私、魔法が使える女王様です。
1st Stage 突然の家族とのお別れ
今日は小学校の卒業式。6年間通い続けてきた校舎と最後のお別れをする日になりました。
クラスメイトや先生と記念撮影をして別れを惜しんだ後、一度家に戻って近所の友達と遊んでいました。
その日の夜、私の卒業式なので、家でご馳走が出ると期待していましたが、夕食になって食卓へ行ってみたら、普通にご飯とみそ汁、焼き魚に、コロッケが置いてあり、いつもと変わらない献立になっていたので、少し驚きました。
「今日、スーパーで揚げ物の特売をしていたから、コロッケを買ってきちゃった。冷めないうちに食べましょ。」
母さんは急ぐかのように、椅子に座ってご飯を食べ始めました。
「母さん、今日何の日だか知ってる?」
「何の日って、普通の月曜日に決まっているでしょ。」
「他には・・・?」
「他にって言われても・・・。思いつかないな。」
「信じられない。今日、私の卒業式だったんでしょ?そんな大事な日も忘れたの?」
「それが、どうしたの?義務教育なんだし、卒業して当然じゃない。もしかして、ご馳走でも期待していた?」
私は悔しくで何も言い返せませんでした。
「誕生日ならまだしも、小学校の卒業式でお祝いするなんて、おかしいだろ。朱美、4月から中学生なんだし、少し大人になりなさい。」
新聞を読んでいた父さんまでが口をはさんできました。
「お姉ちゃんって、この年で駄々をこねるなんて、本当にお子様だよね。」
さらに妹の風子がとどめを刺すように言ってきました。
私はみんなから言いたい放題を言われて食欲を無くし、部屋に戻ることにしました。
「朱美、ご飯いらないの?」
「食べたくない!」
「本当にいいの?」
「おい、本人が食べたくないと言っているんだから、ほっとけ。だいたいそれくらいのことで、へそを曲げる方が間違っている。」
「あとで、お腹が空かないかしら。」
「お腹が空いたら、適当に食べにやって来るだろ。」
「あんなのが4月から中学生って、信じられない。出来の悪い姉を持って、本当に情けないよ。」
「風子、そんなことを言うものではありません。」
母さんは風子の毒舌に注意をしました。
「スーパーでお寿司でも買ってくる?」
「やめておけ。下手に甘やかすと、ろくな人間になれない。タバコを切らせたから、コンビニまで出かけてくる。」
父さんは不機嫌な顔をしてタバコを買うついでに、赤飯と海苔巻き、稲荷ずし、カップケーキ、サイダーを買って戻り、そのまま2階の私の部屋にノックもせず入ってきました。
「おい朱美、入るぞ。」
「ちょっと、ノックもしないで勝手に人の部屋に入ってこないでよ!」
「それが親に言うセリフか。とにかく腹が減っているんだろ、食え!」
父さんは、食べ物の入ったビニール袋を投げるようにベッドに置きました。
「投げることないでしょ!」
「つべこべ、文句を言うな。それと、卒業の祝い金だ。これで欲しいものを買え!」
父さんは財布から五千円札を一枚取り出して、私に差し出しました。
「とにかくこれを食べ終えたら、すぐに下に降りて来い。」
父さんがドアを強く閉めていなくなったあと、私はベッドのクッションをドアに投げつけました。
父さんのバカ。あんな言い方をしなくてもいいのに。私は心の中でそう思って、ビニールから稲荷ずしや赤飯を泣きながら食べました。最後にカップケーキを食べ終えて、私は父さんのところへ向かいました。
「食べてきたよ。海苔巻きは食べきれなかったから、明日にする。」
「わかった。じゃあ、ここに座れ。」
私は居間に置いてある茶色のソファに腰かけて、父さんと話すことになりました。
「ここに呼ばれた理由が何なのか分かるよな。」
私は黙って首を縦に振りました。
「今日の食事の時の態度は何なんだ?」
「さっきも言ったように、今日は私の小学校の卒業式だったから。」
「小学校を卒業したら、ああいう態度が許されると思っているのか?」
「せめてお祝いをしてくれたっていいのに。」
「祝うか祝わないかは親が決めることだろ。お誕生日会じゃあるまいし、小学校の卒業式でご馳走出す家庭がどこにあるんだ?」
「クラスの友達は出前や外食だと自慢してきたから・・・。」
「よそはよそ、うちはうちだろ。そんなに贅沢をしたかったなら、さっき渡したお金で外食でも出前でもすればいいだろ。」
父さんはタバコを1本取り出して、吸い始めました。
「父さん、タバコやめてほしいんだけど・・・。」
「小学校を卒業すれば、口も悪くなるのか。」
「タバコの煙、いやなの。」
「わかったよ。」
父さんはタバコの火を灰皿で消しました。
「さっきの話の続きなんだが、4月になれば中学生だ。少しは大人になったらどうだ。」
「大人になるって、どういうこと?」
「駄々をこねない、ある程度は我慢をすることだ。さっきの食事の時の態度は明らかに小さい子供の駄々こねと一緒だ。そりゃあ、門出の時でも普通の食事が出たら、ショックが大きい。ましてや、よそ様がご馳走となれば、なおさらだ。」
私は納得のいかない顔をして話を聞いていました。
「風子の小学校入学の時なんか、ケーキやご馳走を並べていたのに。」
「風子は妹のうえに年下だろ。」
「年上だから、我慢しろって言うの?」
「君はお姉さんだろ。少しはしっかりしろ。今日はこれ以上話を続けても無駄だ。」
父さんは、そう言い残してタバコを吸いながらテレビを見始めました。
部屋に戻って、私がベッドでふて寝していた時でした。部屋のドアがガチャっと開いて風子が中に入ってきました。
「お姉ちゃん、お母さんがバナナジュースを作ったから、降りてきてほしいって。」
「風子、部屋に入るときはノックをしてよね。それと、母さんにはいらないって、言っておいて。」
「いらないの?」
「欲しかったら、風子にあげるよ。」
「いいの!?やったー!」
風子は小さい子供のようにはしゃぎながら、下へ降りていきました。風子の方がよっぽど子供じゃん。
気が付いたら、私は眠ってしまいました。
その数分後、ドアのノックの音が聞こえて、母さんがバナナジュースを持って部屋に入ってきました。
「起こしちゃった?」
「どうしたの?」
「よかったら飲んでくれる?」
「私の分は風子が・・・。」
「これはお母さんの分。さっきご飯を食べ過ぎたから、飲めなくなったの。」
「そうなんだ。じゃあ、頂きます。」
私は母さんに言われるままにバナナジュースを飲み干しました。
「ごちそうさまでした。」
「よかった。ちゃんと飲んでくれて。」
母さんは少し安心したような顔をして私を見ていました。
「どうしたの?人の顔をジロジロ見ちゃって。」
「卒業式だと言うのに普通の食事にしちゃってごめんね。よその家のように盛大にしたかったけど、朱美ももうじき中学生になることだし、少しは聞き分けてくれたらいいなと思ったの。」
母さんの言葉には一理ありましたが、小学校を卒業したばかりの私には正直納得いきませんでした。
「急にそんなことを言われても・・・。」
「確かにそうよね。でも、食事の時に駄々をこねるのは正直やめてほしかった。」
「本当のことを言うとね・・・。」
「わかっている。じゃあ、こうすればいいじゃん。今日もらったお金でお友達と打ち上げでもしてきたら?欲しいものは、あとでお母さんが買ってあげるから。」
その直後、父さんがまたしてもドアを強く開けて入ってきました。
「おい、いないと思ったらここか。こんなバカに構っていることなんかない。それより来てくれ。朱美、お前はここで反省をしていろ!」
「何をどう反省しろっていうの!?」
「自分がとった態度を振り返ろ!まったくいい年こいて、ご馳走をねだるなんて小さい子供と一緒じゃないか。とにかく反しろ!」
父さんは母さんを連れて、私の部屋からいなくなってしまいました。
父さんなんかいなくなればいいのに。心の中で私はそう叫んでいました。
さて、ここで自己紹介をさせてもらいます。
みなさん初めまして。私、火村朱美は12歳で、前述でも述べたように小学校を卒業したばかりなのです。
妹の風子は9歳で今年の4月から4年生になるのですが、両親に負けないくらい口が悪いのです。
父さんは銀行の営業部長で、母さんは税務署で働いています。
家は青梅駅からバスで25分のところにあるのですが、近所にはコンビニと小さな個人商店以外何もありません。
食事の買い物は車で10分のところにある少し大きめのスーパーで済ませています。
私の買い物も基本はネットで済ませています。
都内なのにこんなに不便なのかといつも感じさせられていますが、その分自然が豊かで空気も綺麗なのです。夜になるといろんな虫が家の近くを飛んでいますので、虫好きの私としては悪くないかなと思っています。
話を戻しますが、翌日の出来事です。
私は同級生の村上舞子さんの家で格闘ゲームをしながら、昨日の愚痴をこぼしていました。
「ねえねえ、ちょっと聞いてよ。」
「どうしたの?」
「実は昨日お父さんと喧嘩しちゃった。」
「原因はなんだったの?」
「昨日卒業式だったでしょ?その時、出てきた料理が普通の食事だったから、母さんに文句をぶつけたの。そしたら、父さんが横から口をはさんできたから、喧嘩になったの。」
「たったそれだけで?」
「うちも普通の食事だったよ。」
「普通の食事というと、どんなの?」
私は舞子が言う「普通の食事」という言葉が気になり、聞き出しました。
「ちらし寿司に、鶏のから揚げ、あとお吸い物だったよ。」
「どこが普通なの?ご馳走じゃん。」
「じゃあ、朱美の家はどんな食事だったの?」
「うちは白いご飯に、みそ汁、焼き魚にコロッケだったよ。」
「私、そっちの方がよかった。」
「ちらし寿司の方がご馳走じゃん。私、それが原因で喧嘩になったの。私、頭に来て『いらない!』って言ったら、父さんがコンビニで赤飯と海苔巻き、稲荷ずしを買ってきたの。」
「そこまでくると、完全に甘えん坊さんだよ。気持ちはわかるけどさ、うちら中学生になるわけなんだし、そういう態度はやめた方がいいと思うよ。」
「うん。」
確かに舞子の意見はもっともだった。しかし、私としては納得がいきませんでした。
「ごめんね、ちょっと言い過ぎたかも。」
「ううん、気にしてないから。それより、今夜商店街の外れにあるファミレスで一緒に食事をしない?」
「ごめん、今日これから家族と一緒に羽村にある親戚の家でバーベキューをすることになっている。」
「そうなんだ。じゃあ、楽しんできてよ。」
「うん、本当にごめんね。」
「じゃあ私、そろそろ帰るね。」
帰り道、私の怒りは頂点に達していて、「父さんも舞子も死んじゃえばいいのに」と口に出しながら歩いていました。
家に戻ると風子が居間のテレビでゲームをやっていました。
「お帰り、一緒にゲームやる?」
「ゲームなら舞子の家でやってきた。」
「そう。」
私は部屋に戻って、ベッドで横になっていました。
夕方になり、母さんがスーパーのレジ袋を抱えて帰ってきました。
「ただいまー。」
母さんはいつも早帰りの父さんがいないことに気が付いて、辺りをキョロキョロと見渡しました。
「風子、お父さんは?」
「知らないよ。」
「朱美は?」
「部屋にいる。」
「そう。」
母さんは部屋着姿になって、食事の準備にかかりました。
その数分後の事です。家に電話がかかってきました。
「もしもし、火村ですが・・・。」
「火村さんのお宅ですか?私、警視庁青梅警察署の沢井と申します。実はお宅のご主人が、帰宅途中に何者かに襲われて、お亡くなりになりました。これから署の者がご自宅に向かいますので、青梅総合病院までご足労願います。」
警察官は一方的に電話を切りましたので、母さんは食事の準備をやめて、出かける準備にかかりました。
「朱美、風子、驚かないで欲しいんだけど、さっき警察から電話があって、お父さん死んじゃったみたいなの。これから大変になるから、お母さんと一緒に頑張ってくれる?」
「うん。」
私は突然のことで何が何だかさっぱり分からず、混乱してしまい、頭の中が真っ白になってしまいました。
お父さんが死んじゃった。私のせいだ。私は部屋に戻って自分を責め続けていました。
しばらくして警察官が乗ってきた青いセダンの車がやってきて、母さんを乗せて青梅総合病院まで向かいました。
その日の夜、追い打ちをかけるかのように舞子の母さんから電話がかかってきました。
「もしもし、火村ですが。」
「私、村上舞子の母です。この声は朱美ちゃん?」
「はい、そうですけど。どうされたのですか?」
「実は朱美ちゃんが帰ったあと、舞子が亡くなっていたの。心当たりある?」
「おばさん、私を疑っているのですか?」
「そうじゃないけど、買い物から戻ってきたら、舞子が死んでいたので、びっくりしたの。」
「実は私も父さんを亡くしたばかりなので、気が動転しているのです。」
「お父さん、亡くなってしまったのね。お気の毒に。」
「今、お母さんが警察と一緒に青梅総合病院に行って、確認をしています。」
「そうなんだね。こんな時に電話をかけてごめんね。」
「いいえ、大丈夫です。」
「じゃあ、おばさん電話を切るね。」
おばさんはそのまま電話を切りました。
4日後の事です。
自宅から車で15分のところにある小さな斎場で葬式が行われ、遺骨は母さんが運転する車に乗せられました。
斎場から戻り、親戚たちが私の家に集まり、今後のことについて話し合うことになりました。
「崇さん(父さん)がお亡くなりになって、これからどうするのですか?」
「私が2人の子供の世話をします。」
「あんたの収入だだけで2人を養っていけるのですか?」
母方のおじいさんは母さんに厳しく問い詰めましたが、母さんは黙ったままでした。
「黙っていないで、おっしゃってください。」
「この家で3人で暮らしていきます。」
「由美子(母さん)さん、無理していませんか?」
今度は父さんの弟である、哲郎おじさんが口をはさんできました。
「そんなことはありません。」
「税務署のお仕事と言っても、収入はたかが知れているのではないですか。」
「そんなことはありません。主人が残した財産と私の貯金で何とかやっていきます。」
「兄さんの財産も相続税でほとんど持っていかれることはご存知ですよね。それとも家族だから、特別扱いでもされると思っているのですか?」
「そんなことはありません。」
「この家に住む以上、きちんと相続税を払っていただきますよ。」
哲郎おじさんは少しいじわるな感じで母さんを責めていました。
「風子ちゃんはお母さんと一緒にここに住まわせて、朱美ちゃんは私の家に引き取るってどうかしら。」
今度は父さんの従姉妹にあたる佳奈美おばさんが横から口をはさんできました。
「それって、風子と朱美を別々にするってこと?」
「由美子さんだって、これから二人を養うって大変でしょ?私のところ家も広いし、子供もいないから朱美ちゃんを引き取らせてもらおうかと思っているの。」
「ちょっと待って、勝手に話を進めないでよ。こういうのって朱美と風子の意見も必要でしょ?」
