47.( ФшФ)y≡=ー m(_ _;)m
試合前
聳え立つ、と形容するに相応しい観客席の最上段で、座布団を敷いて手にはビールとケバブを持ったアイズマン卿が座っている。その隣にはハンチング帽を被った暗赤色の髪の毛の青年が、こちらは座布団とビールは無い代わりにケバブを6つ程木皿に盛って座っている。
「急な訪問で申し訳なく思っていましたが、このような場に招いて頂きありがとうございます。アイズマン卿」
「ハハハ、礼を言うべきはこちらなのだから気にするな。西南間鉄道敷設の目処が立ったのだ、君を労うのは当然の事だ」
アイズマン卿と並んで座っている男は、ユウ達が到着してから数時間後にやって来た別の砦からの使者である。
来訪の要件はアイズマン卿の言う通り、神域の西と南に位置する砦の間に鉄道を敷設する、その打ち合わせにやって来たのだった。
使者は他に数人程やって来ていたが、招かれたのはこの青年だけだった。
「いやあ実の所、神域外周砦の食糧庫たるベイバードでの食事は楽しみでしたが、その上にこの余興、土産話が充実します」
「そうか飯だけが楽しみだったか、それはともかく運が良いな。外部から呼んだ者共を歓迎する時はいつも催しているが、それでも年に1回か多くとも2回だけだ。使えるかを検討するにも便利であるし、息抜きにも丁度良い」
「という事は新しい傭兵団が加入したんですね。どんな連中です? 誰の推薦で?」
「どんな? ふむ、応急術に長けた医師見習いの小僧を長に据える変わり者20人ばかりの小さな所だ。…なんだが、どう言う訳か弟が厄介になっているコールロア村のシャイターン翁からの紹介なのだ」
「ええ?! コールロアってグレイシャードさんの所ですか? あ、危ッ」
コールロア村の名前を聞いた青年が、ビックリして木皿のケバブを落としそうになる。
「ああ。そう言えば見届け人はそのグレイシャードだぞ」
「今グレイシャードさん来ているんですか?!」
「オイ、中身が零れたぞ、あとで掃除しろよ。まあいい、それより来てるも何も、あそこで審判を務めるのがグレイシャードだ」
「あああ…挨拶してない……」
「先程まで私達と一緒に打ち合わせをしていただろう。仕事が忙しかったのだからしょうがない。奴の事だ、職務を疎かにして挨拶に伺う方が機嫌を損ねるぞ? アルマンダー君」
「う〜ん、ま、確かに、そうですね。そんな事すれば又ゲンコツ喰らわされちゃいます」
アルマンダーと呼ばれた青年は、そう言って身震いした。それと同じタイミングでそのグレイシャードが手を振り上げるのが見えて、ビクッと固まった。
「アレは開始の合図だ。君は佐官に昇進したのだろう、もっとしっかりしろ」
「申し訳ないです。ハイ」
「フゥ、さてと……お手並拝見といこうか新傭兵団諸君」
§ 現在
ボタタタタタ…
カールの足下に血の溜りが有った。
ただでさえ人体で最も頑健な頭部を殴打していた事に加え、正体不明の、推測としては皮膚を硬質化させる能力により反動で徐々に蓄積したダメージが、最後の一撃で腕一本丸ごと粉砕骨折という形で爆発したのだった。
一方のウィルは、輪を掛けて酷い有様だった。
「ぐあああああ?! ぬぅ…うっうっうああああ!!!」ビクッビクビクッ
カールの"三酷使"をガードした腕は、手首がひしゃげ骨も折れて肩は脱臼。そして受け止め切れずに地面に叩き付けられた衝撃の所為か、下半身がビクビクと激しく痙攣を引き起こしていた。
その他、主に上半身が内出血でどす黒く変化していくのが見て取れた。
「「「・・・・・・」」」
「チッ……ッシャアアアアアアッッッ!!!!!」
シンと静まり返った空気に耐えられず、グラウンドの真ん中でカールが雄叫びを挙げた。
「………た、隊長ォォォ!?!!」
するとその声で我を取り戻したウィルの部下達が堪らず飛び出して来る。
バパラララララララララララ!!!
