19. だんだん眠たく…
(´-ω-`)
日が沈み夜の帳が辺りを覆いつつある中、月明かりなんか邪魔だとばかりに雨乞いで雲を呼ぶ集団が居る。
深い藍色の修道服に身を包み、肩にはより暗い色の肩掛けを羽織っている。フードは被らない、雨乞いの精度を高めるのに邪魔だからだ。
その集団の内、大多数が若く美しい女性である。ただし、その内に秘めた品性は下劣そのものだった。
§
MMOゲームにて新参者を嬲りモノにしては悦に浸り、襲撃が難しくなったり仕返しが増えたりすると熱りが冷めるまで別のゲームで同じ事を繰り返す、その名も"妲己兄貴"と言う悪質なPK専門のゲーマー集団。
名前の通り美女の皮を被って弱者を弄ぶ集団であり、大抵のブラックリストには名を連ねている塵野郎共である。
この度CBBにて大型アップデートが入ったので、新規要素や新参者がゲームに慣れるまでの間に大暴れしようとログインしていたのだった。
しかしどう言う訳かいつもよりメンバーの人数が多い上に、各々のメインとサブが同時に存在していて大混乱、結果、3人が斬殺された頃に今までに見た事も感じた事も無い現実味に漸く事態を把握した(つもり)。
と言っても、システムに手が入ることでよくあるバグか何かによる一過性の事であろうから、いっそ便乗して派手にやろう。それに思いがけずメンバーが3〜4倍に増えたので、いつもよりも遊び易くなっただけである。
ところが予想外の事が起きた。対人戦闘型MMOであるCBBではイベント専用フィールドでなければ現れない筈の怪人の群れに遭遇したのだ。
今までイベントそっちのけでPKを、それも単独か片手で数えられる少人数を相手にばかりしていたからか、人型で小型と言えど倍以上の数の暴力に晒されてなんとか全滅を免れたものの、開始時点の半分以下にまで減ってしまった。
女スキンは装備をひん剥かれあられもない姿を見せているし、男スキンは徹底的に殺害された。生き残りの殆どはメインで育成していた者達ばかりだ。
方針を転換して拠点を築いた。逃げたゴブリンの集落を見つけたので、先の乱戦で無傷だったリーダーとそのサブを先頭に、夜間奇襲をした所、手負と子供と苗床しか居なかったのでさっさと全滅させた。
翌日、数kmの距離に川を見つけたので散策すると、人を載せた馬車を連れた豚人間と取り引きをする怪しい人間の商隊を見つけ、集落を襲撃した時よりも少数で奇襲を仕掛け、コレを全滅させた。
ゴブリンの時は混戦の最中も上下左右から襲い来るので手間取ったが、森の中でただの人間相手ならば、地の利もありずっと楽で楽しかった。
ノロマな豚人間も叩いて挽肉にして遊んで満足すると、豚人間の馬車と商隊の馬車の積荷を改めた。
豚人間の荷物はいかにも奴隷の格好をした女ばかりで、商隊の荷物は金と毛布の他に生きた豚を連れていたので馬車に繋がれた馬と一緒に持って帰った。
「あの……私達はこれからどうすれば?」
「知るか! こっちの人手は十分だから、どっかで拾って貰えば?」
「そんな……!?」
奴隷が後をついて来ようとするので一人叩きのめしたら、それ以上ついて来なかった。腹が減って気が立っていた所為かもしれない。
腹拵えが済んで人心地着いた頃になって、ちょっぴり罪悪感が芽生えた、が、クソしてスッキリすると無くなっていた。
大人数で袋叩きにするのも楽しいが、有象無象を少人数で蹂躙する愉しさは久しぶりで実に心地が良かった。だからこれからは専ら班長と副班長だけで盗賊の真似事をしよう。
次の日も豚人間と商隊を探し出し、殺して金と豚を奪った。やっぱり銃を持っていても人間は弱い。
