1.2.3.プロローグ(統合版)
2023/9/8 1.~3.のプロローグを統合しました。
長年ハマっている完全没入型MMO対戦格闘ゲーム"CBB"で大型アップデートが配信された。新しく追加された職業は今作初の回復職と言う事で、新規キャラクターを作成して楽しむつもりだ。
1時間以上掛けて過去に作ったどのキャラとも違う容姿に設定し、あらかじめ考え抜いたロールプレイの役作りを行ったら、アイキャッチを経ていよいよ"U・Boom(14)"として新たな生活がスタートだ。
まずはベッドから起き上がってそれから……と考えながら瞼を開くと、森の中で焚き火の側に居た。
「うぅん……あッ!? 痛たたた……アレ? 何でもうフィールドから?」
「おう、起きたか。やっぱり石の枕に地べたで雑魚寝は身体を痛めるもんな」
「は……? え?」
上半身を起こすけど……ここはドコだろう?
従来ならば町の小汚い宿屋のベッドからスタートするのだが、アップデートで仕様が変わったのかな?
少なくとも事前情報には無かったと記憶している。
疑問は後回しにして、声を掛けて来た男性を観察する。苔生した木の切り株に腰掛けて膝に肘を着いて顔を横にこちらを見下ろしている。
「!?」
一瞬わからなかったが、気付けば驚きと混乱で声が出ない。何せ身に付けている装備に見覚えがあると思ったら、ゲームのサービス開始当初からずっと使用して来たメインキャラと同じ容姿をしていたからだ。
名前は"アーサー・リッパースター"、ゲーム内で使用可能な全ての武器種の熟練称号を取得し、今までに登場した全武器を所有、大会に参加する際は基本的にこのキャラを使用する。設定上の年齢(35)からすると若い顔立ちで、ツヤツヤの茶髪と無精髭を持った彫りの深い男性。身長は180cm。
「んな、……なぁ痛っ?!」ズキズキ
後頭部の鈍い痛みを思い出し振り返って確認すると、言われた通り適当に割られた大きな石を枕にして寝かされていたようだ。
こんな尾を引く痛みも今回のアップデートでは事前告知されていない。
妙なこだわりを追加アップデートするのは相変わらずだなと思う一方で、自分のアカウントの別キャラがどうして目の前に居て、何故AIか誰かに操作されているのか説明が欲しい。
面白いと思うものの仕様かバグかも分からない内に苦情を入れるか悩んでいると、背後の茂みから声が聞こえて来た。
「良かった。ちゃんと起きていたか」
「寝て起きたンなら朝食だな! 一人一尾、ちゃんと獲って来たぞー」
男女の声だ。まさかと思ってそちらを向くと、やはりどちらもよく知ったキャラクターだった。
槍に魚をぶら下げて現れた巨躯の角刈り黒人は"カール=B=ヌァラ"。
槍や斧槍のような長柄武器をメインに扱いながら、泥臭い戦闘も厭わない。最大体格の戦闘を研究する為に作成したキャラクターであり、身長は220cmあるので長い槍でも短槍に見えてしまう。
その隣で濡れた赤毛混じりの短い金髪をワシャワシャと掻き上げている女性は"ビアンカ・フォルゴーレ"。
作成当時のゲーム内女性ユーザーの平均バストサイズ(Dカップ)による重心や体幹の感覚を研究する為に作成したキャラで、それ以上の意味は 無い。棍棒やメイス・盾などの打撃武器をよく使い、偶に鞭や縄も使う。
身長は175cm、女性にしては大柄だが女性用コスチュームの靴は多少ヒールが入りがちなので目線の高さはアーサーと同じくらいだ。
この森は新規マップなのか見覚えは全く無い、しかしそう遠くない所から川のせせらぎが聞こえてくるので、そこから魚を獲って来たようだ。
鮎にサメのヒレを取って付けた様な大きめの魚で、それが5尾。
僕とアーサーとカールとビアンカで4人なので一人分余る。
と来れば、残る一人にも心当たりがある。
「もいもいもいもいもい」
"イェン・タフォー"、カールとは逆のコンセプトで作成したキャラで、身長は142cm。
作成当時のアップデートにニンジャ系統が追加され、それに沿う形で短剣や投擲を専門に育成しているキャラクターだ。
当時それまでの世界観をぶち壊して追加された忍術を始めとした魔法と、それらによる生身だけではあり得ない挙動に四苦八苦し続けた結果、操作中、無意識に支離滅裂な言葉を吐いてしまうようになったキャラだ。
「ぷいぷいぷー」
