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第6話「魔王は移動を便利にするために車輪を作る」

 数週間後――。


 通貨はどうにか統一できた。


 残りは尺度と言語だが、ここは時間をかけてやるしかないか。


 ていうか他の地域との連携が大変すぎる。スマホもないから連絡に何日もかかるし、転移魔法の使い手を見つけ出して戦闘に参加させてランクアップさせるくらいしか方法がねえぞ。


 だが今のところ、帝国内に転移魔法の使い手は俺以外いない。とても高度な魔法だからだ。しかも行ったことのない場所には転移できねえし、以前の魔王としての記憶はすっからかんだ。


「いいか、まずはここに苗を植える。見ていろ」


 そう言いながら俺は手を伸ばし、集まった小麦苗を宙に浮かせ、田んぼに次々と植えていった。


 一定の距離毎に整列するかのように小麦苗を植え、住民たちは関心の目でそれを見続けていた。今までに魔王自らが農業に携わる姿を見たことがないからだ。


 俺は帝都中の畑で農業の手本を見せた。すると、住民たちも俺のマネをするようにさまざまな植物の苗を採取し、畑に植える作業をしていく。


 魔法をうまく扱えない者は苗の根がズボッと沼にはまるくらいに腕で押し込んだ。


 みんないつの間にか泥んこになり、体の所々に黒い泥がついている。


 俺たちは作業を終えた後で温泉に入った。帝都は火山が近いこともあり、あらゆる場所から温泉が湧いて出てくるのだ。ここの連中は無類の温泉好きで、いつも労働の疲れをここで癒している。これを広めたのも俺だ。


 その後、俺たちは再び集まり、俺はある疑問をぶつけることに。


「ところで、みんな移動する時はいつも手荷物ばっかりだけど、人力車とかないわけ?」

「人力車ってなんですか?」

「車輪をつけた土台を引きずって運ぶんだよ」

「車輪?」


 うーん、ここまで何も知らないと説明が難しいな。


 俺がいた地球ではかなり昔から車輪が発明され、人々の移動や物流に際し大いに役立った。だがここの人々は商品を売る場合でも商人がたくさんの奴隷に荷物を持たせ、街から街への大移動に時間を費やしていた。


 あれじゃ金持ちじゃないと各地で商売ができない。


 車輪があれば格段に便利になるってのに。


「木材はあるか?」

「ありますよ。では森まで行きましょうか」


 俺たちはグリューンの森へと転移魔法で移動すると、ティニアが木材がたくさんある場所まで案内してくれた。


 ここにある木は好きに伐採してもいいらしい。


 俺は魔剣を召喚し、目の前の木々を一刀両断に切り捌いていく。


 大体の魔法が使えるんだったら物質を加工する魔法も使えるはずだ。


 いくつかある木材を加工魔法で丸い車輪へと姿を変えると、今度は木材で土台を作り、4輪の人力車があっという間に完成する。


「ほらっ、こうやって動かすんだよ。車輪がついてるからたくさんの物を乗せても移動がしやすい」

「す、凄いです。これなら物流がかなり便利になりますよ。早速広めましょう」


 両腕の拳を握りながらタルクが言った。しかもそのまま人力車を持ち上げながら帝都までそそくさに走っていった。なんて怪力だ。


「魔王様って色んな発明や改革を行っていますよね。どうやったらそこまでできるんですか?」


 マリアスが真面目な顔で俺に尋ねた。


 その好奇心は何かを学ぼうとする学生のようだった。


 ここの連中って、勉強は全然できないけど、学ぶ意欲は無尽蔵にあるようだ。何かきっかけさえあれば識字率も一気に上がるんじゃねえか。こっちとしてもそれは喜ばしいことだ。


「ど、どうって言われてもなー。今までの経験を活かしただけとしか」

「その経験はどうやったら得られるのですか?」

「――やっぱり学問かな」

「学問……ですか」

「それもただの学問じゃない。実学だ。自分から経験して学び、それをひたすら行動に移していく。お前らもさ、ただ今までの生活を維持するだけじゃなくて、もっと自分たちの生活を便利にするために行動したらどうだ」

