2.22赤のアスター22
パンッという音ととともに赤と白の液体固体が周りの人にべたりと張り付いた。けれども男たちはさっきの低い姿勢のまま、顔も下げている。ハルに反撃する様子も全くない。酷く気持ちが悪い。吐きそうだ。
ハルは笑みを顔に張り付けたまま俺の方を見つめてきた。怖い。肩から首まで固まってしまっているのを、動かさずとも感じる。足は情けなく震えてしまっている。話を遮ったってだけで殺される。完全に理解不能な領域だ。他にどんな地雷があるかもわからない。とてもじゃないがこんな殺人鬼と一緒になんていられない。
無理やり腰をねじって後ろに向こうとするも、あっさりハルに抱き寄せられてしまう。
「ごめんね。ムツキはこういうの苦手だもんね。」
そういって頭を摩ってくる。たまらなく怖い。怖いのに何故か安心してしまう。思わず体を預けてしまう。顔を上げると、ハルはとてもやさしい笑顔を俺に向けている。まるで子どもをあやす母親だ。
多少落ち着いたからだろうか、塔から聞こえる音がだんだんと大きく聴こえてくる。
ハルは俺を抱きしめたまま、首だけ戻して男たちに向かって声を張り上げた。
「もう。さっさとやって私の後ろに隠れていなさい。全くどいつもこいつも。。。」
はぁと小さなため息をついてガシガシと俺の頭を撫でてから、腕で俺の頭を完全に囲った。ゴォという妙に安心する音の中で、微かにグシャグシャと不穏な音が聴こえてくる。嫌な予感がして音の正体を確かめようとするも、頭をしっかりと抱えられて動かせない。抜け出したいのだけれど、この圧迫感が妙にしっくりくる。しばらく身を預けたくなる。
ハルの鼓動に身を任せていると、突然ハルはグイっと俺ごと腰を捻った。
「妙に遅かったじゃないか。」
僅かに弱くなった拘束から身をひねり出しさっきの場所を見ると、辺り一面が赤く染まっている。ところどころに防具だか肉だかの塊がある。その背後には息を切らしたロバのような生き物に乗ったエルフ。。。じゃなかったニンフの女がこちらを見下ろしている。背後にはさっきの男たちと同じ格好をした者たちがいる。いや、よく見るとさっきの男たちとは服の線の向きが違うな。だがほぼ同じだ。
「これは。ハル様。お久しぶりでございます。」
ロバから降りて丁寧に頭を下げる。ハルは軽く手を上げて返事をしている。
ニンフは周りを見渡すとキッと眉でしわを作った。
「それで、これはどういう了見でしょうか。状況が上手く呑み込めないのですが。」
ニンフがそう言うと同時に、後ろの男たちが槍を構える。ニンフの援軍だろうか。俺たちを何か襲ってきた相手と勘違いしているのであろうか。全くとんでもない話だ。むしろハルはそいつらをぐちゃぐちゃにしたんだから。
「オーリよ。遅かったな。ついこの間の会合について知らぬわけでもあるまいし。全く、よくもそうでかい口を叩けるな。」
そう言って軽くため息をつくと、俺にまとわりついていた腕が優しくほどかれた。そのまま俺の腰を軽く押すとニコッと笑った。
こいつがオーリか。ニンフの工作員。。。まさかこいつ自分の仲間に戦争を仕掛けてたのか。とんでもないな。
「。。。全くどいつもこいつも」
彼女は小さく舌打ちをして、小声でぼやくと後ろを向いて声を荒げた。
「片づけなさい。」
その瞬間、また俺は少々乱暴に頭を覆われた。
「配慮をしなさい!配慮をっ!」
ハルは体を一瞬ギュッと力ませて抱き叫んだ。
さっきよりは早く不気味な音が止まった。ハルは俺の頭を再び軽くなでた。パシッという音がしてまた腕が解かれると、辺りには黄色の花畑が広がっていた。ハルの魔法だろう。ただの見てくれだけでも正直ありがたい。またあんな光景を見るのはごめんだ。俺は一安心してオーリの方を見ると、彼女は眉間のしわをほぐしている。
「それで、これはどういう心算でしょうか。。。てっきり貴方はニンフを恨んでいるとばかり思っていましたが。」
「心算もなにも、ムツキがここにいるわけで。この間の話し合いで決まったことも勝手に犯すことは許されない。」
「それにしても彼らはイニデックス家の者たちですよ!。。。もっとうまくやれば利用できる状況だったのにっ!これだから理性のない獣は嫌いなんですよ。。。」
「まあ、一度裏切った者は簡単に二度目も裏切る。それこそ理性はどこへやらだ。折角だし、お前もここで処分してもいいのだが。」
二人の口論は次第にヒートアップしていく。まあ口喧嘩だけなら好きにしてくれ。あんなもの見せられた後なら何でも許せそうだ。それに人殺しに人殺し。俺から見れば二人とも倫理観無しのモンスターだ。そんな二人が口論していて、俺に止められるわけがない。
言葉の応酬を横で聞きながらできることもなく、ぼーっとしていると、オーリの背後からドーンドーンと爆音が鳴り出した。
ギョッとして後ろを振り返るオーリに、小さく頭を振りこめかみを押さえるハル。困った様子の二人とは違い、俺にはその乱入はありがたかった。いや、ありがたいどころかまさしく救世主だ。
「フィっ。。。」
俺がそのうちの一人に声をかけようとしたところをハルに口をふさがれた。ハルを睨めつけるも、ハルはニコッと笑って俺の耳元でミドリちゃん、と囁いた。
なんとか手を振り払って声をかけようとすると、フィリス達は鬼の形相で一直線で俺に突っ込んで来ていた。