幼馴染がふられるだけの話
高架下。わたしたちは二人で立ち尽くしていた。
康太はわたしをにらみつけていた。そんな顔も愛しかった。
「なんであんな馬鹿な真似をしたんだ」と声を荒げる康太を私は、ああしなきゃ進藤さんはまた前みたいな風に逆戻りだよ、と冷たくあしらった。
ああなってしまっては、もうどうしようもなかった。ああいう時に男子が介入するとロクなことにならない。
「だからって……っ!!」
「済んだことを言ったって仕方ないでしょ」
突き放す。私たちはもう、こどもじゃないから。
想いかえしてみれば、康太の顔を見るのはずいぶん久しぶりだった。記憶よりも康太の顔は、ごつごつしていた。すこし生えてきた髭の処理が甘い。不潔な男子は嫌われるよ。まあその心配は、康太にかぎってないかもしれないけれどさ。
きっと、今日が最後の日になるのだろうな、と思った。負けヒロインはそろそろ退場しなければならない。だからキレイに去ろうと思った。
「康太ってさ、誰にでも優しいよね」
「……そりゃどうも」
「でもさ、それって誰も大切じゃないってことだよね」
何を、と康太が言いかけて、やめた。頬に冷たい感触を感じた。ああ、今日は、今日だけはないちゃいけなかったのにな。
きっとあなたは、こうしたらたやすく私の本心なんて見破ってしまうから。
「康太はさ、ホントに好きな人なんて誰一人としていなかったんだよ……。私やスーちゃんのことだって、きっと友達として好きだったけれど、だれか困っているひとがいたら、康太はその子の事を優先したよね」
「それは当然だろ、人として」
「全然当然じゃないよ」
ごめんね、康太。でもそうなんだよ。街を歩いてて、物乞いされて、それをいちいち相手にする人なんて、普通じゃないの。
「当然じゃ……ないんだよ……」
電車が、私たちの頭上を走りぬけていった。康太がなにかいおうとして、何も言えずにいるのをかすんだ視界の中でみた。
「でも、康太は……ううん、康太くんはかわったね」
「……」
小さい頃は大人になりたかった。でも大人になるのがこんなに悲しいことなら、大人になんてならなければよかった。
「ねえ」
「ずっと好きだった、って言ったらどうする」
私は彼を見つめた。答えをださなきゃいけない。昔のキミなら、絶対に言えなかっただろう答えを。
「……ごめん、俺は」
「いいよ」
そこで遮った。そこから先は、やっぱり聞きたくなかった。勝手かな、勝ってだよね。
「ちゃんと振ってくれる、それだけでいいの」
「ごめん」
走馬灯のようにいろんな思いでが脳裏をかけていった。思い出っていうのは不思議なものだ。あんがい旅行なんかの思い出はおぼえていなくて、なんでもない日のことを覚えている。原っぱを理由もなく走っていた春の日、こたつでふたりでみかんを半分こした冬の夜、君がカブトムシを自慢する夏の昼下がり、なにもせずに座っていた秋の夕方。
おかしいかな、思い出づくりと思っていっぱい遊びにいったのに、思い出すのはそんな日ばっかりだよ。
「望みがあるのかな、って思うからひきずっちゃったじゃん」
「ごめん」
「気とかぜんぜんきかないよね」
「ごめん」
「相変わらずひょろがりだしさ」
「ごめん」
「そのくせやさしすぎるとこが嫌い。嫌いになれないんだもん」
ぎゅっと背中に腕を感じた。嗅ぎなれた柔軟剤の匂いが、鼻の奥をくすぐった。
「ばかぁ。ほっといてよ」
「ごめん」
「さっきからそればっかり」
「ごめん」
ひさびさにさわる康太の体は、記憶よりもずっとたくましかった。ああ、ほんとにバカ。こんなん嫌いになれるわけないじゃん。
それからしばらく、私は康太に抱かれていた。スズムシの鳴き声が、ずっと耳に残っていた。