71.どすん\||エピローグ||/∠ぎゃ
大地を背に、天を正面に切るのは必要に駆られての事だった。さもなくば振り切った刃は必要以上に大地を切り裂き、両断された事で左右へ移動する衝撃は、地震を生じさせ、未曾有の被害を齎すからだ。
天空に浮かんでいた砂の木星は二つに分断され、アーサーの両脇に山となって降り積もる。
もうもうと立ち込める粉塵が辺りを覆い尽くし、魔法の絨毯から見下ろす者達の目からも覆い隠した。
「…………割れた……」
「……奴はどこに?」
絨毯から身を乗り出して観察していた高官達は、アーサーを完全に見失って困惑している。
ドスン!
「「「?!」」」
不意に背後から聞こえた落下音に反応して振り向くと、そこには砂まみれのアーサーが抜き身の"武鋸"を持って座っていた。
「無礼を承知で相乗りさせていただきます。して、満足頂けましたでしょうか?」
「アーサー!? 無事だったんですね?! うぷぇ?!」
絶句する高官達を他所にユウがホッとしながらにじり寄る。しかしアーサーが鞄から刀の鞘を出すと同時に、砂を振り払ったことで仰け反ってしまう。
「おっと、悪い」
「素晴らしい。実に素晴らしい」パチパチパチ
拍手を贈るのはアイズマン卿一人。
「この場に於いて並ぶ者無き剛剣、比類無き精緻な剣捌き、尋常ならざる状況下でも喫煙する不遜、魔法はちと荒っぽいが、全てを同時に成立させるのは脱帽と言うより他ない」
「ん? ……ハハアー! 有り難き御言葉」グイィ
引っ掛かる言い方に一瞬だけ固まったアーサーはだが無礼と捉えられるよりはと思い、とりあえず深く頭を垂れて誤魔化す事にした。その次の瞬間、
ヒ゜゜゜゜゜ スー……
目にも止まらぬ早業で虚空を切ったアーサーは、流れる動作で静かに納刀を行う。
「斬り捨て御免」グッ
「え? ……え?」
§ 夕暮れ時
医療棟の一室、10人が泊まれる部屋を占拠しているのは傭兵団"CBB"のメンバー達。
部屋のベッドで寝かされている者は全員、頭に包帯を巻いて釣り糸に吊るした氷袋を乗せた状態でグッタリしていた。
そんな有り様にアーサーは腕を組んで溜め息を吐く。
「ふぁーあ……あーあ、なぁんで幹部含めた半数近くが入院してんだろぅな?」
「「テメーの所為だろ!!!」痛たた……!」
声を揃えて怒鳴るのはカールとビアンカ。
カールは髪を伸ばす過程で角刈り程度まで育成していたのが、長時間熱に晒されてパンチパーマになったのが怒り心頭らしい。
ビアンカは殴り倒された際にお腹の傷が開いてしまったので、大声を出すと痛くてうずくまってしまう。
「ビアンカはともかく、お前は自業自得だろ? 八つ当たりすんじゃねえ!」
「病室ではお静かにして下さいにゃ」シャー
「………悪い」
そして歯を剥き出しにしたセーナに叱られる。彼女の手にはオリヒコの氷袋がある、寝惚けた兄がおやつと間違えて噛み付いた分の換えだった。
猫科の獣人は夜行性なので日が暮れると活発になるようで、セーナは喉の調子が良くなって共通語での会話が捗るそうだ。
((*'ω'*)団長さんと初めて会話した! 進歩にゃ!)
「ウンウーニャ、アオウイニャ(うんセーナ、そこおくちニャ)」ペロ
「zzZ……」
「あーモー、舌を放り出してこの弟ハ……」チョイチョイ
「静かと言えば、いつも静かな2人が居らんな?」
レオンの言う2人とはリーサル植本とマナミの事である。この部屋に居ないのは植本とマナミだけで、ユウとグレーテルを含めた"CBB"のほぼ全員が揃っていた。
「ナスヤダごにゃ」
『行間であっさり処理されたのが悔しくて、隠れて修行してるよ。マナミも一緒に居る』
「(行間?)………隠れて修行って、リーさんどこに行ったのかしら?」
「エ? 今の分かったん?」
地味に凄いのがグレイシャードの妹のグレーテル。イェンと素で会話出来る唯一の人間で、どんな言語も理解して扱えるらしい。
「居ない奴の事なんて知らん。そんな事よりも、昨日今日の事で伯爵様直々にお褒めの言葉を頂いたぞ、皆よく頑張ってくれた。使える連中だと評価されたんでさっそく仕事も依頼された、護衛任務だ。戦闘員は全員参加、留守番組は書類仕事でもしててくれ。開始は明日の朝からで詳細は……」
知らんとは言いつつ実際は視聴覚中継を一方的に植本に送っていて、そのまま翌日の為のミーティングが始まる。
ある者は真面目に話を聞く。ある者は入院前のことを反省する。またある者は団長を尊敬し、一方で彼の残した傷跡に畏怖する。
「……とまぁこんな感じだな。もうすぐ晩飯だけど、しっかり食って、さっさと寝て、明日に備えろよー? (ブゥッ!)あっ、ワリ。じゃあなー」パタパタ
