82.ぇぐッ(;皿; )€回<ゴォオオオ
「アーサー!リッパースタアアー!!! 集合!!!!!」
ビリビリビリ……
「んんん? ななな、何だー?」
大声の主は騎士団長のカーマイン・アイズマン。
アーサーが壁の上からひょこっと顔を覗かせてみると、まるでずっと見ていたかのように彼女と目が合った。
「起きたのなら無事の報告を速やかにしろ! そして伝達事項がある、直ちに降りて来い!!」ビシィッ
「降りろって言ったって……この高さを怪我人が?」
防壁は元から昇降機で数分掛けて登る程の高さがあったが、今現在壁の内側はS・Gが擬態を解いて大集合・大暴れしたことにより30M程度地面が深くなっている。自殺を図るには十分な高さであるし、怪我を負ったアーサーでは落ちれば打ち所が悪くなくても死にそうだ。
「マヌゥ、ナナラ、下まで降りるの手伝ってくれ」
「ヘーイ、んじゃあ気球の準備するんでこの紐持ってて下さい」
「気球? ……うわクサっ?!」
ナナラが紐を繋いだ大きな皮袋を掲げ持ち、その下で袋の口に片手を入れたマヌゥが鼻を摘みながら答える。
「あ? 知らないっふか? "ひふぁなうひ"っへのへ、結構どこへも居るっふよ。屁こき虫っス」
「ガス気球って事か、ってことはコレで俺をここまで運んだのか」
「そういうぅおっぼほおえええ!」
返事で屁を吸って咳き込むマヌゥだが、きちんと準備を完了してアーサーに大きな風船を手渡した。この風船は自立可能まで浮けば、後は下からガスを追加したり凹ませてガス抜きする微調整で上下移動を簡単に行える優れ物だ。
この森に限らずどこにでも棲息する昆虫で、バッタとカメムシを混ぜた様な赤い姿をしている。
火気厳禁ではあるものの、巨大な皮袋を用意する資金があるならば持っていて損は無いという。この皮製の風船は騎士団からの借り物だそうだ。
口を縛った紐に取手を着けて握り締め、壁の上から力無く身を投じればフワフワとゆっくり下降していく。
「あ〜これは……良くも悪くも、うーん乳酸が溜まるなぁー」ぷるぷる
思ったよりもゆっくりなスピードに満身創痍なアーサーは途中で落下するかもと心配していたが、ふと下を見るとカーマインがロープを鞄から取り出していた。そして彼女はロープをカウボーイが使う輪投げ縄状に結んで振りかぶる。
「え、ちょっ……oh?!」グィィイイ
投擲したロープは見事にアーサーの胴体を締め上げ引っ張って地面に向けて急下降する。そのスピードは自由落下するよりも速い。
ただ下に引っ張るだけでなく、どこかへ向かって真っ直ぐ移動しながらなので斜めに滑空しているかのよう。やがて地面に接触するのと同時に目的地にも到着した。
そこは大樹の根に侵食された建物の中でも一番マシな状態の神殿のような廃墟で、風船を持って屋内に入るには大き過ぎるので手近な根に結び付けて自力で入室することにした。
鞄から出した松葉杖を支えに奥へ進むと、中では数人で無線機を囲んでの会議中だった。
「休め、貴様は楽な姿勢で良い、伯爵様がお待ちだ」
「ふぅ……ええ?! おほん、アーサー・リッパースター、到着しました」ぷるぷる
『うむ、話は聞いた。まずはご苦労、と言っておく』
無線機からは確かにベイルート伯アイズマン卿の声が発せられている。
あまり嬉しくなさそうな言葉にサッと周囲に目線だけ飛ばすと、アーサーとカーマインの他には騎士団長の部下で副官のパールと通信兵、ブラック・ヴェルギリウス副騎士団長、そして禿げ上がった後頭部を見せる神官服に身を包んだ姿の老人。
老人とはいえ背筋はピンと張っていて後ろ姿だというのに、老練な魔法使いのような超常的なオーラを纏っているようにアーサーは感じた。
「来たか………例の傭兵が」くるり
そう言いながら振り返った老神官の顔は長い年月に相応の深い皺だらけであるのに、銀色の眼だけはまるで働き盛りが持つ光を放っているかのようだ。
「生きている内にこの大業に居合わせられた僥倖、成した君と我々には神の眼差しが注がれている。実に喜ばしい、良くやった! "エメル"!」スススッ
徐ろに近づいた老神官が短い呪文を唱えながらアーサーの顔の前で聖印を切る。するとボロボロの身体に追い撃ちを掛けるような疲労感が一瞬だけ押し寄せるも、1秒の間を置いて身体の芯からポカポカと力が漲ってくるのを感じた。
まだ松葉杖の支えが無ければ立って居られないものの、徐々に姿勢が安定して身体の震えは治まっていった。だが彼の表情は驚愕で目を見開いている。
「……今の効果……つか"戦闘終了宣告"の福印だとぉ?」
「ははは、遠い異国にも我等の教義が知られているか。結構! さぁさぁこれからの大仕事について語ろうではないか。おっと私は"シド司教"だ、よろしく」クルッ
「ちょちょちょ待っ」
「オイ貴様、弁えろよ」ギロ
"戦闘終了宣告"はアーサーがかつて所属していたギルドに伝わる専用の魔法である。だから色々と質問をしたかったがカーマイン団長が睨みを効かせるのには引き下がるしかなかった。
「失礼しました。どうかご容赦を」ペコ
だがさりげなく鞄に指を入れUIを起動、それからユウ宛に調査依頼の文書を認めて送った。
『(ジリジリジリ)ツパッツパッ……はぁ〜ウム、会議を続けよう』
(ん? 今葉巻に火着けてた?)
