですが。」

 仮面のように貼り付けた笑みからひどく低い声音が流れ出る。倒された者たちもすぐには起き上がれない様子だ。顔のどこかから汗が地に垂れ落ちる。振り返ったまま体が固まってしまった。

「それで、こうも多勢で私にどのような要件でしょうか。」

 大きく鼻息をついて。先ほどの殺気を抑えて聞いてきた。張りつめていた空気が少し軽くなる。ごくりと生唾を飲み込んで体を前に向けた。

「失礼ながら、それは当方もお聞きしたいところです。」

 白い 詰襟を装った女は頭痛がするとでも言いたげにこめかみを指で押さえた。

「何故って。。。それは当然俺の子供の体を弄んでいると聞いたからだろっ。」

 語気を強めて言葉を放った後、怒りを落ち着けるように顔を上げて鼻から空気を吸い上げて一気に吐き出した。

「いえ、それはあっ。。。」

「それで、諸君らは何用で斥侯を送り込んできて、さらに仮装してまで集団でやってきたわけだ。お前らは私の道場の子供たちだろう。」

 答えようとすると遮られてしまった。ちらっと斜め後ろに倒れている人間に目をやって、不服そうな顔をしている。おそらく保衛省の班員であろう。

 隣にいる支部統括は一応長柄を構えてはいるが、握る手が震えている。他の協会の者は構えすら碌に出来ていない。最悪だ。

「我々の領国を蝕む阿片を売りさばいている香具師 の集団がいると聞きましてね。それも相当な純度が高いもののようです。タベノベ様も何か見かけませんでしたかね。」

 腰の準機に手を掛け、しかしできるだけ余計な刺激を与えぬよう問う。ずっとあたり一面に漂う強烈な匂い。関係しているのはまず間違いがないだろう。彼女のことだから何かしらの事情があるのかもしれない。本来ならば拘束して然るべきなのだろう。しかし我々では明らかに足りない。ジェミ様が到着するまでなんとしてでも時間を稼がねばなるまい。

「オピアムオピアム。。。うむ。何だったかな。。。」

 白々しくあちらこちらに顔を向け、ものを考えるふりをして唸っている。しばらく続けると合点がいったように驚いたような表情をして指を鳴らすと、これのことかと腰から葉巻を取り出して見せた。

「何だ。報告は受けていましたが半信半疑でした。しかしあなた方がそう言うならばきちんと皆さん楽しんでくれていたわけですか。よかったよかった。」

 傾けた顔の前でぶらぶらと葉巻を振って見せ、笑っている。もう敵意を隠すつもりも無いらしい。まだまだあるぞと言わんばかりに次々と取り出して、ゆっくりと近づいて来る。これ以上は難しそうだ。致し方ない。

「準機構え。」

 未だにぼうっとしている数名の協会の人間を置いて班員に指示を出す。皆も覚悟は決まっているらしい。一斉に準機の先を彼女に向ける。彼女はその様子を見て目を丸くして足を止めた。

「いいじゃないかいいじゃないか。紛い物の紛い物の、さらにその紛い物と来て舐められているのかと思いましたが。。。これはなかなかよくわかっているじゃぁないですか。らしくなってきた。あぁ。。。本当に。征露の交戦を思い出しますよ。」

 不気味に笑っている。興奮を抑えきれないようだ。

「放て。」

 準機が一斉に火を噴き鉛の矢が彼女に突き刺さる。彼女は少しよろけて後ろに倒れそうになる。しかし、体勢を持ち直すとこちらに向かって走り出した。そこまで素早いわけではない。

「じ。。。」

 指を鳴らし急いで指示を出そうとするも、声を発した瞬間隣の支部統括が後ろの班員達も巻き込んで弾き飛ばされた。未だ彼女はこちらに到達していなかったはずなのに。唖然としていると、統括がいた場所に長柄を持った血に塗れて赤い染みだらけの彼女が立っていた。

「どう振り回していたかな。こうか。。。いや何か違うな。。。こうか。」

 定型の舞のようなものを演じている。姿勢を変え様々な方式を一人で試している。全く異なるのにどれも様になっている。彼女以外の全員がただその様子を眺めていた。ぼとっと準機を地に落とす音が聞こえた。無理もない。こんな化け物を相手にするなんて不可能だ。時間を稼ぐことすらも彼女の気分次第だ。仕方がない。とてもじゃないが責める気にはなれなかった。

 そんな中、何かが擦れる音が聞こえてきた。顔を動かせず目線だけちらりと移すと、先ほどまで虚ろにしていた協会の者たちが構えをとっていた。

「。。。お前は誰だ。」

 ようやく立ち上がった支部統括の言葉を合図とするかのように、どっからともなく散っていた男たちも現れ長柄を持って彼女を急襲する。

 彼女はそれらを軽く捌きながら長柄を片手で舞うように振り回すと、歯茎をむき出しにして笑った。

「流石にばれたか。」

 そう言って指を鳴らした。



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