2.1赤のアスター1
ババアの家はめちゃめちゃでかい。ババアの家の周りだけ石畳で、さらに門まである。門の先にはでっかい建物とその少し離れたところに二回りくらい小さな建物が置かれている。立派な門にはかやぶき屋根というのだろうか、乾燥した藁を敷き詰めた屋根がついていて、この門から左右に敷地をぐるっと囲うように高い位置に生け垣がつくられている。日本の田舎にありそうな豪華な家だ。他のエルフたちの家は泥だか粘土だかで作った、ババアの家より暗い色の家にこれもまた暗めの色のかやぶき屋根を乗っけた小さな家ばかりで、当然石畳も門もない。規模はでかいが、ザ・昔の村って感じの村落だ。そんな中で一軒だけ中心に日本っぽい豪邸がドーンとあるわけだ。この家が浮かないわけがない。いくら長であると言えども流石に見栄を張りすぎなのではないか。質朴そうな雰囲気を醸し出しといてこんな家に住んでいるんだからとんだ狸ババアだ。
門の横に設置されている小さな鐘を鳴らす。この鐘を鳴らしたら勝手に入っていっていいことになっている。ババアのいるのは小さいほうの家だ。大きいほうの家は寝食のためのものらしい。俺は大きいほうの家には足を踏み入れたことがない。俺だけでなく他のエルフ達にも制限しているようだし、何か宗教とか儀式的なことをしているのかもしれない。普段は離れで魔法についての研究だか開発だかをしている。
整然としている建物の外とは異なり、室内は雑然としている。汚いというよりものが多い。入ってすぐのところから本やら木彫りの像やらが積み上げられている。様々な高さの塔の中に見覚えのない塔ができていた。前来たのはほんの一週間ほど前なのにまた増えたのか。ババアの知識欲には感服を越して呆れてしまう。入口近くの自分の頭ほどの高さのものの、一番上になにやら見覚えのある束が置いてあった。手に取ってみると普段使っている紙とも、前世で使っていた紙とも違う、分厚くごわごわとしながらも滑らかな紙質だ。。。。これは和紙だ。表紙には墨の文字が並んでいる。崩れてはいるがひらがなだ。まぎれもなく日本語だ。ああ、俺以外にも日本人がいたんだ。止め処なく涙があふれてくる。心の奥で期待していた。あてのない期待はしないようしていたが、それでも期待してしまっていた。ただのから頼み。だが、それは現実となった。俺は一人ではなかったのだ。
いつの間にか傍に来ていたババアが珍しく、優しく俺の背中を摩ってくれている。その優しさが更に、緩んだ涙腺を刺激する。
前世のことは隠すべきなのだろうか。いや、いっそのこと言ってしまったほうがいいのだろうか。だが言えば俺がどんな人間か露見することにつながってしまう。でも言わなければこの状況をうまく説明できず変な疑いをかけられるかもしれない。そんな葛藤は長くは続かなかった。そんな問いはぶん投げて激情のままに嗚咽の声で問いかける。
「この、本は、なん、で」
しゃくりでうまくしゃべれない。
そうだ。なんで今まで流してきたんだ。この家の門も庭も建物も、全部日本風だったじゃないか。この村には何かあるのかもしれない。いや、あるに決まっている。
「この本は大体1300年前の災害の資料らしい。残念ながらこの資料は最近手に入れたものでな、我々は全然この資料についてわかっていない。。。。他に何回あるのか。。。」
だがこの家もそうじゃないか。日本風の家に日本語の本。こんな偶然があるわけがない。絶対にありえない。
ババアは俺が納得いっていないのを理解してかしないでか、話しをつづける。
「お前はまだ子供だ。だから言ってこなかった。だがそろそろか。。。。率直に言えば、お前のような者がこの世界に来るのはこれが初めてではない。この村で育てただけでもこれで3回目だ。お前があそこから来たことは最初から分かっていた。だからお前が赤子の時から深く学ばせてきたのだ。前は遅くて取り返しのつかないこともあったからな。何事もバランスだ。」
そうか。知ってたのか。それはそうか。いくら俺とは種族が違えども、あそこまでのスパルタ教育をするはずがないか。エルフたちも人間を嫌っていても知ってはいるようだし。。。。待てよ、ならば当然あいつも不自然だ。
「じゃあサージャも。。。?」
するとババアは一つため息をついてゆっくりと首を横に振りながら
「いいや、あの出自は私もわからん。あれはウルダーが連れてきたものだ。この資料もそうだ。ウルダーの奴め。あいつは何を考えているかわからんっ。」
ウルダーは木のお姉さん達のリーダー格の人だ。全然見ないと思っていたらそんな仕事をしていたのか。もしかしたら俺を見つけてくれたのも彼女たちなのかもしれない。
「じゃっじゃあ、他の、他の人はっ」
ババアは眉を上げて申し訳なさそうに答えた。
「大分前に皆死んだよ。最後に見たのは。。。400年ほど前になる。」
くそっ。だめか。せっかく何かわかりそうなのに肝心なところがわからない。どうしよう。ウルダーに聞けば何かわかるのだろうか。せめてこの資料の出所さえわかれば。日本から来た人間の子孫なりなんなりいるかもしれない。
悶々としていると勢いよく小屋の扉が開かれた。入口のほうを見ると小屋の外に男のエルフたちが立っていた。