217X年 リッちゃんと一緒
とある森林フィールドの奥地で一人の男が、切り倒されたばかりの樹に腰掛けてグイーンと背筋を伸ばしている。
「ハァーァ、これで暫くはゆっくりしてられるな」
男の目の前には12人の男女の死体が転がっている。それは本物の死体ではなく、攻撃を受けてHPの数値を0にしてしまった敗北者達の成れの果てであった。
そこへ金髪と黒髪が上下半分ずつのロン毛男が、茂みの中から出てきて声を掛けてくる。
「やあアーサー! ギリギリまで精が出るね」
「おうリッちゃん! やっと終了時刻またいでシーズン移行期に入ったな! おつかれ〜」
アーサーがリッちゃんと呼ぶ男に返事をすると、リッちゃんは目線を斜め上と腕時計の交互に彷徨わせてあからさまに狼狽え始める。
「んぇ? んもうそんな時k、や、そうだね! お疲れ様!」
「ん? ああ、そっか。もう少し早く来てれば、コイツら倒して総合ポイントの足しになったかも知れねーな」
「うぅん…そうなんだよね〜。悔しーなー(棒」
リッちゃんのこの反応から察するに、2班を消しかけて弱った所を不意打ちする予定だったのだろう。何故かリッちゃんはこういった、誰かを唆して協力させる為の人脈や話術が優れているという才能を持っていた。
しかし詰めが甘いと言うか、呼んで来る人材の力量が足りなかったり、しょうもないミスで想定外の事態を引き起こしてしまったりで、上手くいった試しは一度も無かった。
「じゃあいいよ、そこの転がってる連中の持ってる物を漁ってても。あと4〜5分程度はそのまんまだと思うよ」
「本当〜?! ありがとう!」
そう言ってリッちゃんは嬉々として襲撃者達の鞄に手を突っ込んで荷物を漁る。誰が良い物を持っているのか知っているのか頼まれたのか、リーダー格から順に漁ってレアアイテムを回収していく。
そんな光景を眺めながらアーサーは葉巻を燻らせ休憩していた。
何体かの死体が消滅し始める頃、リッちゃんがアーサーに質問を投げ掛けた。
「なぁアーサー。俺は喫煙者じゃないから判らんけど、ゲームの中でまで煙草吸って意味あるの?」
「あん? 何だよ急に、煙草じゃなくて葉巻だ。リアルじゃ葉巻は高いんだから、ここでくらい好きに吸わせてくれ」
「ふーん、でもニオイは実装されてないじゃん? 高速化とか剛体化のバフもないのに無意味でしょ」
「突っかかるなぁー。こういうのは雰囲気を愉しむんだよ」
鞄を漁り終えたリッちゃんは、荷物整理を始めていた。作業を進めながらでも口は止まらない。
「ただ気になっただけだよ。そう言えば何で嗅覚は実装されてないんだ? 五感全部を再現した方が没入感は上がるでしょうに」
「何で俺に聞く?」
「アレでしょ? アーサー昔デバッグやってたらしいじゃん。ガーベラが一緒にやってたって言ってたよ?」
ガーベラはアーサーを"CBB"に誘った張本人であり、高校の同級生であり、デバッグのバイト仲間でもあった。プロゲーマーの道に進んでいて実際に顔を合わせる機会は減ったものの、ゲームの中ではよく遊ぶ仲だ。
「あの頭お花畑が、守秘義務を忘れたんか……まあ辞めてから2年以上経ってるし、別に良いのかな」
「それで? 何で嗅覚は無いの?」
「うーん、そうだなぁ……デバッグってバグを探すのが主な仕事だけど、バグが無くてもバグりそうな状況を作って検証したり、バグを生みそうな要素を開発に報告して内容を変更してもらうとかもするんだよ。
例えばイベントで一生再会する事の無いバッドエンドを迎えたNPCの親子を何とか生きたまま再会させると、普通は子供が発狂死した後に両親がその場で自殺するんだけど、両親と子供を昏睡状態のまま接触させると何故か地面のオブジェクトが消滅してプレイヤーごと奈落に落っこちるんで、結果的にバッドエンドを無くした。検証中、ハッピーエンドだと生きてようが死んでようが、昏睡中でも接触でバグる事は無かったからこその処置だ。
あ、何でバグるとかの専門的な部分は知らねえぞ? あくまでバグを起こして報告するのが仕事だ」
「ふむふむ」
「えーとそれで嗅覚の話、っていうか五感の話か、完全没入型のゲームに限定すれば有名な話なんだけど、五感を完全再現すると何故かバグの発生率が飛躍的に上昇するんだよ」