「いいわよ。」
私と風子は自分の部屋で退屈をしていた時、母さんの声が聞こえました。
「朱美、風子、ちょっといらっしゃい。」
母さんに呼ばれて降りてみれば、親戚たちがお茶を飲みながらお話をしていました。
「朱美、風子、知っているわよね。お父さんの従姉妹の佳奈美さん。」
「こんにちは。」
佳奈美さんは軽くにこやかに私と風子に挨拶をしてきたので、私と風子も挨拶をしました。
「佳奈美さんが2人に話があるみたいだから、聞いてくれる?」
私と風子は母さんに言われるまま、佳奈美さんの話を聞くことになりました。
「突然のことだから、びっくりしちゃうかもしれないけど、実はどちらか1人私の家で生活をしてもらおうと思っているの。」
「それって、私たち姉妹を別々にするってことですか?」
「結論から言ってしまえば、そんな感じかな。実際のところ、この家でお母さん1人で2人を養うのって大変だと思うの。仮に出来たとしても今よりも貧しくなるし、贅沢もできなくなる。それに一緒にいたら、4人で過ごした思い出の家も手放して、どこか別の場所で暮らすようになってしまうかもしれないの。そうなるのはいやでしょ?それに、これから先会えなくなるわけじゃないし、会いたい時にはいつでも会えるわけなんだから。」
私は一瞬考えました。
「また会えると約束できますか?」
「もちろんよ。会いたい時にはいつでも会えるようにしてあげるから。」
「なら私が佳奈美さんの家に行きます。風子はまだ小学生だし、お母さんと一緒にいたいはずだから。」
これが私が見せた精一杯の強がりでした。
「それじゃ今日からよろしくね、朱美ちゃん。」
佳奈美さんは軽く笑顔を見せました。
これでいいんだ、私がいなくなれば母さんも風子も幸せな生活ができる。心の中で私は呟きました。
それと同時に先日DVDで見た「火垂るの墓」で清太と節子が未亡人にいじめられるシーンを思い出してしまい、頭の中で恐怖がよみがえりました。
「朱美ちゃん、どうしたの?顔が真っ青だよ。」
「いいえ、大丈夫です。」
「それじゃ、朱美ちゃんの荷物を来週あたりには運べるようにしておきましょうか。」
「そうですね。」
佳奈美さんは母さんに確認をとるような感じで言いました。
翌日から私の部屋にはたくさんの段ボールが置かれていたので、警察の家宅捜索のように次々と箱に荷物を詰めていき、それが終わると今度は、クラスメイトにお別れの挨拶をしていきました。
そして引っ越し当日、私の荷物は次々とトラックへ運ばれて行き、私は佳奈美さんの車に乗って新居へと向かうことになりました。
「朱美、佳奈美さんの言うことを聞くんだよ。」
「わかった。」
「お姉ちゃん、元気でね。」
「ありがとう。」
「それでは失礼します。」
佳奈美さんは手を振って車を走らせていきました。
その15分後には私は眠ってしまい、気が付いたら佳奈美さんの家の近くに着いていました。
2nd Stage 新しい生活のスタート
引っ越してから2週間が経ち、私の生活もだいぶ慣れてきました。
転入手続きを済ませて、新しい学校での生活が始まりました。
さて、少しの間ですが、これから生活する私の新しい街を紹介させて頂きます。
新居のある場所は神奈川県川崎市麻生区東百合丘の外れにあり、新百合ヶ丘と百合ヶ丘の両方の駅に行ける便利な街です。
ただ買い物は駅前か、少し離れた場所にあるスーパーまで行かないとないので、その辺は少々不便に感じました。
学校は徒歩10分のところにある東百合丘中学校に通っています。制服は水色と白のセーラー服で、後ろの腰と胸の部分に青のリボンが付いています。
私を引き取った佳奈美さんは33歳で、横浜地検川崎支部の検察官をやっていますので、帰宅時間が遅く、食事はいつも別々になってしまいます。
通勤のほとんどはバイクですが、雨が降っている時には車で通勤しています。
その日も私はコンビニへ行って、おにぎりとスパゲティを買って自分の部屋で食べていました。
新しい部屋は南と東に面していて、風通しがよく、窓を開けると、とても気持ちがいいのです。
さて、お話の方に戻らせて頂きたいと思います。
その日の佳奈美さんは久々に早く戻ってきたので、一緒に食事をとることにしました。
食卓にはちらしずしや鶏のから揚げなど、ごちそうがたくさん並べられていました。
「うわー、すごい!このご馳走、どうしたのですか?」
「今日は朱美ちゃんの入学と引っ越し祝い。」
「ありがとうございます。」
「あ、それと今使っている敬語やめて。家族なんだから。」
「わかりました・・・、じゃなくてわかった。」
佳奈美さんはニコニコしながら、小さな手提げ袋を差し出しました。
「佳奈美さん、これは?」
「いいから、取り出して開けてみて。」
私は言われるままに袋から小さな包みを取り出して、はがして開けてみると赤いスマホが出てきました。
「これって、最新式のスマホだよね。」
「どう?気に入ってくれた?」
「はい!」
「それとご飯を食べ終えたら、ちょっとだけ大事なお話があるから付き合ってほしいの。」
「大事な話?」
「今じゃダメなの?」
「せっかくのご馳走がまずくなるから。」
食事を終えて食器を洗い終えた後、私と佳奈美さんは居間にあるソファに座ってお話をすることにしましたが、改まって話を始めようとすると、なんだか少し緊張してきました。
「佳奈美さん、お話って何ですか?」
「実は朱美ちゃんのお父さん、すなわち崇さんが死んだ原因なんだけど、警察は殺人事件で話を進めているけど、本当は違うの。」
「それって、どういうこと?」
「朱美ちゃん、お父さんが死ぬ前の出来事で何か心当たりない?」
私は一瞬、頭の中の記憶を探りました。
「実は小学校の卒業式の日、些細な理由でいざこざになって、その時に『父さんなんか死んじゃえばいいのに』と言ってしまったの。」
「たぶん、それかもしれない。」
「私、それだけで起訴されるの?」
「落ち着いて、そうじゃないの。実はね信じがたい話なんだけど、魔物があなたたちが住んでいる人間界を支配しようとしているの。」
私は突然のことで、どう返事したらいいか分かりませんでした。
「魔物って言うと?」
佳奈美さんは目の前のコーヒーを一口飲んだあと話しました。
「その魔物ってブラックハート一族で、私たちが住んでいる世界を支配しようとしているの。」
「その目的とは?」
「みんなの心の片隅にあるわがままや自分勝手な心に漬け込んで、魔物にして犯罪に走りだそうとすることなんだよ。」
「でも、私は父さんや友達のことを恨んだことはあるけど、殺そうとは思っていないよ。」
「直接殺さなくても、こうなればいいとか思っていればそうなるの。」
私はよく分からないまま話を聞いていました。
「じゃあ、何で父さんがあんな死に方をしたの?警察は殺人だと言っていたよ。」
「これもブラックハート一族の仕業なの。今はブラックハート一族を撃退するより他にないの。」
「これって、警察や自衛隊にお願いをするの?」
「警察や自衛隊では無理。あの一族を倒せる救世主が必用なの。」
「救世主?どんな人なの?」
私は佳奈美さんの言葉に疑問を持ちました。
「魔法が使える女王、すなわちマジカルクイーンとしてこの世界を救ってほしいの。」
「佳奈美さん、あなたはいったい誰なんですか?」
「表向きではあなたのお父さんの従姉妹であり、普段は検察として働いているけど、本当はホワイトハート王国から来た使者なの。だましてごめんなさい。」
「ホワイトハート王国?」
「私の国もすでにブラックハート一族によって人々は悪に支配されてしまっているの。私はすぐさま、あなたたちの住む世界に逃げ込み、マジカルクイーンとして戦ってくれる人を探すことにしたの。朱美ちゃん、悪いんだけど、さっきのスマホを貸してくれる?」
私はスマホを佳奈美さんに渡しました。佳奈美さんは私のスマホに手を載せて、光を当てました。
「今、あなたのスマホにゴーグルのアイコンを入れてみたの。それを起動してほしいの。」
私は言われるままにゴーグルの形をしたアイコンを起動してみました。すると何やらすごい光が私を包み込むような感じで出てきました。
「何、この光。」
「この状態で、チェンジ、マジカルクイーン!と叫んでみて。」
「チェンジ、マジカルクイーン!」
何、この光!?そして体を包みこむような温かさ。程よく癒されていくような瞬間に私は何とも言えない状態になりました。
しばらくしてそっと目を開けてみると、服装が変わっていたことに驚いて、すぐに洗面所へ向かうなり、大声をあげてしまいました。私の服装は白のワンピース、赤いショートブーツに、肘まである赤いエナメルのロンググローブになっていました。しかも、体も成長して胸も大きくなり、二十歳前後の大人の姿になっていました。
「えー!何この姿!?私、いつ着替えたの?服装がコスプレになっているし、体も成長している!」
「どうしたの?大声あげて。」
「佳奈美さん、私の服装がコスプレになっている。これじゃ、外を歩けないよ。」
「大丈夫よ、ハロウィーンだと思えばいいんだから。」
「冗談言わないでよ!ハロウィーンには時期が早すぎるよ。」
しかも髪の毛はオレンジのショートヘアになり、瞳は真っ赤、赤いリップ、おまけに赤のゴーグルまで着いていたので、驚きのあまり言葉を失ってしまいました。
「佳奈美さん、衣装だけじゃなくてウイッグにカラコン、ゴーグルまでしているよ。」
「あ、これ、朱美ちゃんの瞳とヘアカラーだよ。」
「じゃあ、私、いつの間に髪の毛を染めちゃったの?明日からの学校どうするの?これで行ったら、間違いなく学校だけじゃなく、近所の笑いものにされるよ。」
「大丈夫よ、落ち着いて聞いてちょうだい。」
「これのどこが落ち着けって言うのよ!明日、私にコスプレしたまま学校へ行かせるつもり!?」
「まずは落ち着きなさい!」
佳奈美さんは混乱している私を落ち着かせるために、居間のソファまで行かせました。
「いきなり、こんな姿になったからびっくりしているかもしれないけど、あなたが着ているコスプレのような服は敵からの攻撃を守るバリアスーツのようなものなの。」
「じゃあ、警察が着ている防弾チョッキのようなもの?」
「そう解釈していいと思っても構わない。」
「まさかとは思うけど、私にブラックハートの相手になれって言うの?」
「そのまさかなの。」
「冗談じゃないわ!あんな化け物とどうやって戦えと言うの?そんなの警察に任せればいいじゃない!」
「警察に任せることが出来ないから、あなたにお願いしているのよ。あなたのお父さんやお友達の仇うちが出来るチャンスよ。」
「そう言われても・・・。私、現に親なんか死んじゃえばいいと思っていたから・・・。」
「過ぎたことを気にしていても仕方がないと思うの。もし、朱美ちゃんがそのことで責任を感じているなら、戦ってチャラにすればいいんじゃない?」
私は一瞬、考えました。戦うべきか、逃げるべきか。考えた末、出した答えが戦うことでした。
「私、戦います。」
「ありがとう、本当に決意してくれて。変身後のあなたは炎を操る女王、クイーンフレイムとして戦ってもらうから。」
「クイーンフレイム?」
「そう、それが変身後のあなたの名前。それと、このことは・・・・。」
「わかっている。秘密なんでしょ。変身ヒロインのお約束じゃない。」
「わかっているなら、それでいいよ。」
「それで、変身の解き方なんだけど・・・。」
「変身の解き方は、ゴーグルを外してみてくれる?」
私は言われるままにゴーグルを外してみました。すると、一瞬だけ強い光が出ましたが、その直後元の姿になりました。
「なんか、変身した自分の姿が幻のように思えてきた。」
「そんなものだよ。さ、明日も学校だし、早く寝なさい。」
佳奈美さんに言われて、私は部屋に戻って翌日の準備を済ませて寝ることにしました。
翌日の学校の昼休みの出来事です。私が教室にある自分の席で弁当を食べながらスマホをいじっていたら、クラスメイトの水谷和可菜がやってきました。
「ここいい?」
「いいよ。」
「朱美の弁当って美味しそうだね。」
「佳奈美さんに作ってもらっているの。」
「佳奈美さんって一緒に住んでいる人?」
「うん。」
「佳奈美さんって、料理も上手なんだね。お仕事は何をしているの?」
「検察官。」
「法律が詳しいうえに、料理が出来るなんてすごいね。」
「そうだね。」
弁当を食べ終えて、かばんにしまい込んだ直後、和可菜は私のスマホに目を向けました。
「ねえ、これって新しいスマホでしょ?」
「うん。」
「見せて。」
「いいよ。」
「これって、オレンジコンピュータの最新機種だよね。」
「うん、佳奈美さんが連絡取れないと不便だからと言って持たせてくれたの。」
「そうなんだ。私も卒業と入学祝で親から買ってくれたの。朱美のスマホにはどんなアプリが入っているか、見せてくれる?」
「いいよ。」
和可菜は私のスマホを見るなり、アイコンを見ていきました。
「結構、いろんなアイコンが並んでいるんだね。」
「うん。」
「そういえば気になったけど、このゴーグルの形をしたアイコンって何?」
「私もよくわからない。」
「触ってみてもいい?」
「あまり触らない方がいいかも。」
「なんで?」
「私もまだ触ったことがないから。」
「もしかしたら、ゲームかもしれないよ。」
和可菜は問答無用で起動しようとしましたが、何も起こりませんでした。
「何も起こらないよ。」
「そう?じゃあ、バグっているかもしれないから、あとで見ておくよ。」
私はあわてて変身アプリであることを隠しました。
「SNS入れてないの?」
「昨日買ってもらったばかりだから、まだ何もしていない。和可菜はSNSは何をやっているの?」
「一応、LINEとTwitterとFacebookかな。」
「私もLINEやってみようかな。」
「やってみなよ。」
私は和可菜に言われるままにLINEのアプリを入れたあと、設定を済ませてメッセージの送受信をしました。
「和可菜、届いた?」
「うん、届いたよ。」
私と和可菜が教室でスマホをいじっていたら、いつの間にか午後の授業の予鈴が鳴りました。
「あ、そういえば午後の授業って何だっけ?」
「今日の午後は国語だよ。」
「あの口うるさいオニババか。」
私が教科書とノート、資料などを用意していたら、血相変えて私の所に和可菜がやってきました。
「やばーい!どうしよう、教科書忘れた。」
「隣の教室に行ってきたら?今なら間に合うよ。今日忘れ物をしたら罰ゲームが来るんでしょ?」
「ちょっと隣の教室へ行ってくる!」
和可菜は一目散に隣の教室へ行って、教科書を借りてきました。
「オニババ来た?」
「セーフだよ。」
「アウト!水谷、自分の席へ戻れ。」
後ろを振り向いたら、鬼頭和子先生がいました。
「来たな、妖怪オニババ。」
「水谷、そんなに罰ゲームを受けたいのか?」
「いえ、そんなことはありません。」
「この教科書だって、もっぱら隣の雨森から借りてきたんだろ。ちょっと教科書を見せろ。」