「クッソ、最悪だ! ホント締まらねーよなーアイツー!?」
「ハァ……ちょっと頼もしく思い始めていたのニ、完璧な空調が救いネ」
「では拙僧は礼拝堂へ……くぅーーーっっさ?!! なんじゃコリャア!!?」
「Zzz……フガ? ………ン゛?! ヴォエ?!! 臭ッ!!!!」
§ 同時刻、執務室
シャンデリアと卓上照明による暖色の光の中、机の上に広げた書類と判子と喫煙道具を前に座るのはベイバード伯アイズマン卿。机を挟んだ正面には四角い眼鏡を掛けて七三分けの髪型に縦縞のスーツを着た秘書が立っている。
「クックック……」
「どうかされましたか伯爵様?」
「何でもない……それより何だ、ああ、第十二次調達部隊が帰還するんだったな」ペラ
アイズマンが目の前に置かれた書類の中から一枚を手に取る。内容は神域の奥地へ調査に向かった部隊の簡易報告書である。
「はい、任務自体は副騎士団長帰還時から成功の報告は受けていましたが、やはり荷物の運搬に手間取り、ようやく出発の目処が立ったそうです」
「都合良く道が切り拓かれたからな、明日騎士団長が帰還するのに然程時間は掛かるまい」
「ええ、無線で待機中に更に大型怪獣を大量に調達したので楽しみにしていて欲しい、と仰っていたそうです」
報告書には入手した物資の目録も書かれている。ざっと目を通すが、その内容にアイズマンは笑みを浮かべる。
「重畳、これでタンパク質不足もしばらくは解消されるだろう。それにやはり米には肉が合う、粥一品のみは余りにも職員達に不評みたいだったしな」
「官僚以上は一品多いので不満が漏れるのも当然です」
「カフソールの件が無ければもう少し先延ばしに出来たのだがな、まあしょうがない」
最寄りの町を取り仕切っていた部下が手に染めていた汚職により関係各所を手当たり次第に捜査した結果、幾つもの出入り商会まで摘発されてしまったのが原因であるが後の祭りだ。
「砦間鉄道が開通すれば融通も効くようになるでしょう、西側は建国当初からの大穀倉地帯ですしね」
「家畜に食わせるだけの余裕があるのは羨ましいな。さてと、荷駄を受け取る輜重部隊はマック隊、護衛部隊はアーサーの傭兵団だな……認めよう」トン
アイズマン卿が書類に判子を認める。秘書が判を捺した書類を回収するが、その表情は不満気である。
「……本当によろしいのでしょうか、実力は兎も角、昨日今日に入ったばかりの傭兵に任せて」
「捺してから言うな。この判断は私の要望であり、故に責任は私が負うんだ。それに、奴が私の目を誤魔化せたとて、義父上殿の目まで誤魔化せたとは思えん」
「ほう、そう言えばグレーテル君も所属していましたか、という事はまたシャイターン翁の孤児院の出ですか?」
「いや違う、グレイシャードとも交流はあるようだが、曰く、拾った掘り出し物だそうだ」
「はあ……」
納得したような、そうでもないような微妙な声を漏らす秘書に、アイズマンは葉巻に火を点けて会話を切り上げる。
秘書が一礼して退室すると、アイズマンは椅子の背もたれに身を預けてアーサーと対峙した時の事を思い出す。
『斬り捨て御免』グッ
『えっ? ……え?』
『………クク、面白い』
『えぇ?』
状況が全く把握出来ていない様子のユウ=ブーム。父親に習ったと言う医療の知識と技術、(多少の尾ヒレはあるだろうが)グレイシャードの証言や仲間を治療する手際から師と機に恵まれたのは間違いないのだろう。
しかし、その父親と目の前の男の戦闘の師が同一人物だとも聞いた。
戦闘と医療は相反することではあるが、ユウ君の反応を見る限り戦についてはノータッチなのだろうか。
『つむじを見せるので油断したと思ったが、私の"魔力点"をすべて的確に斬るとは恐れ入ったよ』
『………重ね重ねの無礼を承知で申しますが、今のが解き放たれた場合、直感ですがここに居る全員がタダでは済みません。我が主であるユウに何かあれば…』
アーサーの奴が手に持つ剣をドン、と絨毯に突き立てる。感じ取った殺気は死を錯覚させる程の強烈なものだが、ほんの一瞬の間だけで奴は表情を崩した。
『…………いやぁやっぱり、もしもの話は辞めますか。ここ以外で我々の行く当てはコールロア村しか有りませんのでね』
あえて皆まで言わんが、面と向かって脅しに来るか。それに口ぶりから私の能力を把握しているようだ。
さてどの程度まで把握しているのやら。
『ふん、そうか。ま、私はそんなヘマはしないがね。一応聞くが、私に何が出来ると思うかね?』
『僭越ながら申し上げますと、魔法による"大気の操作"ですかね?
魔法の及ぶ範囲は広大でありながら、その場に居なくとも精密な操作が可能。その上、操作範囲内の状況把握にも対応可能ですね?
