40.(*^^*)いつか他のメンバーとも呑みたいな
アーサー達が官舎を出て、昨日の内にカールから教えられた場所に向かうと、まだ山稜から太陽が顔を覗かせる頃だというのに30人以上の人集りがそこにあった。馬車も一台増えていて、元々あった豚車と違いこちらは馬のような体格の立派なロバが曳くようだ。
昨日寝る前に確認していた報告で入団希望者が増えた事は知っていたが想像よりも多い。
依頼の目的地"ベイバード内部辺境砦"の方から流れて来る水に恵まれた町の出入り口の近くには噴水が設けられた広場がある。カール達はそこに居るらしい。
やがて噴水を見つけたので近寄ると毛深い男が目の前に立ちはだかった。
「お前たち何者だ? ここから先は"盗伐団"が使用中だ。用が無いなら立ち去れ」
「ん? そうなのか? なら大丈夫。"とうばつだん"とやらに用は無いけど、噴水で待ち合わせしてんだ。通るぜ」
現在地点、噴水の前まで来ているが人集りが集中しているのは丁度反対側である。回り込もうと歩き出すと、誰何をして来た男が背後からアーサーの肩を掴もうと手を伸ばす。
「!? ぐぎゃああああ!!? あぐぐぅふうぅぅ……?!」ギチギチギチ……
その行為はマヌゥの腕ひしぎ十字固めによって阻止された。
「何遊んでんだ?」
「新参者は最初が肝心なんだ。舐められないように…」
ピタ
びしゃっ!
「舐められないように……何だ?」
腕ひしぎで仰向けに倒れるマヌゥの喉元にカールの槍の穂先が押し当てられる。直後にバケツをひっくり返したような水が周囲を濡らした。
「……ハ、ハヒェ」ゴクリ
喉仏の下を押さえられている為か、声を絞り出すだけで刃が食い込む感触にマヌゥは戦慄した。
「俺が突破するのを素通りさせて日和ったか爺い?」
「へっ、本当は俺の背を狙っただろ? 噴水に隔てられた程度で俺の気配に騙されてたじゃん、鈍ったかカール」
「………一生寝てれば良かったのにな。オイ、そろそろ解いてやれ」
カールが槍を仕舞う。それなのにマヌゥは技を掛けたまま数秒間硬直していた。
やがてハッと気付いて拘束を解いたが、既に男は泡を吹いて気絶していた。
「紹介するぜ、そいつはマヌゥ、こっちはナナラだ」
「ふぅん」
「アンタがカールかい? 噂はよく聞いてるよ」
「ほう? どんな噂を?」
「銃弾を槍だけで薙ぎ払ったとか、30人を相手に無傷で倒したとか、地上から地下の拠点を腕力で崩壊させたとか、他にも色々スね」
「………フン」チラッ
マヌゥから噂の内容を聞いたカールは勝ち誇った笑みを浮かべると、アーサーはちょっとイラッとした。
そこへ明るい声が飛び込んで来た。
「アーサー! 無事だったんだなー! 心配させやがってコノヤロー!」ダッ
「おお、ビアンカ。スマぬぉ!?」ドゴォ!
