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第四章〜土曜日〜

WorldChangeより、奏さん登場(笑

「で、どうなの?」

 

「…どうって?」

 

空は質問してきた従姉の真依(まい)にそう返した。

 

ここは真依の家。空は高校生の真依に、勉強を教えてもらっていた。

 

真依の部屋は女の子らしい物が無く、オカルトグッズが所狭しと並んでいる。

 

綺麗な栗色の髪が腰まで伸び、スタイルも顔も良く、掛けている眼鏡も、彼女を知的な女性に見せている。 

 

それだけに、この趣味は痛かった…

 

二人は炬燵に入り、向かい合う形になっている。真依は身を乗り出しながら空に迫った。

 

「意中の彼に決まってんでしょうがっ!」

 

空は溜め息を吐く。勉強を教えてもらうはずが、いつの間にか恋の話にすり変わっている。

 

「真依の気にする事じゃないでしょ?」

 

空がそう言い返すと…

 

「気にするわよっ!」

 

「何でよっ!」

 

こんなやり取りが、かれこれ三十分程続いている。真依は空が受験生である事を完全に無視していた。

 

ピンポーン… 

 

その時、インターホンが鳴った。真依の両親は出掛けているため、真依が応対へ向かう。

 

しばらくして、部屋へ向かってくる二つの足音が聞こえた。

 

壁越しに会話が聞こえる。どうやら、真依の友人らしい。

 

「ただいま」

 

「お邪魔します」

 

真依の後ろから、一人の女性が入ってきた。見た感じ、真依と同い年ぐらいに見えた。 

 

 

空や真依と同じく、髪の色は栗色。目は大きく、大人な雰囲気の真依とは対照的に、幼く見える。スタイルも、真依とは逆だった。

 

「あれ?真依。アンタに妹いたっけ?」

 

「あぁ、紹介するわね。この子は従妹の空」

 

真依が空を紹介する。空は女性にぺこりと会釈した。 

 

続いて、今度は女性が名乗った。

 

藤原奏(ふじわら・かなで)です。よろしく」

 

◆◇◆ 

 

「へぇ〜っ、空は私達の高校受けるんだ」

 

「はい」


出会ってから数分、早くも二人は打ち解けていた。

 

奏と真依は中学からの付き合いらしい。奏は勉強をしている空を見て、しみじみと。

 

「来年は私達も受験生かぁ…」

 

そう言った。

 

年が明け、一学期を迎えれば、二人は三年生になる。奏はそれを考え、憂鬱な気分になっていた。

 

「だから、今のうちに遊びましょ?奏」

 

誘う真依。しかし、奏は即座に断った。

 

「絶対に嫌。アンタのオカルトにはついていけない」  

 

残念そうな表情を浮かべる真依。その時、何かを思い出した奏は、持っていたビニール袋から何かを取り出した。

 

「?…クッキーですか?」

 

空はそれを見て、奏に聞いた。

 

「うん、私の手作り」

 

「へぇ…」

 

見事な出来栄えだった。様々な種類のクッキーが、袋の中から出てくる。

 

「本当に作ってきてくれたんだ」 

真依が嬉しそうに一つ摘んだ。

 

「…まぁ、友達のお願いだし…」

 

優しいというか、人が良いというか。ともかく、いい人だなと空は思った。

 

「あ〜っ、何か面白い事起きないかしら」

 

真依がそんな事を言い出した。空と奏は呆れたように溜め息を吐く。

 

「それなら、最近起きてる事件を調べれば良いじゃない」

 

空がそう言うと、真依が手をヒラヒラと振りながら溜め息を吐いた。

 

「あれは駄目、どう探っても手掛かり無し」

 

すでに手を出していたようだ。それを見た奏が。

 

「それじゃあ、私が異世界に飛ばされるとかあったら、アンタは満足するわけ?」

 

と言うと、真依は馬鹿にしたように笑った。

 

「奏、それはオカルトじゃあなくてファンタジーよ?」

 

「あ、そうか」

 

 

二人は笑い合う。本当に仲が良さそうだ。 

「…はぁ」

 

笑顔の二人を見て、空は溜め息を吐きながら窓の外に視線を移した。

 

土曜の朝、空には遊びに行きたい想い人がいた。

 

「…聖原君、何してるかなぁ…」

 