焚き火を挟んで反対側に居たみたい。カラフルで派手な防災頭巾を被っているのに、声を出すまで気付かなかった
ニンジャなので気配の消し方が実に見事だ。何が言いたいのか、さっぱりわからないが。
「よし、その魚はイェンに渡せ。鱗と内臓は取ってくれる」
「何だその含みを持たせた言い方は?」
「オメー全部の道具を使えるんなら魚も捌けんじゃないの?」
「衛生上、深刻な問題によって今は食材を触れない。指示なら出来るが」
「もういい……近付かないでくれよ」
「キッタねーなー! キッタねーなー!」
「ペレィ」
「(´・ω・`)」ショボーン
顔文字みたいな分かりやすい表情で落ち込むアーサーだが、右手だけ土で汚れているのを見て何と無く想像して理解する。
最初はどうなんだコレと思ったが、自キャラ同士がここまで自然に会話しているのを間近で聞くのは中々新鮮だ。
近年のMMOFPSでのAI同士の会話もかなり流暢になって来ているが、このゲームの開発陣はその辺りを軽視している嫌いがあったので乗っ取りを疑ったが杞憂かも知れない。
「俺は魚を獲ってここまで運んだ。仕事はこなした」
「あたしはさっきその火を起したよね。仕事はこなした」
「ウロロロロロロン」
「この薄情者共め」
昨今のAIは非常に優秀みたいだ。学生時代は演劇部に務めていたから演技の臭さには敏感だが、この4人の会話にはそういう臭みが無い。
何よりキャラごとに決めていたロールプレイが、意図した仕様通りに再現されている事に感動すら覚える。
誰も魚を調理したがらないのでアーサーは申し訳無さそうな顔をしてこちらを向いた。
「あの小さい奴の解体はかなり上手いんだが、パッシブスキルでどう調理しても毒料理になってしまうらしくてな。スマンが死にたくないから頼みたいが……そう言えば、名前をまだ聞いてなかったな?」
ここで自己紹介をした後に新しい職業のチュートリアルが始まるのだろうか? 今までこんなに凝った演出はなかったから、AI相手に若干緊張してしまう。
「僕は"U・Boom"、医者見習いです」
「それじゃあユウ、この水筒の水で手を洗ってくれ。そうしたら塩をまぶして……」
……やっぱり【医者】のチュートリアルで魚を調理するのは何か違うと思う。
§ 昼食後
ゲームの中とは言え、生きた川魚を焚き火で塩焼きは美味しかった。繁殖期なのか子持ちで身に脂もノッて柔らかくて最高だった。
こんなにリアルなのでお腹も膨れた気がする。ただ、過度に満腹中枢を刺激するコンテンツの提供はゲーム業界ではご法度なので、この感動は残念ながらその内パッチが入ってしまうだろう。
「アーサー! この炙ったヒレ、齧ってみろよ! ピリピリして面白いぞ!」
「ポッポポポッポーイズ」
「毒だって」
「この程度なら弱毒だよ。大丈夫だって、医者居るし」
医師を差し置いて自己判断はヤバいでしょ。
一応、医者見習いとしてスキルかアイテムがないか鞄を開いて確認してみる。
インベントリを開くと持ち物と複数の項目がウィンドウ形式で網膜に直接表示される。そこから現在のステータスやスキルの確認、チャットやログアウトが選択できる。
項目の選択は全て脳波で行うので、慣れれば戦闘中でも武器や道具の出し入れを自在に出来る。
又、インベントリへのアクセスは2通りあって、一つは装備している鞄の中を弄る方法、もう一つはキャラ毎に考える仕草を設定する事で時短する方法がある。
仕草は鞄を扱えない状況で真価を発揮するけど玄人向けの機能だ。
などと考えながら寂しい持ち物欄とスキルを確認したが、すぐに使えそうな物は胃薬と下剤だけだ。持ち物はこの二つと医療入門書と初心者用野営セットで、武器になりそうなメスとかは無かった。
対戦アクションゲームでコレでどうしろと? 一応武器なしの徒手格闘でも強い人はいっぱい居るけれど、肉体の育成皆無な今はアーサー達に守ってもらわないと初狩りプレイヤーに瞬殺されてもおかしくない。
そんな心配をしなければならない程"CBB"の治安は終わっている。
殆ど空っぽの鞄を見つめているとフッと影が差す。
見上げると漆黒の巨人が太陽を遮って見下ろしていた。
「何かあったか?」
「胃薬と、下剤と、それから本、あとは火打ち石と小鍋の以上です」
「ふーん、何の本だ?」
「医療に関する入門書のようです」
