第2話「魔王は荒廃した帝都に怖気が走る」
帝都ロマヌスの市街地に着くと、俺はその地獄絵図のような光景に足を止め冷や汗をかいた。
飢餓に喘ぐ者、犯罪に走る者、怯えて引きこもる者、地道に働く者、そういった人々が地に這いつくばるように力強くも死の瀬戸際を生きる姿を散見した。そんな困難に満ちた者たちにも日光は平等に降り注いでいる。
この中世暗黒時代を思わせる荒廃ぶりは俺の心に深く突き刺さり怖気が走った。
俺は思わず足を止め、ぽかーんと口が空いたままその場から動けなかった。それと同時に俺の親衛隊の者たちまでもが停止する。
――何だここは? どこぞのスラム街か? 仮にも帝都だよな?
「デビロード、この惨状はどういうことなんだ?」
「惨状も何も、どこの国も似たり寄ったりな状況ですよ。豊かなのは各国の首都の中でもほんの一握りの貴族たちだけです」
辞書に書いてあるような説明を淡々と読み上げるようにデビロードが言った。
おいおい、そんなんでいいのかよ。これじゃいつか暴動が起きるんじゃねえのか?
他の国もそうなら、この世界でまともな暮らしをしているのはごく僅かってとこか。どの世界もこんな感じなんだろうか。また1つ社会の闇を見てしまったようで、どうにも落ち着かないまま俺は息を吐いた。
ふと、俺は前世の自分を思い出した――。
俺は氷河期世代のど真ん中に生まれ、大学卒業が迫った就活の時にあいにくの氷河期で非正規社員となり、しばらくしてようやく正社員に昇格するかという時にリーマンショックで派遣切り、再び職を転々とし、やっとの思いで正規の仕事が見つかるも、東日本大震災の影響で入社前に倒産。
身寄りがないため仕方なく生活保護を受けようとするが門前払いにされ、毎月襲ってくる家賃との戦いを制しながら日雇いの仕事に明け暮れ、地に這いつくばるように黙々と就活を続けた。
最終的にどうにか死に物狂いで居酒屋のアルバイトになったが、その直後にコロナショックのせいで首切りの嵐となり、クビを回避する条件として24時間365日死ぬまで働くという悪魔の契約書を提示された。生活苦で逃げ道のなかった俺は選択肢を考える余裕もないまま調印させられた。
結局、俺はずっと正社員の仕事には手が届かぬまま、休む間もなく足を見られ続け過労死した。
きっと今頃はボロアパートの管理人に発見されていることだろう。ずっと家賃滞納してたし、哀れな孤独死として処理され、数多くの失われた世代のニュースにならない犠牲者の1人として、静かに無縁仏にでも埋葬されてるんだろうな。
俺は死の直前、心の中で密かに社会への不平不満を爆発させていた。
『俺が一体何をしたっていうんだ!? 散々理不尽に耐えてきた結果があれかよっ!? あれじゃ底辺労働者という名の罰ゲームじゃねえかっ! あんな弱者が救われない世界なんていらない! そんな取るに足らない世界なんて……消えてなくなっちまえぇぇぇぇぇ!』
意識が遠のいていく中、俺は1つの願いを天に捧げた。
もし生まれ変わったら――今度は……前世の俺みたいな人たちを助けたい。
俺は未練を残しながら深くそう願いその生涯を閉じた。
そして気がつけばこの世界にいた。俺は何故ここに転生したのか、それを考える暇もないまま帝都の街中を歩き続けた。
「魔王様、何やらご機嫌斜めですが、何かあったのですか?」
「――いや……何でもない。もう少し街を回るぞ」
「は、はい。しかし、何故こんな何もない所を偵察されているのですか?」
「貧困は国家の責任、もっと言えば社会の責任だ。あいつらを助けたいんだよ。とても他人事のようには思えないんだ」
「魔王様ほどのお方が何を仰られるかと思えば、そんなことはまずありえないですよ。ここにいる者たちが束になっても魔王様には勝てません。それにただでさえ魔王様が重税をかけられているのですから、民があの生活から脱出するのは無理ですよ」