無論その呟きを、真依が聞き逃すわけがなかった。

 

◆◇◆ 

 

 

「…ど、どうだ?」

 

「…」

 

シーフィを見て、ボクは震えていた。だが、男なら仕方のない事だと思う。

 

今のシーフィは、凄く可愛いのだ。

 

シーフィの了承を受けて、ボク等が最初に向かったのは洋服店だった。

 

シーフィが「こんな服では嫌だ」と言ったのだ。確かに、彼女の服は汚れている。…一つしか持っていないのだろうか。

 

 

何はともあれ、中に入りシーフィは服を探し、試着した。

 

「…駄目…か?」

 

否、駄目じゃない。むしろ似合っている。

 

 

普段の黒装束とは違い、白を基調とした服装。彼女が着ているのは、薄いピンクのシャツに白のロングパーカ。下はレギンス。

 

どれを取っても、いつもの彼女とは違い、新鮮だった。

 

「に、似合ってる…」

 

顔が熱い。シーフィはとても綺麗なのだ、そんな彼女が着飾ったら直視できない… 

「そうか?じゃあ、これにする」

 

ボクは金額を計算する。

 

「…」

 

占めて六千五百円…、これは安く済んだ方なのだろうか… 

 

この辺に疎いボクには判断できない。

 

 

しかし、これで予算の大半が吹き飛んだ。何で、たかが服にこんなにかかるんだ… 

 

支払いをしながら、ボクはシーフィを見る。とても嬉しそうに服を見つめていた。

 

「…ま、いっか」

 

彼女の表情を見ていると、こんな問題は些末な事に感じた。

 

◆◇◆

 

 

「ここは何だ?」

 

建物の入り口を見つめ、シーフィは呟いた。

 

「映画館…知らないの?」

 

ボクがそう言うと、彼女は無言で頷いた。視線は映画館から離れない、興味はあるようだ。

 

しかし、映画館を知らないというのはどういう事だろうか。 

 

…今詮索するのは止めよう。とにかく、今は楽しみたい。

 

「なぁ…」

 

「ん?…どうしたの?シーフィ」

 

シーフィは忙しなく辺りを見回している。周囲を気にしているようだった。

 

「…妙に視線を感じるのだが」

 

「…なるほど」

 

ボクも辺りを見回す。すると、見て分かるほどに、街を歩く男の視線がシーフィへ向いていた。

 

ボクも隣に立つ少女を見る。恥ずかしそうに、薄く頬を染める姿は、例えるならば小さな花のようだった。 

 

少し恥ずかしい、まるで詩のような言い方だが、正しくその通りだった。

 

まぁ、面と向かっては言えないけど… 

 

「気にすることないよ。さ、早く行こう?」

 

「ん?…あぁ」


ボクはシーフィを呼ぶ。彼女は視線を気にしながらも、ボクの後についてきた。

 

ボクは若干の緊張を感じながら映画館に入った。 


◆◇◆ 

 

 

二時間後… 

 

「うっ…」

 

映画館から出てきたシーフィは、瞳に薄らと涙を浮かべていた。

 

今回見た映画は『子犬のジョンは旅をする』。実話を元にした物語だ。

 

これを見た女性は、ほぼ間違いなく泣く。そう評判だった。

 

現にシーフィは泣いている。その評判が正しかった事を表している。

 

そして、そのシーフィの隣…

 

「ぐずっ…うぅっ、ジョン…何でぇっ…」

 

シーフィを超える…否、これを見た全国の女性を凌ぐ勢いで泣き崩れる神夜の姿があった。

 

「お、おい…」

 

凄まじい勢いで、人目を憚らす泣く神夜。シーフィは、入る前とは違う視線を気にしていた。

 

周囲の人々が、冷めた目でこちらを見ている。中には、感動が冷めた女性も数人いるようだ。

 

先程よりシーフィの背中に、特に強く刺さる視線。その、女性達の嫌悪の眼差しだろうか。

 

「な、なあ。取り敢えず離れよう?…な?」

 

そう言って、神夜を引きずるシーフィ。

 

その間神夜は、「ジョン」だの「マイク」だの。映画の登場人物の名前を、呼んでは涙を流し、呼んでは流しを繰り返していた… 

 

◆◇◆

 

あれは今世紀最大の感動だ。と、ボクはそう思う。

 