「良かったー、ちゃんと回復してんじゃーん」
ビアンカのタックルを振り返りざま受け止めると、吹き飛ばすつもりのタックルにビクともしない様子に彼女は安心したようだ。
「あの時はぶっ倒れて死んだと思ったよ、いや〜良かった良かった」
「勝手に殺すな。こっちについてまだまだわからない事だらけなのに死んでられるか。俺だってお前達が心配なんだゾ、言わせんな恥ずかしい」
「へーそー、そんな事よりうーちゃんとマナちゃんを手懐けたよ!」
「"うーちゃん"、"マナちゃん"?」
ビアンカの後方を見ると、リーサル植本と不機嫌な表情の少女がこちらへ向かって歩いて来ている。その後ろから更にゾロゾロと数人の女性がついて来ていた。
「あ〜! 植本とあの時の子供か、元気か?」
「チッ!」
「………」プイッ
「(´・Д・`)」
「人見知りなの。じゃ、あたしらグレーテルの所行くねー」
そう言って手をヒラヒラさせながらビアンカ達は宿泊馬車の方へ歩いて行った。
「おおー…、あれが"鬼子母神"のビアンカさんか」
「やっぱ凄いオーラ放ってるね」
「んだよ? ビアンカにも二つ名とかあるのかよ」
「そりゃグレイさん達と一緒に道すがら幾つも盗賊団を潰して歩いて来てんスよ? 俺達もビクビクしながら先回りして情報収集してましたもん」
「……この様子だとイェンにも何かありそうだな」
『ところがドッコイ、そんな事はなかった』
アーサー宛のDMにイェンから通知が入る。そのまま相互通信で通話を始めた。
『どう言う事だ?』
『アーサーが寝ている間に面倒事に巻き込まれたのは昨日話したから知ってるだろうけど、解決する過程で仲間になりたそうに見てくるのがいっぱい現れたんだよね。特に表立って暴れ回ったカールとビアンカに惚れ込んだのがほとんどで、荒っぽい連中以外はカールとビアンカの周りでウロウロしてるよ』
『そうか、所でお前はどこに居るんだ? まさかずっと影の中に潜んでるとかか?』
『うん。だって集まった連中で勝手に派閥作ってて、カールとビアンカはまんざらでもないし、ユウの周りも目が離せないから、もう一週間はずっとユウの影に潜んでるよ』
『そりゃ苦労を掛けたな。グレイシャードは何か行ってたか?』
『今回の件で手が回らなかったみたいだけど、ひと段落着いたから何とかしようと考えてるみたい』
『そうか、じゃあもう暫く潜んでいてくれ。俺も何か考えるよ』
『了解。頼りにしてるよ』
「ハァ……」
「どうしたんです? 旦那?」
「なんでもないって言いたいが、急に人が増えると何だかな〜」
「そう言やアーサーも手下が増えてんじゃねぇか、2人だけ」
「おおそうだこの野郎何だこの人数、ガンタルトやサゾ達(グレイシャードの部下)は居ないのに30人近くは居るみたいだが……」
「一応チャットで話したろ、元・盗賊団の構成員で"ユウ一団"への入団希望者達だ」
カール陣営を見れば体格では大柄な山賊風も居れば小柄なスリ専門っぽいのまで居たり、年齢も10代前半〜50代まで居る。男女の比率は男が圧倒的に多い。性別が判らない者まで居るが、その何人かは"ヒト"以外の人種である。
「何を基準にして連れて来てんだ?」
「いや勝手について来た」
「は?」
「勝手について来てるから入団希望で留めてる。正式に入団するにはテメーの意見が必要だとユウが決めたからだ」
「だからってよくグレイシャードを説得出来たな?」
「言ったろ、勝手について来てんだ。あのおっさんもユウに心酔してっから強く出ないつもりらしい」
「ユウ以外、阿呆ばっかりかよ」
「そいつは聞き捨てならねーなぁ」
阿呆呼ばわりを聞き咎めた数人の男がアーサーを囲む。
「カールさん、何スかコイツ? 紹介して下さいよぉ〜」
男達は先程のやり取りを見聞きしていなかったのかあからさまにアーサーを見下している、その様子を見てマヌゥとナナラが噴き出した。
「プッ!? 今のやり取り見て、なんでそんな態度出来るかな〜?」
「笑わせんなよこのヤロが! いやむしろ大物になれるかもしれんなぁ」
「ああん? 何笑ってやがんだクソガキ共が!」
「おっさんおっさん、たぶんだけど"阿呆"って単語に反応しただけでそれまでの事、何にも聞いて無いだろ?」
「図星ってヤツだろが、違うか?」
「コイツは躾が必要そうだな〜」ポキポキ
「いいよ、来いよコラ!」
(んー、青春だなぁ。お? やっと来たか)