今倒した連中もCBBのチュートリアル雑魚NPCと同程度の強さに感じた。豚人間も腕力だけのウスノロばかりで丁度良い雑魚ばっかりだ。
残りの奴隷達も邪魔だから追い払って、馬車に豚を載せて昼飯にする為に一旦戻った。
帰り道、昨日追い払った奴隷達の肉団子が転がっているのを見かけた。アイキャッチ用に視界写真を撮ろうとしたけど、昨日からそういう遷移画面を見ていないのを思い出して、カメラで色んな角度から撮ってフォルダに保存した。
断面や食い千切られた跡があまりにリアルで、山に入った時に見つけた鹿の死体を思い出した。ヒグマに喰われたらしくその鹿を弄くり回してヒグマの囮に使い、猟友会の爺さんと討取ったのだった。
そうして昔を懐かしんでいたら、豚の臭いを嗅ぎ付けた野犬に囲まれていたので全滅させた。
近くの高台に登って周囲を観察すると、川の辺りで小さな爆発が見えた。双眼鏡で見直すと発煙筒の煙がモクモクとしているのも確認した。
その時、違う方角を見回していたサブが壁に囲まれた団地を発見した。たぶん商隊の拠点だろうな。
爆発も気になるが、壁に護られた拠点があるならば金も食糧も、それから獲物も沢山あるに違いない。
早速偵察に見つけた本人を行かせた。雑魚でも集団に囲まれるのは、とっくの昔から懲りているから慎重を喫したのもあるし、元の身体と性別と体格が一致した最強いキャラでもあるからだ。
一眠りしたら拠点制圧だ。
寝て起きたらDMが届いていた。
『ランカーがいる』
たったコレだけ。
何の順位かわからないけど、とにかくCBBのランキング上位者が居たらしい。
自分で言うのも何だけど、卑怯外道糞野郎が売りのPK専門家を自称しているから"有名ガチ勢"についてはよく調べたつもりだ。
個々の才能が試される割にプレイ人口の多いCBBにおいて、ランキングに入るのは中々難しい。特に総合トップ10に入るには、どっかの研究室とか大学にあるようなスーパーコンピュータと接続したり、石油王並みの課金で周辺設備を整えたり、極め付けは"次世代型神経障害(過敏性電子知覚神経障害)"とやらで脳と電脳が繋がった時にだけ反射神経が跳ね上がる"ゲ(ーミング マ)スト世代"であることが条件と言っても過言ではない。
中でも5位以上の順位が入れ替わる時にはゲーム雑誌で大々的に取り上げられる程の反響が起こるし、1位と2位が入れ替われば当事者の国ではニュースにも取り上げられた。
・1位 "格ゲー大名"松千夜
・2位 "剣聖"ファリス(←アラビア語表記)
・3位 "万年門番"アーサー・リッパースター
・4位 "借金王"黄金宝玉
・5位 "重榴弾"モーリオン
1位はプロの格ゲーマー、2位はガチの石油王、3位はサービス初期から万年3位、4位は最近本当に飛んだとの噂、5位は本物のボクシングヘビー級王者、その下位10位までは入れ替わりが激しいので省く。
"何の"ランキングか言及しないで上位組を表すならば、この総合トップ10位を指すことが多い。サブはその中の誰かと単独で接触してしまったのだろう。
この中で集団戦や一対多の戦闘が得意とされるのは3位と4位、それから8位〜15位を浮き沈みする"先祖返り"カール・B・ヌァラなどのごく少数に限られる。
つまり相手にもよるが、上手く立ち回れば"大物殺し"を達成出来る確率が高い。かなり以前になるが、当時のランカーを袋叩きにした経験もある。
久々の"大物殺し"、これは全員で掛からないとこちらが殺されかねない。でも現地人は雑魚ばっかりで退屈だから、……退屈は嫌いだ。
「オイお前ら行くぞ!!! カチコミだぁ!!」
「……ぇぇ」
ズドッ!
