73.¥( ̄д ̄;)何だコレ?
表層の真っ直ぐに生えた巨木の森林と異なり、神域の奥地は曲がった幹や根っこが地面を覆う原生林である。木々そのものが動いているかのような躍動感があるというか、じっと見つめていると本当に僅かに動き続けている事がわかる。
そんな足場の悪い森の中を、マヌゥが何かに追い立てられながら走り回る。
盛り上がった根っことその先の岩に見せ掛けた不自然な塊を踏み台にして、高くジャンプした。
「うおおおおおお!!! ダダダダダ!
とうっ!」ダンッ!
ガバァッ!
「…シャァァァア!!!」ズドォォン!!!
キシャアアアァァ……!?
不自然な岩はカールの擬態で、真上を通過する怪物を狙って槍で奇襲したのだ。
胴体を貫通された怪物は巨大なGで飛行はしない代わりに、ジャンプはするし鳴き声も上げるし、口から粘性の高いツバを吐いてくる上に当然のように素早い。更に類い稀な生命力は健在で、槍の穂先が深々と刺さっているのにワキワキと触角と脚を動かしながらツバも吐いている。
「コイツで最後か?」シュー
槍に刺さったGに向かって鶏印の殺虫剤でトドメを指すカール。一層もがき暴れたGは、暫くしてグッタリと動かなくなった。
「うへぇ……マージでキモいっつーの!」
「虫なんて大体こんなもんだろ。家の中で出れば大騒ぎするのも分かるがよ、出先で見てもそう騒ぐ気にはならねーだろ?」
「いーや、キモいもんはキモいね! てか多過ぎる!」ゴソゴソ
そう言ってビアンカが鞄から虫除けスプレーを出して辺りに散布した。
サァーーーーーーー……
ビアンカが散布した範囲一帯に居たであろう、葉っぱや苔、土に擬態していた凡ゆる昆虫が一斉に逃げ出して、鬱蒼とした森の中に不自然に綺麗なエリアが生まれた。
「……ぅえ、……まだこんなに居たのー……?」サー
「おお! コレなら通った道の目印になりそうだ。こんなに強力な薬剤は見た事が無いぞ!」
マック隊長が言うには、殺虫剤を撒きながら通過する案は以前にも有ったが、高価な薬品が必要で断念していたらしい。
「ここから合流地点までは虫が多い。散布用の装備を開発出来ても、薬品の方は余りに高価で十分な量の確保は難しかった。であれば虱潰しに踏み潰して往復するのが安上がりだ」
「脳筋ですなー」
「費用対効果がよろしくないと、お上は渋い顔をするのだ」
どこの世界も偉い人は余計な出費を嫌がるようだ。アーサーは鞄の中を確認してから提案をすることにした。
「散布しながら効果があるかやって見せましょうか?」
「ふむ、ではこの先に水場がある筈であるから、そこまでで良いか」
「ハッ」グッ
そうして部隊は安全に水場に到着した。広さは13×15㎢程度は有りそうだった。
「スゴいな……何度も森の中を通ったことはあるが、あんなそこら中が虫で埋め尽くされていたなんて……」
「殺虫剤の方にはご満足頂けましたか?」スリスリ
手揉みして期待の視線を向けるアーサーであったが、マック隊長の返事は冷たいものだった。
「報告する価値は十分にある。だが物を更に調達して継続的に納品出来るか? でなければ私の一存で予算を申請することも出来ぬ」
「さいですか」
「そう肩を落とすな。上の顔色を伺う大変さは私も理解しているつもりだ」ポン
そう言ってアーサーの肩に手を置いたマックの背中には哀愁が漂っていた。
「さて、この水場は外周を歩くぞ。舟で渡ろうものなら水棲怪物に襲われるからな」
「怪物?」
「この真上は鯨の飛行ルートでな、その鯨を襲う竜が棲んでいるそうだ」
この世界の鯨は空を飛びながら特定ルートを周回する不思議な生物である。アーサーが見つけたマヌゥとナナラの二人の故郷"ナグルン"は、鯨が地面に向かって吹き付ける潮を集める商売で栄えた町だった。
「鯨……かー、大きいとは聞いたけど、実物は見た事ないなー」
「そうッスねえ、ま、大体ここからあの出っ張っている木くらいのデカさッスかねぇ」
