2.2赤のアスター2
涙を拭ってババアの方を見ると彼女はまた小さくため息をついて、俺に場所を移そうと小屋を出て行った。俺もついて出ていくと、小屋の前に並んで待っている屈強な男たちの後ろにはエルフの女たちもいた。彼女たちはここまで急いでやってきたのか、肩で息をしている。
「申し訳ありません」
彼女たちは息も整えずにババアに深く頭を下げた。何かあったのだろうか。あの本のせいで既に俺の頭はパンク寸前だ。
「まあ良い。場所を移す。野郎共だけついてきな。」
ババアは軽く手を上げて彼女たちの詫言にこたえるとさっさと歩きだした。俺達もついていく。門を出るまでエルフの女たちはババアに頭を下げていた。よほどのことをしたようだ。まあババアも悪い奴じゃない。すぐに許してもらえるだろう。
ババアの向かう先はおそらく教室代わりにしているテントだろう。ババアは一人ですたすた歩いている。俺と男たちもそのすぐ後をぞろぞろとついていく。ババアは先を歩いているし隣にいるのは知らない男たち。彼らは精悍な顔つきで長い棒を担ぎ、黙々と歩いている。俺は小心者だ。人といながらの無言な時間はなかなか落ち着かない。
「彼女たちは何をやらかしたんでしょうかね」
そっとすぐ隣を歩く男に聞いてみる。だが彼は答えない。答えないというか気づいていないようだ。あのー。。。と肩を軽くたたくと少し体をびくっとさせて俺の顔を凝視してきた。驚いた犬のように目を見開いている。この反応はどういう意味なんだ。
「いや、あの。。。な、何でもないです。。。」
目線を戻してババアの後を追いかける。開いた距離を戻そうと歩き出したとき甲高いがなり声が聞こえてきた。声の主は少し先だ。目を細めて注視すると、テントの前に小さい子どもとその横に俺たちの方を指さすババアが立っている。
「おそいっ!」
腕を組んで仁王立ちしている。完全に忘れていた。はあ。そうだった。日本のことは重要だが順番は大切だ。しかも相手は幼い子だ。
俺は全力で二人の前に駆け寄る。また土下座すべきか。いや、変に茶化すような真似をしたらかえって傷つけることになるかもしれない。
サージャはまつげを震わせて口をへの字にゆがめて今にも泣きそうだ。一体全体俺はどうすべきか、ババアに目を向けて助けを乞う。だめだ。ババアは全く興味がないようでトントンと足を揺すって、逆に半目で早くしろと俺のことをせかしてくる。さっきのやさしさはどこ行っちまったんだ。あの感動を返してくれ。
「すまん。いろいろあって。。。殴るなりなんなりしてくれて構わない。本当にすまん。」
痛いのは嫌だ。いつもなら逃げだす状況だが、騙されるような形になって子どもが放置されるのは辛かっただろう。今回は気の済むまで罰を受けよう。俺は先ほどのエルフ達と同じくらい深く頭を下げた。
だがサージャは何もせずふんっとそっぽを向いてどっか行ってしまった。追いかけて謝り続けるべきなのだろうか。そっとしといたほうがいいのだろうか。俺が逡巡しているうちにババアと男たちはさっさとテント内に座って俺にも早く座れと目線を送ってくる。
ババアまで怒らせるわけにはいかないか。俺は諦めてテント内に入って正座した。