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4. 襲撃

 あれから多門様に報告を終えてその労をねぎらわれた後、掃除之者としての仕事に励むいつもの日々に戻った。


 城内の清掃中、すすすと本田殿が近寄ってきた。

 

「して、吉良様の屋敷で働く侍女、たしかお篠といったか。彼女との仲はどうなのだ」

 

「それはなんのことだ?」

 

 なぜあの侍女の名前がでるのだ。気にせずに雑巾を動かす手を止めない。

 

「おぬしが吉良邸によく出向いているのを知っているのだぞ」

 

「それは吉良様に招かれてだな」

 

「よいよい、その調子だと何か進展があったようだな。浅野様の切腹も取りやめになったようだし、実に順調であるな。やるときはやる男であったのだな」

 

 たしかに順調だ、怖いぐらいに。動かしていた手の動きが鈍くなる。

 

「しかし、こんなにすんなりいくとは。まだ何かあるような気がしてならぬ」

 

「すんなり行けば結構ではないか」

 

「そうであればよいのだが」

 

 気にしても仕方がない。あとはこちらが関わることのない上の人間たちのやりとりなのだから。

 

 

 日々を過ごす中、頭をちらつくのは吉良邸で見たあの箒である。自然と足は吉良邸の方に向いてしまった。

 

「引越し?」

 

「そうなんですよ。急な話で使用人たちも困っています」

 

 呉服橋の吉良邸の前を通りかかると、なにやら忙しそうに人が出たり入ったりしていた。ちょうど見つけたお篠に話しかけると予想外のことを口にされた。

 

「なんでもこの屋敷を召し上げられて、本所松坂町にうつされるそうです」

 

「江戸郊外ではないか」

 

「そうですよ。しかも、空屋敷になっていた屋敷ですよ。吉良様はあまり目くじらをたてるなとおっしゃいますが、あんまりです」

 

 どうやら鬱憤がたまっていたようで、彼女の愚痴はどんどん漏れる。

 

「みんなはこれが吉良様への罰だといっています。なにが喧嘩両成敗ですか。一方的に切りかかられた被害者だっていうのに」

 

 お上も事情があるのだろう。事情も聞けたことだし立ち去ろうとした。

 

「ところでお客様。人手がたりないのですが、もしかしたらお手すきではありませんか」

 

「む?」

 

 何かを試すような目でこちらを見る。意図はわからないが、引越しとなれば不要になった箒がでるかもしれない。

 

「よし、手伝おう。これでも城内では掃除之者を務めているのだ。まかせておれ」

 

 あの美しい箒にさわれるかと思ったが、結局荷物運びを手伝っただけで終わった。

 

 

 *

 

 

 それからもなんとかあの箒を手に取る機会を待ち続けた。屋敷に向かおうとしたところで、本田殿に止められる。

 

「いま吉良様の屋敷にはいかないほうがいいぞ」

 

「なぜだ?」

 

「赤穂藩士たちが近く襲撃にくるそうだ」

 

「なにぃ!? それはどういうことだ」

 

 展開が早過ぎる。なにがどうしてそうなったかなんてわかるわけがない。わかっているのは一つ。

 

「あ、おい。待たぬか、まだ話は終わってない」

 

 一刻も早くいかねばならない。本田殿の制止を振り払って本所松阪町へと向かった

 

 

 吉良邸に近づくと騒ぎ声が聞こえた。吉良邸の周囲には野次馬が集まり、遠巻きに様子を見ている。無残に打ち破られた門から状況を察する。

 

「お、おい、あんた。今は近づかん方がいい。赤穂の侍たちが暴れまわってる」

 

「なんと……馬鹿なことを」

 

「仕える主君を失った赤穂藩士たちの恨みは一通りのもんじゃなかったはず」

 

「それでも、それがしはいかねばならぬのだ!」

 

 打ち破られた門から中に忍び込むと、そこは修羅場であった。鉢金を巻き鎖帷子の男達が邸内を探し回っている。

 

「吉良ぁぁぁぁ! どこだぁ!」

 

「吉良ぁぁぁぁ! 首を差し出せぇ! 殿の無念を晴らしてくれる!」

 

 頭を下げて物陰を渡っていく。目指すのは箒がしまわれている炭焼き小屋だ。引越しを手伝ったときに確認している。

 しかし、途中、見張りらしき男が道を邪魔をしている。待ってみても動く様子はない。幸い、その視線は邸内に向いていた。その背後を足音を殺しながら通り過ぎようとすると、不意にその背中がこちらをむいた。

 

「なんだ、貴様は」

 

「あー、その」

 

 どうしようか。よし、誤魔化そう。

 

「また、やってしまったか。それがしは知らず知らずの内に散歩するくせがあってな」

 

 視線が怖い。

 

「本当だ。よく迷子になって、家人に連れ戻されたこともあったりしてな。いやあまいったまいった」

 

「それでは」と、勢いよくいいきるとそのまま足早に離れる。追いかけてくる様子はない、なんとかなった。

 

 ようやくたどりついた炭焼き小屋。周囲には赤穂藩士の姿はない。高家肝煎である吉良様がこんなところに隠れているわけないだろう。誇り臭い部屋に置かれているのは雑多な物ばかりのはずだ。

 

 とにかく第一目標はあの箒だ。吉良様をお助けしたいとは思うが、完全武装した赤穂藩士たちに勝てるとは思えぬ。

 一抹の罪悪感を振り払うように扉を開けると、いきなり目の前に何かが振り下ろされた。

 

「うおおお! なんだ、なにごとだ!」

 

「えぇ!! どうしてあなたが?」

 

 すんでのところでかわすとそこには侍女のお篠がいた。お互いに驚いた顔をしていると、奥からひょっこりと吉良様が顔を見せた。

 

「そなたか、このような時分にどうしたのだ」

 

「いえ、それがしよりも、この屋敷内でなにが起きているのですか」

 

 話を聞くと、数刻前にやつらが討ち入ってきたらしい。お篠に連れられて逃げ込んだのがこの炭焼き小屋。話を聞きながらも、寒さが一呼吸ごとに体に染みる。

 

「そうですか……、いまごろは屋敷のものたちも」

 

「いや、使用人たちには暇をだした。家老たちも孫の義周とともに避難させている。わしが単身かくれまわれば、被害も少なく済むというもの」

 

「それは準備がよろしいことで、ですがいつからそんなことを?」

 

「文が届けられてのう」

 

 渡された書状を開く。そこには簡単に一文のみが書かれていた。

 

『おまえを殺す』

 

 やっぱ、頭おかしーわ。君主もそうなら藩士も頭おかしーわ。

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