一方で四六時中気を配る訳にもいかないのでしょうが、屋内の喫煙所を例にすると、一方通行的な風の流れを定めて完全な分煙を実現していますね。窓と換気扇が有れば十分な所を、窓から入る風と換気扇から出ていく風とで別れて新鮮な空気の中でリラックスして喫煙出来る。アレは素晴らしい』
『うむ、それで?』
『あの場所の魔力密度はこことは比べ物にならない程抑えられていました。魔法の自動制御が可能なようですね。イェンの魔法と似た所がある。
ここまでは平時に於ける運用で、戦闘用は基本的には"大気の操作"を高出力で実行するだけのようですね。
細かく分析しました所、大気の動きを完全に制御している様子。大仰に砂の土砂降りをお見舞いになられましたが、逆に周囲全ての大気を停止されれば、こちらが事切れていたでしょうな。
まぁ、そんな不粋な真似はしないでしょうが。
風に砂を巻き込んで雷雲を生むのも恐ろしいですね。貯めた雷を特定の砂同士を同時にぶつけて生じる静電気を中継地点に、真っ直ぐ目標に叩き付ける手腕は神業と言っても過言ではないでしょう。
そして何より、極一点に空気を送り続けて圧縮した爆弾、たった今やろうとしておられたのは冗談抜きで肝が冷える心地でしたよ』
ペラペラと説明する内容はどれも正しい。その間も微塵の隙を見せないのだから今後が頼もしい。
『あっ! 大気を完全に停止出来るのなら、爆発の衝撃波も遮断してしまえますね。なら脅す必要は無かった訳だ、コリャ失敬』ペシッ⭐️
最後のも正解だ。但し最後までふざけなければ満点だったんだがな。
絨毯に同乗している部下のロンに目線を遣ると、眉間に皺を寄せて呆れた表情を見せていた。こちらの視線に気付くと肩をすくめて見せる。
『健闘を讃えよう、よく頑張った』バシッ
肘置きを叩いて心の底からの称賛をアーサーに贈る。
バヂ゛゛゛!!!!
『カハッッッッ痛ッ?!』
肘置きに偽装したライフル銃、本体は鞄の内側に置いて射撃装置だけを延伸・露出させた暗殺兼護身用の兵器だ。肘置きを強く叩くと射撃するように設計されており、鞄の内部で発砲させるので音も砲火も無い。
『ヒュッ、く…空気が……』
『アドバイス通り貴様の周囲を真空にした。だが咄嗟の無酸素でも中々動けるじゃないか、3回も弾いたな? 私が操る大気に乗せた弾丸は、初速の1.75倍のスピードは加速していた筈なのだがね?』パチパチパチ
『伯爵様?! 何故こんな……?!』
案の定ユウ君が食ってかかる。
部下思いの良い面構えだ。上司に対して恐れの表情をおくびにも出さずに、純粋な憤怒を露わにしている。
『約束の一撃だ。貴族として約束を違える事は出来ぬからな。
併せて我々を脅した罰でもある。平民ごときが伯爵を相手に脅迫したのならその場で死刑が妥当だが、その傷を戒めにするのなら水に流してやる。
だが実に楽しい余興だった。弾は取っておくと良い、希少金属の高価な弾だ』
『カハッ! ハァー、ハァー……なぁユウ、コレ俺の肛門2つに増えてるかなー? 尻が痛ぇーよ』
『ウッ! 弾が蓋になってて熱で傷口も焼き塞がってるみたいです。後で処置しますね』
『今じゃダメ?』
『いやぁ……』チラッ
私を見つめるユウ君の目はかなり遠慮がちである。当たり前だ。後はロンに任せたいので目線を送る。
『! 無礼者が! 脅迫を許して頂けただけ有難いと思え! 閣下』
『構わん、引っ立てろ』
『ハッ! 来い!』ガシィ!
『えぇ痛ててて?! ズボン食い込む、食い込んでる!? アンタ結構やるなぁ?! あ!?』ヒュー
『(;・A・)アーサーああああ!?』
「クックックッ……」
思い出し笑いをするアイズマンの口と鼻から葉巻の煙が立ち昇る。目を閉じて余韻を楽しみながら、鼻歌と独り言も呟く。
「……………十分な戦力は手に入れた。エグゾマキナめ……フゥ………今度こそだ。
♪〜……カクトゥス、アイゼンロア、ピートブル、貴様らに先は越えさせん、うん。〜〜〜……フ」
アイズマンが口から吐いた煙が神域全域のマップを模る。
東西南北には神域を包囲する砦の名前が浮かび、内側は大雑把に煙で覆われていて中央はぽっかりと穴が空き、そこにも名前が一つ浮かんでいる。
・東部 エフェト内部辺境砦
・西部 ウールフュート内部辺境砦
・南部 ベイバード内部辺境砦
・北部 インポート辺境間砦
○中央 エグゾマキナ
「………侯爵になるのは私だ」
そう決意表明すると、煙の地図を丸めて弄び始めるアイズマンだった。
どすんΣ⊂( 。д。)⊃ グエ?!