アーサーとカールが一触即発の様子を微笑ましく眺めていると、グレイシャードが部下達を引き連れて広場にやって来た。一緒に荷車を曳く豚人の衆もやって来て出発の準備に取り掛かる。
そして準備が終わる直前にここまでついて来た者達を呼び集めさせたグレイシャードは演説を始める。
「揃ったようだな。我々は所属するコールロア村より派遣され、この先の"ベイバード内部辺境砦"を目的地としている。本来なら勝手について来る貴様らを公務執行妨害で追い払いたい所だが、これまでで一連の騒動の関係者も多い上に別働隊だとほざいて協力してくれたのも事実。無下にすることも出来まい、故に、調書を取るだとか向かう先が偶然一緒だとか誤魔化して黙認して来た」
集まった連中はグレイシャードによる突然の演説と内容に困惑しつつも、口を挟むと殺されそうな雰囲気に一先ず耳を傾ける様子だ。
「だがここから先の話は別だ。砦に許可無く立ち入る者は有事を除いて処罰の対象だ。近辺で野営も許されん。許可が出されているのは我ら"国境警邏隊"と協力を要請したアーサー・リッパースター率いる傭兵団のみだ」
ここで俄かにザワつく、内容は主に「アーサーって誰だよ」や「"盗伐団"じゃねぇのか?」や「頭はカールさんじゃないのか?」、「ビアンカ姐さんで良いでしょ」、「ぽっと出に仕切らせんな」などなど。
「黙れ。貴様らは団長であるアーサーから正式に入団を認められた者達ではない、謂わば部外者だ。オイ、アーサー、後はお前がどうにかしろ、我々は一足先に出発する。後は入団を認めるなり、試験で数を絞るなり好きにしろ」
そう言い残してグレイシャードは部下達と2台の豚車を引き連れて町の門へと向かった。
一方残された集団は、異様な目線でアーサーを凝視している。
「えー紹介の通り、俺が団長のアーサーだ。早速だが簡単なテストを行ってグレイシャード達を追って出発する。ルールは…」
「ちょっと待て! いきなりテストだぁ?!」
「俺達ぁカールさんの武勲に惚れ込んでついて来たんだ、団長だか知らんがアンタについて行きたいんじゃねーぞこの野郎!」
「いや団長である旦那の下にカールさんやビアンカさんが居るんだから、必然ついて行く事になるだろが」
「ああん?! 屁理屈いうなスカタン!」
太陽の昇り切らない時間帯なのに怒号が飛び交う。
仕方がないのでアーサーは秘密兵器を取り出した。
ビスッ
「えっ?」
プシュップシュップシュップシュップシュッ!
「うわったったったったっ!? 何するんスか旦那!? 今の当てる気じゃないっスか?!」
コールロア村でシャイターン村長に代金のついでに貰った消音器内蔵の拳銃である。着脱式でないのでスターターにも使えないと思っていたが、丁度良かった。
「朝は静かにしろ。町長さんもまだ見てる」シー
視線を広場の端に遣ると、恰幅の良いお洒落なヒゲ眼鏡の男性が、「野蛮人共め、さっさと消え失せてくれんかな」とでも言いたげにじっと睨め付けていた。
「ルールは簡単だ。全員噴水の後ろからスタートして、俺より先に門をくぐれば合格決定。騒いだらお仕置き、ボーナスで俺を倒す事が出来たらそいつが晴れて新団長だ。質問あるか?」
「おお?!」
『倒せば新団長』という言葉に色めきだつ連中が多数、一見簡単そうな内容に訝しげな者が少数と言った反応だ。その中から質問をする者が何人か現れた。
「倒せば新団長ってマジか!?」
「倒せればな。そうだ、イザコザは面倒だから、トドメを差したヤツが新団長って事にしよう」
「武器は使っていいのか?」
「町中だから法律的にダメだろう? 常識で考えろ」
「あのぉ〜! 私は商人の端くれなのですが、私もそれに参加しなくてはならないのですか?」
「入りたいなら当たり前だ、入団試験だからな。まぁ荒くれ共に混じってやるんだから、度胸試しとでも思ってくれ。なーに、先回りして門の外で待ってれば良いんだから、簡単だよ。おっとそうだ一応決めておくが、協力するのは結構だがお互いに潰し合うのは無しだ」
最後に付け足した一言で商人連中は少し安堵した様子だ。何を期待してここまで来たのか知らないが、言質を取っただけで一喜一憂している様じゃ心許なく感じた。
「他に質問は? ………無さそうだから始める前に町長に挨拶して来るぞ。戻ったらすぐに始めるつもりだから、噴水より後ろに下がってろ」
アーサーは一体何人が合格するか楽しみに思いながら町長の下へ駆け寄って行った。