「ううわ!?」
座席を飛び出し接近する者に気付いたグレイシャードは直後、牽制のサブマシンガンで横様に薙ぎ払った。
「貴様ら逸るな、馬鹿共! 決着の宣言はまだだ! オイ、大丈夫か?」
「ハァハァハァ〜…ングクク……ゥヴフ、アハッ…ハァーーあ。そう……見えるかい畜生め………いやぁー、参った」
呻き声とも笑い声ともつかない微妙な返事をするウィル。しかし最後は負けを認めた事で試合終了となった。
「勝者、カール・B・ヌァラ! 救護班、担架だ! 貴様らはついでだ、この場の整備と救護を手伝え! 貴様も救護所へ行け」
「ハッ!」
「いいよ、俺は自力で歩ける。だから肩は要らねえ、つーか触るな」
「えー、グラウンドの整備が完了次第、次の試合を始めまぁーす! それまで暫し休憩ぇ!」
休憩のアナウンスと同時にバタバタと係員がグラウンドに駆け出して行く。そして辺りは俄かに騒然となった。
それは身内も例外ではなく、まともに戦っている所を見た事があるかどうかに関わらず様々な感想を述べていた。
「カールさん、大丈夫かな……」
「バーカ、あれしきの怪我で不能になる程ヤワじゃねーよ。……たぶん」
と不安を口にするのは、ナグルン町で合流したナナラとマヌゥ。
「小生、些か目が疲れました。まともに観戦するには歳を取り過ぎた模様、故に目が追い付きません」
「私も……いやぁもう何が何だか、ただ只管圧倒されるような気分でしたよ」
非戦闘員であるセイスとグィリルは、一試合の観戦で疲れ切った様子。
「ん〜、どっちも凄いんでしょうね!」もぐもぐ
「カールさんナラ…」もぐもぐ
「勝つと思ってたニョ」もぐもぐ
「それにしてもこの巻物料理、美味しいね!」もぐもぐ
アレンと双子の片割れ・男ペアは花より団子な模様。
「みんなのゴハン買って戻るまで待っててよー(泣」
「こんなスグに終わるとわかっていたラ、野郎共と付き合わなかったワ」
「別にいいんじゃない? ビアンカ姉さんの試合に間に合えば」
「勝って当然の試合より、推しの試合」
「それもそうネ。あら、この餃子美味しいワ」
「マナ、お口にタレが付いてる。拭いてあげるからじっとして」
「ん」
女性陣にとって気になるのは、次に出場するビアンカの試合なので、まるで気にせず買ったツマミに舌鼓を打っている。ちなみにマナの世話を焼いているのはリーサル植本である。
「……………うぅむ」
そしてレオン=イードスは、話し相手が居らず、ちょっぴり寂しそうであった。
(3分27秒、あっという間だな)
彼は手に持った懐中時計に目を落としながら口の中で独りごちた。
正確には、試合開始からカールがウィルを殴り倒すまでに3分、そして試合終了の宣言までに27秒である。
(パワーとスピードは見込んだ通り尋常ではない。しかし杖をあの様に壊すには、力だけでなく真っ直ぐ正確に突かねばああはなるまい。少しでもブレれば撓ったり折れてしまう筈、その上でそれをこの様な場で、しかも人体で行うとは技量も度胸も並大抵ではない。
受け止めた方も、それはそれで化け物じみた防御力だが、更に上を行く力押しで勝つとなると何と言えば良いか思い付かない。何より恐ろしいのは、アレでまだまだ底を見せていないであろう事)
表情には出さないが、レオンは戦慄していた。
彼もカフソールの件が露呈するまでは一傭兵団を率いるだけの実力に自信を持っていたが、同じ事を自分でやるとすれば、体調を最高に仕上げてイメージトレーニングもしっかりしたとしても、再現に足る技量がないだろう。
(人間の身であの領域にまで行けるのだ。元来筋肉量と瞬発力で人間に勝る獣人ならば、彼の下で鍛錬を積めば、私も何れそこに到達するのも夢ではないな)
