38.(*´Д`*)ウマ〜
「………夢か、?…………ぬぅおおおお?! アアッッタマぐぎゃああああ」ズキズキズキ
「うわあ?! あ! 目を覚ましたんですか! 良かったー!」
「ぅるせえ……! あ、頭に響くぅ………」
アーサーが目を覚ますとベッドに寝かされており、すぐ横にはユウが椅子に座っている。看病をしてくれていたのだろう。
「なんだか色々大変だったみたいですね。あ、何か欲しい物とかありますか?」
「……水」
「はい、どうぞ。……これ何本に見えますか?」
「3本」グビグビ
「これは?」
「……中指1本」
「頭痛が続いているそうですが、それ以外は大丈夫そうですね」
「ありがとよ」ギュッ
「チョッ痛たたた! 心配したんですよ! はじめに見た時は頭が全部真っ赤っかだったんですから!」
「ぬおおー……!? 声のボリュームは抑えてくれ……」
「なんだか二日酔いみたいな症状ですね? 貴方に貰ったお薬を処方しますね。僕の経験値にもなりますし」
薬を飲むと嘘のように痛みが消え去った。すると調子が良くなったからか、もの凄く腹が減ってまた動けなくなってしまった。
「う〜、め……飯、と焼肉が食いたい……」
「病み上がりに無茶言わないで下さい。待っていて下さい、お粥作って来ますので」
「待て、リッちゃんはどうなった?」
「後で話しますよ。とりあえず安静にしていて下さい」プスッ
「ウッ?!」
ユウが何の前置きも無く、注射器で鎮静剤を射って去って行った。
次に目を覚ますとホカホカの寸胴鍋が横に増えていた。
「………やりやがったな」
「本来ならあれくらい防御できる筈です。それだけ弱っている証拠なんですよ」
「ふん……それにしても鎮静剤の希釈が上手いじゃねーか」
「ありがとうございます。イェンさんに教わりました」
「成る程、所でソイツは皿一杯で十分じゃねーか?」
「お腹いっぱいになるなら鍋一杯で十分ですね。ハイ、どうぞ」
「(ぎゅるるぅぐるるるゔ)…………わかったよ。でもどうなったかは教えてくれよ?」
「勿論です。さて、どこから話しましょうか……」
あの日、アーサー達6人は地上で待機していたイェンの分身によって回収された。
重傷者はアーサー・カール・グレイシャードの3人で、回収後すぐにユウによって治療されたのだが、カールは比較的すぐに復帰したものの、グレイシャードは3日間、アーサーに至っては更に10日以上目を覚さなかった。
リチャード及びリーサル植本は拘束され、イェンとグレイシャードの部下によりコールロア村へ移送されたそうだ。村でどんな取引があったかは省略するが、帰還時にもリーサル植本が同行しており、マスクの小娘と一緒にユウの手下として合流することになったとか。
グレイシャードが目を覚ました後でアーサーの命に別状が無い事を確認すると、そのまま依頼を再開したと言う。
予定外に時間を食ったので急いで出発した結果、到着予定より2日は余裕が生まれたので、現在は目的地である"ベイバード内部辺境砦"の手前にある町に息抜きがてら昨日から滞在して居るそうだ。
「ふぅ、リッちゃんは無事だったんだな」もちゃもちゃ
「リチャードって人ですか? 頭髪が真っ白に変化したとか何とかビアンカさんが言ってましたが、至って大人しい人でなんとも有りませんでしたよ?」
「ふぅん、生きてさえいるなら、いつかお礼参りに行けるな。ズゾッ ん、ご馳走様」
「お粗末様です。鍋、洗って来ますけど、外には出ないようにして下さいね?」
「万全になるまで出る気はねえーな」ゴキゴキ
「あ、目を覚ました事をみんなに伝えなきゃ。とりあえずそこで安静にしていて下さい、わかりましたか?」
「風呂入りてえ」
「う〜ん、グレイさんが物資の確認とか諸々の打ち合わせがしたいそうでしたけど、まあ確かにちょっと不衛生ですし、鍋を水に浸けたら付き合いますね」
「恩に着るぜ」
§
「目を覚ましたと聞いたから来たが、随分と元気そうだな?」
「ゲフッ、お前もな。飲むか? ラムネ」
一風呂浴びた後にユウがグレイシャードにアーサーの事を伝えに行くとすぐさまやって来た。
「要らん、そんな事より物資は無事なんだろうな?」
「ああ、並べて出すにもここは手狭だが、出発前と変わり無いことは確認している」
「ならば結構。出発は明日の明朝、正午前には到着する予定だ」
「そうか、いよいよか」
「ああ、分かっていると思うがくれぐれもユウさんの足を引っ張る真似はするなよ」
「へいへい」
それから幾つかの確認事項をやり取りし、グレイシャードは立ち去った。
「さってと、腹ごなしに呑みに行くかー」コキコキ
着替えて表に出るとそこは暗い倉庫の中だった。本来ユウとグレイシャードの妹が寝泊まりする筈の高級宿泊馬車の一室に寝かされていたのだ。
「どうすっかな〜」
土地勘0の町中を散策するには少々時間が足りない、いっそ誰かに相談して案内して貰おうかと試案していると、ヒソヒソと誰かが会話している声が近づいて来た。
(ホントにもう誰もいないんだろな?)
