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第9話「魔王は国境安定のために常備軍を固める」

 デビルインフェルノ帝国はドワフノスブルク王国との同盟を締結した。


 お互いの名前を契約書に調印し、契約内容を緻密に話し合った結果、お互いに困った時は手を貸すことで合意となった。


 しかし、同盟だけでは何も解決しないのが世の常だ。いつ裏切られてもおかしくはないし、他の隣国ともうまくやっていく方法を常に模索するべきだろう。


「魔王様、平民たちを屈強な兵士へと育ててからはどうするのですか?」

「決まってるだろ。国境に沿って常備軍を配置する。これならいつ敵が攻めてきてもすぐに対応できるし、平民たちに軍人職を与えることもできる。いわゆる兵役ってやつだ。それぞれの種族の平均寿命の半分兵役に従事すれば市民権を与えて、選挙に立候補できるようにする」

「なるほど。それなら立候補のために屈強な兵士のなり手が増えますね」

「それぞれの国境に兵を入植させる。今の内から準備を進めておけ」

「かしこまりました。ところで、魔王様は敵国を侵略する予定はないのですか?」


 デビロードが素朴な疑問を俺にぶつけた。


 ――そういや侵略とか全然考えてねえ!


 よくよく考えりゃ、俺がしていることはただの自己満足かもな。


 魔王と言えば帝国を率いて、相手のことなんて何も考えずに侵略しまくってなんぼだとは思うが、さすがに大勢の生活に悪影響を与えすぎることはしたくないし、俺としては争いをせずにのんびりと美味い飯を食って生きていければそれでいいとは思うが、これは前世の影響によるところが大きい。


 前世の俺は日本で資本主義社会という名の戦場で負けに負けを重ね続け、のんびりと高級レストランとかへ行って美味い飯を食っている金持ちたちが心底羨ましかった。


 バブル世代の多くが一度は経験しているであろう贅沢な日常だが、ちょっと生まれるのが遅かっただけで何故あれほどの格差が生まれてしまったのか。自力では限界があることを知った時や思わぬ形で出世コースから外れた時は本当に世間を恨んだ。


「魔王様、どうしました?」

「いや……何でもない」

「魔王様変ですよ。あの日変な薬を飲んでそのまま玉座で寝てしまった時から」

「! 変な薬を飲んだぁ!?」


 デビロードが言うには、俺の意識が人間から魔王に移る前、この魔王の体は変な薬とやらを飲んで眠ってしまったそうな。


 その薬がある場所へと案内してもらった。


 すぐに分析魔法でその薬を調べた。


 その薬は瓶に入った前世薬という青い液体だった。外から見ればまるで酒のようだが、その効果は驚愕と言えるものだった。


 何でも、それを飲むと前世の記憶を取り戻せる代わりに今までの記憶を全て失ってしまうというものだった。


 以前の魔王ルシフェルノは薬のコレクターだった。


 自身は病気も怪我もしない体のくせに大した趣味だ。不死身のこの体にとってポーションなどの薬は酒のような美味さだという。


「じゃあ魔王様はその前世薬で前世の記憶を思い出されて、その代償として今までの記憶を全部失ったってことですか?」

「どうやらその通りらしい。デビロード、言っても信じてはくれないだろうが、前世の俺は人間で別の世界で暮らしていた。しかも生まれた時期が悪かったせいで一生あくせくしていた労働者だ。情けねえことに、家のベッドに倒れこむと同時に死んじまって、気がつけばこの姿だった」

「私は信じますよ。今の魔王様は民と同じ目線で政治をしています。それだけでも根拠としては十分だと思いますよ」

「ありがとう。これで謎は解けた。俺が転生したのはあの日じゃない。もうとっくの昔に魔王として転生していたんだ。薬の効果の代償として転生後の記憶が全部飛んで、前世の記憶だけが残った状態になったから、あたかもあの日に転生してきたかのように感じたってわけだ」