あの映画を見て泣かない奴は、絶対に人ではない。断言できる。

 

でも、何故だろうか。さっきからシーフィの視線が冷たい。

 

映画が気に入らなかったのだろうか。…それは有り得ない。確信はないけど。

 

まぁ、何はともあれ、今後あのような映画はやめておこう。

 

「さあ…どうしようか」

 

今、ボクは焦っていた。

 

手が震えている。そして、その手には財布。

 

残金…五十円。

 

「ヤバい…」

 

ボクの背中を、冷や汗が伝う。最初の服が誤算だった。今更考えても仕方はないのだが。

 

時間を確認。

 

十一時半…、食事時だ。

 

比喩ではなく、本当に頭を抱える。隣でボクを見るシーフィ。その顔にはこう書いてあった。

 

『腹が減った』…と。

 

財布の中身を確認。無論、増えているはずが無い。

 

天を仰ぐ。途方に暮れていた。

 

「…!」

 

その時、聞き覚えのある声が耳に入った。

 

無意識のうちに、ボクは声の方へ走りだした。

 

人波の中に見えた人物。間違いないっ!

 

「空っ!?」

 

「ひ、聖原君?!」

 

 

空だった。突然声を掛けられて驚いたのだろう。空は顔を赤くしていた。

 

「あれ?空。誰、その子」

 

姉…だろうか。隣にいた女性が空に尋ねた。

 

二人とも暖かそうな格好。工夫を凝らしたファッションだ。…ボクの脳裏に嫌な思い出が蘇る。

 

「聖原…神夜君…」

 

空にしては珍しく、ボクをフルネームで呼んだ。すると、隣の女性は。

 

「ふ〜ん、この子が…」

 

値踏みをするようにボクを見る。そして頷き、何かを呟いた。口の動きは、「ごうかく」だった。

 

「合格」?一体何が「合格」なのだろう。

 

「えっと、こっちは真依。私の従姉なの…」

 

 

一通り紹介を終え、ボクは空に向き直った。何故か、空は顔を赤くする。

 

「…お金、貸してください…」

 

ボクは深々と頭を下げた。きっと、空と真依さんは目を丸くしているだろう。

 

「…えっと?」

 

何か言い訳をしなければ…、だが、シーフィの名を出すわけにはいかない。

 

「その…、姉さんと遊びに来たんだけど、財布落として…」

 

咄嗟に出た嘘。ボクの心臓は凄い速度で脈打っている。 

 

長い沈黙の後、空が口を開いた。

 

「いいよ、いくら入るの?」 

 

ボクは顔を上げ、空を見た。空の顔には、優しい微笑みが浮かんでいた。

 

「えっと、二千円ぐらいあれば…」

 

「はい」

 

ボクが言うと、サッと千円札を二枚差し出す空。

 

今更ながら、良心がボクを責める。

 

「…本当にいいの?」

 

そう尋ねると、空はゆっくりと頷く。

 

「私達、友達でしょ?」

 

彼女の言葉を聞き、頬が緩むのを感じた。『友達』…、とても嬉しい言葉だった。

 

ボクは空に礼を言い、その場を後にした。

 

いつか、本当の事を言って謝ろう。そう思った。

 

◆◇◆ 

 

 

「いいの?ついていかなくて」 

神夜の後ろ姿を見ながら、真依はそう言った。空は笑顔を崩さず頷いた。

 

「姉弟水入らずを、邪魔は出来ないからね」

 

そう言って空は小さく笑う。その様子を見て、真依はわざとらしく溜め息を吐いた。

 

「はぁ〜…、そこはグイグイと行って、お姉さん公認にでもなっちゃいなさいよ」

 

「ばっ、馬鹿じゃないのっ?!」

 

空の顔が赤くなる。実に分かりやすい。

 

真依は加えて何かを言おうとしたが、そこへ奏が現われた。

 

「ごめん、待った?」

 

結局三人で遊ぶことになり、奏は家に取りに行く物があった。

 

「…………、っもう!遅いわよっ、奏!」

 

「…何?今の間」

 

空を弄れなかった。その悔しさを隠して笑顔を作ったが、バレた。

 

「ん?何でも無いわよ?」

 

「え?ちょっと!凄い気になるっ!」

 

「ふ、二人ともっ!早く行こう!」

 