鬼頭先生は教科書を取り上げて、パラパラとめくったり表紙の後ろを確認しました。
「やっぱり、雨森から借りてきたんだな。今日は2回目だ、罰ゲームを受けてもらおうか。」
「教科書あるじゃん。」
「借りてきたんだろ。腕立て30回、腹筋30回、スクワット50回、みんなの前で歌うの中から選べ。」
「じゃあ、腕立て30回で。」
和可菜は先生の前で腕立て伏せを30回始めました。
先生が数え終えたあと、和可菜は疲れ切った顔をして席に戻りました。
「やっぱ、妖怪オニババだ。」
「今度はどんな罰ゲームを受けたいんだ?」
「もう結構です。」
「だったら、言葉には気をつけろ。」
先生はこれ以上は何も言わず、教科書を読み始めました。
「よし、続きを誰かに呼んでもらおうか。誰にしようかな。」
みんなは一斉に目をそらしました。
「なーんだ、みんな目をそらしたか。」
先生は席を見渡して、和可菜の方へ目を向けました。
「今日、隣のクラスの雨森から教科書を借りてきた水谷に読んでもらおうか。」
「えー!」
「文句を言わずに、さっさと立ち上がる!」
和可菜は教科書を持って立ち上がりました。
「どこからですか?」
「これじゃあ、雨森から借りてきた意味がないだろ。もういい、じゃあ次は誰にしようかな・・・。」
先生は再び席を見渡しました。
「じゃあ、火村読め。」
「はい。」
私は立ち上がって教科書を読み上げました。
「少年は、今、海が見たいのだった。細かく言えばきりもないが、やりたくてやれないほどの数々の重荷が背に積もり積もったとき、少年は、磁石が北を指すように、まっすぐに海を思ったのである。自分の足で、海を見てこよう。山一つこえたら、本当に海があるのを確かめてこよう、と。」
「もういい。結構だ。じゃあ、次は誰にしようかな。」
鬼頭先生は容赦なく生徒に教科書を読ませていきました。
授業が終わって放課後になり、私と和可菜は一緒に家に帰ることになりました。
「今日のオニババ、かなり鬼入っていたよ。」
「教科書を忘れた上に、当てられても読めなかったんだよね。」
和可菜はこれ以上、何も言えない状態になっていました。
「オニババなんか、いなくなってしまえばいいんだよ。」
「和可菜、そんなことを言わないの。」
「死ね、妖怪オニババ!」
その時、上空から茶色のワンピースに黒いブーツと黒いショートグローブ、ストレートの茶髪に黄色い瞳で、私たちと同い年くらいの女の子が降りてきました。
「くっくっくー、聞いたわよ。今の願いかなえてあげる。」
「あなたは?」
私はすぐにブラックハートの一族だと判断して構えました。
「私、ブラックハート一族の幹部の1人、ダーティ。あなたのハートを泥んこのようにしてあげるわよ。」
ダーティは和可菜の心臓の部分に泥を塗り始めました。
「さあ、あなたが一番恨んでいる人を殺してきなさい。」
和可菜の姿は泥の怪物となって、学校の方角へと向かいました。
「ダメ!目を覚まして!」
「言っても無駄よ。」
ダーティは顔をニヤつかせながら私の方を見ました。
私は持っていたスマホを取り出してゴーグルのアプリを起動し、「チェンジ、マジカルクイーン!」と叫んで、マジカルクイーンに変身しました。
「待ちなさい、あなたの相手は私よ!」
「あーん、誰?」
ダーティは半開きの目で私を睨み付けてきました。その目つきは非常に威圧感があって、私は一瞬ひるみました。
何、この威圧感。私は思わず逃げ腰に入りました。
「どうした、さっきの威勢は?」
今すぐ逃げたい。足ががたがた震えだす始末。でも、ここで逃げだら、和可菜を救うことが出来ない。私はそう思って、怖さを我慢し、立ち向かいました。
「まさかとは思うけど、ビビっているんじゃねえんだろうな。」
ダーティは容赦なしに、近寄りました。
「私は、愛のムチと炎の使い手、クイーンフレイム!あなたには熱いご褒美をさ・し・あ・げ・る。」
「クイーンフレイムだと!?そんなの聞いたことがない。お前の相手は私ではなく、この泥魔人だ。おい、泥魔人、このクイーンなんとかをやっつけろ!」
泥魔人にされた和可菜は、完全に理性を失ってしまい、私を襲ってきました。
「和可菜、私よ。目を覚まして。」
「無駄よ、泥魔人にされた以上、何を言っても無駄。泥魔人、ちゃっちゃとやってしまいな。」
泥魔人は私に泥の塊を投げてきました。
「やめて、せっかくの服が汚れる。」
「クイーンなんとか、コスチュームの心配より自分の命を心配した方がいいわよ。」
私は逃げることだけで精一杯でした。
泥魔人が投げた泥はただの泥ではなく、当たると爆弾並みの威力があり、吹き飛ばされてしまうほどです。
どうしたらいい?私は考えながら逃げました。
その直後、一台の白い車がやってきて、運転席から佳奈美さんがやってきました。
「クイーンフレイム、ムチで泥魔人の動きを阻止して。」
「どうやって出すの?」
「ラブリーロッドって言ってみて。」
「うん。」
私は佳奈美さんに言われるままにラブリーロッドを右手から出して、泥魔人を叩きました。
すると、泥魔人の動きが止まりました。
「どうした泥魔人、休んでないでやっつけろ!」
「今よ、マジカルクイーンエンガーフレイムと叫んで、とどめを刺して!」
「うん、わかった。受けなさい、怒りの炎を。マジカルクイーン、エンガーフレイム!」
私は両手から巨大な火炎を放ち、泥魔人に向けました。泥魔人は苦しみもがき、消滅したとたんに元の和可菜の姿に戻りました。
「ちっ、今日はこの辺で勘弁してあげるわ。」
ダーティはそのままいなくなってしまいました。
「朱美ちゃん、お友達が目を覚ます前に変身を解いて。」
「わかった。」
私はゴーグルを外して、元の姿になりました。
薄目を開けた和可菜は私の姿に気が付いて、起き上がりました。
「私、どうしていたの?」
「目が覚めた?」
「私、誰かに泥の化け物にされて、そのまま暴れていたような気がしていたけど・・・。」
「悪い夢でも見ていたんでしょ?」
「えーっと、あなたのお名前は?」
佳奈美さんは和可菜に名前を聞きました。
「私は水谷和可菜です。」
「私は朱美の保護者の火村佳奈美、ヨロシクね。遅くなったから、家まで送ってあげるよ。」
「お世話になります。」
私と和可菜は佳奈美さんの用意した日産のノートに乗って家に帰ることしました。
「この角を曲がった左側の3軒目の家が私の家です。」
「ここって、まるっきり私の家の裏側じゃん。」
佳奈美さんは驚いた表情で和可菜の家を見ました。
「お世話になりました。」
「今度うちにおいでよ。温かい紅茶を用意するから。」
「その時は改めてよろしくお願いします。」
家に戻ったあとも今日の戦闘がまるで、嘘のように感じてしまいました。
しかし、ダーティはこのまま大人しく引き下がるような人はありませんでした。
3rdStage 水の使い手クイーンウオーティ
ブラックハート一族では昨日の戦いで敗れたダーティが怒りを狂わせていました。
「おのれ、クイーンフレイムめ!次会った時にはギタギタにしてやる!」
「落ち着いてください。まずは紅茶でも飲んでください。」
横にいた執事のソーンが紅茶を差し出しました。
「紅茶だけでなく、お菓子は?ビスケット余っていたはずでしょ?」
「ただいま、お持ちいたします。」
ダーティはソーンに八つ当たりするような感じでお菓子を催促しました。
ソーンはお皿に数枚のビスケットを差し出しました。
「たったこれだけ?」
「はい。これがすべてでございます。誰かさんが1人で大量にビスケットを食べてしまったので、これしかありません。」
「まあ、いい。あちっ、この紅茶熱過ぎる。」
「氷でも入れましょうか。」
「いいわよ!冷まして飲むから。ところで、知っているんでしょ?クイーンフレイムのこと。」
「彼女はホワイトハート王国の最後の救世主で、マジカルクイーンと呼ばれる1人なのです。彼女が出す力は無限に近く、我々でも太刀打ちが出来ないほどなのです。」
「それだけの情報があれば上等よ。これからギタギタにしてやるわ。」
ダーティは最後のビスケットの一枚を食べ終えたあと、私たちの住んでいる世界に向かいました。
学校では昨日のクイーンフレイムに変身した私のことで盛り上がっていました。
「ねえねえ、見た?昨日の夕方、学校の近くでクイーンフレイムと名乗った女の子が泥の化け物と戦っていたんだよ。」
「え!マジー!?」
「マジだよ。年は私たちなんかよりも年上で、かなりかっこよかったよ。やっぱ大人の女性って憧れるよね。」
「うんうん!それに引き換え、うちの男子はエッチな話題ばっかじゃん。」
「ほんとう、キモイよね。」
女子は男子に対し、軽蔑するような目線を向けました。
「なんだよ、別に。エッチくらいいいじゃねえかよ。」
「女の裸を見て興奮するなんて、本当にキモイよね。」
「おまえらこそ、クイーンなんとかって言う女にくぎ付けになっているけど、レズかよ。」
「変態だけには言われたくありません。」
その一方、私は昨日の変身がばれていないか、気になって仕方がありませんでした。
私がスマホをいじっていたら、後ろから和可菜が声をかけてきました。
「朱美、何か調べているの?」
「ううん、昨日入れたLINEを見ていたの。」
「そうなんだ。何を見ていたの?」
「この辺の近くでクイーンフレイムと泥の化け物が戦っていた話題。」
「こんな化け物、警察に任せればいいのにね。」
「本当。」
ここで、読者のみなさんに私のお友達を紹介させて頂きます。
彼女は水谷和可菜で、私が入学した時の最初のお友達です。
髪型は紺色のカールのかかったロングヘアですが、体育の時間は後ろ髪を縛ってポニーテールにしています。
そして何より勉強が苦手なため、教科書やノート、宿題を忘れて先生から罰を受けています。
そんな彼女も悪いところばかりではありません。私が困った時には一緒の気持ちになって話を聞いてくれるなど、優しい一面もあります。
さて、お話は放課後へと飛びます。
その日も数学の宿題が大量に出て、和可菜は私の部屋で宿題をやっていました。
「この問題、難しすぎる。」
「頑張んな。宿題やらないと、中間試験から2点引かれるよ。」
「あのハゲゴリラ、みんなの嫌がることばっかやって何が楽しいのよ!」
「はい、そこ文句を言っている暇があるなら手を進める。」
和可菜は私にうるさく言われるまま、問題を解いていきました。
「数学なんて、計算機に任せればいいじゃない!」
「はいはい、そうですね。」
私は和可菜の言葉を無視して問題を解いていきました。
しかし、和可菜は数学の問題を見ながら頭を抱えていたので、エサをまくことにしました。
「和可菜、この宿題が終わったらアイスを食べようか。」
「アイス!?食べる!」
「だったら、この問題を解いてちょうだい。」
さっきと違って和可菜の気力が回復し、次々と問題を解いていきました。
和可菜の頭の中はアイスでいっぱいでしたので、ここで一つ問題点が発生し、ノート見たら間違っているどころか、ノートに「アイス」の言葉が入っていました。
「ちょっと、和可菜。間違っているという以前に、『アイス』という言葉が入っているよ。」
「マジ!?」
「気がつかなかった?」
「うん。」
和可菜は結局問題を解き直していきました。
全部終わったころには夕方になっていたので、私は約束通り冷凍庫からバニラ味のアイスクリームを二つ取り出して、2階に持って行って和可菜に差し出しました。
私と和可菜が部屋でアイスを食べているころ、近くにある王禅寺公園で5歳の子供が、数人の小学生男子のいじめっ子グループから砂場のトンネルを崩されたり、ブランコや滑り台を占領されて泣いていました。
「今から、ここは俺たちの遊び場だ。お前は家でママと遊んでいろ。」
「そうだ、そうだ。」
「『ママー、たすけてー!』と言ってみろ。」
いじめっ子グループは5歳の子供をからかうだけからかって、我が物顔で遊具を占領していました。
「チビの分際で、生意気なんだよな。」
その時、上空にはダーティがいました。
「フフフ、いいものみーつけた。」
ダーティはいじめっ子グループに近寄って、「ねえ、あなたたちのボスってだーれ?」と言いました。
いじめっ子グループは一瞬戸惑っていましたが、その直後「この人です。」と少し太っている男の子を指さしました。
「ねえ、あの小さい子どものことウザイと思わなかった?」
「そりゃあ、僕たちが遊ぶ時にはそう思ったけど、実際僕たちより年下だし、本気には思っていないよ。」
「本当のことを言って。あの子どもさえいなかったら、もっと自由に遊べると思っていなかった?」
「そんなことは・・・・。」
「思っていたんでしょ?じゃあ、お姉さんも遊びに混ぜてくれる?」
「いいけど・・・。」
「何して遊ぶの?」
「これからサッカーして、そのあと滑り台やブランコで遊ぶって感じかな。」
「ありがとう。じゃあ、そのお礼としていいものをあ・げ・る。」
ダーティはいじめっ子グループのボスの心臓の部分に泥を塗って、泥魔人に変えました。
「今から、この公園は私のものよ。」
残りのメンバーは怖くなって、走って逃げました。
家では私と和可菜がアイスクリームを食べ終えてくつろいでいたら、佳奈美さんから電話がかかってきました。
「もしもし?」
「朱美ちゃん、今大丈夫?」
「どうしたの?」
「今から王禅寺公園に来られる?」
「もしかして、ブラックハート一族?」
「その『もしかして』なのよ。泥魔人が暴れているから来てちょうだい!」
「わかった、今行く!」
私は電話を切って、すぐに王禅寺公園まで向かいました。
「どうしたの?」
「和可菜、ごめん。急用が発生したから、今日はお開きにしてくれる?」
「いいけど、何があったの?すごく血相変えているけど。」
「詳しいことは言えないけど、とにかく大事な用事があるから。」
「わかった。」
私は玄関で和可菜を見送ったあと、マジカルクイーンに変身したかったのですが、誰かに見られると思ったので、そのまま走って王禅寺公園まで向かいました。
しかし、その時の私は和可菜に後ろからつけられていることには気がつきませんでした。
公園に着いたころには佳奈美さんとダーティ、そして泥魔人が待ち構えていました。
「遅いじゃない、なんで変身してこなかったの?」
「家に和可菜がいたから。」
「なんでそれを先に言わなかったの?とにかく早く変身してちょうだい。」
私はすぐにスマホを取り出して、変身アプリを起動し、「チェンジ、マジカルクイーン!」と叫びました。
「ダーティ、あんた子供の遊び場を占拠して大人げないと思わないの!」
「黙れ、クイーンフレイム。あんたの相手は今日も泥魔人よ。やっちまいな、泥魔人!」
泥魔人は容赦なしに、泥の爆弾を投げつけていきました。
私はとっさにジャンプしてよけて、泥魔人の顔にめがけてキックを入れました。
さらに私がラブリーロッドを取り出して、攻撃をしようとした瞬間、泥魔人は私の右の足首をつかんで地面に強く叩きつけました。