「………!?」ボタボタボタ…
顔は整ってても所詮作り物、中身を知っているから顔面を遠慮なく蹴り潰す。
「欠席する奴は殺す」
何よりオレも多人数戦闘が得意だ。だから戦いに向かう時は味方を増やすんだ。
§
最新バージョンのCBBに来てから知ったが、同一アカウントのキャラ宛にメールを送付すると、お互いの現在地と時間が保存される。普通なら同一アカウントに紐付けされているキャラ同士が同時にゲーム内に存在する訳が無いから、きっとデバッグ機能か何かのバグに違いない。
新規実装内容確認用に作ったキャラが逃げた時に気付いたが、その時にはもうマップの範囲外にまで逃亡していた。
大袈裟な壁の割に乗り越えるのは簡単で、縁の高さがジャンプパッドで届く範囲にピッタリだった。
空メールを送ってサブの位置を確認すると地下に居るようだ。だだっ広い殺風景な丘の上に生垣で囲われた一軒家があり、その直上にサブの場所を指示するピンと時間が表示されてる。
中に何人か居るようで、騒々しい声が漏れ聞こえて来た。
昼間に見えた月は割と太った月だ、今日はよく晴れているから夜になっても明るく大地を照らすだろう。
「雲用〜意」
8人の手下が雨乞いの矛を媒介にして、局地的な雨雲を発生させる。
物理戦闘専門に突如として現れた非物理的戦術"魔法"。
ファンタジー創作でよく見られる炎やら雷からバフや状態異常等の補助的な諸々を想像しがちだが、CBBに登場する魔法はもっと地味で陰湿な物が多い。
戦術としての扱い易さと使い熟せる難易度を天秤に掛けて調整が取られてる為、『フォークで寸胴スープを飲み干す方が楽だ』、と"万年番人"アーサーの中の人が迷言を残す程扱い難いそうだ。
その上で最初のうちは個人でも出来る事が本当に少なく、ライターやスタンガンみたいに既にある強力な代替品を使う方が手っ取り早い事が多い。
それでも集団で同時に魔法を使えば相乗効果で色々と出来る事が増える。
雨雲の魔法は視界を暗くし、雨で地面を滑り易くする。その場で戦う分にはお互いに同じ環境に身を置く事になるが、事前準備で勝敗の是非が決まる。
00:09:57.…
「壁まで覆うのにあと10分って所か? 泥試合の準備はバッチリだろーな?」
「おお、出来てまっせ〜」
「元から土が柔かいんで、すぐ泥濘みそうスね」
「んじゃぁお前ら10人でまず囲みに行け、雲から出るなよ? 包囲できたら雨も始めろ」
「「「うぃ〜ッス」」」
空と雲の境界は月光が地面に反射して見晴らしの良い明るさと、見通しの悪い暗さの中間地帯が生まれる。暗視装置で光を増幅するとこの程度の明るさでも眩しいくらいになってしまう。だからこの地域、正確には壁の外周丸ごと覆って地平線まで真っ暗に出来れば準備完了だ。
まだ雲は発生させたばかりでまだ家に届いていないが、やがて到達した時に連中は気が付くだろうか? ランカーなら気付くんだろうな。
こんなに手を尽くしているから最低人数くらいは割り出せるだろうけど、実戦部隊の人数までは把握出来ないだろう。
最後に、既に隠密行動を始めているので点呼は取れないが、ビビって逃げたヤツが居ないかだけ今のうちに確認しておこう。
「んーと、…1、2、3、4、5、6、7、…8、……9、10、11……ん?!」
何か増えた。地平からの逆光で漆黒の影を数えると、明らかに10人より一人だけ多く人影が確認出来る。
「まさかもう気付いて出て来たか?」
それにしても早過ぎる。もしかしたら雨雲の魔力を感知されたのかも知れない。
「何のランキングかだけでも聞いておくか、無理だろうけど」
どうせ拘束されてメールも読めない状態だろうけど、一応サブ宛にメールを発信する。
"エラー、メッセージの送信に失敗しました。このアドレスは使用されていません"
? !?
"エラー、メッセージの送信に失敗しました。このアドレスは使用されていません"
成る程、昨日死んだヤツにメール送ったら同じ内容が表示される。
クソがあ!!!
「ソイツを囲め脳タリン共ォ!!! 敵だあ!!」
言うが早いかトラッキングダーツを投げた。
それと同時に俺も前に出る。先遣隊の誰も気付いて居なかったからだ。
こういう時の敵は囮で本隊が別に何処かに隠れている。今までに他ゲーでも散々それを食らったから、他の手下共も行動は早かった。
まず全員で囮をぶっ殺して、外からの敵に備えつつ逃げる。少しでも手間取れば、あっという間にこっちが全滅させられる。ゴブリンなんかよりももっと恐ろしい、数の暴力によって。
"陣中憑拠"
ランカーと言えど十数人に囲まれれば一旦動きを止める、倍以上のNPCに囲まれてもゴリ押ししてしまえるが、プレイヤーが相手だったらそう簡単には行かない。
ズル…… ズル……… ズズズルズルズル………
また増えた。しかも一人や二人ではない、5人だ。6人になった。
人数が増えると操縦で忙しくなり、本体と人形どちらかの動きが散漫になるものだ。それが一気に5人増やせばどうなるか?
「ニコイチで周りを足止めしろ! 残りは俺と……!?」
視界の中の数人が一斉に倒れた。
その瞬間、一転して逃げ
「箸でスープ飲むより楽ちん」
「………」
最後に立っているのは一人だけだった。