レオン=イードス(23)は、自分の選択に間違いが無い事を確信し、ニヤリと笑って拳を握り締めた。
レオンの3段後ろに座るマヌゥとナナラは、その昂りを感じ取って寒気を覚えていた。
「……なぁナナラ、あのおっさんヤバくねぇか?」
「う……ん。何故か知らないけど、興奮してるみたい」
「レオさんのことおっさんって言うナ」ぺろぺろ
「レオっさんも禁句な!」もぐもぐ
マヌゥの呟きを聞き咎めて会話に割り込んで来たのは、レオンに担がれて辛うじて入団テストに合格した双子達の男の方二人組。二人とも串焼きのタレやトルティーヤのソースで口の周りがベッタベタに汚れている。
「お前らメチャ汚れてんぞ」
「ン…(ぺろぺろペロン)…ワリ。でもレオさん、老けて見えるだけでソンナに歳はイってないと思うゾ」
「そうなのか? それは良いとして、何でお前ら手ぶらなんだ? ナナラの分も併せて食い物はどうしたよ? 金は渡しただろ?」
「足りなかったけど美味しかったニャ! ンェェェェェ!!?」ギュウゥ
「金が足りなかったのか? それとも量か? そう言えばさっき食ってたヤツ、20個くらいあったじゃねーか!?」
「ごめんにゃ! にゃ、それより今の試合は見応えあったニャ!」
二人組の一方は虎の獣人で名前は"ジェット"、声帯の都合で姉共々若干カタコトで会話をする。そしてもう一方は身体が変化するタイプの獣人で名前は"オリヒコ"、今は見た目こそ人間の姿形で居るがレオンやジェットとは別の種類のネコ科であるそうな。
ジェットと双子の姉の"ジェリコ"、オリヒコと双子の妹の"セイナ"、そしてマヌゥとナナラの六人はどうやら同い年であるらしく、それが判明してからは互いに随分と打ち解けていた。
「アレを見て興奮スルなって方がオカシイぜ」
「でもあんな怪我見ちゃったら、滾るより引くよ?」
「ふーん、ナナラは優しいニェ」
「俺もあんな風に強くならねぇとな〜」ギュゥ
「マヌゥならいつかイケるよ。でも勝手に食ったメシについては優しくしねえよ?」ギュッ
「ンンェェェ! ほっぺが伸びるニョーォ! 何でオレだけ〜?!」ポンッ
買ったオヤツを17個は食べているオリヒコのほっぺを二人がかりでツネっていると、堪えかねて変身してしまった。
変身すると身長が少しだけ縮んで横幅が少し増え、見た目は毛深くてデカい猫になった。
「……何だコレ?」
「"マヌル"って一族らしいヨ」
「二人の分まで食べたのは謝るしお金も返すから、許してニャン!」(´;ω;`)うるうる
人間サイズのマヌルネコの姿で、手を合わせて懇願する様子には流石に参ったマヌゥとナナラ。
「どうする?」
「じゃあ後でマヌゥの分と併せて20個で手を打とう」
「やっぱナナラ優しくないニャ!」
「一応言っトクけど、お前オレの分も余計に食ってンだからナ?」
「アレンにわけてたニョ?!」
「ソレとコレは関係ねえだろ。心配すんナ、お前の財布が足りなかった時ハ、利子ツケテ貸してやるヨ」
「お前ジェリコと違って暴利を吹っ掛けるから断るニャ、その時になったらジェリコかレオにゃんに借りるニャ!」
「俺っちなら阿漕な事しないよ?」
「お前急に出て来るニャ。年下ニャ借りにゃいニャ」
「そろそろ静かになれ、次が始まるぞ。それと金は出さんし老けてもいない」
「ニャ……?!」ポンッ
「ア……」
見兼ねたレオンが苦言を呈する。そして彼の言う通り、整備班が機材を持って撤収しており、グラウンドに誰も居なくなるのを見計らってアナウンスが始まった。
「壮絶な決着に心配な者が居るだろから先に言っておく、ゴードン中尉の命に別状は無い! その内もっと頑丈になって復帰するだろう。さあ次だあ! 歓迎試合第二試合ィ!
