76.(°_°)/さっき手に入れたばっかの物じゃん
堅固な壁の奥で待ち構える集団の先頭に居たのは、全身を美しい彫刻の刻まれた甲冑に身を包んだ女性武官だった。
「ようこそベイバードの領域最北端へ……君が噂の"アーサー・リッパースター"だね?」
「初めまして、お目に掛かり光栄です騎士団長殿」サッ
名前を尋ねられたアーサーが敬礼をする。その態度に全身鎧の女性が少しだけ驚いた様子を見せた。
「おや、私が騎士団長である事を誰かから教えてもらったのかね?」
「いいえ、ただ見た目と、貴女がここに居る誰よりも強そうだと思いましたので……違いますか?」
「ほぅ? 不遜な輩だと聞いていたが、中々嬉しい事を言ってくれるじゃないか。それとも、私が女だからそんなお世辞を言ってくれるのかい?」
団長が腕を組んでアーサーを見つめる。たったそれだけの行為だが、アーサーにとっては周囲の空気の重さが何倍にも増したように感じた。
(ははぁ……この威圧感はアレだ、"象さん"のソレに似ているなぁー)
アーサーが思い浮かべた"象さん"とは、CBBに置いて最大の同盟"覇王"の盟主・恩というプレイヤーだった。中華系のストリーマーで本人はカジュアル勢を自称してランキングにも上がらないが、戦闘力自体は上位ランカーに匹敵する実力者。
そして気まぐれにSNSで呼び掛けて集まる仲間達はいずれも熱心な廃人達で、その規模は簡単に100人に達する。そうして集めた人海戦術でアーサーは何度も煮湯を飲まされていた。
(上がバケモノ級に強いと下も引っ張り上げられる典型。覇王はみーんな強かったし、疲れ切ったところで象さんが出て来たら俺でさえひとたまりもねーんだよなー)
因みに象さんの由来は『覇王・恩』→ハオウオン→パオーン→象さんである。
「ほほう、私を前にしてどこ吹く風か? イイ度胸しているじゃないか」
「あっ、いえ、私の部下達の練度が足りていないなーと思いまして」
苦し紛れの言い訳に、団長が少しだけ首を傾げてアーサーの後方を覗き込む。やはり防毒面の下の表情は何も分からない。
「この距離を一足で跳び越えれる練度があるなら私の部下になれるよ。うむ、休んで良し!」
「ありがとうございます」スッ
つまりアーサー個人は騎士団長のお眼鏡に適ったと言う事だ。それを聞いた団長の部下達は驚きの表情を隠せていない。
「楽にしてくれ、そう言えば自己紹介がまだだったな、私がベイバード騎士団・騎士団長の“カーマイン・アイズマン"だ。よろしく」スッ
カーマイン団長が差し出す手をアーサーも握って応える。団長は頑丈な手甲でも容赦なく力強い握手を交わした。
ギリギリギチ……
「ふふふ、我らの砦は退屈しないだろう? 伯父上も私も、あそこの空気が大好きだ。仲間達を呼ぶと良い、大休憩をして疲れを取ったら出発だ。それまでに我らは出発の準備だ! 者共、門に荷物をまとめておけ!!!」
「「「「「オゥ!!!!!!」」」」」
ビリビリビリ……
団長の命令に応える彼女の部下達の雄叫びは、砦で聞いたどんな大声よりも空気を震わせた。それだけでも練度が高いことが理解できる。
アーサーが振り返ると、仲間達の集団が駆け寄って来る所だった。
§
皆と合流して携帯食で英気を養っていると、カーマイン団長がアーサーとマックを呼び出した。団長との会話は上官であるマックの役割なのでアーサーは気楽について行った。
「出発前の最終確認に砦との定期通信をしたんだが、どうやら神域の表層に道が整備されるらしいな」
「ええ、確かにブラック副騎士団長殿が工兵大隊を派遣すると、我が部隊の通信機を使って連絡しておられました」
「うむ、ブラックが居るのならまあ安全に帰れるだろうな」
初対面の時と違い、威圧感を出していない様子を見て取ったアーサーは、改めてカーマイン団長を観察する。
彼女の身長はビアンカよりもこぶし一つ分は小さい。そして全身甲冑は頭髪を含めた地肌を一切覆い隠す身の固め様で、防毒面の吸気口には蓋がされている。まるで外気から身を守るというよりも、外気を守る為に封じ込めているかのようだった。
(口に蓋? どうやって息を……ああ、伯爵の肘置きの隠しライフルみたいに、鞄の異空間の中に酸素供給機か何かを仕込んでんのかな?)