「魔王様は、何かを急がれている気がします」

「そりゃ急ぐよ。俺には耐えられないから」


 現代の生活に慣れちまうと、ちょっとした不便すら耐えられなくなっちまう。


 そう、俺は便利な生活に慣れすぎた現代人だ。そんな俺がまるで紀元前のような場所に放り込まれたらそりゃそうなるわけだが、個々の連中は自分たちの生活を便利にしようとは微塵も思っていないようだった。


 むしろその不便さを楽しんでいるようにすら思える。


 時間も全然守らないし、全てにおいてマイペースだ。


「魔王様っ! 大変ですっ!」

「どうした?」


 下級悪魔の1人が慌ただしく俺に声をかけた。


「ゲルマニオス平原から国境までドワーフたちが迫ってきています」

「すぐに軍を向かわせろ」

「それが、国境に派兵が1人もいないのです」

「はぁ!?」


 聞けば帝都や地方の重要拠点意外に軍はおらず、しかも軍は貴族悪魔と傭兵から編成した少数精鋭の者たちばかりであり、それ以外の者たちは兵法すらまともに知らないらしい。


 満足に戦えるのは貴族と傭兵のみであり、平民は兵士として使い物にならないそうな。


 こんなふざけたことがあるか。このままじゃ侵略されちまうじゃねえか。


「デビロード、ここから兵を率いてドワーフを追い返すぞ。すぐに支度だ」

「かしこまりました。魔王様も行かれるのですか?」

「当然だろ。俺たちの国には何人たりとも侵入なんて許さねえ。ただでさえ内政だけでめっちゃ忙しいんだ。改革が終わるまでは大人しくしててもらわねえとな。ユスティノス、しばらくはここを任せたぞ」

「はっ!」


 すぐそばにいたユスティノスが言った。


 彼は魚人族の長でここの執政官(コンスル)を命じられたばかりだった。


 最初こそすべての役職を悪魔たちが独占していたが、今ではそれぞれの長所を生かすべく様々な種族を政界入りさせている。貴族が増えた分軍も強化されたわけだが、平民たちが兵士として使えないのはどうなんだ?


 俺は翌日になると、急ぎデビロードと共に帝都を去った。


 1000人の兵を率いて出発し、この時に発明した人力車が役に立った。加工魔法が使える者を貴族兵士の中から集め、人力車を大量に作らせた。おかげで食糧の運搬コストが劇的に下がり、安全に移動することができた。


 数日後、北方のゲルマニオス平原まで赴くと、そこではドワーフたちが好き放題に暴れていた。


 田畑は荒らされ、国境付近にあるアディルバンロの住民たちはせっかく育て上げた作物を放棄し逃げ惑っていた。


 ドワーフたちはその屈強な肉体と高い鼻と獰猛な性格が特徴であり、しかも強力な斧をその手に持っていた。あれで切られたらひとたまりもないだろう。


「お前ら、そこで何をしている!」

「げっ! その声は魔王ルシフェルノかっ! 何でこんなに早くっ!」


 ドワーフたちは俺たち魔王軍の到着がもっと遅れるものだと思っていたらしい。


「さっさとここから立ち去れ。さもなくば全員皆殺しだ」

「はっ、そんなこと言ってもこれだけの人数がいれば魔王事期待した敵ではない。そんなひょろい人間の姿で戦えんのかぁ~?」


 ドワーフの1人があいさつ代わりに俺を挑発する。


 しょうがない。あまり戦いたくはなかったが、やるしかないか。


 俺は腕に強力な魔力をため込み、それを一気に放出した。


 すると、真っ黒な渦がドワーフたちをも巻き込み、その場にいた数十人をあっという間に消し炭にしてしまった。


 これが……魔王の力か。さすがは多くの隣国から恐れられているだけあって理不尽に強いな。


「どうする? まだやるか?」

「くっ、くそう。降参だ」


 さっきまで調子に乗っていたドワーフの1人が言った。こいつはここら一帯を縄張りにしていたドワーフ族の長、ディノワール。


 ドワーフ族にも派閥があり、負けて追放されてきた連中のリーダー格だった。


「ドワフノスブルク王国にはもう戻れねえ。だからここを乗っ取って作物を刈るしかなかった」

「なるほど、それでここに来たわけか。だったら一緒に来るか?」

「えっ……」


 ディノワールがきょとんとした顔で頭を上げ俺を見た。信じられないと思っているのが、俺にはすぐ分かった。

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