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第5話「魔王は商売のために通貨を統一する」

 牛、馬、羊、豚、鶏、兎といった動物を次々と服従魔法で飼った。


 俺たちはその動物たちの群れを帝都まで連れて帰り、住民たちを驚かせた。


 畜産によってこれらの動物を育てながら食用肉から牛乳や卵や羊の毛皮といった副産物を量産していくわけだが、これがなかなか難しい。


 とりあえず定期的に餌やりと掃除をすることだけを学習させた。


 掃除に関しては魔法で自動的に行える分楽ではあるが、餌を工夫しなければ美味い食用肉を量産することはできない。そこで食用肉に詳しい者を募集し畜産を任せた。


 今までは狩りに特化した者たちが食糧確保の最前線で活躍していたが、その必要がなくなった今、彼らの次の仕事を考えさせる必要がある。


 帝都は魔王(おれ)の手によって生まれ変わろうとしていた。


 数週間後――。


「先月の売り上げはどうだった?」

「はい、純利益が16年ぶりに黒字を記録をしました」


 デビロードが木造の机の上に置いてある算盤をパチパチと弾きながら笑顔で言った。


 ここは財務官(クァエストル)であるデビロードの部屋だ。部屋は広めだが書類が山積みでため少しばかり狭く感じる。以前は俺の執事だったが、悪魔たちの中でも素養があり、計算が得意であったため、国家財政の監督と国庫の管理を任せた。


 帝国は長年にわたる魔王の遠征と豪遊により、財政は火の車であった。


 今は税を減らして貴族たちに倹約を求め、国家主導で農業や畜産を始めたことにより、かなり久しぶりに利益を上げることができたのだ。故にデビロードが羽を伸ばして喜ぶのも無理はなかった。


「16年ぶりって……そんなに財政やばかったのか?」

「そうですね。以前の魔王様の前じゃ言えませんでしたけど、あともう少しで貴族たちが平民たちと組んで革命を起こすところだったんですよ。でも本当に良かったです。魔王様が生まれ変わられてからは民のことを第一に考えた政治を行うようになられて安心しました」

「そうか……苦労をかけたようで、済まなかった」


 思わず頭を彼に向って下げてしまった。


 俺自身が何か罪を犯したわけでもないし、やりたい放題やりまくって国を荒らして征服したわけでもない。だが今は俺が魔王だ。以前の魔王がしてきたことは俺がしてきたことでもあるんだ。


 せめてこの国を豊かにしてみんなを幸せにしてやりたい。


「まっ、魔王様っ! 頭を上げてください。魔王様のお陰でここまで帝都が復興したのですからもう忘れましょう。過去はどうあれ、帳消しでいいじゃないですかっ! 少なくとも以前の魔王様とは全く違うようですし」

「……そうか」

「魔王様、外で住民たちが揉めています」


 魔王城の警備を務めている平民悪魔の1人が魔力感知で俺を探し当てながら慌てて部屋に入り呼びかけてくる。


 額からは冷や汗を流し、はぁはぁと息を切らしながら槍にしがみついている。


「何事だ?」

「実は通貨の件で取引が進まないんです」

「通貨ぁ?」


 聞けば魔王城のすぐ近くで商品の取引が行われているようだが、どうも話が全く噛み合わないようであった。


 どうやら街ごとに通貨が異なるらしく、通貨の価値が変われば両替する時の価値も変わるため、かなりややこしいことになっていた。


 俺はその取引の現場へと足を運んだ。この頃には人間のままの姿でもみんな俺が魔王だと住民たちには分かるようになっていた。


「どうした?」

「魔王様、実は遠くの町から来たこいつが帝都の10ティウスと隣町の3ディノスで交換してくれと言ってくる始末で、全然取引が進まないんです」

「まっ、魔王様だって! この青二才が?」

「おいっ! 無礼だぞ! 殺されたいのか!?」

「俺は確かに魔王ルシフェルノだ。説明してくれないか?」


 隣町の商人は俺の眼光から膨大な魔力を察すると、途端に態度を一変させ大人しくなった。


 どうやらこの世界ではどこの誰であれ、少しばかり内に秘めた魔力を放出すればどれほどの魔力の持ち主であるかを理解できるそうな。


 さしずめ、俺が持つ無尽蔵な魔力の量から魔王レベルの者と判断したらしい。


「しっ、失礼しましたっ! ……えっと、実はうちらの町の肉は帝都の肉よりも3倍ほど値段が高かったのです。うちでは肉の価値を比較して通貨の取引を決めていたものですから」