会議の内容は今後迷宮の攻略に当たる為の部隊編成、砦移設や道路整備を含めた土地開発、門番討伐の周知と人員募集等の広報、他の三砦との連携と妨害工作への対策、そして従来通りなら門番が討伐されてから催される祭事、この為に迷宮攻略以外の全部が急かされる事が通達された。
『……再度確認する。迷宮攻略の部隊はカーマイン騎士団長が指揮を取れ、迷宮特務官の人選は一任する』
「了解。まずはコールロアのスズラン殿とグレイシャードを召還する手筈ですね」
コールロアとは村の名前であり、アーサー達がこの世界で目覚めてから最初に滞在した場所である。この村には特務として隣国と奴隷取引と称した難民保護と諜報活動をする部隊があり、誤解から一戦交えたりしたものの結果として現在身を寄せるベイバード砦との繋がりを得るに至った。
また、スズランは本名を"スズラン・アイズマン"、ベイバード伯爵の実弟であり、カーマイン騎士団長にとっては叔父に当る。そしてグレイシャードはアーサー達と一戦交え、"CBB団"をベイバード砦まで案内した張本人だ。
そして"迷宮特務官"とは迷宮攻略に特化した能力を持つ騎士を指す言葉である。
『ああ、その通りだ。次に、砦の移設は街道の整備と併せてロン少将の担当とする。
それと神域の門番が討伐されたので周辺一帯の開発が始まる、よって人員募集は急務であるが騎士団は道路整備と安全確保に手一杯なので神殿に協力を要請する』
「勿論だ。門番討伐に留まらず神域迷宮の制覇までもがベイバードによって達成されれば、伯爵は侯爵に陞爵、司教は大司教に昇格だ。任されよう」
砦の移設・道路整備、どちらも10年単位の大仕事だが、従来ならば門番が討伐される頃には概ね完了していたという話だ。ところがカーマインの気まぐれでアーサーが討伐を達成したが為に急を要する事態に成ったのだ。
つまり砦の人員総がかりで現場作業を進めなければ間に合わず、神域の外側での業務は手が回らないので神殿に手を貸してもらう訳だ。
『ありがたい。外部はそれで結構だが内部、つまり同じ神域を攻略する他の内部辺境砦との遣り取りはブラック、副騎士団長としてやってくれ』
「はっ、先程渡された伯爵様の手紙は既に西のウールフュートとコールロアに届けております。東のエフェト、北のインポート、それから都への物は完成待ちであります」
会議の際中、伯爵はブラックを受話器越しに呼び出して彼は一時退席していた。それから戻って来るまでの間に郵便配達をしていたのだった。
『うん、エフェトはまた後で頼む。都へは電報で済ませよ。北は明日以降で良い、早くに知らせても余計な話を寄越すだけだ』
「はっ、了解です」
余談だが神域攻略に於いて最初に門番を討伐すると注目されていたのは北部インポート辺境砦、次いで東部エフェト内部辺境砦、3位に南部ベイバード内部辺境砦、最後に西部ウールフュート内部辺境砦だった。
『ふぅー……で、だ。最後に今最も重要なのが、門番討伐から3日以内が定められ且つ国父でもある教主様自らが執り行う"地制祭"の為にもある程度、いや、最低限の整備を済ませなくてはならん。
以上の事を各々、速やかに着手して取り掛かってもらう。良いな?』
「「はっ!」」
(??)
伯爵様自らが率先して会議を進行するので立場と身分の低いアーサーは口を噤んで内容を暗記していたのだが、結局名前を呼ばれる事も無ければCBB団が話題に上る事も無かった。また知らない単語やなんだか凄い偉いっぽい人がどうたらと、よく分からない事柄が増えたので彼は控えめに手を挙げて発言許可を求めた。
「発言よろしいでしょうか?」
『……アーサーか、外部招致枠の君達に我々から求める事は無い。好きにすれば良い』
「おっとぉ………」
『これ以上質問が無ければ解散とする………では取り掛かれ』ブツッ
一瞬シン…と静まり返る室内だったが、ブラック副騎士団長の高速移動を皮切りに軍人は機材を運んで全員退室し、残されたのはアーサーとシド司教だけとなった。




