36. ( °×°)”? 回
ゴオオオオオオォォォォォォォォ…………
暗い地下の巨大な施設。先程まで足下を申し訳程度に照らしていた補助灯の代わりに、濃い緑褐色の炎が辺り一面をドロドロに焼き溶かしている。
ズバーン!!!
そんな地獄の中でも爆心地から少し外れた場所から、地獄の餓鬼も裸足で逃げ出す鬼人が這い出して来た。
「コッフゥー! 危ねぇ! もうちょっとで蒸し焼きになるとぉ…ぉぁあ熱ちち!!?」
その正体は防毒面を被ったアーサーだ。
「あ?! まだ被ってろ! ここはいっぺん扇ぎ倒す必要がある」
アーサーが這い出た穴にはもう一人埋まっていた。
「ゲッホ! ゴホ! ……お前、何で助けた……コフー、あっ!?」
もう一人も這い出ようと、アーサーと同じ防毒面を被った頭をもたげたが、首筋を舐める熱気に当てられてすぐに引っ込む。
「急かすなよ……うおらああ! "芭蕉扇"ンン!!」
アーサーが鞄から取り出した巨大な扇子で周囲を薙いだ。体格以上の出力を持つ剛腕により生じた突風は、熱気と科学薬品による殺人的な大気を意図も容易く吹き飛ばす。
「うし、もういいぞ。長くは持たねえから一緒に、あー…リチャードを探すぞ! ホラ」
「…………ふん」
差し出された手を力強く握り締めて立ち上がるリーサル植本。
ドス-ッ!
「!………………」
「馴々しくするな、死ね」
前のめりにアーサーの姿勢がゆっくりと沈み、アーサーと植本の距離が近づいていく。
お互いの顔まであと数cm
「じゃあゆっくりお休み、お嬢ちゃん」
ズドドン!
「?!!………」
「まったく、とんだじゃじゃ馬娘だぜ。チェッ、しっかり鼠蹊部にねじ込ませてやがる……こんなんで死ぬかよチクショー痛ぇー」
ズッポリと食い込んだクナイには触らず、気絶させた植本を抱き支えて慎重に元の場所に寝かせ、吹き戻って来るかもしれない外気から少しでも保護する為に暗黒の外套で持ち主を覆った。
この外套は本来フクロウの羽根の構造を模して空気を細かく切り裂くことで静音性を高める効果があり、そこに吸光塗料でコーティングすることで隠密性が極めて高い装備となっている。更にこの吸光塗料自体も熱に対して高い耐性を持ち、リチャードの自爆戦法と非常に相性の良い装備となっている。
これらの特性を一目見て看破したアーサーは、爆破から衝撃波が到達するまでに、自身と植本ごと外套に飛び込んで包まり、施設内のあちこちに設置された貯蔵槽の薬品に引火する場合を考えて防毒面を被せたのだった。
「あ〜クソッ! 痛ってぇなあ! こんなん黙ってられねーぜ畜生! どこだリチャード! 出て来ねえとブチ殺すぞコラァ!」
暗くて通常では視認出来ない程高い位置にある換気口から夜の冷たい空気が吹き込む。時間が経てばこの辺りの空気も押し流されただろうが、地面自体が未だに高温を帯び、並みの人間では歩く前に焼け死ぬだろう。
爆発の直前、リチャードの顔を見た瞬間に思ったのは「まだ生きていたか」だった。嬉しいか憎いかは半々だが、腐っても知己である。後がどうなろうがとにかく助けるつもりだ。
普通に捜すのでは埒が開かないので、鞄から知覚を高める嗅ぎ薬を出して吸い込んだ。
「スゥーーーン゛ン! ふぅ………………ん?」
吹き飛ばし切れなかった薬品の蒸気を僅かに吸い込んだ所為で咽せながらも精神を整えると、数m離れた位置に何とも言い難い不思議な波動を感じ取った。剣を抜きつつ小走りで近付き、溶解した鉄骨と貯槽の塊を斬り裂く。
プショショッシュー! プシッ、シュジュ〜…
切れ目から熱湯が噴き出し、濛々と湯気を上げながらアーサーの足下を僅かな間濡らした。
内部にはまだ水が残っているのか、ポコポコと音が聞こえる。同時に不思議な波動も同じ場所から発せられている様だ。
剣を仕舞い、裂け目に手を掛ける。
ミシ、ギギギギギギギギギギュ!
こじ開けると中には浴槽一杯程の沸騰した水の中に誰かが沈んでいた。躊躇なく手を突っ込んで引き摺り出すとグレイシャードが気絶していた様だった。
熱湯でずぶ濡れだが容赦なく腹に膝を入れる。
「起きろ!」
ドズッ!
「…グバッ!? ゥゲボッ、ゴホゴホ! キサm?!」
「リッちゃんは何処だ!?」
「何?」
「あのボケナスはどこに居るかって聞いてんだよ!」ガクガク
「やめろ馬鹿が…この方向の50m〜60mの何処かだ」ぐわんぐわん
「確かか?」
「この焼けた血肉の臭いは奴のもので間違いない」
「だいぶブッ飛んだか…すまねえ!」ダッ
「グォ?! ーー〜〜〜!!! 背中がぁ……」ピクピク
最後にリチャードを見た地点から少なくとも40mは離れていた。教えられた地点まで来たが、それらしい姿は欠片も見当たらない。
なのでアーサーは自身のスキル"部分強化"を発動させた。
ミシ………ミシ……
『三酷使設定5・"皮・耳・骨、地獄耳"発動』
脳波を使った思考命令により、聴覚の感度が何十倍にも跳ね上がる。
ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!
自分の心臓の鼓動が音量MAXのスピーカーに聴診器を当てたかのように聞こえる。そよ風のような気流も、換気口の駆動音も、後方で呻くグレイシャードの声すらうるさくて塞ぎたくなるのを堪えて不要な音は無視し、必要な音だけを聴き分ける為に集中を始める。
至近心音……無視、至近呼吸……無視、至近血流……無視
CBB内では無視を決め込んだ音は、サポートシステムの補助で聴こえなくなる。この世界でも'鞄'と同様にシステムが活きているのか、聴こえる音が段々と減っていった。
駆動音……無視、燃焼……無視、グレイシャード……無視
!?
人間一人から発せられる音は以外に多い。最初に無視した心音や呼吸を始め、足音や衣擦れの音、呻き声や骨の軋む音等、一つ一つ取り上げるとキリが無い。
面倒なので試しに個人丸ごと無視に指定すると、消えた。
………リッちゃん! 視聴!
……トッ…トッ…トッ……トッ…トッ…トッ……
……ヒュー…………ヒュー…………
たったの8歩程離れた位置から弱々しい音が届いた。だがそこには金属がドロドロに溶けて重なり、混ざり合って出来上がった小山が未だに激しく燃え盛っている。
「リッちゃんの墓にしては豪勢過ぎるだろ、それに骨を納めるにも早過ぎっつーの!」
ボッー ドガシャガラガラガラ!!! ズズーンー…
鞄から一振りの大太刀の柄だけを出した状態から居合い抜きを放った。
抜刀した刀身以上の直径がある筈の燃える山がたった一振りで切断され、続く衝撃波によってめくり上がり転がって行った。
…トッ……トッ……トッ……
さっきより弱々しいがハッキリと聞こえる。その場所へ近づいて音を遮っている柔らかくなった鉄板を引き抜くと、恐らくリチャードと思われる真っ黒に焼け焦げた塊を発見した。




