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「ゴメンくださーい!」
坑道の入り口でビアンカが中へ呼び掛ける。反響音が奥へと伸びて行き、やがて聴こえなくなった。
「確かに変ですな。作業小屋には誰も居らず、レールの上にトロッコも見当たらず、看板すら見当たらない」
「作業小屋に誰も居ない時点でおかしいだろ」
グレイシャードの命令でついて来た男はつい先日、アーサーとカールを囲んでいた内の一人で、名を"サゾ"と言う。最初にカールに蹴飛ばされた男でもある。
「キノコは何処で採られたのですかな?」
「さっきはもっと明るかったけど、あの辺りで拾ったよ」
ビアンカの指差す先には、暗くて分かりにくいが緩く湾曲する壁面がある。ランタンで照らすと一箇所だけ何かが無理矢理外された跡があった。
「ここには確か、目印兼御守りの大茸が生えていると噂で聞いていますな」
「わーピッタリー」ボトンッ
ビアンカが持っていたキノコをその跡に押し当てると、気持ち良いくらいスポッと収まった。しかし垂直の壁面で且つ一度引き抜かれているので、手を離すとすぐに地面に落ちてしまう。
「……実は家の親戚がここで所長をしているんですが、暫く連絡が取れていないので気にはしていたんですな」
「えっ? 何?」ぐりぐり
「もうそこに置いとけば良いやな」
「了解」ドスン!
「しかし暗いですな。こういう所は電気と非常用の魔石が通ってるはずなんですがね?」
「電線に異常は見当たらないよ?」
「配電盤がイかれてんじゃねえか?」
「なら小屋に行って確かめて見ましょう。奥へ進んで保守通路からも入れますが、ここからなら外から回り込むのが速そうですな」
一旦外に出る。空は端の方が夕陽に焼けているが、森の木々に隠れてほぼ夜のようだ。
壁に沿って暫く歩くと平地と斜面の境界に、目立たないよう周囲に溶け込む色使いの布で覆われた入り口が現れる。布の中に入ると先程訪れた際に置いて来たランタンの光が、壁に設けられた大きな木の壁と扉を照らしていた。
「さっきは聞かなかったがよ、何だってこんなひっそりと隠れる様になってんだ?」
「あまり触れて欲しくないがウチらの元の任務が人目を憚るように、村長もそんな秘密の仕事を……、と言う所で察してくれな」
「お互いに黙って仲良くしようと言う訳か。なら両方知っちまった俺達はどうなる?」
「恩人の部下に何もしないさ! 仲良くしようぜ?」
「ほう、握手を求めながら足を踏む文化があるとは知らなかった。お前、俺に蹴られたのまだ根に持ってるな?」
「ねー、暗いからランタン持って来てよー」
室内は最初の部屋がかなり広い造りになっているが、暗くて声の反響からその広さを窺い知ることしか出来ない。
ランタンの灯りを頼りに転がる椅子や敷物を踏み越えて突き当たった所を更に沿って移動して行くと、やがて入り口に辿り着いた。
「間違ってんじゃねーか!」
「(๑˃̵ᴗ˂̵)>」
「じゃー今度はさっきの突き当たりから反対方向に行こうね」
「はい」
そして見つけた扉に手を掛けると、内側から鍵が掛かっていて開かなかった。
「これはいよいよ怪しいですな」
「中に一人分の気配があるが………子供か?」
「坑夫のドワーフかハーフリングかもしれんな」
「何にせよ誰か閉じこもってんだろ? オイ!中に誰か居るんなら返事しろ! 此処は一体どうしちまったんだ!?」
激しく扉を叩いてみるが、うんともすんとも反応は無い。
「そんなんじゃ怖がらせるだけじゃん、しょーがないなー」
「うん、呼び掛けるなら女性の方が受け入れやすいだろうな」
ガッチャギリギリギリ……ググググギュリリガボッ!
カラン……カランッ
「力技じゃねぇか!」
「バカッ壊すな!」
「コレ鉄製なのね。ノブもドアも重いし頑丈だよ」
ギギー、と軋む扉を引き開けると中もやっぱり真っ暗だ。しかし暗闇の中でランタンの灯りを受けて浮かび上がった天井の機銃が真正面を向いているのには面食らった。
「わぁーセントリー!」
ガゴッギュキンッ!! タタタタタタタタダッ!!!
ビアンカが開いてすぐに気付くや否や、鋼鉄の扉をもぎ取って突入し斜めに構えた扉を叩き付けた。
一拍子遅れてカールが室内に入って索敵し、瞬時に2つの棒形手裏剣を投げた。
残されたサゾは扉の無くなった出入り口から、片手とランタンだけを突き出して中を照らした。
「偉い人の部屋にしては過剰な防衛力だ、それに部屋もだだっ広い」
「確かここが所長室で、ここから食糧庫と機関室に移動できますな」
「椅子も机も良ーもん置いてんじゃん? で、君はココで何してたのかなー?」
所長室にはその役職の割には過剰な空間と調度品が配置されており、所長が使うであろう執務机もそれはそれは立派な物だった。その机の椅子が入るスペースをビアンカが覗き込んでいる。
「誰か居たのか?」
「うん、子供みたい」
隠れていたのは女の子だった。しかし警戒しているのか、机の下から出ようとはしない様子だ。
「ダメだこりゃ」
「野獣が乗り込んで来たようなもんだからな、と言っても一人にはさせとけねぇし任せた」
「誰が野獣だコラ」