「だったら減税するまでだ」
「ええっ!?」
デビロードは一歩引きながら酷く驚いた。まるで別人を見ているかのように。
俺はそんなことには目もくれず、街を散策しながら分析魔法で帝都ロマヌスを調べた。
ここを始めとした帝国内は文明レベルがかなり低く、法律もなければ学校もない無法地帯だ。しかも貴族階級以上の者しか教育を受けられず、平民のほとんどは文字の読み書きもできない。
今はどうにか耐え忍んでいるが、このままでは理不尽にも全員が悲惨な死を遂げることが容易に予測できた。それこそ俺がもがき苦しみながら死んでいったように。俺以外にあんな惨い生き方はさせられない。
『帝都ロマヌス。通称は帝都。人口10万人、スティバーリ半島の中央に位置する。
デビルインフェルノ帝国の首都にして最大都市だが、数々の戦争に巻き込まれた影響で田畑が荒れ続けたことで帝都全体が貧しくなるも、魔王ルシフェルノによる重税が文字通り重くのしかかり退廃を極めた。
かつてはこの魔星における最大都市であり、その交易は栄華を極めたが、その面影はどこにも残ってはおらず、人々はその歴史を忘れてしまっている』
じゃあ帝都は以前のルシフェルノのせいでここまで荒れちまったってことかよ。
それなのに自分は重税で贅沢な生活をして、それで国民たちを尻目にずっと良い生活をしてたってわけか。とんでもねえ奴だな。日本の上級国民と大差ねえよ。
何故そんな奴の体に俺の魂が乗り移ってしまったのかは知らねえが、この体に転生したからには俺なりのやり方でこの国を豊かにしていきたいと心の底から思った。
「デビロード、帰るぞ。食糧庫にある作物を帝都の人々に配ってやれ」
「ええっ!? よろしいのですか!?」
「構わん。魔王命令だ。速やかに実行しろ。看板に注意書きをしてな」
「か、かしこまりました」
俺たちは転移魔法で一瞬にして魔王城に帰ると、早速食糧庫へと向かった。
厳重に警備されている食糧庫の中には、かつての魔王ルシフェルノが国中から集めた作物が保存魔法によって鮮度を保ったまま貯蔵されていた。
これだけたくさんの食糧があるのに、何であんなに餓死者が出るんだ?
平民に生まれたからってだけで、何でそんな目に遭わなくちゃいけねえんだ?
こんな世の中……間違ってる!
魔王城に住んでいる貴族などの部下たちは恐ろしいほど従順であり、俺の命令を速やかに実行していった。どうやらこいつらには主体性という概念はないらしい。
皇族は俺1人のみ、貴族は国民全体の2%程度で、残り98%を多種族で混成された数多くの平民が占めていた。
「魔王様、大変です」
「どうした?」
「一度並んだ者が再び列に並び、それが問題になっております」
「看板を出したんじゃなかったのか?」
「それが……平民たちは文字が読めないのです」
「えっ……」
明日食う飯にも飢えていた国民たちは魔王城の前に長蛇の列を作っていた。
何度も並ぶことを禁止していたが、平民たちは文字が読めないのか、看板に書かれてあるルールを守らず、横入りする者までいる始末だった。
それによって何度か食糧の配給が中断され、夜になってようやく全員分を配り終えた。
まさか看板の文字を読めないのか?
「デビロード、建築魔法を使える者をありったけ集めておけ」
「かしこまりました。して、一体何をなさるおつもりです?」
「帝都に平民用の家をたくさん作る」
「ええっ!? いっ、家ですとっ!?」
またしてもデビロードの口が空いたまま塞がらない。
びっくり仰天しすぎだろ。そんな大したことをするわけじゃないってのに。
まあでも、これで課題はハッキリしたな。
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