そんなこんなで、三人は街へ繰り出した。

 

◆◇◆ 

 

 

「…一体どうしたんだ?アイツは…」

 

天を見上げて呆然としてたかと思えば、今度は凄まじい勢いで駆けていってしまった。

 

結果、私一人が残される羽目になっている。

 

「…はぁ」

 

どうしようも無いので、近くのベンチに腰掛ける。

 

そして、道を歩く人や、車道を走る車を眺める。

 

世界は変わるものだ。

 

想像の出来ない変化を遂げている。それは、悲しいのか、嬉しいのか。私の場合は前者だろう。

 

今を生きる人々は、おそらく大半が後者だ。進化、そして発展を喜び、享受する。

 

だが、私は違う。

 

時の流れは残酷だ。時が経つにつれ、知っている景色が変わっていく。

 

ここは日本という国だったか。言語に関しては、口から考えている事が言葉になるので心配はいらないが。

私が気にしているのはそんな事ではない。

 

 

過去、私が訪れたのは海の向こうだっただろうか。  

きっと、そこも変わっているだろう。私の知らない形に… 

 

「はぁ…」

 

口を開けば溜め息ばかり。行きたかった。海の向こうへ。

 

だが、私はここに留まっている。

 

そう、神夜だ… 

 

私は神夜に…

 

「よぉ、そこのお嬢さん?」

 

その時、汚い声が上から降ってきた。

 

◆◇◆ 

 

 

「うわっ、ヤバい!」

 

ボクが戻った時、シーフィは三人の不良に絡まれていた。

 

少しだが、会話が聞こえる。どうやら、シーフィをナンパしているらしい。

 

うん、綺麗だからね。

 

「って!そうじゃないっ」

 

ボクは何で不良に賛同してるんだ!

 

ボクが自問自答しているうちに、一人の不良が、彼女の肩に手を置こうとした。 

 

バチンッ… 

 

その手を、シーフィが払った。

 

そして、不良に何か言った。これは、はっきりと聞き取れた。

 

「気安く触れるな、ゲス共」

 

彼女のその言葉に、不良達は怒りに顔を歪め、襲い掛かった。

 

ボクは駆け出す。彼女を助けなければ… 

 

だが、ボクが行くまでもなかった。

 

ガスッ、ゴスッ、バキッ! 

 

それは一瞬。

 

三人の不良は、その場に泡を吹いて倒れた。

 

道を歩いていた人、そして勿論ボクも、目を丸くしてシーフィを見た。

 

「何だ、戻ってたのか」

 

パンパンと、手を叩きながら、彼女はボクに気付き、声を掛けてきた。

 

「あ、うん、…あ、あははっ…」

 

しばらくの間、ボクは何も言えなかった…

 

◆◇◆ 

 

 

一人しかいない家の中。音は、テレビから流れる物のみ。

 

「…ふぃ〜っ」

 

神流は昼間から酒を飲んでいた。半ば自棄酒だ。

 

「ん…」

 

ビールが切れた。面倒臭そうに立ち上がり、冷蔵庫へ足を運ぶ。

 

 

…無かった。

 

「…」

 

 

神流が冷蔵庫の扉を力一杯に閉じる。その時、インターホンが鳴った。

 

「神流さーんっ……居ますかぁー?」

 

この声は雨宮だ。神流は玄関へ行き、一言。

 

「居ない、帰れ」

 

「あっ、そうっすか……、ってぇえぇっ!居るじゃないっすかぁっっ?!」

 

勢い良く扉を開き、雨宮がそう抗議した。手にはビニール袋を持っている。

 

神流は耳を押さえながら。 

 

「私が居ないと言ったら居ない。だから帰れ」

 

「暇してると思って、わざわざ来た後輩にそんな事言いますか?普通…」

 

雨宮の中で、神流が暇なのは決定事項らしい。神流の額に青筋が浮かぶ。

 

「何で暇だと決め付けるんだ。弟と出掛けているかもしれないだろ」

 

神流のその言葉に、雨宮は胸を張り、大口を開けて笑いながら言った。

 

「いやぁ、神流さんきっと振られてると思っ……ぶぺらっ?!」

 

神流の振りかぶった渾身の一撃が、雨宮の顔面に『めり込む』。そして、1メートル程飛んだ。彼のいた場所には、彼の持っていたビニール袋だけが残っていた。 

 

