赤きネリネ3
ようやくたどり着いた門の前で侍従たちに別れを告げる。
「母上をよろしくお願いいたします。」
その言葉に侍従たちは小さく頷いて返事をした。
「はあ。それだけですか。ずいぶんと味気ないですね。」
青年の師はそう言ってわざとらしく頭を振った。
「しっかりと息をひそめていてくださいね。」
両の手で侍従の一人の肩を掴んで、いつになく真面目な顔で言った。
「当然です。」
侍従は少し顔を上げ変わらないすまし顔で答えた。彼女はそう長い間ここを離れるわけではないので少し大げさではあったが、用心に越したことは無いだろう。
そういえば侍従たちも同郷だったか。青年は師と仰ぐ女について思い出そうとするも、遠い昔の頃で全然思い出せない。
「それで、この辺りを回ると言っていましたが、具体的にはどうしますか。。。まさか一軒一軒回るわけではないでしょう。」
このオブリタスは比較的小さな地区ではあるが、それでも数百軒とあり、さらに絶えず人は出入りしている。地区全員と別れの挨拶をするつもりは無いよなと釘を刺した。
「皆に会えなくなるのは寂しいので、できれば一人ずつ丁寧に挨拶をしたいところですね。。。」
そうセステリスが言うと、そら見たことかと目を見開いて肩を角張らせる。そして口を開いて早口で捲し立てようとした瞬間に、青年がまた口を開いた。
「冗談です。この時期ですし、広場や堂に集まっていると思いますし、そちらに行こうかと。」
それを聞くと女は、ほっと肩を撫でおろしとぼとぼと歩き出した。
「それじゃあさっさと行きましょう。時は有限です。」
青年はその後姿を見てクスクスと笑うと、侍従たちに丁寧に頭を下げると、待ってくださいと少し声を上げながら師を追いかけた。
「他には寄っておくべき場所は無いですか。」
「。。。他にですか」
「これから行く場所はそんなに遠くは無いですが、その後はわかりません。あちこち移動させられるかもしれませんし。それにそう易々と帰らせてはもらえないでしょう。」
確かに次帰って来れるのがいつかは全く見当がつかなかった。下手をするともう帰ってくることは無いかもしれない。そうなったときやはり後悔をするのだろうか。そう悩んでいると、呟くようにつづけた。
「長い間帰らないと、その風景の存在すら不明瞭になるんですよ。あんなだったかな、こんなだったかなと思いだそうとするたびに記憶が崩れていく。。。大切な場所はしっかりと目に焼き付けておくことです。」
目に見えて落ち込んでしまった後姿を見ていると、いたたまれなくなってしまった。青年はできるだけ明るく、優しく声をかけた。
「それでは少しだけ思い出巡りに付き合っていただけますか。」
「もちろんです。私も離れる前に少しこの地域を見て回りたかったですし。」
「離れるってせいぜい一週間程度でしょうに。」
青年がクスクス笑っていると、少し振り向いて眉を上げて答えた。
「いえ、私もここを離れて少し東の方へ行こうと思いまして。」
「えっ」
虚を突かれて変な声が出てしまった。すっかりこれからもここにいるものだと思っていたが故に、自分も離れることを忘れてショックを受けてしまった。
女はショックを受けている弟子に呆れて半目を向けた。
「貴方が最後の弟子だと常々言っているでしょう。弟子の貴方がいなくなる時点でこの地にいる必要性もないわけです。」
「でも弟子がいなくとも、ここにいてはいけない訳ではないですよね。」
立ち止まり、ぼやく弟子を手招きすると少し強引に頭を撫でてやる。
「貴方にもなすべきことがあり、それは私にもそうです。ここですべきことは無くなったので、別の用事を済ませに行くだけですよ。」
「でも。。。」
それでもと食い下がる弟子の頭をポンと叩いて話を逸らす。
「まずどこに寄りますか。バリ川の石橋なんかどうでしょうか。ちょうど今頃見ごろだと思いますが。」
見え見えな話の撒き方に少しムッとしたセステリスは口を尖らせながらぶっきらぼうに答えた。
「いえ、その少し先の貯水池へ行こうかと思いまして。」
「あそこですか。貴方と貴方の父君にはよく苦労させられました。」
彼女たちの隠れ家と化していた水車小屋を思い出して思わず苦笑いしてしまった。セステリスもつられて照れ笑いしてしまった。
「ついでに石橋のところにも行きましょう。」
そう言って軽やかに歩き出した後姿を見ていると、大きくなっても子どものままだとつい笑ってしまった。
「置いていきますよ。」
また少し拗ね始めてしまった弟子にはいはいと返事をして、ゆっくりと追いかけ始めた。