「キャッ!」
「どうした、クイーンフレイム。」
「今日のは強い。」
「私だって、毎回やられるわけにはいかないのよ。」
私は体制を直して、ラブリーロッドで攻撃をしようとしました。
「受けなさい、愛のムチ。」と言った瞬間、泥魔人は私に大量の泥爆弾を投げてきました。
「これじゃ、攻撃できない。」
「あなたには、この姿がお似合いね。」
少し離れた場所で見ていた和可菜は私の変身の一部始終と泥魔人との戦闘を見てしまいました。
「うそ、朱美が大人の女性になった。しかも、変な泥の化け物と戦ってやられている。」
和可菜は私がやられているのを見て助けるかどうかを迷っていました。
「どうしよう、警察を呼ぶか・・・。」
その時、近くに子供が置いていった砂遊び用の小さなバケツを見つけて、水道へ向かいました。
水をかければ泥はなくなる。単純な発想ではあるが、和可菜は一か八かで、泥魔人に水をかけました。泥魔人は一瞬であるが、もがき苦しみました。
「朱美、今がチャンスよ。この化け物をやっつけて。」
「ありがとう。」
佳奈美さんは和可菜を見て、もしかしたらマジカルクイーンになれる見込みがあると判断して、声をかけました。
「和可菜ちゃん、スマホを持っている?」
「持っているけど、何で?」
「ちょっと貸してほしいんだけど。」
「いいよ。」
佳奈美さんは和可菜のスマホに私の時と同様、ゴーグルの形をしたアイコンを入れました。
「和可菜ちゃん、このゴーグルの形をしたアプリを起動して、『チェンジ、マジカルクイーン!』と叫んでみて。」
「うん、わかった。やってみる。」
和可菜は変身アプリ起動と同時に、「チェンジ、マジカルクイーン!」と大きな声で叫び、私の時と同様に、白のワンピース、青いショートブーツに、肘まである青いエナメルのロンググローブ、しかも髪の毛は水色と緑の混ざったロングヘアになり、瞳もリップも水色になり、青のゴーグルまで着いていました。
「何!?私、どうしちゃったの?体が成長しているし、服もコスプレ衣装に変わっている。いつ着替えたの?」
「とにかく落ち着いて聞いてちょうだい。あなたはこれから水を操る女王、クイーンウオーティとして、クイーンフレイムと一緒にブラックハート一族と戦ってほしいの。」
「要するに私も、あの泥んこの化け物と戦えってこと?」
「そういうことになるのかな。」
「わかった、私も戦ってくる。これ以上あの化け物の好きにはさせないから。」
和可菜はそう言って、私のところにやってきました。
「朱美、私も一緒に戦うことにしたよ。」
「ありがとう。この姿の時には『クイーンフレイム』と呼んで。」
「わかった、フレイム。じゃあ、私のことは『クイーンウオーティ』と呼んで。」
「とにかくやっつけるわよ。」
「うん!」
私はラブリーロッドを取り出して、攻撃を始めました。
「受けなさい、愛のムチを。マジカルクイーン、ラブリーロッド!」
しかし、よけられました。
「効かない!」
「どうした、さっきの勢いは?」
ダーディは勝ち誇ったような顔して、私に言ってきました。
「ウオーティ、ロウで泥魔人の動きを阻止して。」
佳奈美さんは和可菜に指示を出しました。
「どうすればいいの?」
「キャンドルワックスと言ってみて。」
「わかった。」
「受けなさい!愛のろうそくを!マジカルクイーン、キャンドルワックス!」
和可菜は右手から、火のついたろうそくを取り出し、泥魔人に向けてロウを飛ばしていきました。
泥魔人の体はロウでカチカチに固まってしまい、動けない状態になりました。
「今よ!ウオーティ、水の魔法でとどめを刺しなさい!」
佳奈美さんは和可菜にとどめを刺すように言いました。
「どうすればいいの?」
「両手を出して、レイジングストリームと叫んで!」
「覚悟してちょうだい、私の怒りの激流を!マジカルクイーン、レイジングストリーム!」
和可菜は両手を前に出して、大量の水を放出しました。
泥魔人は水の勢いで消え去り、いじめっ子のボスである男の子が出てきたので、私と和可菜はゴーグルを外して、元の姿になりました。
「ちっ、もう一人出てきたなんて、聞いていないわよ!」
ダーティは悔しそうな顔して、いなくなりました。
「あれ、僕何をしていたの?」
「私たちが来た時には、ここで気絶していたんだよ。大丈夫?1人で帰れる?」
男の子は頭を抱えながら立ち上がりました。
「そこの少年、今日歩きで来た?」
「うん。」
「だったら、おうちまで乗せて行ってあげるよ。」
「歩いて帰れますので。」
「子供は遠慮しちゃダメ。朱美ちゃんも和可菜ちゃんも乗っていきなよ。」
佳奈美さんは私と和可菜、いじめっ子のボスを乗せて、車を走らせることにしました。
「少年の家はどこ?」
「王禅寺西2丁目35番地」
「じゃあ、この近くじゃん。」
佳奈美さんの車は住宅街の中を電気モーターでゆっくりと走っていきました。
「僕の家、ここ。」
いじめっ子のボスが指したのは青い屋根の古びた感じの家でした。
「どうもありがとうございました。」
「小さい子を泣かすなよ。」
「おばさん、何で知っているのですか?」
「おばさんじゃなくて、お姉さんだ。」
佳奈美さんはいじめっ子のボスの頭をげんこつで少し強めに叩きました。
「ごめんなさい、お姉さん。」
「さっき、あんたらが5歳の子供をいじめていたのを見ていたんだよ。」
「お願い、このことは・・・。」
「学校と親にチクリを入れられるのがいやだったら、次からはいじわるをしないこと。君の方が年上なんだし、もう少しお兄さんであるところ見せなさい。そのためには年下の子供にはちゃんと優しくするんだよ。」
「わかりました。」
いじめっ子のボスは佳奈美さんに説教されて、そのまま家に入っていきました。
「さ、私たちも帰りましょうか。」
佳奈美さんは、電気モーターでゆっくりと車を走らせて家に向かって帰りました。
4thStage ダーティの最後、新メンバー誕生
「くやしー!また負けた!なによ、あのクイーンウオーティって!」
ブラックハート一族のアジトではダーティがソファに座って悔しがっていました。
「ダーティ様、お取込み中のところ、申し訳ありませんが、キングブラック様から伝言を預かっております。」
ソーンは懐から一枚の大きめの紙を取り出して、ダーティに渡しました。
<ダーティ様、お疲れ様です。次の戦闘でマジカルクイーンに負けた場合、あなたには消えて頂くことになります。>
伝言を読み終えた後、ダーティの顔は青ざめてしまい、まるで地球の最後を迎えたような表情になってしまいました。
「いかがなさいますか?」
「いいわ、私行ってくる。ソーン、戻ってきたら温かい紅茶と甘いお菓子を用意してちょうだい。マジカルクイーンの命をお土産にして、戻ってくるから。」
「承知しました。それではお気をつけて。」
ダーティは怒りをむき出しにして、人間界に向かいました。
一方、学校では入学して初めての定期試験がありました。
試験を終えて、各教科担当の先生から答案用紙を返され、喜ぶ人とがっかりする人、悔しがる人など様々でした。
「火村朱美、よく頑張ったな。」
国語の鬼頭和子先生から答案用紙を返され、席に戻った途端、和可菜がやってきました。
「朱美、どうだった?ちょっと見せて。」
和可菜は私からひったくるような感じで、答案用紙を見ました。
「うそー!何この点数。私より、すごいじゃん!」
「そんなことないって。」
「83点なんて、私には無理だよ。」
「次、水谷和可菜。早く取りに来い。来なければ、お前の点数を大声で言うぞ。」
鬼頭先生は和可菜にいじわるを言いました。
「今、行きます。」
答案用紙を受け取った途端、和可菜は「えー!何この点数!?」と大声を上げました。
「おまえ、授業中居眠りしていただろ。」
「していません。」
「していなかったら、こんな点数にならなかったはずだ。とにかく期末でいい点数をとってみろ。」
和可菜は肩をしぼめながら、席に戻りました。
「和可菜、どうだった?」
「見て。」
和可菜の点数は25点という、決して褒められる点数ではありませんでした。
「マジ?」
私は驚きのあまり、言葉を失いました。
「帰ったら、一緒に勉強しようね。」
「試験終わったから、遊べると思った。」
「また赤点取りたいの?」
「ううん、もうとりたくない。」
「だったら、ちゃんと忘れないうちにきちんと勉強しよう。」
「うん、わかった。」
和可菜はしぶしぶと返事をしました。
「火村、水谷のことを頼んだぞ。」
「わかりました。」
「水谷、期末で60点以下をとったら、夏休みは補習だ。それがいやならちゃんと勉強をしておけ。」
「えー!」
「ならきちんと、勉強しろ!」
「は~い。」
それを聞いたみんなは大笑いをしていました。
帰宅後、私の部屋で和可菜と勉強していた時、ダーティは新百合ヶ丘駅の外れにあるマプレ商店街をキョロキョロしながら歩ていました。
「マジカルクイーンめ、次会った時にはギタギタにしてやるんだから。」
1人でブツブツ言っていたせいか、通りを行き交う人たちはダーティを見ていました。
ターゲットになりそうな人が見つからないまま駅前に着いてしまったので、絶望感になってしまい、それと同時に彼女の怒りは頂点に達していました。
なんと、ダーティは自分の心臓に泥を塗り、自らが泥魔人になってしまいましたので、駅前では大パニックになっていました。
「おまえら、さっさと逃げ回れ!今日の私はちょっとばかり機嫌が悪いのだ。」
「なんだ、あの化け物。誰か警察を呼んで来い!」
「ハカ、警察なんかあてになるか。とにかく逃げろ!」
ロータリーでは警笛が激しく鳴り合って、車が動けない状態になっていました。
「何やっているんだ、化け物がすぐ近くにいるんだ。早く車を出せ!」
「いい光景だ。せいぜい命乞いでもしながら逃げ回れ。」
ダーティはこの光景を1人、顔をにやりとさせながら見ていました。
「さてと、ただ黙って見ているのも退屈だし、誰かを襲うとでもしましょうか。」
ダーティはバスロータリーに向かい、イライラしている乗客をターゲットにしようと思いました。
「おい、バスなんか待っている場合じゃねえだろ。さっさと逃げるぞ!」
お年寄り、親子連れ、学校帰りの生徒たち、みんながいっせいに逃げ出したのですが、1人のおじいさんだけが、ダーティに向かって持っていた杖で殴ろうとしました。
「この化け物めが!おれが相手になってやる!」
しかし、泥魔人になったダーティは無敵そのもの。おじいさん1人では勝ち目がありませんでした。
ダーティはおじいさんの杖を強く握りしめ、そのままおじいさんごと階段の方へと投げ飛ばしました。
「バカなじいさんだ。大人しく逃げればいいもの、私に逆らうからこんなことになるんだ。」
その一方、佳奈美さんは新百合ヶ丘駅での騒ぎを知り、急いで車で家に戻り、私と和可菜を乗せて、駅まで向かいました。
駅に着くなり、私と和可菜はすぐに変身してダーティのもとへと向かいました。
ダーティは3番のバス乗り場にあるベンチで待ちくたびれたような顔をして、私たちを迎えました。
「遅かったじゃない、マジカルクイーンのお嬢様たち。こっちは待ちくたびれたよ。退屈しのぎにこのじいさんを始末したよ。このじいさん、本当にバカだよな。大人しく逃げればいいものを、ザコの分際で私に棒きれで攻撃してくるんだから。」
私と和可菜の怒りは頂点に来ていました。
「ここは、いろんな建物があって、戦いにくい。場所を変えるからついてきてちょうだい!」
「いいわよ、どこでやったって同じだから。」
和可菜は私とダーティを住宅展示場から少し離れた公園まで連れていき、そこで戦うよう促しました。
「ここを2人の墓場と選んだわけだね。いいでしょう、思う存分いたぶってあげるわ。」
「ウオーティ、最初から全力でいくわよ。」
「了解!」
私はラブリーロッドで叩き続け、和可菜はキャンドルワックスでロウを飛ばしていきました。
「効かぬわ、こんな幼稚じみた攻撃。さあて、そろそろ私の攻撃の番かな。」
ダーティは軽く準備運動を始めて、攻撃の準備にかかりました。
「お前たちの攻撃がいかにレベルが低いか見せてやるよ。それとも、まだやるか?やるなら今がチャンスだよ。」
ダーティの目は明らかに人を馬鹿にするような感じでした。
「どうする?」
私は和可菜に確認をとりました。
「どうするって言われても・・・・。」
「あーあ、待ちくたびれた。じゃあ、ちゃっちゃと始末するね。」
ダーティは泥爆弾を一発投げつけてきました。
「キャッ!」
私と和可菜は反射的によけました。
「どうだい、驚いたか?マッドボンバーは。今のはほんのあいさつ代わり。次は本番よ。」
ダーティは上空に上がり、上から大量の泥のシャワーを降らせていきましたが、私と和可菜は逃げ回ることしかできませんでした。
「どうした、反撃はしないのか?得意のムチとろうそくで私に攻撃してみろ。ま、今のお前たちには逃げ回るのがお似合いだけどな。ハハハハ。」
ダーティは完全に勝ち誇ったような顔で攻撃をしていく中、私と和可菜はダーティの攻撃から逃げ回ることしかできませんでした。
「さあて、この攻撃も飽きたことだし、とどめと行きますか。」
今度はダーティ自らが巨大な泥団子になり、私たちに攻撃をしました。
「ウオーティ、逃げ回るのも飽きたから私たちもアレで反撃しようか。」
「そうだね、アレで。」
「ダーティ、覚悟しなさい・・・」
私が言い終わらないうちにダーティの攻撃がやってきました。
仕方がないので、私と和可菜は作戦を直すため、階段で上まで行って、ダーティが襲ってくる数十秒間で他の方法を決めました。案の定、ダーティは私たちのところへとやってきて、容赦なしに攻撃を続けました。
「チャンスは一度きりだよ、私がムチを叩いて攻撃を止めるから、ウオーティはロウで固めてちょうだい。」
「わかった。」
私は容赦なしに襲ってくるダーティにめがけて、ラブリーロッドで攻撃を始めました。しかし、簡単に効かないのはわかっている。でもそれしか方法が思いつきませんでした。
無我夢中でムチを叩いていたら、ムチに炎が伝わり威力が増していきました。
なにこれ?ムチがパワーアップしたの?そうではありませんでした。知らず知らずのうちに、魔法で炎を出していたのです。
「受けなさい、炎のムチを!マジカルクイーン、フレイムロッド!」
「うわーっ!」
ダーティは泥団子から泥魔人の姿に戻り、苦しみもがき始めていました。
「ウオーティ、ロウで固めてちょうだい!」
「わかった!」
和可菜はキャンドルワックスを取り出し、攻撃を始めました。
「受けなさい、愛のろうそくを!マジカルクイーン、キャンドルワックス!」
ダーティの体はロウでカチカチに固められました。
「ウオーティ、最後のとどめを行くわよ!」
「了解!」
「受けなさい、怒りの炎を。」
「覚悟してちょうだい!私の怒りの激流を!」
「そして、私たちの合体技、マジカルクイーン、フレイムストリーム!」