「なら今のうちにソイツを読み込んでおくんだな」
つい自分の分身に敬語を使ってしまった。高身長なだけでも十分に威圧感があるのに、太陽を背に逆光を伴って見下ろされるとまるで尋問を受けている気分だった。
「毒ったって、よ〜く火を通せば無くなるんじゃないのー?」
「お前その枝は焚火用……どうなっても知らんぞ」
「直火でしっかり焼けば……あっあー!? 串が! あ、落ちた! アッちぃー!!」
水に晒しもしない枝で直火すれば燃えて当然。ヒレは焦げた臭いを発して炭になった。
「毒を舐めんじゃねぇよ。全員、ヒレは取って焚べろ」
「ポイ(捨てない)」
「ああ、バカの為に俺の高い薬を使いたくないしな」
「うるせーやい、自分の使うわい」
経験の浅い医者よりも信頼に足る薬があるのなら、暫く医者は必要無さそうだ。
自分も毒ヒレを投げ入れた後で"医療入門書"を開いて見る。
見た事のない文字の羅列だ。CBBの妙なこだわりの中には新しい言語を作る事がある。
僕はガチエンジョイ派なのでこれもその内に覚えるつもりだが、流石に新言語の事前情報が無いのはおかしいと思わざるを得ない。
そもそも今回のアップデートの内容は大きく分けて3つだけの筈だった。
一つ目は、新職業"医者"の実装。
二つ目は、全世界統一サーバーの実装。
三つ目が、VRからDRへの正式移行だ。
3つ目の"DR"とは写実性に振り切った出力方式で、人間の目で見るのと同じ映像体験を齎してくれる。ゲームの側も吊り合う程度のグラフィックを要求されるのだが、今回のアップデートにはそれも含まれている。
ぼんやり入門書を眺めていると、翻訳機能が解析を完了して現代語で再表示される。
この翻訳機能は要点だけ抜き取ってアーカイブに保存していくので、書物として読み込むにはやはり勉強が必要だ。なんせCBBの妙なこだわりはこう言う所にこそあるのだから。
兎に角、解析結果として新しいスキルが2つ追加された。1つ目は"診断結果"、状態異常に罹った者を観るだけで、どんな名前の状態異常なのかが判明するようになった。
試しにビアンカの方を見ると、彼女の頭上に白で縁取りされた赤文字で"強毒"と表示された。
「お姉ちゃん、強毒になってるよ」
「え? マジ? ……げ、解毒! あ、ポッケに……」
慌てて腰の拳大のポーチに手を突っ込んで錠剤を摘み出し、ベロの下に置いた。すると凶々しい"強毒"の表示がスゥーと消えて無くなった。幸いにも遅効性の毒だったようだ。
ダメージを受けるとチクッとした痛みがあり、ダメージが大きい程に痛みの度合いも変わっていく。勿論過度にならない程度に調整されているし、継続ダメージならば最初のダメージにだけ反応する。
この頭痛のように長く続く痛みは本来ならばバグ扱いで有り得ない事態だが、もしも強毒の症状が発症していたらと思うとこの程度では済まないかも知れない。
2つ目のスキルは毒性器官の位置が分かるという視覚スキルで名前は"毒袋発見"、毒を抽出する道具があれば役に立つという説明があったけどそんな物は持っていない。それよりもフグとか捌く時の方が便利だと思った。いや、料理人では無いんだけどね。
「だから舐めるなって言ったんだ。俺のお茶飲むか?」
「ありが……、やっぱりいいやバッチイし」
「………ああ、そう言えばまだ手ぇ、洗ってなかったな」
「あ、僕も洗いたいです。川って向こうですよね?」
「あたしが洗ってやろうか?」
「結構です」
「俺先行くぜ」
塩と脂だらけの手を洗いたいのもそうだが、何よりキャラメイクで作成した見た目がちゃんと反映されているのか確認がしたかった。
手鏡でも借りれば早いのだけれど物のついで。
かなりチクチクと痛い藪を幾つか通り抜けると、清流と呼ぶに相応しい川が流れていた。
先に来ていたアーサーは何故かズボンを下ろしている所だったので台無しだが。
「結構綺麗だよな。幅もあるし、場所によっては泳げそうだ」
「何してるんです?」
「泳ぎはしないけど、きちんと洗っておこうと思ってな。あれだ、水洗式ってやつだ」
この辺りの植物の葉は、チリ紙に使うには余りにも攻撃的な形状と肌触りのものばかりであった。下着が茶色い【 土 】だらけなのも、そういう理由があったからだろう。
だったらいっそ服着たまま泳げばいいのに。
「んじゃ、せっかくだから俺はこっちに行くぜ……」