ビアンカの呟きにマヌゥが反応して指を指したのは、約50m先で森の木々から頭が飛び出ている細い竹のような植物だった。ビアンカが目を凝らして目算を測っていると、見ていた竹っぽいのがヒョコッと上に迫り上がったかと思うと、ひとりでにゆっくりと横倒しになって見えなくなった。
「オイ、見たか?」
「アイ、木って横になって休憩するんスね」
「んな訳あるか! オーイ! 変なのがあるぞー!」
ビアンカの声に数人が集まり事情を聞く。マックも話を聞いていたが予定に変更は無いと言った。
「何かがある、何かが居る、そんな事は承知の上で我々はここまで来て、何かの時の為に君達が居るんだ。さあ小休憩は終わりだ! そろそろ出発するぞ!」
マックの号令で部隊が再出発する。
そして問題の木が有った付近を通過する。
「……何もないなー?」
「だとしても警戒を怠るな。水辺では争いは起き難いとはいえ、危険地帯に居ることに変わりはないからな」
ビアンカの拍子抜けした声にアーサーが注意を促す。部隊は3列縦隊で中央の列にマック隊、その両側をCBB団が囲む隊列で行進する。
最後尾を固めているのは森側をCBB団副団長のカール、水辺を大柄な獅子の獣人レオン、そして中央にマック隊の中で最も身長のある"シーマン"と言う隊員が歩く。シーマンは2m近い身長だが、カールとレオンの両者はそれを軽く凌駕する体躯な為に前の仲間から揶揄われていた。
そんな緊張感の欠如した空気に危機感を感じているのは他でも無い、カールとレオンの2人だ。警戒していたカールが叫ぶ。
「ヤベッ!? 目が合っちまった! 来るぞ!!」
パキパキと枝が折れる音が急接近して来る。
すぐさまレオンはシーマンをぶん投げて避難させ、カールはオープンスタンスで槍を構えて迎撃に備える。
ボキメキメキメキ ドシィーン!! ゴバッ!!!
接近する何かは姿を現すより先にぶつかった樹木を根っこから引き抜いて投げつけたようだ。
「しゃらくせぇー!!!」ボゴァ!
カールが前蹴りで樹木を跳ね返す。だが即座に樹木が押し戻される。
衝突の直前に駆け上がるようにして頭上へと回避。錐揉み回転しながら相手の正体を確認してみれば、そいつは手脚が真っ黒な赤い熊だった。
「何だぁこの赤パンダは?」グルングルン グイッ
スパァン!!!
「ゴギャアァアアア!!?!」ブシュゥウ!
すれ違い様に振るった槍の穂先が赤パンダの顔面の毛皮を抉る。耳から頬にかけてベロンと捲れて絶叫を挙げる赤パンダは、もんどり打って樹木と共に頭から水中へとダイブした。
「バフッ! バフッ! ブアアアアア!!! アゴッ??!!?」
水飛沫をあげながら咆哮を挙げるも、すぐさま岩塊が口に飛び込んで塞がれる。更に激昂する赤パンダは水面を叩きまくって当たり散らした。
「おーおー怒ってんなぁ。まぁ飯の後の運動で怪我させられちゃぁ……!?!」
鞄から投擲槍を出してトドメを指そうとするカールだったが、不意に何かとんでもないものが近づく気配を感じて湖を凝視する。
『何かアホみたいにデカいのが来そう』
「……まずい、そこから離れろォ!!」
イェンのチャットとマックの声がほぼ同時にカールには届いたものの、気の昂りと好奇心が優って様子を見る体勢に入った。
「何をやっとるんだ!? アレで貴様の団の副団長か?!」ガッ
「まーまー、好奇心いっぱいのバカなんですよ。それより先を急ぐのが優先です。あいつぁちょっとやそっとの事じゃあ、くたばりませんので、えぇ」
マックをアーサーが宥めているのも束の間、湖の真ん中が突如として盛り上がり、数メートルの津波が押し寄せて来る。
「総員森の中に退避ー!!!!! 駆け足で木を登れぇ!!」
マックの号令で部隊は一斉に森に入って樹上へと避難、CBB団の殆どのメンツも慌てて命令に従う。
しかし幹部級の面々にそのつもりは無い。
ズドッ!!!!!!!!
ドゴオーーン!!!!!