私と和可菜の両手から炎と水がまじりあって出てきて、ダーティにとどめを刺すことに成功しました。
ダーティは元の姿になりましたが、まだ生きていました。
「これですべて終わりよ。さあ、煮るなり、焼くなり好きにしてちょうだい!死ぬ覚悟は出来ているんだから!」
その時、佳奈美さんが車に乗って私たちのところにやってきました。
「だったら、これから私たちと一緒に戦ってもらおうかしら。」
「私はブラックハート一族の幹部の1人で、数多くの人たちにひどいことをしてきた。」
「やり直しは出来るはずよ。」
「私ね、今回失敗したら、キングブラック様に消されるの。あなたたちのせいよ!」
「だったら、消される前に人生をやり直してもいいんじゃない?あなたにはこれを渡すね。」
佳奈美さんはポケットからスマホを取り出して、ダーティに渡しました。
「これは?」
「あなたには、この2人と一緒にマジカルクイーンとして戦ってもらおうと思っているの。これが私からあなたへの罰だから。」
「私への罰?」
「そうよ。このゴーグルのアイコンを起動して、『チェンジ、マジカルクイーン!』と叫んでみて。」
「うん、わかった。チェンジ、マジカルクイーン!」
ダーティの体は大きな光に包まれて、私たちと同じように変身し、黒のワンピース、茶色のニーハイブーツに、茶色いエナメルのショートグローブ、しかも髪の毛は茶色と黄色の混ざったツインテールになり、瞳は黄色、黒いリップ、黄色のゴーグルまで着いていました。
「これが私?」
「そうよ、あなたには今日から泥を操る女王、クイーンダーティとして私たちと一緒に戦ってもらうよ。」
「あなたが言っていた罰ってこれなの?」
「人に危害を加えた分、きちんと戦って償ってもうわ。」
「わかりました。」
ダーティは本当にこれでいいのかと、少し不安げな顔をしていました。
「それと、普段のあなたの名前は『泥川雫』。今日から私の家で朱美ちゃんと一緒に暮らしてもらうから。」
佳奈美さんとダーティが話を進めていたら、階段から重々しいソーンの気配が近づいてきました。
「ダーティ、あなたは我々を裏切ってマジカルクイーンのメンバーになったのですね。非常に残念です。人がキングブラック様に掛け合ってチャンスをもらってきたかと思えば、このざまですか。なら、あなたの名前をブラックハート一族から抹消します。」
「ソーン、ごめんなさい。私、もうあなたと一緒に戦うことが出来なくなりました。」
「もう結構です。裏切り者には話すことなど何もありません。それよりも紅茶を入れる手間が省けて何よりです。」
「あなたは?」
私は思わずソーンに声をかけました。
「申し遅れました。私、ブラックハート一族で執事をしております、ソーンと申します。以後、お見知りおきを。」
ソーンは軽くお辞儀をしました。
「今日は何しにしたの?」
今度は和可菜がソーンに突っかかってきました。
「そんなに怖い顔をしないでください。今日はあなた方にご挨拶をしに来ただけですから。」
「そんなことを言って、ダーティを消そうをしたんでしょ?」
「当初はそうでしたが、我々を裏切ってマジカルクイーンのメンバーになった以上、すぐに消すことはやめにしました。その代り、のちほどジワジワと傷めつけながら、消すことにします。それでは、この辺で失礼します。」
ソーンは再びみんなにお辞儀をしていなくなりました。
「あのソーンっていう人、半端なく強そうだから気を付けた方がいいよ。」
いつも余裕の顔をしている佳奈美さんも今日に限って、表情が険しくなっていました。
ソーンの後姿は氷のように冷たく、それは誰にも近寄らせない、とげとげしいオーラが出ていました。
「私、さっきも言ったように今まで多くの人たちに危害を加えてきた。こんな人間が一緒に戦うことなんて出来ない。」
ダーティは今まで自分が犯した罪のことを気にしているのか、私たちと戦うことを拒んでいました。
「気持ちが落ち着くまで、ゆっくり休みなさい。ブラックハート一族は朱美ちゃんと和可菜ちゃんで何とかするから。さ、遅くなったし、家に帰りましょ。和可菜ちゃんも家まで送るから車に乗りなさい。」
私と和可菜は変身を解いて、車に乗って帰ろうとした瞬間、ダーティは変身も解かず、走り去る車とは別の方向を歩こうとしたが、車は急ブレーキをかけ、その直後に佳奈美さんが運転席から降りてきてダーティのところへと向かい、ゴーグルを強引に外して乗せようとしました。
「さ、家に帰りましょ。」
「私、こんな姿だから・・・。」
「一緒に生活が出来ないと言うの?」
「・・・・。」
「だったら、徹底的に可愛くしないとね。」
佳奈美さんはダーティを助手席に座らせて、そのまま家に向かいました。
家に着くなり、私が玄関に入ろうとした瞬間、ダーティはまたしても入口でつっ立ったままでいました。
「ダーティ、どうしたの?中に入ろうよ。」
「私がこの中に入ることが許されるなんて・・・。」
「まだそんなことを気にしているの?」
後ろから佳奈美さんが言ってきました。
「さ、ここがあなたの収容先・・・じゃなくて、あなたの家だから。」
「ここが私の家?」
「そうよ、ここで靴を脱いで中に入ってちょうだい。」
ダーティは履いていた黒ブーツを脱いで中に入りました。
「あの、失礼します。」
「『失礼します』じゃなくて、『ただいま』でしょ。」
「た、ただいま。」
「お帰りなさい。じゃあ、一緒に2階へ上がろうか。」
佳奈美さんは空いている屋根裏部屋を案内し、そこをダーティの部屋と決めました。
「天窓があるから、充分明るいと思うの。どう?」
「ありがとうございます。」
「ただ、ベッドや布団がまだないから、今夜は来客用の布団でいい?」
「はい。」
「制服や勉強道具、普段着るお洋服もたくさん用意しないとね。あと、朱美ちゃんにも言ったけど、私たちの前では敬語は禁止にするから。」
「わかりました・・・じゃなくて、わかった。」
「よくできました。あと名前なんだけど、ダーティではなく、今日から泥川雫として生きてもらうから。ここにいる時には『雫ちゃん』って呼ばせてもらうね。」
「雫ちゃん?」
「そう、雫ちゃん。」
ダーティは少しピンとこない感じの顔でいました。
その日の夜、ダーティ改め雫の部屋には来客用の布団が敷かれ、眠ることになりました。
5thStage 新たな転入生、その名は泥川雫
ここで読者の皆さんに、もう一人私の新しいお友達をご紹介させて頂きます。
彼女は泥川雫で、前回のお話でも述べたように、元ブラックハート一族の幹部で、ダーティと呼ばれていました。
しかし、彼女は一度は私たちと戦って負けてしまい、更生して私や佳奈美さんと同じ家に同居することになりました。そしてもう一つ驚いたのはマジカルクイーンとして私たちと一緒に戦ってくれることになったことです。
はじめのうちは、過去の自分の犯した罪を気にしていたので、一緒に戦うことも私と同居することもためらっていましたが、佳奈美さんに説得されて、私たちのメンバーに加わることになり、髪型も茶色のストレートヘアからツインテールになり、黄色いリボンで結んで、服装も茶色のパーカーに黒のショートパンツに黒のニーソで、靴も茶色いショートブーツになり、イメージチェンジしてかわいらしさが見えてきて、かつての面影が薄れていました。
話は転入の前日になります。
ダーティが雫という名前になり、佳奈美さんの家で住むようになってからちょうど2週間が経とうとしました。
新しい生活にすっかり慣れて、翌日にはいよいよ私たちと同じ東百合丘中学へ通うことになりました。
お昼前、運送業者から雫の新しい制服が届いたので、さっそく箱を開けて取り出してみると、中身は言うまでもなく私たちと同じ白と水色のセーラー服ですが、気のせいかスカートの丈が若干短めのように感じました。
試着した雫は私の前で感想を求めてきました。
「どう?おかしくない?」
「すごく可愛いよ!ねえ、良かったら写真を撮ってもいい?」
「写真?」
「どうせだから、私も制服に着替えるから一緒に写ろうか。」
私も制服に着替えて自分の部屋からスマホを持ってきて、2人で一緒に写ることにしました。
「じゃあ、撮るよ。」
「うん。」
「動かないでね。」
「いくよ、3、2、1」
シャッターを押して、画面を確認してみました。
「お、きれいに写っている。それに可愛い!」
「どれどれ。」
雫は覗き込むかのように私のスマホの画面を見ました。
「朱美は可愛いけど、私はちょっとキモイかも。」
雫は少し自信なさげに言いました。
「そんなことないよ、可愛いよ。」
「ありがとう。」
「じゃあ、私部屋に戻って普段着に着替えてくるね。」
「うん。」
私は部屋に戻り、着替えを済ませて、再び雫の部屋に向かいました。
「入るよ。」
「いいよ。」
私はしばらく部屋の中を眺めていました。
「どうしたの?」
「ここ天窓がついていて、素敵だね。」
「そう?」
「私の部屋よりおしゃれって感じがする。」
「部屋変える?」
「いいよ、ここは雫の部屋なんだし、大事に使ってよ。」
「うん。」
ちょうど1階では佳奈美さんがコンビニで買ってきたパンやおにぎりをテーブルにたくさん広げて、待っていました。
「2人とも、お昼にしよー。」
下から佳奈美さんが大声で私たちを呼びました。
「雫、これからご飯だよ。汚れるから制服脱いだ方がいいよ。」
「わかった、着替えるから待ってくれる?」
雫は制服を脱いで普段着になり、食卓に置いてあるパンやおにぎり、デザートの数を見て驚きました。
「佳奈美さん、また随分と買ってきたんだね。」
「ちょっと調子に乗って、たくさん買ってきちゃった。」
「これ、ちょっとというレベルじゃないよ。」
「まあまあ、文句はこの辺にして、2人ともじゃんじゃん食べてよ。」
「私、このカツサンドにする。雫は?」
「私は、苺サンドにする。」
「じゃあ、私はカレーパンにしよ。ところで雫ちゃん、新しい制服試着してみた?」
佳奈美さんはカレーパンを食べながら制服の感想を聞きました。
「とても着心地がよかった。」
「それならよかった。2人とも食べ終わったら私の部屋に来て。」
「いいけど、何かあるの?」
「それは来てからのお楽しみ。」
昼食を食べ終えて私と雫は佳奈美さんの部屋に入ってみると、中はいたってシンプルで、特に変わったものはありませんでした。
「あ、2人とも来たんだね。」
佳奈美さんはクローゼットの中から箱いっぱいのルーズソックスを取り出して、私と雫に差し出しました。
「これ、私が現役のころに履いていた靴下なの。」
「ホワイトハート王国にもルーズソックスって存在していたの?」
「実を言うとね、少しの間、人間界に留学していて、その頃に友達の間でルーズソックスが流行っていたから、私も真似して買うようになったの。気がついたらこんなに増えちゃって・・・。」
私は聞いていくうちに呆れてしまいました。
雫は1足取り出して、履いてみました。
「これ、長くて履けないよ。」
「あ、ちょっと待って。これは、こういう履き方をするの。」
佳奈美さんは雫をベッドに座らせて、靴下をダボダボの状態にしました。
「なんだか、だらしのない履き方なんだね。」
「こっちの方が可愛いって。」
「でも、この方が履き心地がいい。」
「でしょ?明日、それ履いていきなよ。朱美ちゃんも履いていったら?」
「そうしようかな。」
「これ、2人に全部あげるから。」
「いいの?」
「いいって。私が持っていてもしょうがないし。」
「ありがとう。」
私は佳奈美さんにお礼を言って、箱いっぱいのルーズソックスを私の部屋に持って行き、改めて箱の中を「よくこんなに買い込んだな」と思いながら眺めていました。
「たくさんあることだし、2人で分けようか。」
私は箱から1足ずつ取り出して、分けていきました。
「14足あったから、私と雫で7足ずつ分けようね。」
「うん。」
「持って行くの大変だと思うから、箱ごと持って行ったら?」
「そうする。」
雫はルーズソックスの入った箱を自分の部屋に運んでいきました。
そして迎えた転校初日です。
雫は制服にルーズソックス、黒のショートグローブをはめていました。
「雫、制服とルーズソックスの組み合わせ、とても似合っているよ。」
「ありがとう。」
「ちょっと気になったけど、何で手袋しているの?」
「あ、これ?ダーティのころに使っていた手袋なんだけど、おかしいかな。」
「おかしくはないけど、授業中や昼休みって絶対に邪魔になると思うよ。」
「そう?」
「例えば、字を書くときとか。特に体育の時間なんか、間違いなく汚れると思うよ。どうせなら学校じゃなくて、休みの日に私たちと一緒にお出かけすときに着けて行けばいいじゃん。その方が絶対に可愛いと思うよ。」
「わかった、そうする。」
雫は部屋の引き出しに手袋をしまい込んで、私と一緒に学校へ向かいました。
「2人とも待ってー。」
後ろから和可菜の声が聞こえました。
「おはよう。」
「おはよう朱美。あ、ダーティ、この制服似合っているじゃない。可愛いよ。」
「ありがとう。」
「和可菜、ダーティじゃなくて雫よ。」
雫は和可菜に訂正を求めました。
「あ、そうだった。ごめん。そういえば二人ともルーズソックス履いているんだね。」
「うん。和可菜も履いてみる?」
「いいよ、私はそういうキャラじゃないから。せっかくだけど遠慮しておくよ。」
私はこれ以上、勧めることをやめて、校舎へと向かいました。
「あ、そうそう。いい忘れたけど、学校ではブラックハート一族のことや私たちがマジカルクイーンに変身できることは言わないでよね。」
「わかった、気を付ける。」
私は雫に念入りに注意をしました。
「雫は両親が亡くなって、私と佳奈美さんの家で同居しているっていう設定にしおこう。あと、ニュージーランドから来たってことでいい?」
「わかった。」
雫は一度職員室に向かい、私と和可菜は教室へ向かいました。
教室では、すでに転入生の話題で広がっていました。
「おい、転入生が来るみたいだけど、知っているか?」
「なんだか、海外から来たみたいだぞ。」
「マジかよ。」
「おれ、ちょっと見たけど、超可愛かったよ。」
「あとで声かけよーぜ。」
「そうだな。」
ホームルームが始まり、担任の先生が教室に入ってきました。
「お前たち、席に着け。転入生を紹介する。泥川入っておいで。」
「初めまして、ニュージーランドから来ました、泥川雫です。」
「泥川はニュージーランドに住んでいたが、両親が事故にあって死んでしまい、火村の知り合いの家で同居することになった。初めのうちは知らないことばかりだ。みんなで仲良くしてやってくれ。それで、泥川の席なんだが、火村の席の隣にしておこう。」
雫は私の隣の席に着きました。
「朱美の隣でよかった。和可菜だと、ちょっと頼りがなさそうだから。」
「それって、どういうこと?」
「泥川、わかっているじゃないか。」
「先生までひどいです。」
教室の中では笑い声が広がっていました。