「そっちは川上! 下に! あの岩の向こうでして下さい」
「(´・ω・`)はい」
ケツ洗う川下で手なんか洗いたくない。
岩の向こう側へと歩くアーサーを見送り、塩と脂で汚れた手と顔を洗う。水は実に冷たく少し刺すような感じがして、それもやがて心地良く感じられる。
それから一息付いて自分の顔をじっくりと観察する。
サラサラの黒い髪に髭一本無いつるりとした顔、14歳の男の子、身長は150cmに設定した。
この"CBB"の世界では、プレイ時間に合わせてキャラも歳を取る。年齢によってステータスの初期値や成長にボーナスがあって、10代は成長期なだけありすべてのステータスに成長ボーナスが発生する。アーサーも最初はつるんとした顔だったが、今ではおっさんくさい無精髭が目立つ。
仕上がりに満足してもう一度水の冷たさを、そして真水の味を愉しむ。従来のVRでは再現出来ないドット以下の微細なグラフィック表現は、今回から導入されるDRならではのものだ。
世界中の研究者や冒険家、格闘家や軍人の持つ五感データを生体コンピュータで一人の人間の見解として処理し、その人造人間ことマチルダをメインサーバーとし、彼女の見る夢に多人数が同時アクセスして夢の中を探検するシステムだ。
記録ナノマシンから配線やら出力まですべてが生体部品によって行われ、ドットや見えない壁の存在しない世界の登場に人はこれを"夢中現実"と呼んだ。
水面を撫でる、流水の抵抗を感じる、川底の石や砂利を掻き分ける、砂と粘土の混ざった泥の層にズブズブと手が沈み、手首まで差し込んだ所で一気に引き抜く。
泥だらけの小さな沢蟹を捕まえた。しかし専用の捕獲籠が無ければ、インベントリに生捕りは出来ないのでそのまま川に戻す。
DRは10年前のE3から久しぶりだが、あの頃と比べてより触れた感覚にリアリティが増している。
アップデートの内容に満足したので一旦ここでお開きだ。今日は午後から来客があるので、次にCBBを起動するのは次のバイト終わりの夜だ。
鞄を開いてログアウトのタブを選択する。
ブリュッ!
不快な音が響き渡る。
川下の岩の向こう側からだ。こちらが川上で風上なのでそれ以上の不快なものは漂っては来ないが、非常に気分を害された。
記憶では午後の新聞の集金の後、友人と食事のついでにCBBのアップデートについて話し合う予定だった。
現在時刻は午前11:25、先程僕は焼き魚を食べたので、今頃"本体"はお腹が空いてしょうがないだろう。
「お先に失礼します」
「ちょっと待て! そこのズボン取ってくれないか?」
「嫌ですよ汚い。見られるのが嫌なら、僕が居なくなった後で自由に拾って下さい」
「(´・ω・)ウン、まぁ……ハイ。じゃあ、も一つついでにいいか?」
「はい……?」
「お前の中に"本体"は居ないのか?」
「! ………居ない、と思います」
「根拠は?」
「ログアウトを選択するまでは、確かに居た筈です。しかし今は、ログアウト出来ないことに何らの不安も感じません」
ログアウトを選択するまで僕は僕であるが、記憶に引かれるように行動の取捨選択を行っていた。でも今は少しだけスッキリと自由意思で動いている自分が居る。
「記憶通りならば、僕は明日の夜にまた僕じゃない僕になると思います」
「つまり今は"うどん"くんだけど、その内"ユー"くんになる可能性があるって事だろ?」
「うどんはやめて下さい、"ユウ"で結構ですよ」
「ブームくんは?」
「ふざけてないで川から上がらないと風邪引きますよ? 先に戻りますね」
「おーい、ちょ待てよぉ」
無視して来た道を戻る。新参者ではあるが、"オリジナル"の経験が藪道を迷わずに導いてくれる。
そうだ、その前に生水を飲んでいたので一応自分のステータスを確認しておこう。CBBでは自分の状態異常の確認方法が発症するかステータスを見ている時にしかわからないからだ。
「えーと?」
"弱毒"
まだ症状が出ていない内に胃薬を飲む。
僕の中から消えた"オリジナル"の意識は、二度と戻って来なかった。
だけども彼の残した僕達は、後の世に語り継がれる最強の傭兵団を興すことになります。
そして今は何の力も持たない僕こと"U・Boom"は、"父"を越えることを目標に強くなることを誓いました。
ⅢⅢⅢⅢ ドスンッ
Σ(Ⅲ°Д°Ⅲ)ワアー?!