◆◇◆ 

 

 

「…んで、暇してたんでしょう?」

 

「…」

 

神流は、雨宮が持ってきた缶ビールを飲みながら彼を睨む。雨宮は、「ひいぃっ」と言いながら後退さる。

 

「…暇でも、お前と居るよりマシだ」

 

「うわっ、ひどっ!」

 

そう言ったところで、雨宮の表情が真面目な物に変わる。

 

「ところで、神流さん…」

 

「何だ?仕事の話なら聞かないぞ?」

 

大切な休暇が侵されると感じた神流は、先に釘を刺す。だが、雨宮は首を横に振った。

 

「いいえ、仕事の事じゃないです」

 

「?」

 

神流が首を傾げ、ビールを口に含む。雨宮が一度息を吐く。そして、キッと眼差しを強くし、ゆっくりと口を開いた。

 

「弟くんには、告白したんですか?」

 

「ぶふぅっ?!」

 

神流が盛大に吹き出した。ビールが噴水のようになる。 

 

 

「阿呆かお前はぁっ?!」

 

神流がビンタをかます。いつもなら吹き飛ぶはずだが、何故か雨宮はにやけたまま。

 

「構わないじゃないですか。弟といっても、義理なんでしょう?」

 

神流は呆れたように肩を竦める。

 

「前も言ったけど、分からないんだよ。両親は亡くなったし、戸籍を調べても駄目だった」

 

神流の言葉を聞き、雨宮は嫌らしい笑みを浮かべた。 

 

「弟くんが好きなのは、否定しないんですね?」

 

「…」

 

ガスッ… 

 

神流の拳が、正確に雨宮の顎を捉えた。

 

雨宮は失神した。

 

◆◇◆ 

 

 

「いらっしゃいませ〜」

 

ファミレスに入り、店員の掛け声を聞く。

 

ボク等は席につき、メニューを開いた。

 

「シーフィは何が食べたい?」

 

「…」

 

ボクの質問に、無言でメニューを指差すシーフィ。ボクは彼女の持っているメニューを覗き込んだ。

 

 『デラックスパフェ』

   八百五十円


いや、それデザートですから、シーフィさん。

 

だが、彼女は瞳を輝かせ、その大きなパフェの写真から視線を外そうとしない。 

 

「……すみませーんっ」

 

ボクが呼ぶと、店員がすぐにやってきた。

 

「デラックスパフェと……、コーヒーを…」

 

「かしこまりました」

 

注文を聞いた店員は、去っていった。シーフィがボクを見る。 

 

 

「何も食べないのか?」

 

「あ…うん、ははっ…」

 

コーヒー百五十円、合計で千円。出費は最低限にしなくてはいけない。

 

「実は、あまりお腹空いてないんだ」

 

取り敢えず、そう強がっておく。シーフィは訝しむが、彼女の思考はすぐにパフェへ向かってしまった。

 

注文してから二分程で貧乏揺すりを始めた。

 

 

「そんなに楽しみ?」

 

「当たり前だろうっ!!」

 

ボクの問いに、間を置かずに答えるシーフィ。満面の笑みだ。

 

何というか、今日一緒に行動していて、シーフィの印象が変わった気がする。

 

「…何だ、その意外そうな顔は…」

 

表情に出ていたらしい。

 

「いや、その…」

 

どうしようか、上手い言葉が見つからない。

 

 

とにかく、会話を繋げなければ… 

 

「甘いものとか…好きなの?」

 

こくりと頷くシーフィ。

 

そういえば昨日、勝手にアイスを食べ、幸せそうな顔をしていた気が… 

 

「私が甘いものを好きなのは変か?」

 

「いやいやっ!そうじゃないって!」

 

ジェスチャーを交えて、必死に否定をする。そうやっている間に、言葉を整理する。

 

「初めてあった時、もっと気難しい人かと思ったから…」

 

 

ボクの言葉に、シーフィは目を伏せる。 

 

「…そんな奴に、よくもまあ会いに来たな」

 

彼女の声は寂しげだった。会いに行った理由を素直に話した方がいいだろうか。

 

「…でも」

 

ボクの切り返しに、彼女は驚き、目を見開いた。思ったより、声が大きくなってしまった。

 

だが、彼女の意識がこちらに向いたなら、今が良い機会だ。

 