(いんや、一人しか居ない)
(バカタレ、意味ねぇだろが)
(と思うじゃん? でもこの感じ、あの外面だけ良さそうな坊ちゃんで間違いないよ)
(あの如何にも箱入り小僧って感じの弱そうなガキか? なら一緒に攫っちまうか)
(誰を攫うって?)
((?!))
ヒソヒソと忍び足で近づいて来たのはどちらも猫背でイェン程度の身長しかない小男の2人組だった。
(気付かれたか、……やるぞ!)
(応!)
(まあまあ、まずは仲良くしようぜ?)
§
「ほほふぁん…ぃやひありあふ」(ここが飲み屋になります)
「いおらんけけすけ、んまかっちゃもん」(地元向けですけど、旨いっすよ)
「ほ〜、ガッツリ食えるメニューとかあるの?」
「ほーんーんらんっとはいえふ」(そういうのならもっと先です)
幸先良く町に詳しい友人を二人作ったアーサーは飲み屋街に来ていた。
町の名前は"ナグルン"と呼ばれ、町と言うだけあってコールロア村と比べれば活気がある方だ。しかし建物の質は幾らか劣り、煉瓦造りに漆喰の壁が主であるがどこも老朽化が目立つ。
そうして案内されて辿り着いたのは大衆酒場"爆酒亭"。既に太陽が傾いて夕暮れの時間帯だからか店内も賑やかだ。
丁度テーブルが一つ空いていたのでそこに座ることにした。
「どうした2人共、座れよ。案内料分は奢ってやるよ」
「んへぇ、あんあたうんへぇえふ」(へへぇ、ありがとうございやす)
テーブルの上にはメニュー表など何も無く、ウェイトレスを呼んで注文と代金を先払いでやり取りする方式のようだ。
「お姉さ〜ん、注文いいかい?」
「はーい! うわ?!」
呼ばれてこちらを振り向いたお姉さんが、同じテーブルに座る唐揚げのようにボコボコに腫れあがった顔を見て驚いている。というより怯えている。
「二人に何か冷やせる物と、オススメを人数分適当に持って来て。あ、俺の分だけ大盛りでお願い」
「ハ、ハイ……、あの……」
「ああ代金はコレで、お酒もなるべく良いのをね。余った分はまぁ、チップってことでよろしく」
「ハヒィ、かしこまりましたぁ〜」
そう言うと渡した札束の枚数も確認せずに、足早にカウンターの奥へと引っ込んでしまった。
「ハァ〜、お前らの顔、治安が悪過ぎるだろう」
「「…………」」
「しゃーねーなー、目の前で辛気臭ぇ顔で居られても飯が不味くなるし、特別だぞ?」
「?」
鞄から湿布を出しておでこと両頬に貼ってやった。
「んほぉ〜〜!!?」
「んへぇ〜〜?!!」
「うるせえ」
「「ははぁ〜……」」
その効果は劇的で、ものの十数秒でみるみる顔の腫れが引いていった。
「天国だぁ〜」
「極楽じゃ〜」
「「俺達死んだんだぁ」」
「生きてる生きてる」
明るい場所で腫れの引いた顔をよく見てみると、二人は以外と若い年頃のようだ。少年と言ってもいいかも知れない。
「いやぁ〜旦那! アンタ只者じゃないとは思っていましたけど、只者じゃあないですね!」
「バカ! んな事は判り切ってんだよ。あの"追跡"のグレイシャードが護衛する馬車に乗ってたんだぞ! さる御仁に違いねえ」
「うるさいうるさい、そんな大したもんじゃねーよ。さっきまで寝込んでいて偶々お前らとかち合ったが俺も護衛側だ」
「という事は最近、巷で噂になっている"賊潰し団"の一人なんですか!?」
「なんだそりゃ? お、来た来た。まずは腹拵えだな」
先程は不本意ながら怖がらせてしまったウェイトレスのお姉さんが樽を担いだウェイターを先頭に、カートに幾つもの料理を載せて戻って来た。
「お待ちどお、ウチで出せる最高のフルコースだ」
ドンッ、と少々乱暴に酒樽を置いてウェイターがアーサーを見下ろす。見つめ合う内にウェイトレスが料理を並べ、冷水の入った洗面器と手拭いを湿布臭い二人に渡そうとして動きが止まった。
「アレ? マヌゥとナナラだったの?! 全然気付かなかったよ! それどうしたの?」
「ん? 知り合いか?」
アーサーから問われた二人はバツが悪そうにお互いの目を見た後に俯いてしまう。結局その問いに答えたのはウェイトレスだ。