「前世の記憶しかないなら、もう完全に別人ですね」

「ああ、記憶以外はそのままだけど、俺、前世を思い出してよかった気がする」


 全ての謎が解けた俺は心底安心した。


 種を明かすと、何だそんなものかと思うものだが、俺の前世の記憶についてはまさにそういう感覚だったと思いながら空を見上げた。


 黒く塗り固められた魔王城の屋上は風が吹き抜けており、そこからは帝都の街並みや帝都を囲んでいる砦、そしてその外にある森や山といった地形が広がっている。この城が建てられた目的が今になってようやく分かった。


 ここは帝都を護る砦だ。


 魔王は魔王なりにちゃんと考えていたんだ。いくら魔王でもたった1人で国を丸ごと支配するのは不可能と言っていい。部下の力が必要であるという自覚はあった。だから部下たちを守ろうとこの魔王城を建てたんだ。


「魔王様、差し支えなければ前世の話をもっと聞かせてもらってもいいですか?」

「ティニア! それにマリアスにタルクまで!」

「も、申し訳ありません。話が聞こえていたもので」

「まあいいや、じゃあ話してやるか」


 しばらくの間、俺は前世の話をしてから常備軍を提案する。


 ティニアたちはすぐにその案を受け入れ、数日後には兵士のほとんどを平民が占める常備軍が全地域で配備された。戦力はまだ低いし練度も足りないが、育てていけば敵国の魔王をも圧倒できるかもしれん。


 いかに魔王が凄かろうとも、大勢の戦力の前には無力だ。故に平民と手むげにはできん。


 記憶を失う前の俺も間違いなく俺自身だ。これは俺が今までしてきたことの食材をしていく責任があると俺は思いにふけっていた。


「常備軍はどうだ?」

「はい。普段は街の警備も兼ねているので治安は劇的に良くなりましたよ。魔王様が導入された憲法や法律や条例というものもかなり機能していました。もしかしてこれも前世の記憶を頼りに作られたものなんですか?」

「ああ、そうだ」

「魔王様の前世はかなり進んだ仕組みの国のようですね」


 俺は大学時代、法学部に所属していたこともあり、日本の法律には滅法詳しかった。


 それらを少しこの世界に合わせたものにし、デビルインフェルノ憲法として導入し、その憲法の下、法律や条例までをも普及させたのだ。


 これだけのことができたんだ。きっとなんだってできるはずだ。


 今にして思えば、俺の前世はこの魔星で活躍するための布石だったのかもしれない。記憶を失う前の魔王がうっかりこの前世薬を飲まなければ、こんな活躍をすることもなかっただろうが。


 そう思えば、前世での苦労は無意味だったとは言い難いな。だがあんな人生を送る者をこの国からはもう出したくない。いずれはこのデビルインフェルノ帝国を貧困のない国にしてみせる。俺自身が貧困の経験者だし、世のため人のための魔王になる。


 今頃日本はどうなっているだろうか。


 今頃は俺みたいな氷河期世代出身の者が首相になって、少しは貧困者を顧みる政治を行っているといいけど、多分やってないだろうな。そんなことができる連中であれば、俺みたいな氷河期世代が生まれることもなかっただろうし。


「仕組みは進んでるけど、人の生き方は大きく後退してるよ」

「それは――どういうことですか?」

「国は豊かになった。でも大勢の人間が奴隷のように働かされていた。一部の金持ちが得をするために大勢の人間に稼ぎ方もロクに教えず、所得の再分配もしないせいで貧困問題がずっとそのまんまの酷い国だった。俺はあんな国にはしたくないんだ」

「では、いずれは誰も働かない国にするということですか?」

「違うよ。いずれは労働者たちがやってきたような仕事を魔法で自動的に行えるようにしてみんな自由にやりたいことをできるようにする。その上で毎月生活できるだけのお金を配るんだよ」

「労働意欲なくなりませんか?」

「いや、むしろ今までやりたかったことができるようになるんだから労働をする人はでてくる。自動的に魔法で労働力を賄う方法を一緒に考えてくれないか?」

「かしこまりました、魔王様」


 デビロードがいつもの冷静な表情のまま会釈をする。


 この世界なら、俺が思っていたことができるかもしれない。なんてったって、魔法が使える世界なんだからな。


 住民たちが楽しく豊かに暮らせる世界も、きっと魔法で作れるはずだ。

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