2.24赤のアスター24
少し離れたところでハルが何かを持ち上げてやっちゃったぁなどと言いながらこめかみを押さえている。けれど、そんなことは今の俺は気にかける余裕もない。
赤く染まった花には千切られたような棒状の肉の塊が横たわっていた。腕だ。断面からは血がトクトクと漏れ出ている。
腹の底から胃液が上がってくるのを知覚した瞬間、喉がえずいて下衣に黄色いシミが広がる。急いでリホミとアスニらしきものに近づくも、二人とも手足がねじ曲がって顔も血塗れで、少し見ただけでは誰が誰だかわからない。にじむ視界を無理やり擦り、腕の持ち主であろうフィリスに向かってふらつく足で寄っていく。
フィリスは腕だけじゃなく、体中に切り傷ができて他の手足もねじ曲がっている。
「ハル。。。。ハルっ!」
急いでハルを呼ぶも、ハルは訝しげな表情を作るばかりでこちらに来る素振りもない。
「クソっ」
ハルに向かって駆け出し、腕を掴んで連れてくる。
「。。。どうした。。。かも?」
フィリスの前に連れてくるも、腑に落ちない顔をしている。こいつはこれを見て何も感じないのか。ふざけるな。俺も一瞬呆気に取られて言葉も出ない。
「。。。治して。」
「無理かも。」
「治して!」
「治らないかも。」
涙があふれて頬が熱くなる、地団太を踏んで小さな子供のようにわめいても、こいつは無理だというばかりで埒が明かない。腕が採れたくらい魔法なら軽く治せるだろうが。骨折しても何度も簡単に治された。このくらい簡単にできるだろうが。ハルの胸倉をつかんだ時、思い出した。俺がどんな怪我をしても簡単に治してくれたのはニンフだ。俺はハルの胸元を掴んだままオーリの方を振り返るも、オーリはゆっくりと頭を横に振った。
殺さないといってこんなのはあんまりだ。全身の力が抜けていく。。やっぱりこいつは化け物だ。どうすればいい。
へたり込んでしまった俺の顔を、ハルは心配そうにのぞき込んでくる。その顔には悪いことをした表情は無く、ただただ俺の心配をしている様子だ。何なんだよこいつは。俺にはどうしようもない。
俺が思いっきりハルの顔を押しのけた瞬間、フィリスが咳き込んだ。生きていた。口をバクパク動かして、たんの絡んだような小さな声で何かを言っている。俺が顔を近づけるとフィリスは残った、ねじ曲がった右腕を俺の顎まで持ち上げた。
「。。。ろす。。。。にお前。。は」
途切れ途切れに聞こえる言葉でも、内容は理解できた。また溢れそうになる涙を拭っていると、ハルが急に土で出来た槍を持って振りかざした。急いで止めるも、ハルはブち切れている。
「お前だろうが。。。こいつらのことこんな風にしてっ。それで何か言われたら抵抗もできないこいつらの殺すのか!ふざけるな!くそっ」
俺はハルに飛び掛かっていた。こいつは怖いが、今は怒りでそんなことは全然気にならない。ハルの上にかぶさった状態で、俺が捲し立てると、ハルはフンと鼻息を立ててふてくされたようにそっぽを向いてしまった。ふざけるな。
怒りに任せて、思いっきり振り下ろそうと上げた拳をオーリが掴んだ。
「そろそろ行きますよ。彼らはまだ残っているのです。もうすぐ来るでしょう。」
そう言ってそのまま俺を引き上げた。
フィリスは少し意識が戻ってきたのか、鋭い目を俺たちに向けてさっきより激しく恨みの言葉を口にしている。
オーリに連れられこの場を離れるまでハルに口を押えられ弁解することも許されず、言葉にならない、くぐもった声を上げるしかできなかった。