「安心…したんだ」

 

「え…」

 

ボクの言葉に、彼女は再び表情を変えた。

 

ボクは続ける。

 

「それに、シーフィを見た時、絶対に会わなきゃいけない。そう思ったんだ。…何でかは分からないけど…」

 

沈黙。 

 

遠くに親子連れの笑い声、部活休みの学生の会話、メニューを読み上げる店員の声。

 

「……ぷっ」

 

突然シーフィが吹き出した。そして、それは次第に大きな笑い声になっていく。

 

「本当に、お前は変な奴だ」 

 

涙を拭いながらシーフィは言った。彼女の言葉に、ボクも思わず笑う。

 

「それをキミが言う?」

 

「確かにっ」

 

先程と空気が変わった。沈んでいた空気から、浮き上がるような空気へ。

 

ボクの顔に、そしてシーフィの顔にも、満面の笑顔。 

 

「やっぱり…」

 

無意識だった。

 

気付かぬうちに、ボクは口を開いていた。

 

「シーフィは…笑ってた方が似合うし、可愛いよ」


はっきりと、彼女が息を呑む音が聞こえた。

 

………あれ?…ボクは今、何て言った?

 

頭の中で、自分の言った言葉を反芻する。

 

なななななっ?!何を言ってるんだボクはぁっ!!

 

顔が熱い、きっと真っ赤だ。

 

「あのっ、そのっ、今のは…」

 

顔の前で手を振りながら、言葉を探す。

 

「…あれ?」

 

その時、また彼女の様子が変わった。俯き、何かを呟いている。だが、それは悲しむというより、懐かしんでいるようだった。

 

「…シーフィ?」

 

「……え?あ、あぁ…」

 

ボクの声に、シーフィはようやく顔を上げた。そして、ボクの顔を見て。

 

「あぁ、すまない。少し考え事をしてしまった」

 

ふっと、頬笑んだ。さっきとはまた違う、優しい笑顔。

 

せっかく冷めた顔が、また熱くなる。

 

 

「…どうした?顔が赤いぞ?」

 

シーフィは小首を傾げる。 

 

「い、いや…何でもない」

 

ボクはシーフィから視線を外す。

 

「お待たせしました。デラックスパフェとコーヒーです」

 

タイミング良く店員が現われる。ボクは救われたような気持ちだった。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

店員が去って行く。しかし、もう心配する事はない。ボクはシーフィを見る。

 

予想通り、彼女の目は、パフェに釘づけだ。

 

ボクはコーヒーを一口啜る。程よい温度のコーヒーは、ボクの心を落ち着かせた。

 

シーフィは、一口目を口に運んだところだった。

 

…幸せそうな顔だ。

 

「お前も食べるか?」

 

ボクの視線に気付き、シーフィがそう言った。ボクは当然のように、首を横に振る。

 

「いいよ、ボクはお腹はへっ…」

 


ぐぅ〜〜っ… 

 

『減ってない』と言おうとした時、腹が鳴った。実に大きな音だ。

 

今度は羞恥心から顔が熱くなる。

 

時刻を確認。

 

十二時半、腹が減らないわけがない。

 

「…ほら」

 

シーフィがスプーンでクリームをすくい、ボクへ突き出した。

 

「……違うスプーンでお願い」 

空腹に屈し、彼女と一緒にパフェを食べる事になった。

 

恥ずかしくて、味は分からなかった……

 

◆◇◆ 

 

 

「…騒がしい」

 

シーフィがしかめっ面でそう言った。でも仕方なかった。どこへ行けば良いか分からなかった。

 

「…ごめん」

 

言葉が見つからず、ボクは頭を垂れた。

 

「で、ここは何なんだ?」

 

周囲を見回すシーフィ。騒がしいと言いながらも、初めて見る物に興味があるらしい。

 

少しほっとした。

 

「あぁ、ここは…」

 

画面に向かい、コントローラを操作する男性。太鼓を叩く青年。クレーンを操作し、景品を狙う少年。

 

 

そう、ここはゲームセンター。

 

友達を作らなかったボクが、たまに来ていた場所だ。 

 

 

「ゲーム…センター?」

 

これも初めて聞く言葉なのだろう。響きを確認するように、彼女は口にした。

 

「ん〜…、例えば…」

 