雫は1時間目の英語から始まり、国語、体育、数学と次々とこなしていき、午後の理科も出された問題を全部解いていきました。
放課後になって、雫が帰る準備をしていたら、数人の男子たちがやってきてメアドや電話番号、SNSの交換などを求めてきました。
「泥川さん、スマホお持ちですよね。よかったら、一緒にLINEをしませんか?」
「テメーは隣のクラスに幼馴染がいるんだから、そっちと仲良くしていろよ。それより、スマホ持っているんでしょ?電話番号を交換してくれない?」
「個人情報を聞き出すなんて、マナー違反だぞ!」
「テメーだってLINEの交換をしようとしていたくせに。」
「はいはい、うるさい男子は向こうに行ってください。」
同じクラスの池野さんが厄介払いでもするように、雫から距離を遠ざけました。
「おい、何だよ。俺たちが話しかけているのを邪魔すんなよ。」
「あんたら変態はキモイんだよ!変態らしくエッチな雑誌を広げてニヤニヤしながら読んでいたら?」
「アイドル雑誌を広げてキャーキャー言って騒いでいる女子だけには言われたくねえよ!」
「女の裸や下着、水着を見て興奮している男子たちだけには言われたくありません!とにかく、向こうへ行ってちょうだい!」
「池野、明日覚えていろよ。」
男子たちはふてくされた顔をしていなくなってしまいました。
放課後、学校の下にあるコンビニで男子たちがエッチな雑誌を立ち読みし、そのあとにアイスを買い食いしていました。
「池野のやつ、マジでむかつくよな。」
「本当だよ、自分なんか教室にアイドル雑誌を持ち込んでキャーキャー言ってよ、そのくせ、うちらのことを変態扱いしているんだぜ。」
「泥川さんを独り占めしたかったんでしょ。女子って昔から遠慮知らずなところがあるんだからよ。」
「明日学校へ行ったら、ギャフンと言わせてやろうぜ。」
「それ、いいね。」
その時、上空から紅茶を飲みながらソーンが降りてきました。
「君たちの願い、かなえてあげましょう。」
「おじさん、誰?」
「私は、ブラックハート一族で執事をやっております、ソーンと申します。以後お見知りおきを。」
「その執事が何の用?」
「君たち全員の心をとげとげにしてあげましょう。いでよ、とげとげ魔人。裏切者のダーティとマジカルクイーンたちを始末してきなさい。」
とげとげ魔人にされた男子3人は学校の方角へと向かいました。
校庭では、運動部の人たちが悲鳴を上げて逃げ回っていました。
「なんだ、あのとげとげの化け物は。誰か警察を呼んで来い!」
私たちが昇降口で外履きに履き替えていたら、すでにソーンととげとげ魔人がいました。
「待っていたぞ。マジカルクイーンと裏切者のダーティ。全員まとめてあの世へ送り出してやる!」
「みんな変身よ!」
「OK!」
全員でスマホを取り出して、変身アプリを起動し、「チェンジ、マジカルクイーン!」と叫びました。
「ダーティ、まさか本当にマジカルクイーンになられるとは思ってもいませんでしたよ。さあ、とげとげ魔人、裏切者に制裁を加えなさい。」
「戒めのロープ!さあ、女王様のご褒美の時間よ。今からあなたの体を縛ってあ・げ・る。マジカルクイーン、コマンドメンツロープ!」
雫はロープでとげとげ魔人の体を縛ったあと、大胆にも投げキスまでしました。
「クイーンフレイム、今よ。ムチで攻撃をして!」
「了解!」
私は雫に言われるまま、ラブリーロッドを取り出しました。
「受けなさい、愛のムチを!マジカルクイーン、ラブリーロッド!」
とげとげ魔人の動きは止まりました。
「クイーンウオーティ、ロウで固めてちょうだい!」
「了解!」
次に雫は和可菜にとげとげ魔人の体をロウで固めるよう、指示を出しました。
「受けなさい、愛のろうそくを。マジカルクイーン、キャンドルワックス!」
和可菜はとげとげ魔人に向けてロウを飛ばして、カチカチに固めていきました。
「ありがとう、ウオーティ!あとは私がとどめを刺すわ。食らいなさい、泥の爆弾を!マジカルクイーン、マッドボンバー!」
雫は巨大な泥の塊をとげとげ魔人に投げつけ、見事に爆発しました。
煙の中からは男子3人が出てきたので、私たちは、みんなの見えない場所ですぐに変身を解いて元の姿になり、男子に駆け寄りました。
「あれ、俺たちコンビニにいたんじゃ・・・・。」
「寝ぼけていたんじゃないの?」
私はとっさにごまかすような感じで言いました。
「泥川、さっきは無理して個人情報を聞き出そうとして悪かったな。同じクラスだし、まずは友達として仲良くしてくれよ。俺の名前は沼田俊一、野球部でピッチャーをやっているから。」
「わかった、改めてよろしくね。」
「ありがとう。じゃあ、俺たち帰るから。お前たちも帰るぞ。」
「俺たちの自己紹介がまだなんだけど・・・。」
「そんなの、明日すりゃあ、いいだろ。」
沼田くんはそのまま友達を連れていなくなりました。
「ふっ、今回はほんのあいさつ代わりです。次回は本気で行きますよ。」
ソーンも上空で私たちを見たあと、いなくなりました。
「さーて、コンビニでお菓子の買い食いをしていこうか。」
和可菜は遊ぶ気まんまんでいました。
「和可菜、いいの?今日数学の宿題出たんでしょ?」
「平気平気、夜やっちまえばいいから。」
「あとで私や雫に助けを求めるのはなしだよ。ちなみに忘れたら、期末から2点引かれるから。」
「あんなハゲゴリラの脅しに負けたら、おしまいよ。」
私と雫は少し不安そうな顔をして和可菜を見ていました。
その夜、案の定、私と雫の携帯には和可菜からの助け求める電話が来ましたが、私と雫は無視することになりました。
6thStage ハロウィーンとウエハースをかけた勝負
10月に入り、新百合ヶ丘の駅前を歩いているとハロウィーン一色で盛り上がっていました。その一方、教室では今年もハロウィーンのイベントでコスプレコンテストがあると聞いて、みんなはどの衣装で参加するか話し合っていました。
しかも、コンテストの優勝賞品はチョコレートのウエハースとバニラのウエハースが1年分もらえると聞いたので、みんなの気合いは半端ありません。
「ねえねえ、朱美はどの衣装にするの?」
「私は何も考えてない。」
「雫は?」
「私もまだ。」
「じゃあさ、じゃあさ、衣装が間に合わなかったら、3人でマジカルクイーンに変身して出てみない?」
「それ本気?」
私は少しだけイラッときて、和可菜を睨み付けました。
「和可菜、マジカルクイーンはコスプレ目的じゃないんだよ。」
「わかっているって。」
雫も呆れ顔になっていました。
「そこの3人、衣装にお困りでしたら、わがコスプレ研究部から衣装を貸してあげますわよ。」
私たちの前にやってきたのはコスプレ研究部に所属している、白木院麻知子です。
彼女はコスプレ研究部の副部長で、家が大富豪なのですが、趣味がコスプレイベントに参加することです。
住んでいる場所も学区外なので、通学時は運転手さんが車で送迎してくれるのですが、学校周辺の道が狭いため、車は学校の下にあるコンビニの駐車場で乗り降りしています。
正直、麻知子って言う人には好きになれないのですが、ここは背に腹は代えられないので、衣装を借りることにしました。
「麻知子、良かったら私たちの分の衣装も貸してくれる?」
「もちろん、よろしくてよ。それじゃあ、放課後部室に来てくれる?」
私たち3人は普段足を運ぶことのない、コスプレ研究部の部室へ向かうことにしました。
中に入ってみると、いろんな衣装が目移りするほどたくさん並んでありました。
「この衣装って、みんな作ったものなの?」
「まあ、全部作ったわけじゃないけど、中には家から持ってきたものも何着かありますわよ。さあ、お好きなのを選んでちょうだい。」
私たちはハンガーでつるされている衣装や、たたんで箱にしまわれている衣装を時間をかけて探していきました。
「私、このメイド服にする。」
「私は、蟲の国の少女にする。これ、映画館で見たことがるから。」
「私はこのハイカラさんにする。」
私がメイド服、和可菜が蟲の国の少女、雫がハイカラさんの衣装になりました。
「麻知子、悪いわね。ハロウィーンが終わったら、洗濯して返すから。」
「洗濯ならうちの使用人にやらせるから、そのまま返してくれればいいよ。」
「そう?じゃあ終わったら、そのまま返すから洗濯よろしくね。」
私たちは麻知子から借りた衣装を持ち帰って、ハロウィーンの当日を待つことにしました。
その一方、ブラックハート一族ではソーンがキングブラックの部屋に呼ばれていました。
「ソーン、もうあとがない、わかっているな。」
「はい、一刻も早く裏切者のダーティとマジカルクイーンを始末してきます。」
「話によればダーティもマジカルクイーンになっているそうではないか。なぜ報告をしなかったのか、言ってみろ。」
「申し訳ございません。ダーティはすぐに始末するつもりでいたので・・・。」
「報告する必要がなかったと言いたいのか?」
「いえ、決してこのようなことは・・・。」
「なら、ダーティがマジカルクイーンになったことを説明してみろ。」
「実は、ダーティが最後の戦いを終えた時、ホワイトハート一族の生き残りがやってきて、ダーティをマジカルクイーンにしてしまったのです。本当に申し訳ございません。」
「わかった、お前に最後の猶予を与える。それで負けたら、お前には死んでもらう。」
「承知しました。」
ソーンの顔には余裕がなくなり、怒りと焦りで満ち溢れていました。
「おのれマジカルクイーンめ、全員まとめて始末してやる。覚悟しろ!」
ハロウィーン当日が迫ってくる中で、私たちは準備に追われていました。
私の家の近所でも子供たちがお菓子を催促しにやってくるので、その準備もしていました。
私と雫が飾りつけをしている時、佳奈美さんはスーパーで大量のお菓子を買ってきました。
「佳奈美さん、このお菓子って・・・。」
「もちろん、子供たちに配る分だよ。」
「こんなにたくさん?」
「この辺って子供が多いから、すぐになくなると思うの。」
私はこれ以上何も言えなくなりました。
佳奈美さんは大きめの巾着袋に買ってきたお菓子を均等に分けていき、子供たちがやってきたら渡せる状態にしました。
そして迎えた当日になり、その日は朝から雲が広がっていて、気温も低くハロウィーン日和としては言い難い天候でした。
新百合ヶ丘のイベントは夕方6時からなので、それまで家でお菓子を催促しにやって来る子供たちを待つことにしましたが、ただ待つのも退屈でしたので、私と雫はコスプレ研究部から借りてきた衣装に着替えて迎えることにしました。
3時近くになってドアチャイムが鳴り、そっとドアを開けてみたら、仮装した子供たちが可愛い声で「とりっく おあ とりーと。お菓子をくれないといたずらしちゃうよ。」と言ってきました。
「あ、もしかして、お菓子?取ってくるから、動かないで待つんだよ。」
子供たちが少しでも動いたら、「動いたらだめ!」と私と雫で冗談交じりで言いました。
私と雫は佳奈美さんが用意したお菓子の入った巾着袋を用意して、「ごめん、チョコレートしかなかった。みんなチョコ好き?」と言ったら、子供たちは「好き!」と大きく可愛い声で返事しました。
「今日はハロウィーンだし、みんな可愛い衣装を着ているじゃん。お姉ちゃんたちに写真を撮らせてくれたら、みんなの大好きなチョコをあげる。スマホを持ってくるから待っててね。」
私はダッシュで部屋に向かおうとした瞬間、雫が「私のスマホもお願い。」と言ってきました。
「じゃあ、その間に子供たちの相手をお願い。」
「了解!」
玄関に戻って、私と雫はスマホで子供たちの写真を何枚か撮りました。
「みんなありがとうね。じゃあ、ご褒美にチョコをあげたいけど・・・、あら残念、普通のチョコしかなかった。普通のチョコでいい?」
子供たちは笑いながら返事をしました。
「じゃあ、寒い中待ってくれから、みんなにあげる。食べ過ぎて虫歯になったらダメだよ。」
子供たちは、「ありがとう」と一言お礼を言って、そのままいなくなってしまいました。
時計を見たらまだ3時30分前でしたので、私と雫は衣装を着たまま時間を過ごしていました。
「どうする?」
私は雫に聞きました。
「どうするって何が?」
「一度着替える?」
「面倒だからいいんじゃない?」
「そうだね。」
出発時間になって私と雫は和可菜のお母さんが用意した車に乗って、駅前まで向かいました。
「おばさん、ありがとうございました。」
「楽しんでくるんだよ。」
私はおばさんに一言お礼を言って車から降りて、駅前の会場へと向かったら、すでに仮装した人たちとにぎやかな音楽で盛り上がっていました。
「あら、誰かと思えば火村さんたちじゃないの。みんなよく似合っているわ。」
後ろを振り向いたら、カボチャの絵柄のついたドレス姿の麻知子がいました。
麻知子は私の衣装姿をしばらく、じーっと見つめていました。
「麻知子、どうしたの?」
「いえ、別に。」
「それより今日クラスの人達って、どれくらい来ているの?」
「ほとんど、いるんじゃないかしら?」
「じゃあ、みんなのところへ行ってくるね。」
私たちは一度麻知子と別れて、みんなのところへと向かいましたら、駅の改札近くにあるケンタッキーの前でクラスの人たちに会いました。
「よう、火村たちじゃねえか。」
「沼田君も来ていたんだね。今日のコスプレって何?」
「あ、これ?小学校の時に流行っていた『天空の迷宮』というアニメに出てきた工作員の衣装なんだよ。」
「そうなんだ、ずいぶんとマニアックな衣装だね。」
「お前らの衣装は?」
「私たちは、コスプレ研究部から借りてきたの。麻知子が3人分貸してくれて・・・。」
「あのケチな白木院がよく3人分の衣装を貸す気になったな。気をつけろよ、汚したりすると弁償を要求されるから。」
「わかった。」
私は沼田君の話を聞いて、少しぞっとしました。
「そんなことはありませんわよ。弁償は沼田君みたいな乱暴に扱う人間にだけに要求しますので。」
その時、後ろから麻知子の声が聞こえてきました。
「白木院、いつの間に!?」
「私はずっと、ここにいたわよ。」
沼田君は麻知子がいないと思っていたので、驚いていました。
「それより、俺がいつお前の衣装を乱暴に扱ったのか説明しろよ。」
「あなた、お昼休みの時、お弁当を豚のように下品に食べて制服を汚したり、体育の時間も制服を脱ぎ散らかしているじゃない。だから、忠告しておいたの。」
「ご丁寧にありがとうな。だが俺はお前と違って庶民の育ち方をしてきたから、いちいち上品な食べ方なんかしないんだよ!」
「これだから、庶民は困るのよね。」
「俺はあいにく庶民だし、育ちのいい場所にいたわけじゃないから、上品な食べ方もできないし、制服だって、乱暴なんだよ!」
「これじゃ、制服が可愛そうだわ。」
「お前には制服の声が聞こえるのかよ!」
「ええ、聞こえるわよ。」
「だったら、耳の検査でも受けて来いよ。」
沼田君と麻知子のけんかがエスカレートしてきたので、私はとっさに止めに入りました。