一直線の衝撃波と爆弾の衝撃波が水面に新たな波を立たせる。2つの衝撃波は向かって来る津波の一部分を抉るものの、残りの大部分に飲み込まれて大した効果は表れない。
「ちぃ!? やっぱ槍じゃあ範囲が狭い!」
『C6も点でダメだねー』
「逃げようとするからダメなんだってー、ここは一つ、逆に乗ってみよー」ヒョイ
「バーカ、邪魔だからそのサーフボード仕舞えビアンカ。点だろうが面だろうがどっちもパワー不足じゃい。俺がやってやらー」ズラァ
遊び感覚のビアンカを嗜めて前に出るアーサー。その手には刃渡2mを越す巨大な刀が握り締められている。
"斬海刀"
「ふぅー………キキッ、クァ〜〜アアアハァー"示現流"ぅ……」
アーサーが言葉にならない静かな奇声を発すると共に、刀を肩に担いで一撃必殺の大上段の構えを取る。
しかし既に津波は目前にまで迫っている。
「キィィ!!!!!ィイエエェェェェェャアアアアアアア!!!!!!!
チイェェェェェィィイsトオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
金切り声を挙げる猿のような絶叫を挙げながら振り下ろした一刀は、凄まじい勢いで湖を両断して湖底を露わにさせる。左右に押し出された水量は、今し方接近していた津波の比ではない。
「……うーん、外れたか?」
「クッソジジイィィイ!!!?」
「ぎゃー!!?」『ぎゃー!!?』
アーサーの正面と背後は一滴の水も降り掛からなかったが、左右の、特に離れた位置に居たカールとレオンとイェンは押し出された大量の水をもろに食らい流されてしまった。
「オーイィィ!? 何やってくれてんだアーサー!? どっか行っちゃったぞアイツらー」
「んなもん大丈夫だろ。それよりあっちに集中しろ」クイッ
「えぇ? うわっ!? キッッショッ!!」
大量に水が流出して露わになった湖の底に居たのは、体長200m以上の巨大な昆虫だった。
「何だっけなー、ヤゴ? トンボの幼虫? だとしたらあんなにデカくてもまーだ子どもなのかよー」
「確かにデカくて長いな、こりゃ竜と思われても仕方ないな。うん?」クルッ
ビアンカとアーサーが並んで巨大ヤゴを見ていると、背後から木々を伝い接近する音が聞こえて振り返るとマック隊の通信兵が樹上から飛び降りて来た。
「お二方ご注意下さい。アレは"特別駆除対象生物"に指定される"バジリスク大ヤンマ"の幼体です。成体なら"銀級"、幼体でも"赤〜銅"等級の危険度とされています」
「んん? 何だ銀級とか赤から銅とか?」
「あ、異国人でしたね確か。でも説明は後です! 動き出しましたよ!」
ギチギチと何とも言えない鳴き声を発した巨大ヤゴは、アーサーに一瞬だけ意識を向けるもすぐに身を翻してカール達の居た方角へドスドスと移動し始める。
大きな身体で鈍重に見えるが実際の所、一歩の移動距離は相当な物だ。
「うわーお尻引き摺って歩いてるよ。ホントにハイハイの下手な赤ちゃんだねー」
「今は昼過ぎだし、ちょっと遅めのおマンマの時間って所か?」
「あーって、カール食べられちゃうじゃん!?」
「そんなヤワな男じゃねーよ。ちったぁ仲間を信じろやビアンカ」
「プゥーイ」『因みに流された俺は分身だから大丈夫よ』
「あの……一応伝えておきますけれど、幼体でも脚先に猛毒を持っているので気を付けて下さい。じゃ、そう事で……」
注意事項を伝えた通信兵は、言うが早いかまた樹上へと避難しに戻った。
「さぁてカール、聞こえるか? 脚に毒有りだそうだがいけるか?」
『ああん? 誰にもの言ってんだジジイ、楽勝だ。あとそのクソ虫なら俺の目の前で赤パンダに齧り付いてるぜぇ。俺の獲物を横取りしやがってよぉー』
班専用回線から聞こえるカールの声には苛立ちが混じっている。
「だったらお前に任せる。原因は明らかにお前が引き寄せたパンダの水遊びでこうなったからなー」
『おうさっさと行っちまえ』
「補助にレオンを使え、近くで伸びてるだろう」
『ああ、丁度視界に居るぜ。ま、戦利品の運搬係は必要だ。頭もいで玄関に飾るか』
「じゃあまたな」
通信を切ったアーサーは踵を返して立ち去る。大刀を鞘に、そして鞄へ仕舞い込むと森の中に居る仲間に声を掛ける。
「マック隊長! 今の内に先へ進みましょう! ちんたらしてたら日が暮れちまう」
アーサー達は部隊と合流して先へと進んだ。
_:(´ཀ`」 ∠):ハッ!ココはドコ?ワタシは……
人
/( ̄- ̄)\ >……(戻れて)良かったね。