「帝都の肉がそっちの肉よりも安いのは、狩りに行かずとも畜産で動物の肉を量産することができるようになったからだ」

「畜産?」


 商人が首を傾げた。どうやら俺の復興政策が行き届いているのは帝都とその周辺の地域だけのようだった。


 ただでさえ以前の魔王の征服事業で領土が全面的に荒れている上に隣国からいつ信仰が来るかも分からないってのに、このままじゃやべえぞ。


 後でデビロードに言っておくか。


「動物を飼って食用の肉とかを自前で生産するんだよ。知らねえのか?」

「知らねえよ。うちらの町じゃそんなこと全然やってねえぞ」

「なら今すぐ帝都の復興事業を行うようそっちの領主に伝えておこう」

「は、はあ……」


 結局、この場では以前の肉の価値のまま取引が行われ、商人はしぶしぶ遠方へと帰っていった。こんなことが続けば商人の移動が滞ってしまう。


 その隙に隣国から狙われでもすれば御陀仏だ。


 悪魔が支配するデビルインフェルノ帝国の領土であるスティバーリ半島からすぐそばにいくつかの隣国がある。


 帝国から見て東のヴォルケーノ半島にはイカロスが支配するぺラゴス民国が、北のゲルマニオス平原にはドワーフが支配するドワフノスブルク王国が、南のカリファー大陸の北方にはコボルトが支配するカルトハダシュト連邦国が、西のエスパニア半島にはエルフが支配するエルフィリア共和国が存在する。


 どこの国家にも魔王と呼ばれる君主がいる強国ばかりで、微塵の油断も許されない。


 畜産も農業も始まったばかりで作物がうまく育つかも分からない中、俺は領土拡大を目指す隣国に目を配る必要があったのだ。内政も外交も全部やらなきゃいけないし、こうしてみると、魔王って社畜より大変な仕事かもしれんな。


 そこでティニアたちを集めて会議を開くことに。


「では通貨を国単位で統一するというのですかな?」


 白い髭を指でいじりながらコルネが言った。


 ゴブリンどころか俺たちの中でも1番の長老だ。背丈が低く濁った緑色のしわだらけな顔が今までの数多くの経験を物語っており、帝都のことには誰よりも精通している。


「そうだ。通貨だけじゃなく、地域ごとに異なる尺度と言語も全てだ」

「しかし、それでは平民たちの反発を招くのでは?」


 ピオスが目を光らせながら言った。


 俺たちの中では最も冷静沈着だ。戦闘経験が豊富な分たくましいが、それ故平民たちの反乱を最も恐れており、自分の国の者と心を痛めながら戦っていたというから驚きだ。


 平民が反発すれば自国の民と戦うことになる。それだけは是が非でも避けたいのだろう。


「前々から通貨が違うことが原因で揉める案件が絶えないそうだ。それに隣へ行けば言語も尺度も違うし、これは色々と不便だ。魔力ランク上位の者であれば翻訳魔法が使えるが、あいにくほとんどは魔力ランクが下位の者ばかりだ。そこで、通貨と言語と尺度を全て帝都基準のもので統一するべきと考えたわけだ。だから一度全ての通過を回収してもらいたい」

「確かにそれなら交流も買い物も楽になりますね」

「さすがは魔王様です。ではその政策はわたくしが」

「マリアスは農業担当でしょ。私がやります」

「分かった。じゃあこの政策はティニアに任せるよ」


 こうして、通貨、尺度、言語の統一が始まった。苦労しそうだけど、これもみんなのためだ。


 通貨はティウス、尺度はメートル法、言語は貴族悪魔たちが使っているデビリアン語で統一し、帝都の外にいる領主たちとも連携を取り政策を推し進めた。


 最初は大変だろう。だがどの国もそうしてきたはずだ。絶対にやり遂げてみせる。

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