鏡の中の愛する人
偉大な魔法使いの成長を描いたお話です。
別作中の一部を企画用に加筆修正した物になります。
あるところに、たった一人の魔法使いがいました。
彼は数々の偉業を成し遂げ、世界で最も偉大な魔法使いだと、人々は囁きます。
彼は、一片の呪文で、干ばつに苦しむ民へ慈愛の雨をもたらします。
彼は、杖の一振りで、流行り病に倒れる者を愛憐の光で癒します。
彼は、ただ見つめるだけで、暴君を黙らせ恩愛の徒に変えてしまいます。
あまりに強力で比類なき彼の魔法を、人々は畏れ、誰もがひれ伏します。
しかし、彼には悩みがありました。
世界中の誰にも治せない病、それに、蝕まれていたのです。
「私は、たくさんの偉業を成し遂げた。それなのに、愛が足りない。私は誰からも愛されていない。世界は、私を愛してくれないのだ」
「なぜ、私には愛が訪れないのだろう。愛されない私は惨めだ。誰か一人でも私を受け入れてくれれば、きっと幸せになれるのに」
そう、彼の病の名は『孤独』。
世界中の人が畏れる彼は、ただただ孤独で、ひとりで『愛』を探していました。
「そうか。分かった。私の思う『愛』と世界の言う『愛』が違うのか」
『愛』を求める彼は、ある答えに行き着きました。
『愛』の形を変える。そうして、彼はひとつの魔法を世界中へかけました。
「これで、きっと世界からも愛される」
それは孤独な魔法使いなりに考えた、偏愛の形でした。
「あなたのこと、とても愛しているわ。だから、殺すわね」
「ぼくもきみのこと、愛しているよ。一緒に、殺し合おう」
「ぼうや、とても愛しているわ。これが愛の表し方なのよ。死になさい」
「おばあさん、わしも長年おまえが愛しておる。だから、そのすてきな細い首をおくれ」
彼の『愛』を、きっと人々は『殺意』と呼ぶでしょう。
世界中の愛は殺意へと変わりました。
愛し合う二人は殺し合い、世界は愛の結晶で溢れかえります。
死体、死体、死体、死体……たくさんの死体が積み重なりました。
「世界は愛に溢れている」
彼は深い満足を覚え、ようやく自分のことを好きになった気がしました。
自分で自分のことを、褒めてあげたくなったのです。
「私は、自分のことを、ようやく『愛せる』ようになった」
偉大な魔法使いは、鏡に映った『愛する人』へそう呟くと、自らの胸をナイフで突きました。
他の皆が、愛する人へしたのと、同じように。
「これが、愛なのだな。寒々しい」
孤独な魔法使いは、冷めない眠りにつきました。
それは、とても静かな夜のことでした。
めでたし、めでたし。