ボクは、丁度空いた太鼓のゲームに百円玉を入れる。すると、特殊な語尾のキャラクターが現われる。

 

「シーフィもやる?」

 

こくりと頷くシーフィ。ボクは百円玉をもう一枚入れる。キャラクターが二体になった。

 

「はい、これ」

 

専用のばちを渡す。彼女はそれを両手に持ち、じっと睨み付けた。

 

 

「ほら、始まるよ?」

 

「ぇっ?あ、うっ!」

 

曲に合わせて球体が流れる。小気味よくコンボを重ねるボクに対し、シーフィはワンテンポ遅れて叩く。

 

結果は言うまでもない。

 

「だぁーーーっ?!」

 

ガツン、シーフィがばちを叩きつける。客の一部が何事かと、ボク等の方を見た。

 

「だ、大丈夫!もう一回出来るからっ!」

 

「もういいっ!」

 

憤慨し、シーフィはゲームセンターを出ようとする。ボクは彼女を呼び止め、謝った。

 

「…お前は何をしたかったんだ…」

 

「すみません…、焦るシーフィを見て、楽しんでました…」

 

シーフィは腕を組み、足を小刻みに揺らしている。…あぁ…、怒ってる… 

 

「はぁ…」

 

一つ、シーフィは溜め息を吐いた。彼女の空気が、多少和らいだ。

 

「今回は許すが…、今後は絶対にするな」

 

強く、そう言われた。

 

「ぅ、うん…」

 

ボクは小さく頷くしか出来なかった。ボクが頷くのを見て、彼女の表情が変わった。…優しい笑顔。

 

不似合いな空間に咲く一輪の花のように、その笑顔は優しく、力強く、そして……儚く見えた。

 

彼女を、泣かせてはいけない。彼女には、笑っていて欲しい。

 

何故かは分からないが、その笑顔を見た瞬間、ボクはそう思った。

 

「次は、何だ?」

 

彼女の口から紡ぎだされる言葉。それは鈴の音を聞いているような、鮮やかな音だった。

 

「あっちに行こうっ!シーフィっ!」

 

「あ、おいっ!ちょっと待てっ?!」

 

ボクは無意識に、彼女の白い綺麗な手を引く。彼女が手を握り返すのを感じながら、次のゲームへ向かった。

 

◆◇◆

 

 

「ってて〜…」

 

「お、起きたか?」

 

神流の強打を受け、倒れた雨宮が起きた時、すでに日は沈みかけ、空は茜色に染まっていた。

 

起き上がり、テーブルを見た雨宮が絶叫する。

 

「あああっ?!僕の分も食べたんですかぁっ?!」

 

雨宮の持ってきたビニール袋。その中に入っていたコンビニ弁当(二人分)が空になっていた。 

 

「何で食べるんですかぁ?!」

 

あれは楽しみにしていた焼き鮭弁当だ。当然、雨宮は抗議する。

 

「ん?鮭を食ってるのは私じゃない。…ほれ」

 

神流が足元を指差す。雨宮が下に視線を向けると、そこにはエンジェがいた。

 

みゃあっ!

 

あ〜、美味そうだなぁ、焼き鮭…。そう雨宮は思う。 

 

白い子猫が、自身の食料を食す。その愛らしい姿に、雨宮は一瞬和む。が…

 

「ってぇ!返せぇ?!」

 

ゴスッ…

 

エンジェの首根っこを掴もうとした瞬間、神流の蹴が雨宮の鼻っ柱を捉える。

 

「っんのおぉぉっ?!」

 

痛みにもんどりうつ雨宮。数秒藻掻いた後、再び神流に抗議した。

 

「何で蹴るんですかぁ!」

 

「…それ、弟の猫だから」

 

短く、単純な理由を、神流は答える。

 

「ははぁ〜ん…」

 

ニヤリ、雨宮の口元に嫌らしい笑みが浮かぶ。もうこの際、先輩後輩は関係ない。

 

「つまり、愛しの弟のために、その猫を守ったと…」 

 

自分が気絶した理由も忘れ、雨宮は言った。

 

神流は寸での所で拳を押さえた。また気絶され、夜まで居られては困る。そう考えたのだろう。

 

神流は溜め息を一つ吐き、訂正を入れる事にした。

 

「一つ、言っておく。別に、お前の思っている様な感情を、私は感じていない」  

 