「二人はこの町で一番の跳ねっ返りで、大人が束になっても敵わないくらいの暴れん坊なんですけど……」
「へ〜」
「昔は家が近所で顔見知りだったんです。二人共本当は悪い子じゃないんですけれど、二人共ご両親が」
「もういいよ、バカだけど根は真面目だし努力も積んでいる。話してみれば最低限の教養もバカだけどありそうだったしな。これを機に勝手で悪いけど、コイツらの事を気に掛けてやってくれないか? 会ったばかりの俺が言うのも変かも知らんが」
思いがけない言葉にマヌゥとナナラ、それに店員の二人のアーサーを見る目が変わった。
「"かも"じゃなくて変ですぜ。たかがチンピラ二人にこんなご馳走まで出して……何を企んでんだ?!」
「なんだよ……所で話変わるけどナイフかフォークくれない? これでも腹減って死にそうなんだよ」
「…ハ! かしこまりましたどうぞ!」
「誤解があったようだ。俺もここに居着いて長いが、産まれた頃から知っている子供達が腐って行くのを見て見ぬフリをしていたんだ。なまじ腕っ節ばかり成長して、大人として強く注意してやる事も出来なかった自分が情け無い。大事な事に気付かせもらい感謝を、そして不躾な態度をとってしまい申し訳ない」
「イイのイイの、ホレお前らも、二度とバカな真似しねーのなら食え」
「「……………」」
何か懸念でもあるのか2人は躊躇して手を付けようとしない、しかしそれよりもいい加減腹の虫が『食えよ』と怒鳴り散らすので、目の前の熱々の極厚ステーキにナイフとフォークを突き立て引き裂いた。
バアン!!! ゴドンッガシャーン!!
「うわああ!?」
「グアッ?!」
突然入口のスイングドアが吹き飛んで、直線上にあったテーブル席にぶつかって客と料理もぶっ飛ばされた。
何事かとウェイターが腕まくりをしながら駆け付けに行った。
「一体何ゴブッ!?」
「お父さん!!?」
ウェイターの男を殴り飛ばしながら店に入って来たのは痩せぎすの長身の男。男は白いロングコートを身に付けていて、その下に拳銃を四挺持っていることをアーサーは見抜いた。
「邪魔だ。オイこんな所で何してやがるカス共、エサの時間は仕事が終わってからだろう。違うか?」
「カフソール……!」
「"様"を付けろよマヌケ野郎! ハッ?! 何だその顔は? 変装のつもりかオラァ!!!」
「グゥ!?」バグシャ!
やたらと大声で喚き散らしながらズカズカと歩いて来たかと思うと、そのまま拳銃を抜き出してマヌゥが座っていた椅子ごと叩き潰してしまった。
「てめえもだ!」
「グエッ!」ギリギリギリ……
腰を浮かせて掴み掛かる姿勢を取ろうとしたナナラだったが、カフソールはそんな事お構い無しに片手であっさりナナラの首を締め上げる。
「よくもやってくれたな? 最近あちこちウロチョロしていると思ったら、クッセェマーキングを拠点から垂れ流していたんだな?」
「ギギギ……さぁね、いつも通り配達を頼まれたから往復の道に通っただけだよ」
「ク……へへ、運が悪かったんだよアンタは、"追跡"のグレイシャードが想像以上に鼻が効いたってコト」
パンッ!
「……!!!」ビッ!
尻餅をつくマヌゥが咄嗟に首を傾げて弾丸を避けた。しかし耳を掠めており、血が少しだけ飛び散った。
(撃たれてから反応して避けたな。確かにリーサル植本並の反射神経と身体のバネがあったら、そりゃ大人でも敵わねーな)
「チッ、辛うじて避けたか。カスが、それを見込んで駒に加えてやったのに、いつか俺の跡を継いで騎士にしてやろうと思ったんだがな」
「テメエが漏らして汚した地位なんざ、座ってもかぶれて居心地最悪だろが」
「くそガキが、またションベンバケツに沈めて教育してやろうか?」
「ぶほっ?! きったねぇなあ! 飯食おうとしてる前でなんつー話しやがんだ!」
「ハァ? 部外者は失せろ」
「やだよ、もう腹減って動きたくねーんだよ」
「そうか、なら手伝おう」
ドガアン!!!