「2人ともけんかはこの辺にしておこうよ。みんなも見ていることなんだし。」
「俺、コンビニに行ってお菓子と飲み物を買ってくる。」
沼田君はそのままいなくなってしまいました。
私たちがクラスのみんなと一緒に会話を楽しんでいる時に、マプレ商店街の外れの方で2人のおじいさんがが迷惑そうな顔をしてハロウィーンの光景を見ていました。
「何がハロウィーンだ。西洋のお祭りなんか開いて、本当にいい迷惑だ。」
「本当だ。」
「かぼちゃの飾りなんかして、何がいいんだ。」
「こんな騒がしいお祭りなんか、街の騒音だ。」
「ちょっと、主催者に文句を言ってこよう。」
ちょうどその時、2人のおじいさんの前にソーンが現れました。
「お2人さん、本当にその通りだと思いますよ。こんなお祭り、耳障りで仕方ありませんよ。」
「執事さんもそう思うのかい?昔は静かで過ごしやすかったのに、いつの間にか人が増えてストレスがたまる日々になってしまったよ。」
「では、お2人の心を失敬させて頂きます。」
ソーンは2人の心臓を取り込み、自らがとげとげ魔人になり暴れ始めました。
とげとげ魔人になったソーンは、大声でわめきながら駅の方角へと向かっていきました。
「おい、ハリネズミの化け物が駅の方角へ向かっていくぞ。誰か警察を呼んで来い!」
「わかった。」
商店街はパニックになっていました。
「おい、商店街の方からハリネズミの化け物がやってくる、早く逃げろ!」
とげとげ魔人になったソーンの暴走は改札近くまで迫ってきました。
「麻知子と沼田君はみんなを安全な場所へ避難させて。私たちは向こうで助けを呼んでくるから。」
「わかった、お前たちも気をつけろよ。おい白木院、お前んちのヘリでなんとかならないか?」
「ヘリを呼ぶのは構わないけど、来るまでの間に化け物が来たらどうするの?それより、あの先のスポーツクラブの方角へ避難させた方が安全ではなくて?」
「そうだな。よし、わかった。みんなを誘導しよう。」
沼田君と麻知子がみんなを避難させている間に私たちは駅の反対側にある区役所の方角へ向かい、スマホを取り出して、変身アプリを起動させました。
「みんな、変身よ。」
「OK!」
「チェンジ、マジカルクイーン!」
3人でいっせいにマジカルクイーンに変身して、とげとげ魔人になったソーンのところへ向かいました。
「ソーン、覚悟なさい!あなたの相手は私たちよ!」
「来たな、マジカルクイーンめ。全員まとめて消し去ってやる。」
私はとっさにラブリーロッドを取り出して、攻撃に入りましたが、簡単にはじき返されました。
「みんな気を付けて。今までのようにはいかないから。」
「私を倒そうなんて、所詮無理なんですよ。」
「みんな、どいて。戒めのロープ!さあ、女王様のご褒美の時間よ。今からあなたの体を縛るから覚悟してちょうだい。マジカルクイーン、コマンドメンツロープ!」
雫はすぐにコマンドメンツロープでソーンの体を縛りつけました。
「おのれ、こんなロープ、すぐに切り裂いてやる!」
「無駄よ。このロープは魔法がかかっているから、簡単に抜けることは出来ないわ。」
「ダーティ、お前のしたことは、かなり罪が重たいぞ。ブラックハート一族を敵に回したことを後悔させてやる!」
「フレイム、ムチでおとなしくさせて。ウオーティはロウで固めてちょうだい!」
私はラブリーロッドを取り出し、ソーンにムチを打ち、そのあと和可菜はキャンドルワックスを取り出してロウで固めました。
「みんな、とどめを刺すわよ!」
「OK!」
「ここで私を倒せても、次のキングブラック様にはお前たちの攻撃など通用しないと思え!」
これがソーンの最後の言葉でした。
「受けなさい、怒りの炎を。」
「覚悟してちょうだい!怒りの激流を!」
「食らいなさい、泥の爆弾を!」
「そして、私たちの合体技、マジカルクイーン、フレイムストリームマッドボンバー!」
泥と炎、激流が一つになったので、その威力は3倍以上になり、ソーンは跡形もなく消えてなくなりました。
街は元に戻り、2人のおじいさんも元に戻りました。
「あれ、ワシはここで何をしていたんだ?」
「ワシも覚えてないな。」
「とにかく家に帰ろう。」
「家が静かで落ち着くよ。」
2人のおじいさんはそのまま、いなくなってしまいました。
私たちがゴーグルを外して、変身を解こうとした瞬間、どこからか不気味な笑い声が聞こえてきました。
「あの笑い声は何?」
「なんだろう。」
「あの笑い声はキングブラックよ。」
「初めまして、マジカルクイーンのお嬢様たち、そして裏切者のダーティ。私は、ブラックハート一族のトップ、キングブラックだ。」
「キングブラック、何しに来た。」
「ダーティ、私を裏切ってマジカルクイーンになった途端に、この口の利き方ですか。」
「私はもうあなたの家来じゃないわ!」
「ほう、そんなに早く死にたいのですか。」
「ダーティに何をするつもり?」
私はとっさに雫をかばおうとしました。
「お嬢様とは初めましてだね。そんなに怖い顔をしないでくれ。今日は挨拶をしに来ただけだ。また出直してくるよ。それではせいぜい、おびえながら待つといいでしょう。」
キングブラックはそう言い残して、いなくなりました。
一方、駅前広場ではコスプレコンテストが行われていました。
「さて、今年のコスプレコンテストの優勝者は誰になるのでしょうか。」
静かにBGMが流れている中で、若い男性の司会者はスタッフから渡された紙を読み上げました。
「エントリーナンバー18番、蟲の国の少女。」
選ばれたのは和可菜でした。
和可菜はみんなに拍手されて、ステージに立ち、若い男性の司会者にマイクを向けられました。
「優勝した感想はどうですか?」
「とても最高です。」
「とても可愛い衣装ですが、ご自身で作られたのですか?」
「学校で借りてきました。」
「そうなんですね。この賞品は気に入りましたか?」
「はい、気に入りました。」
「このウエハースは誰と食べますか?」
「友達とです。」
「それでは、お友達と一緒にガッツリと召し上がってください。」
「ありがとうございます。」
和可菜は若い男性の司会者からウエハースの入った大きな箱を受け取りましたが、そのまま家に持ち帰りが出来ないので、のちほど自宅に送ってもらうことになりました。
「和可菜、あのウエハース、あとで私たちにも分けてね。」
「いいよ。あとで朱美と雫の分、用意するから。」
「ありがとう。」
ハロウィーンが終わったのは8時近くになっていたので、私たちは麻知子の車に乗って家まで送ってもらうことになりました。
「今日はありがとう。」
「うん、また明日。」
「衣装、本当にそのまま返していいの?」
「我が家の使用人に任せるから、そのままでいいよ。」
「ありがとう、また明日学校で。」
「麻知子、気を付けてね。」
麻知子を乗せた車はそのまま走り去っていきました。
「朱美、雫、今日は楽しかったよ。」
「また明日。」
「お休み、和可菜。」
私と雫は和可菜と別れたあと、玄関に向かおうとしたのですが、ふと何かを思い出したかのように、立ち止まってしまいました。
「朱美、どうしたの?」
「これからキングブラックと戦うわけじゃん、その対策もきちんとした方がいいんじゃない?」
「今、心配しても始まらないよ。佳奈美さんも混ぜて一緒にはなそ。」
「そうだね。」
「それより、今日のハロウィーンの話を佳奈美さんに聞かせてあげようよ。」
私と雫はそのまま玄関に入り、今日のハロウィーンの話を2人で佳奈美さんに聞かせました。
7thStage 最後の決戦、キングブラックの降臨
ハロウィーンから2週間が経ち、私たちは何もなかったかのように毎日を過ごしていき、教室ではすでにクリスマスの話題で盛り上がっていました。
「ねえねえ、クリスマスどうするの?」
「たぶん、家族と温泉旅行かな。」
「私は家族と一緒にケーキを食べる。」
「お、いいね。」
その一方私はと言いますと、自分の席から窓の景色をぼんやりと眺めていました。
「朱美、どうしたの?」
後ろから雫が声をかけてきました。
「いや、なんでもない。」
「なんからしくないよ。」
「そんなことないって。」
「もしかして、キングブラックのことを考えていた?」
私は黙って首を縦に振りました。
「やっぱり、そうなんだね。」
「ハロウィーンで、キングブラックに会った時の迫力は半端なかった。」
「キングブラックはその気になれば、全世界を支配できる力だってあるんだよ。」
「そんな化け物にどうやって立ち向かえばいいの。」
「今はそれを気にしていても始まらないよ。」
確かに雫の言う通りだった。それを気にしても始まらないとはわかっている。
しかし、あの姿を見てしまった以上、頭の中はそれでいっぱいになってしまいました。
やがては大きな戦いの日がやってくる。その時、今住んでいる街をどこまで守れるか不安になってきました。
放課後になって、私は、ずれていたルーズソックスを直したあと、昇降口に向かったら空の色が3時過ぎだと言うのに、暗くなっていたことに驚きました。
何、この空?と思いながら、私は季節外れの雷雲かと認識してしまったので、急いで帰ることにしました。
しかし校庭の方を見ると、サッカー部の人たちが倒れていたので、私は急いで駆け寄りました。
「みんな、どうしたの?」
しかし、反応がありませんでした。
「朱美、どうしたの?」
後ろから和可菜が声をかけてきました。
「なにこれ、みんな倒れているじゃない!?」
今度は雫までが驚いた反応をしました。
「私、職員室へ行って、先生を呼んでくる。」
「私は救急車を呼んでくるよ。」
私が先生の手配、和可菜が救急車の手配をしようとした瞬間、上空からキングブラックの高らかな笑い声が聞こえてきました。
「こんなことをしても無駄ですよ。この人たちはもうじき死ぬのですから。」
「キングブラック、どういうこと?」
私は怒りで震えが止まらなくなってきました。
「まあ、怖い顔をしないでください。実はある人たちの依頼で、こちらの方々の存在を消しにやってきたのです。」
「ある人たちって誰?」
「あちらで、倒れている人たちですよ。」
キングブラックが指をさした方向には野球部の人たちが倒れていました。
「このちっぽけな校庭という広場をめぐって、野球部はサッカー部が邪魔で、サッカー部は野球部が邪魔だと言っていたのです。ですから私は彼らの手助けをしたのです。人間の心なんて所詮、この程度なのですよ。ハハハハ。」
キングブラックが笑いながら言ってきたので、私は和可菜と雫に変身アプリの起動をするように言いました。
「みんな、変身よ!」
「OK!」
「チェンジ、マジカルクイーン!」
「やっと変身ですか。いいでしょう、なら私も本気で戦わせてもらいますよ。」
「キングブラック、ここは人が多いから、場所を変えるわよ。」
「いいでしょう。どこでやっても同じですから。」
私たちはキングブラックを王禅寺公園へと誘導させました。
「なるほど、ここがお前たちの墓場と選んだわけなんですね。」
「それは違うわ。ここがあなたのお墓よ。なぜなら、これから私たちにやられるのだから。」
「ハハハハ。何を言うのかと思えば、こんなバカげたセリフを。いいでしょう、どっちの墓場になるか、戦って決めましょう。」
「みんな、全力で行くわよ!」
私は和可菜と雫に最初から飛ばすように言いました。
私たちの攻撃は簡単に効かないのはわかっている。しかし、やらないわけにはいかない。
「どうしたのですか、あなたたちの攻撃はこの程度ですか?今度は私の攻撃とさせて頂きますよ。」
キングブラックは私たちを持ち上げて地面に叩きつけました。
「もう終わりですか。実につまらない戦いです。」
「だれが終わりと言った?まだ終わりじゃないわよ。」
私はゆっくりと体を起こしました。
「ほう、まだ起き上がれる体力があるのですね。いいでしょう。特別に相手にしてあげましょう。」
「女王様のご褒美のお時間よ。受けなさい、愛のムチを。マジカルクイーン、ラブリーロッド!今日のご褒美はいつもより、倍増してあげるわ。」
私は怒りに身を任せて、キングブラックに攻撃をしました。
「今度は私からのご褒美よ。受けなさい、愛のろうそくを!マジカルクイーン、キャンドルワックス!」
今度は和可菜がロウのシャワーでキングブラックの体を固めました。
「私からのご褒美はこれよ。今からあなたの体をきつーく縛ってあげる。マジカルクイーン、コマンドメンツロープ!」
最後に雫がロープでキングブラックを縛りあげました。
「最後にみんなでとどめを刺すわよ!」
「私がこの程度で観念したと思ったのですか。実にあさはかです。」
キングブラックの表情は余裕そのものでした。
「あなたは完全に動けないはずよ。」
「私はソーンの時のようにはいきませんよ。」
「そろそろ反撃の準備と入らせてもらいましょうか。」
キングブラックはロウとローブを力ずくで破りはがし、私たちの前に出てきました。
「言っておきますが、同じ攻撃は2度効きませんよ。」
今度はキングブラックの反撃が始まりました。
両手で私たちを持ち上げて、3人まとめて地面に叩きつけ、右手の人差し指から真っ白なレーザー光線のようなもの放ち、ピンポイントに攻撃をしてきました。
「これで終わりです。覚悟してください、マジカルクイーンのお嬢様たち。」
キングブラックが右手から光のボールのようなものを出して、とどめを刺そうとした瞬間、私たちは反撃の準備にかかりました。
「ならこれでも受けなさい!マジカルクイーン、フレイムロッド!これはみんなの怒りがこもったムチよ!」
「受けなさい、怒りのろうそくを。マジカルクイーン、怒りのロウシャワー!」
「このロープはみんなの怒りと憎しみがこもったものよ。縛られたら、簡単に抜けることが出来ないわ。マジカルクイーン、コマンドメンツロープ!きつさ倍増バージョン!」
さすがのキングブラックもこれには身動きが出来ない状態になりました。
「みんな、最後のとどめに入るわよ!」
「OK!」
「受けなさい、怒りの炎を。マジカルクイーン、エンガーフレイム!」
「覚悟してちょうだい!私の怒りの激流を!マジカルクイーン、レイジングストリーム!」
「食らいなさい、泥の爆弾を!マジカルクイーン、マッドボンバー!」
「そして、私たちの合体技、マジカルクイーン、エンガーフレイムストリームマッドボンバー!マックス!」
「おのれ、このままで済むと思うな。次生まれ変わった時には、お前たちの命を確実に奪ってやる!」
これがキングブラックの最後の言葉でした。
その直後、キングブラックは大きなうめき声を上げて、煙のように姿を消しました。
これで、すべての戦いが終わった。街に平和を取り戻せた。私はそう確信しました。
キングブラックが消滅した直後、ブラックハート一族のアジトは跡形もなく消えてしまいました。
私たちが変身を解こうとしたその瞬間、公園の外に佳奈美さんが運転してきた車がやってきて、駆けつけてきました。