アーサーの観察する視線に気付いているのか慣れているのか、団長は気にした様子もなく会話を続ける。
「昨日は何が起こったのかと正直、面食らった心地だったが、まさか君が発端だとはな? 伯爵様に話を聞くのも楽しみだが、当事者が居るんだ。帰還の道中に話を聞かせてくれまいか?」
「………オイッ」
「ん? あぁ、ご要望とあらば喜んで」
「それは重畳。一応、我々も奥地とは言え現地に居たし、昨日の内にこの目で確認もしたし、無論、砦にも問い合わせた。そして君が派遣されるであろう事も、寝る前に確認が取れている」
「………あの、……団長?」
またも腕を組んでアーサーを見つめる団長。威圧感こそ無いが、アーサーはその視線に値踏みされているように感じた。
そんな状況に居合わせるマック隊長は、恐る恐ると言った様子で団長を呼ぶも無視される。
「……君達が来た日に私が留守だったのは残念だ。よっぽど盛り上がったらしい事は通信の受話器からでも感じ取れたよ。なのでね、私にも見せてくれまいか? 君の実力を」
「あのぅ〜……、仰る意味が解りかねます」
何となくアーサーは『またか』と思う。ブラックにしろ、アイズマン卿にしろ、理由を付けて戦いたがる傾向がある。伯爵がそうであるならば、彼の直属の部下であり、武力の筆頭であり、おまけに血縁でもある彼女がそうでない訳が無い。
そんな空気を感じ取ったマック隊長は騎士団長を諌めることにした。先程の恐る恐るとした表情を一変させ、毅然とした態度での申し出だ。
「団長殿、彼はつい先日着任したばかりの新参者ですぞ。余り活躍の場を与えては、他の立つ瀬がありません。それよりも任務遂行に注力すべしです」
だが騎士団長も譲るつもりが無い。
「伯爵様が任務同行に許可を出したとて、所詮はそうだ新参者だろう。残りの任務は荷物を持って気楽な帰り道? その背を守らせる者が実力の知れない異国人だと? しかも大破壊をもたらす力を有するとか……これで信頼しろと言う方が無理がある」
「……お言葉ですが実力の知れない、大破壊をもたらす、そこは論理的におかしいのでは?」
「論点を誤魔化すな。話を聞く限り、こやつは本気で戦った事がないぞ。基本的に戦闘中でも人を揶揄い、伯父上を相手にしてさえ被害の余波を抑えてアレだ。目立ちたがりな振る舞いに対して手の内を隠すやり方は不審にさえ思える」
「うぅむ……」
「それに大破壊は伯父ぅ……オホンッ、伯爵様も得意とする所、神域を包囲する他の砦の伯爵やその配下の指揮官級であれば同じ事は可能だと噂される。ハッキリ言おう、貴様程度の実力ならば他に幾らでも居る。
着いて来い、貴様に最後の入団試験を与えてやろう」ザッ
言いたい事を言ったカーマイン団長が踵を返して歩き出す。そこへ彼女の副官が駆け寄り、何やら指示をやり取りしている。
「……やれやれ、アーサー。悪いが団長殿の言い分には一理あると私も思ってしまった。これが他の指揮官であるならばもう少し食い下がる所だが、相手が最高指揮官ではなぁ……申し訳ない」
諦めにも似た苦笑いを浮かべるマックが、アーサーの肩に手を置いて形ばかりの謝罪を述べた。
それに対してアーサーもまた、分かっておりますよと肩を竦めて笑い返した。
「いやいやそんな事は内の団員だって思ってますよ。だから昨日はその解消を狙って俺が大立ち回りを演じたんですから」
「フンッ、まったく話題の尽きない男だ。貴様の評判は今朝、砦から出発する直前まで至る所で噂されていたぞ。だからこそ、出し惜しみする様な真似を団長にはしないことだな」
「了解であります。で? 俺は何をさせられるのでございますか?」
団長が歩く方向は神域の更に奥へ、つまり中心地に向かう道である。その百数十メートル先にはまたも中心地を囲う巨大な壁が延々と続き、その両端は緩やかにカーブしてやがて見えなくなっている。
「この場所は本当の意味での最前線、ここの壁は神域を包囲する四大砦が合同で築き上げた防壁の最初にして象徴的な基地だ。そして、その内側に入れるのは選りすぐりの精鋭だけ……バレルガッツの若造も近く声が掛けられるだろうと噂されていたが、こればっかりは現場判断の強行策と言わざるを得ないな」
「でっていう」
「あ゛ん? まあいい、私は所詮は輜重部隊の責任者で戦闘向きではない。詳しい事は団長から伺うことだな」
「知らねーのかよ!」
「やかましい! こっちはさっさと帰って安全な砦で休みたいんだ! ……だがまぁ、見届けるくらいはしてやろう」
「いえ、無礼を言い、申し訳ございません」
「まったく、ではカーマイン騎士団長殿の下へ向かえ、貴様の部下には私が口頭で説明しておく」
「了解」
「健闘を祈る」
こうしてマック隊長と別れたアーサーは後に、この世界で初めての死闘を経験することになった。
( ◠‿◠ )という訳で次は何しようか?
人
/( ̄- ̄)\ >………俺寝る
∑(゜Д゜)ノリ悪ィーな!?
…人…>お休みー ズズズ……
( ゜д゜)あっ?!影に逃げやがった!