神流の言葉を聞き、雨宮が残念そうな顔をする。

 

「え〜…、じゃあ、何なんすか一体」

 

そう聞かれ、神流も一瞬悩む。そしてポツリと。

 

「…使命感って奴かな」

 

そう呟いた。

 

「?…何ですか?それ」

 

「これ以上は、説明する義理はない」

 

食い下がろうとする雨宮を、神流がバッサリと切り捨てる。

 

「うへぇ…」

 

椅子に腰掛け、雨宮は顔を伏せた。

 

神流はぼんやりと、テレビから流れる夕方のニュースを見る。

 

内容は、例の事件だった。 

 

◆◇◆ 

 

 

ゲームセンターを出た時、日は西へ傾いていた。

 

「…はぁ」

 

疲れた。それが素直な感想だ。金が底をついたのだ。 

 

「中々良かったな」

 

そう言って、シーフィは笑う。それを見て、少しだけ気力が回復する。

 

「あとは…何か話ながら歩こうか」

 

「いいぞ、別に」

 

了承を得、ボク等は並んで歩きだした。

 

コンクリートの上に積もる雪。それを踏み締めながら歩く。

 

他愛のない話をした。

 

ボクの話に、彼女は熱心に聞き入る。そして、笑顔を見せてくれた。…少しは心を開いてくれたのだろうか。

 

三十分程歩き、不意に、彼女が足を止めた。

 

「…シーフィ?」

 

不思議に思い、ボクは声を掛けた。

 

シーフィは震えていた。顔は青白く、瞳はただ一点を見据えていた。

 

彼女の視線を追う。

 

「……教会?」

 

そこには教会があった。その神聖な雰囲気が、離れたこの場にも伝わる。

 

「うぅっ…」

 

シーフィは小さく呻き、自身の左腕を強く掴んだ。唇を噛み、皮が破れ、血が滲む。

 

「シーフィ?大丈…」

 

バシンッ… 

 

彼女の震える肩に手を伸ばした。が、彼女はその手を振り払った。

 

「っ!」

 

「シーフィッ!!」

 

突如、彼女は走りだした。ボクはそれを追う。

 

彼女は足が速かった。ボクは必死に、全力で追った。

 

「シーフィ!シーフィッ!!」

 

心臓が張り裂けそうだ。

 

それでも、彼女が視界から消えないように走る。

 

「シーフィィィッ!!!」

 

そう、名を叫びながら。転びそうになりながら。ただただ必死に、走った。

 

彼女は止まった。そこは暗い路地裏、行き止まりだったのだ。

 

「シー…フィ…」

 

息を切らしながら、ボクは彼女を呼んだ。そして、一歩、また一歩と、歩を進めた。

 

「来るなぁっ!!」

 

彼女が叫んだ。聞いたことのない、彼女の悲鳴だった。

 

泣いている。シーフィは泣いている……

 

ボクが近付く事で彼女が泣くのなら、歩みを止めれば良いのではないか。

 

だが、ボクの足は止まらない。

 

「見るなぁ…、見ないでくれぇっ!!」

 

次第に。

 

闇に目が慣れてくる。

 

ボクの脳裏に、学の言葉が蘇った…

 

『悪魔の仕業らしいで…』 

 

◆◇

 

「…」

 

神流は雪音の言葉を思い出していた。

 

「『たすけてくれた』…」

 

じっと、目を細めて、ニュースを見る。

 

そして、口を開く。

 

「『黒装束の…」

 

◇◆ 

 

「金髪の美少女』…」

 

神夜の口から、声が漏れる。シーフィに届いているかは分からない。

 

彼女はまだ泣いている。泣いて、神夜を睨んでいた。 

 

見るな。その瞳はそう訴えていた。 

 

怒りではない、懇願だ。

 

「…」

 

神夜は無言で彼女を見る。 

 

今はもう、闇に目が慣れ、鮮明にシーフィを捉える事が出来る。

 

だが、そのシーフィは、神夜の知るシーフィではなかった。

 

醜く、巨大な左腕。潰れ、中から赤い光のみを発する左目。左耳は獣の様に変わり果てていた。そして。  

背中からは黒き片翼。

 

美しく可憐な少女、シーフィは… 

 

暗き闇の中……

 





 

悪魔へと、姿を変えていた……

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