「へえー!? そうなんだ!」
「"禁煙応援シミュレータ"ってあるじゃん? あれはゲーム内で喫煙して現実では吸わないようにしようってコンセプトで、吸った気分にさせる為に味覚・嗅覚・触覚を100%、聴覚を80%、視覚を60%に抑えてある。
本当は全部100%にしたかったけど、そうするとログアウト出来なくなるっていう最悪のバグが頻発したんだと。俺もデバッグに参加したけど、2人くらい帰って来なくなってたな」
「え……」
アーサーの話す業界の闇に絶句するリッちゃんは、思わず手に持ったアイテムを落としてしまう。
「胡散臭いオカルト専門家が言うに、五感を全部取り入れるとそこに一人の人間が再現されてしまい、記憶を含めた魂というデータを持ってログインする事で一個人がゲーム内部に完全再現、つまりフィクションの物語で言う所の異世界転移を成してしまうらしい」
「オカルトって……何それ怖い」
「ゲーム業界の天敵って実はオカルトなんだよなぁ。幽霊とか信じたくないけど、あいつら電子機器に干渉するからホラゲの開発とかお祓いしょっちゅうしてるみたいだぜ?」
「…………聞かなきゃ良かった……」
話を聞いていたリッちゃんは顔を青くしながら残りの荷物を仕舞い込む。脅かし過ぎたのか若干手が震えているようだ。
「そうビビんなって、"CBB"も開発初期段階で五感100%は諦めてるよ。何やかんや検証して嗅覚を失くすのが無難って結論に到ったしな」
「うぅん………え? 検証したの?」
「さあ? 少なくとも俺は無事だぜ?」
リッちゃんの指摘に肩を竦めて誤魔化す。アーサーは吸い殻を鞄に放り込むと、リッちゃんが落としたまま仕舞い忘れたアイテムを拾ってそれも自分の鞄の中へと入れた。
「じゃ、俺は落るぜ。一つアドバイスしとくと、面白半分で心霊スポット行ったり、事故物件の近くでログインしたりしない様にな。ヒヒヒ」
ニタニタ笑うアーサーがログアウトして取り残されたリッちゃんは、暫くその場で今聞いたことを頭の中で整理していたがやがて、
「……馬鹿馬鹿しい」
と言いつつ、人恋しくなって街へ向かって走り去った。
§
完全没入型専用チェアで目を覚ますと、そのまま数年前までしていたバイトでの出来事を思い出す。
『五感の完全再現でバグると言うのならば、逆転の発想で全六感の完全再現を目指すぞ!』
『第六感に相当する気配の察知は中々の再現率だな……。この調子で五感の%数値を引き上げて行こう!』
『全ての感覚を再現すると、まさかゲーム内の行動が現実の肉体にも影響するとは……。ふふふ! 面白い! 素晴らしい誤算だ! でも商品化するには保険として、どれかは削らないといけないかなぁ……』
『聞いて驚くな? 実はここだけの話、とある国の軍部がスポンサーに就てくれたんだ! 開発資金の憂慮が無くなった今、これまで以上に踏み込んだ実装も夢じゃない! ……僕が居て、君も居るから大丈夫だ!』
『中止だあ!!! 誰が入っている?! ログインしているのは?! 名前は!? "ナープ・オーリタン"だと?! ってことは神林か!! 緊急プロトコルだ! 戻って来い神林ぃ!!!』
『ハァ、すまない。無茶な仕事を頼んでしまった。しかしなんとか助かった上に、戻って来てくれて嬉しいよ。ただ、獣人の実装は見送られる事になった………無念だ』
『友達がプロの道に進む為にここを辞めて数年、とうとう君も退職して、いよいよプロになるのかい? え? 違う? まあ、あんな事があったのに今まで我が社に貢献してくれて、本当に感謝してもし切れないよ。
でもやっぱり残念だ。社内で僕と対等に張り合える戦闘力を持つ君が居なくなるとはねぇ……』
抱きつき型の専用チェアから身を起こし、神経伝達デバイスの留め具を順番に外す。取り外しよりも性能を優先した旧式の改造デバイスは、顎、脇、頭、頸、と外して、胸から上を覆う鎧の様な機器を脱ぐことが可能となる。
「ふぅー、風呂入ろっと」ガバッ
m(._.)m<ま、痛いのは気のせいだけど
٩( ᐛ )و<また誰かがこっちに来て闘り合いたいなー
( ^ω^ )<なーんて、さて戻るか