カフソールが所狭しと料理皿の乗っかったテーブルを蹴り上げた。空中高く浮かんだテーブルが、料理と一緒に別のテーブルを巻き込んで滅茶苦茶にしてしまった。
「勿体ねぇ事しやがる」
「貴様……?!」
「スマン、お前らのサラダまで手が回らなかった」
アーサーの腕にはそれぞれ3〜4皿が、手には左に2皿、右手には自分のメインディッシュが保持されている。それらの皿をカートにテキパキと戻すとウェイトレスに任せてカートを退がらせた。
「料理の恨みとグレイシャードはしつこいぞぉ? イエローカード2枚みたいなものだからこんな所でクダを撒いて居られるんだろうけど、3枚目はねえからな」
「貴様……! そうか、お前もグレイシャードが雇ったという傭兵の一人か、だったら言い値で構わん、こちらにつけ」
「おっさん、馬鹿よりもチンケなボケだなぁ。見えてる地雷を枕にしようと考える奴なんていねえぞ?」
「後悔するぞ」
「お帰りはあちらにどうぞ。え〜と、カスアナール様」
アーサーの言葉を聞いて瞬間的に銃口を向け、引き金を引くカフソール。
パンッ! ッ
「……3枚目は無いっつっただろ」ビシッ
「ウゲッ?!」メギッ
指で摘み取った弾丸を逆に指で弾き返すと、白いロングコートが貫通を防いではいたものの、肋骨辺りの骨が砕ける音が聞こえた。
「馬鹿な!? クソッ! 覚えてろ!」
そんな捨て台詞を吐いてヨタヨタと入口へ向かうカスソール。入口から出て行って見えなくなったので、やれやれとテーブルを戻しに行こうとしたら、さっき吹き飛ばされたスイングドアと同じ勢いでカスがもんどり打って戻って来た。
「ぐああああ……!!?」
「カフソール卿、貴様には盗賊組織に関する重要参考人として逮捕令状が出ている。とっとと降伏して出頭に協力しろ。………ふん」
カスの後から入店したのはグレイシャードだった。続けて部下達がゾロゾロと入って来て気絶したカフソールを抱えて出て行った。
「貴様、安静にしているんじゃなかったのか?」
「腹ぁ減ったからよぉ、この2人にここを案内して貰ってたんだよ。マヌゥとナナラって言うんだ、イイ奴らだぜコイツら」
「………そうか、邪魔して悪かったな」
「…待って下さい!」
グレイシャードが踵を返して去ろうとするのをナナラが呼び止める。
「……何だ?」
「アンタ、俺達を追ってここまで嗅ぎ付けたんじゃないのかい?」
「フン、確かにここ数日で何度も嗅いだ覚えがあるが、それがどうした」
「どうしたッて、捕まえなぬが…!」
(よせ! 見逃してくれるってんだぞ!)
「捕まえる? バラバラの欠片を繋げた重要な匿名の情報提供者がここに居たとすれば、寧ろ感謝していた所だ。活動範囲と規模の異なる複数の盗賊団が、実は一人の男の後ろ盾によって幅を利かせていたと判明したんだ。お陰で対応に嬉しい悲鳴が上がっている」
「でへへ……そんなぁ」
「バカ! へーそうなんスね! 一体どこの誰か知んねぇスけど、少なくとも俺達にゃあ関係無いんで!」
「承知している。盗賊団ではなく、カフソールの手下だろう?」
「へあ?!」
「とは言え、それを証明する物的証拠は無いのだがな。状況証拠でなら俺の鼻に賭けて証言は可能だが、本丸を落とした以上、仕事を増やすのも吝かだ。故に、君達の勇気ある善意の行動に正式に報いる事は出来ないが、後でそこの馬鹿と共に顔を出せば、代わりの物を用意しよう。ではな」
言うべきことを伝え終えたグレイシャードは、ウェイター(※本当は店長)といくつか言葉を交わしてから立ち去って行った。
( ゜д゜)(゜д゜ ;)
「………は……はへぇ?」
一方マヌケな声を絞り出すので精一杯のマヌゥとナナラは、その場でゆっくりと腰を降ろして放心状態になってしまった。
「ッシャアアアー!!! この野郎共ォ!!」
「「ぎゃあああー!!?!?」」
「何だよお前らやっぱり良い奴らじゃねーか。何か知らねぇが、お前らのお陰で沢山の人が助かるっつー訳だ! お姉さん! 注文だ! 今日のコイツらを祝して一番良い酒から順番に、店に居る全員にあるだけ振る舞ってくれ! 金は俺が出ぁーす!!!」
「「「うおおおおお!!!」」」
この日、町一番の悪ガキ共は、ナグルンの町の誇りある英雄となった。後日正式に感謝状が贈られたとか、華々しい武勇伝があったとか、そういう事は無かったけれど、最も信憑性がある噂として彼らは英雄になった。
後に少年2人は実力で以て英雄が事実である事を証明し、騎士の称号を授与されるのだが……
「それより酒だ! 生き甲斐に乾杯!!」