"ビアンカ・フォルゴォレ VS シャトル・サンジェルマァン"!!!!!」
「ブッ飛ばあーす!!!」
拳を突き上げ躍り出たビアンカは、赤色で統一し露出は多めのド派手なプロレスラー衣装で登場した。アームガードとショルダーパッド、それから編み上げブーツにはジャラジャラと音のするフリンジが付いている。
「「「キャーー〜!!!」」」
「姉さん似合ってまーす!」
「素敵〜!!」
一部観客席からビアンカへ向けて黄色い声援が飛ぶ。甲高い声はよく響き渡るからか距離の所為か、別の観客席からの野太い声援をいとも容易く打ち消している。
それでも負けじと合間に聞こえる応援は、なんだか脅迫めいている。
「〜〜っぞオラァー!」
「負けたら〜〜だこの野郎!」
「〜〜義父ー〜〜棄ー!ー…〜でーー決裂だ……〜!!」
「上司と同僚からのハラスメントが辛いです」
対する相手のシャトルは、黙っていれば精悍な男前なのに、ブツブツと呟く低い声には哀愁が漂っている。
こちらは軍服のズボンと編み上げブーツに黒のピチピチTシャツを着ている。筋肉と血管の凹凸がはっきりと浮き出ていて、ゴードン中尉と似ているなぁ、と観ている人は思った。
「じゃあ、改めてよろs…」
「どうよグレイシャード〜! コレ似合うー?」
「ああ、さっさと下がれ向こうは位置に着いてるぞ」
「あー! 今の『ああ』は肯定の『ああ』だよなー? 嬉しー、ちょっと頑張れるわ」
(´・ω・`)(この人ただでさえ近寄り難い雰囲気な上、年齢こそ違えど義父殿と同期だから話し掛けづらいのになぁ)
「何でも良いから開始位置につけ」
「ハイハーイ」トットットッ
「良し、両者構えッ!」
ビアンカは両拳に真っ赤なボクシンググローブを嵌める。対するシャトルは鞄から黒光りする太い棒状の物を取り出す。
シャコンッ! とパーツの一部をスライドさせるのはショットガン。銃床部が布テープでグルグル巻きにされている。
グレイシャードが握り拳の親指を人差し指で弾くハンドサインを送ると、確認した物見台が注意喚起をする。
「銃器の使用を確認しましたぁ! これより観覧席では、支給されている"防弾膜"を張った上で観戦を。また、外部傭兵団等の支給対象外の者は、貸与料を支払う事で配布致しまぁす! 流れ弾にはご注意下さぁい!」
アナウンスを聞いた観客達は各々の鞄から、柄の無い傘のような折り畳み式の布の盾を取り出していく。横幅は大きめに取られているのに覗き穴は一人分しかないので、集団で座る所ではゾロゾロと席を移動する様子があちこちで見られた。
しかしここが軍隊であるからか、展開から着席するまでキビキビと澱み無く行動している。それが事務方の一般職員達であっても同様で、流石のアーサー達も驚いた。
盾自体は随分と軽そうで取り回しもし易そうではあるが、最小限の覗き穴の視認性は悪そうで且つその大きさで隣人との距離が開くので、それらを嫌った偉丈夫は前列に移動したりツレを後ろに移動させて盾役を買って出ている。
「皆、私の後ろから余り外れないでね?」
「頼りにするわ、リーさん」
「……背後に居ては見え難くないか?」
「使用料払うよりもレオンさんの背後が安全だと思ったんですよ。ケチとかでなく」
「我々の銃器は全て西部から取り寄せている、さぞ元気良く飛び込んで来るのだろうな?」
「滅多な事言わないで下さいよ。あの型なら、散弾でも条件次第では届きますからね?」
「その時は頼むよ」
1分と掛からず席の移動が落ち着いた所でグレイシャードが手を挙げ、振り下ろす。
「始め!」の声に合わせて対決する両者の足元が爆ぜた。ビアンカは前に駆け出し、シャトルは後ろに跳び退がる。
それと同時にショットガンの銃口が火を噴いて銃弾がビアンカの耳を掠めた。
その程度では止まらないビアンカが距離を詰めて射程距離に入るかという所で、シャトルは次弾装填・即射撃の見事な早業をお見舞いした。
「オオッシャァー!!!」バッ!
2撃目は初弾と違う散弾の不意撃ちであったが、近距離な事と素手より面積のあるグローブのお陰で、弾が散らばる前にパンチ一発で防いで見せた。
「シッ!」
「グゥー?!」
しかし繰り出したパンチの死角を突いた斜め下からのシャトルのスイングで、銃床部がビアンカの脇腹に食い込んだ。
肉に食い込む感触に僅かに口角が上がる。
お互いに同じ表情を浮かべている事に気づいて、それで更に口角を上げられたのはビアンカだった。
シャトルが疑問に思う間も無く、拳を引く・身体を捻る・振りかぶるコンビネーションを先の早撃ちの数分の1秒で繰り出し、そのニヤけた顔面を上から殴り付けた。
グブシャッ!!!!
「!!?!」
グローブと地面に挟まれる形で衝撃を受けたシャトルの頭が、水っぽい嫌な音を立ててぺしゃんこに潰れてしまう。その感触にビアンカは恐る恐るグローブを退けて見るも、目玉の飛び出た惨状に呆然となった。
「………ご、ゴメーーーン!!!」
「……………」ザッザッザッ
謝って済む訳が無い状況に、グレイシャードは冷静に対処に向かった。