「みんな、けがはなかった?」
「私たちは平気です。」
「よかった、みんなが無事だったみたいで。」
佳奈美さんの表情は安心した顔でいました。
「ご心配をおかけました。」
「家に帰るから、あなたたち変身を解いて。」
私たちは変身を解いて、元の姿になりました。
家に戻って私と雫はあることに気がつきました。
それは、スマホから変身アプリが無くなっていたことです。
佳奈美さんに聞いてみたところ、すべての戦いが終われば変身が出来なくなると言う仕組みになっているそうなんです。
夕方になって和可菜から電話がかかってきました。
「もしもし、和可菜どうしたの?」
「朱美、大変、スマホから変身アプリが無くなっている。」
「知っているよ、今佳奈美さんから聞いたから。すべての戦いが終わると変身アプリが無くなる仕組みになっているの。」
「そうなんだ、ちょっと残念。」
和可菜の声のトーンが落ちて、そのまま電話を切り、夕食と風呂を済ませて、翌日の準備を済ませたあと、私はベッドの中でこれから先のことを考えていきました。
8thStage 母さんとの再開、そしてこれからの未来へ
キングブラックとの戦いから2週間が経ち、街でも家でも本格的にクリスマスやらお正月の準備に追われる日々を送っていました。
学校では特にマジカルクイーンの話題もなく、クリスマスやお正月などの話題で盛り上がっていました。
しかし、学生の本分は勉強なので、忘れてはならないのが期末試験でした。
ホームルームが始まり、担任の先生から期末試験の日程が発表されると、教室から嫌な声が上がってきました。
それもそのはずです。少し前まで、クリスマスや正月などの話題で盛り上がっていたのだから、生徒たちから言わせてもらえば、楽しみに水を差されたことになります。
さらに1教科でも赤点をとれば教科担当から補習を受けることになり、楽しい冬休みが一気に台無しにされてしまうのです。
教室での不満の声はより一層高まっていました。
その放課後、和可菜は私と雫に愚痴をこぼしていました。
「試験なんか、なければいいのに。」
「和可菜、授業中爆睡しているから、何も理解していないんでしょ?」
「だって、先生の話って退屈だから眠くなっちゃうんだよ。」
「自分の将来に役立てる話だと思えば眠くならないよ。和可菜の将来の夢って何かあるの?」
「将来の夢って言われても・・・。」
和可菜は考え込みました。
「例えば、お店を開くとしたら、計算って重要となるわけだから、数学の知識が必要となると思うよ。」
雫は具体的な例を和可菜に出しました。
「でもさ、いくら数学の知識が必要と言っても関数なんか役に立たないと思うよ。」
「そうかな。例えば一日の売り上げをグラフにするときなんか関数って役に立つと思うよ。」
和可菜は少し納得した感じで話を聞いていました。
「もし、今自分がなりたい職業が見つからないとしても、これから先上級生になった時や高校生になった時にきっと見つかるはずだと思うよ。」
「ありがとう、雫。」
「私も雫も全力でサポートするから。」
「試験問題なんか、ブラックハート一族に比べたらザコ同然だから、最後まで頑張ろうね和可菜。」
「2人ともありがとう。私最後まで頑張るよ。だから、時間の許せる限り私の勉強に付き合ってくれる?」
「試験前日まで付き合ってあげるから、絶対に赤点取ったらダメだよ。」
「ありがとう、朱美。」
その日から私と雫と和可菜は勉強会を毎日やっていきましたが、和可菜は途中でうたた寝をしてしまうので、私と雫で和可菜の頭を叩いて起こすことにしています。
翌日には社会科を集中的にやっていきましたが、和可菜はまたしても問題につまづいていました。
「雫、シリコンバレーってアメリカのどの辺だっけ?」
「サンフランシスコだよ。和可菜、ここ授業でやったけど聴かなかった?」
雫はややきつめに言いました。
「雫、それを言ったらだめだよ。和可菜、ほとんど居眠りをしているんだから。」
「あ、そうか。ごめん、朱美。」
私に事実を言われて、和可菜は何も言い返せませんでした。
「雫、日本が米不足の時、どこの国から緊急輸入してきたんだっけ?」
「これも授業でやったよ。アメリカとタイとオーストラリアだよ。」
疲れがピークに達した時、雫の言い方はより一層きつくなってきました。
「今日の雫の言い方、きつすぎる。」
「誰かさんが授業中居眠りしていたから、思うようにいかなかったよ。」
「私にけんか売っているの?」
「言われて頭に来るんだったら、次から授業中、きちんと起きていてちょうだいね。」
「まあまあ、2人ともけんかはこの辺にしようよ。」
私はとっさに止めに入りました。
時計を見ると7時近くになっていたので、和可菜は家に戻り、私と雫は勉強道具を片付けて佳奈美さんの食事の準備を手伝いました。
その日の夕食、雫は佳奈美さんからも注意を受けました。
「雫ちゃん、気持ちはわかるけど、もう少し柔らかい言い方にした方がいいよ。」
「うん、次から気を付けるよ。」
「実際のところ、焦っていた?」
「少しだけ。」
「そんなことじゃないかと思ったよ。でもね、どんなに焦っていても相手にきつい言い方をして教えたら、教わる方はやる気をなくして、覚えようとしなくなるの。雫ちゃんだって、私や朱美ちゃんに食事中にきつい言い方をされたら、食欲を無くすでしょ?それと同じことなんだよ。」
「わかりました、気をつけます。」
「じゃあ、この話はおしまいにして、改めて食べましょう。」
食事中、雫は終始無言のままになり、和可菜も勉強中の時にはこんな気分で教わっていたのかと、考えていました。
翌日から私と雫は、和可菜が少しでもやる気を出せるよう、優しく丁寧に教えていきました。
そして迎えた期末試験当日、和可菜は自信満々の顔して問題を解いていきました。
「どうだった?」
「バッチリだったよ。」
しかし、問題は採点が終わったあとのことでした。
試験休みが終わり、先生から答案用紙を戻されたとき、和可菜がどれくらいの点数をとっていたかでした。
最初に返されたのは数学の答案用紙でした。
「水谷、よく頑張ったな。」
「ありがとうございます。」
「火村と泥川にきちんとお礼を言うんだぞ。」
席に戻って、和可菜は85点の答案用紙を私と雫に見せました。
「やったじゃん!」
「和可菜、よく頑張ったね。」
「2人のおかげだよ。」
その後も全教科の答案用紙が戻ってきて、和可菜のテンションがうなぎ上りになり、冬休みの補習も回避できました。
そして冬休みに入りました。
私は久々に母さんと妹の風子に会って、お父さんの墓参りをしようと思いました。
「佳奈美さん、実は冬休みなんだけど、お母さんと妹の風子に会って、そのあとお父さんの墓参りをしようと思っているの。」
「いいじゃない、行ってきなさいよ。」
「ありがとう。それで雫と和可菜も連れて行こうと思っているの。実はね、中学に入ってから本当に心から許せる友達ができたから、家族に紹介したいと思っているの。」
「そうなんだね。それで、出発はいつなの?」
「明後日にしようかと思っているの。」
「ねえ、交通費って結構かかるじゃない?私からの提案なんだけど、車を出す代わりに私もあなたのお父さんの墓参りについて行ってもいい?」
「是非、喜んで。」
「私、久々に崇さんと由美子さんに挨拶をしようかなって思っているから。」
私は早速、雫と和可菜に予定の確認をしましたが、特に予定がなかったと言っていましたので、2人を青梅まで連れていくことにしました。
出発当日になり、1泊2日のミニ旅行が始まり、4人分の旅行鞄を車のトランクに詰めて出発することになりました。
車は府中街道を経由して鶴川街道から甲州街道に入りました。
そこから中央高速経由で圏央道に入って青梅インターでおりて、青梅街道を青梅駅の方角へと走っていきました。
後ろの座席に座っていた雫と和可菜も初めのうちは騒いでいたもの、いつの間にか眠っていたので、かかっていた音楽を止めて、静かに走りました。
家に到着して2人を起こしていたら、玄関のドアがガチャッと開き、出てきたのは妹の風子でした。
「あれ、お姉ちゃんだよね?」
「風子、久しぶり。元気だった?」
「うん、元気だったよ。お姉ちゃんは?」
「私も元気だったよ。」
そのあと、母さんも出てきました。
「朱美、久しぶり。元気そうじゃない。」
「お母さん、お久しぶり。」
「由美子さん、ご無沙汰しています。」
「佳奈美さん、いつも朱美がお世話になっています。」
「朱美ちゃん、すごくしっかり者で驚いちゃった。」
「お母さん、今日友達を連れてきたよ。」
「初めまして、水谷和可菜です。」
「泥川雫です。朱美ちゃんにはいつもお世話になっています。」
「2人とも、いつも朱美と仲良くしてくれてありがとう。外は寒いし、中に入ってゆっくりお話しでもしましょうか。」
みんなで仏壇に線香をあげたあと、暖房の効いた八畳間の和室にある大きなテーブルを囲って、私たちは父さんが亡くなってから今日に至るまでの出来事を話していきました。
川崎での新しい生活のこと、和可菜や雫と友達になったことなどを話していきました。
「朱美、学校では部活は何かやっているの?」
「ううん、帰宅部。」
「3年間しかない学校生活なんだし、何かやってみたら?」
「正直、これと言ったものが無くて・・・。」
「あなた、走るのが得意そうだから陸上部に入ってみたら?」
「そうだね、考えておくよ。」
「お母さん、もう少し佳奈美さんとお話をするから、2階の部屋に案内してあげたら?」
「遊び道具はほとんど川崎の家に持って行ったからないよ。」
「朱美、私トランプや人生ゲームを用意してあるから、それで遊ばない?」
和可菜はキャリーバッグから遊び道具をいくつか取り出しました。
「ありがとう。じゃあ2階に行こうか。」
私は和可菜と雫を自分の部屋があった2階へ案内し、和可菜の用意した人生ゲームで遊んでいました。
「あ、私一流企業に就職したから、2人とも祝い金ちょうだい。」
「はーい。」
私と雫は和可菜にゲームのお金を渡しました。
ゲームが終わって、食事と風呂を済ませて、布団を敷いて寝る準備をしていたら、和可菜が私のところへやってきました。
「今日の朱美、何か変。」
「そんなことないよ。」
「うそ、何か隠してない?」
「何も隠してないよ。」
「正直に言ってちょうだい。」
「本当に何も隠してないよ。」
「じゃあ聞くけどさ、何でゲームをやっている時、ずーっとぼーっとしていたわけ?」
「ぼーっとしていた?」
「してたわよ!」
「負けた。」
私は和可菜と雫の前で正直な気持ちを打ち明けました。
「実を言うとね、またブラックハート一族がやってくるのではないかと心配していたの。」
「心配って言うけど、この間3人でキングブラックを倒したじゃん。」
「わかっているけど、もしかしたらと思っただけ。余計な心配をかけてごめんね。じゃあ電気を消すよ。」
私は部屋を真っ暗にして、そのまま眠ってしまいました。
翌朝、私たちは早めに起きて雨戸を開けたり、お母さんの食事の準備を手伝うことにしました。
食事を済ませたあと、父さんの墓参りへ行こうと思いましたが、その日は空が曇っていて、いつ雨が降り出しても不思議ではない状態でしたので、雨傘を数本用意することにしました。
車を2台に分けて青梅市と奥多摩町の境目まで向かいましたが、移動中は音楽やラジオもかけずに終始無言のままでいました。
お墓は奥多摩町に入ってすぐに、国道411号線を横切った旧道の終点の先にある小さな墓地にあります。車を奥の駐車場に入れて、トランクからお花と線香、バケツ、お供え物を取り出してお墓へと向かいました。お彼岸でもないのに、なぜかよその家族連れとすれ違いました。
父さんのお墓に着いて、私がお花を用意している間、雫に近くの井戸まで行ってバケツに水を汲んでもらうよう、お願いをしました。しかし、戻ってくる気配がなかったので、私は心配になって井戸まで向かいました。
「雫、どうしたの?」
「私、あなたのお父さんに合わせる顔がない。殺したのは私なの。」
雫は肩を震わせながら、私に言ってきました。
「そんなことないよ。私が当時、今よりもひどい甘えんぼで、父さんなんか死んじゃえばいいって思ったから、こうなったの。雫はちっとも悪くないよ。」
「私がダーティだったころ、キングブラックの指示で関係のない人に泥魔人にさせて、あなたのお父さんを殺したの。」
「でもさ、結果的にはきちんと反省して、マジカルクイーンとして一緒に戦ってくれたわけじゃん。それだけでも充分にうれしいよ。」
「本当にごめんなさい!」
雫は私の前で泣きそうな顔をして深く頭を下げました。
「もういいよ、気にしてないから。今日は母さんも風子もいることだし、ブラックハート一族のことやマジカルクイーンの話はやめにしよ。」
「そうよ、もう戦いも終わったんだし、あなたが犯した罪もマジカルクイーンの戦いで帳消しになったんだから、この話はおわり。」
気がついたら、佳奈美さんまでがいました。
「私はブラックハート一族の幹部で・・・。」
「違うでしょ、あなたはクイーンダーティで、普段は泥川雫でしょ。さ、みんなが待っているんだから、戻りましょ。」
私と雫、佳奈美さんはみんなのいる場所まで戻りました。
そのあと、お花と線香、お供え物として用意したタバコと缶コーヒーを出しました。
「お父さん、タバコとコーヒー、大好きだったんだよね。」
お母さんは私と風子の前で呟きました。
「お父さん、今日は新しいお友達が出来たから連れてきたよ。水谷和可菜ちゃんと泥川雫ちゃん。」
「おじさん、初めまして。私、水谷和可菜です。」
「泥川雫です、朱美ちゃんにはいつもお世話になっています。」
最後にお墓の前で静かに合掌をしたあと、私は近くに父さんがいると思ってそっと冬の空を見上げました。
おわり
みなさん、こんにちは。
いつも最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
さて、今回は久々に変身ヒロインのお話を書かせていただきました。
この作品を書くにあたって、技の名前、使用する武器の名前など、カタカタ用語を多数出てきましたが、これらはすべて和英辞典や翻訳サイトなどで調べたうえで、使わせていただきました。
主人公の火村朱美は小学校の卒業式の次の日に「父さんなんか死んじゃえばいいのに。」と口にしてしまい、その日に亡くしてしまいました。
みなさんもおそらく、身近な人の中で「この人、ウザイ。」とか「どこかへいなくなればいいのに。」、あるいは「早く死んでほしい」など思ったことはあるはずです。
そう思っている人に限って、いざいなくなると、寂しさを感じてしまい、その人のありがたみを感じてしまうはずです。
もし、そう思った時には、冷静になってその人のいいところを一つだけでもいいので、見つけてあげてください。きっと見方や考え方が変わるはずだと思います。
それでは、次回の作品でまたお会いしましょう。