赤きネリネ17
領主はフンと鼻で笑うと、腕を青年の肩に回した。
「それじゃあ、行こうか。」
青年を乗ってきた金属製の箱へと誘導する。自分の体を半分ほど乗せたところで少女たちに声を掛けた。
「ああ、それは友人。。。の友人の友人くらいの人間だ。殺しはするなよ。」
少女たちはにやにやと笑ったままコンスピを見つめている。一緒に来た女は小さくため息をつくと、ぎりぎり聞こえる大きさで舌打ちをした。
どうしますかと問う女に、11階にでも放り込んでおけと答えると自分も乗り込んだ。上に伸びる二本の棒を何やらいじると、パンパンと手を叩いた。
「そうだそうだった。誰かあいつを呼んでおいてくれ。」
そうニコニコとした顔で言われた途端、コンスピの方を向いていた二人も一斉に振り向き露骨に嫌そうな顔をした。
「まあここはやっぱり姉さんが。」
「姉の威厳―。」
二人ともへつらうような笑顔を女に向けもみ手をしている。
「チッ」
今度は部屋中に響く音量の舌打ちを放った。少女たちがビクッと肩を跳ねらせる。
「どちらが行きますか。」
少女たちは顔を突き合わせて何かを目線で語り合っているようだった。
「それじゃあ私たちはいくからよろしく。」
下の突起を持ち上げると箱がけたたましく音を立てながらゆっくりと動き出した。
「行きます行きます!俺が行きますっ」
ちょうど部屋から出たくらいの時に少女の大声が聞こえてきた。
領主はため息をつくと、顔を向けてきた。
「随分と久しぶりだね。母親は元気かい。」
自分の家の位が高いことは自覚していたが、領主と会ったことがあるなどとは初耳だった。だがここまでのよくわからない状況は、青年が思っていたよりも自分の立場が特別であることを感じるには充分だった。
「領主様のご支援のおかげで問題なく過ごしております。」
「問題なくね。。。。」
青年の答えに苦笑いで返すと肩を叩いて顔を上げるように伝えた。
「それで、君は何をしたくてここへ来たんだい。復讐かい。それとも君たちは信心深かったが、使命ってやつを自覚したのかい。」
両方だった。当然彼女もそれはわかっている。聞きたいのはそんなことではないと、彼女の目が語っていた。
答えあぐねていると彼女は顎に手を当て考える仕草をした。
「私のような立場だとよく考えることがある。」
眉を上げた顔を向けてきた。
「人とは何だと思う。」
揺れる箱の上で顎を撫でながら真面目な顔で見つめてくる。人とは何か。それは至極簡単な問いだった。
「それは当然神が。。。」
「神が引き連れてきた者の子孫こそが我々人間である、というのはここでは一先ず置いておこう。」
目線を下ろして頭を掻いて何か言い回しを探しているようだ。
「段階を踏んでいこうか。人と動物の違いは何だと思う。」
今までで一番優しい声音だった。動物と言っても様々な姿かたち、習性のものがいる。そもそも人は動物の一部だと分類する学者もいるらしい。青年にとっては神の意思を己の尺度で測ろうなどと傲慢な考えでしかないが、博物学として一つ大きな立場を取っているということは知っていた。
「。。。人は動物の一部であるという者も少なくないようですが。」
フフフと笑って目頭を押さえ始めた。
「物体としての。。。ヒトとしてはある側面では確かにそうかもしれないな。フッ。。フフ。。。」
そこまでおかしな話をしただろうか。青年はひねり出した答えを笑われて少しずつ腹の底に苛立ちのようなものが積もっていくのを感じた。自分の知らないことが自分の周りで飛び交うことにうんざりしていた。無意識のうちに口が尖がっていく。
「いやいや。。。すまない。そんなつもりで笑ったのではないよ。」
頭を少し強引に撫でられた。押し付けられて頭が下がっていく。父のような撫で方でなんだか安心してしまう。
「君を見ているとなぜこうもうまくいかなかったか、理由のようなものを感じてね。」
目を細めながら撫で続ける彼女を振りほどくわけにもいかず、なされるがまま体を揺すられる。
「さて、その問いは宿題としておこう。これから君はいくつもの困難と向き合わなければならない。ほぼ確実に君の意思とは関係なしにだ。だが君にはあの執念深い野良のもいる。当然私もな。言っても私の言葉では本当の意味で理解してもらえないかもしれないがね。」
自嘲気味に笑うとゆっくりと速度を落とす箱と同じように撫でる手も止まっていく。
「さあ、君はここで降りなさい。ここからは一本道だ。」
扉を開くと腰を押して降ろされる。まっすぐ行けばいいからと片目をつぶると、再び棒をいじって発進した。何だったのかと少し呆然としながらも、言われた通り進むほかないようだ。
薄暗い部屋は箱に乗った場所と同じような構造だった。部屋を出ると先ほどの部屋とは違い伸びている道は一本だけだった。
同じ景色の緩い傾斜を上っていると、上りきる途中に壁に寄り掛かる人影が見えてきた。